シリウスの輝き
『死ねェェェ!!』
凶刃が振り下ろされる。その場にいた誰もが、その凶行を阻む事は出来なかった。
「っ! ……?」
「間一髪、タイミングとしてはこれ以上ない場面だな」
『だ、誰だ! 離しやがれ!』
「そ、その声は……! その声はまさか!」
戦いの場にいた誰もが止められなかった悪神の一撃は、予想だにしない人物によって阻まれた。
「しかし……まさか愛する息子よりも先に、その愛する息子を私の元から奪いさった憎き存在を抱き締める事になろうとは思わなかったがなぁ!」
なんとエイルターナー公爵が息子の盾となっていたのだ!
「父上! 父上なのです、か? あれ、なんだか記憶よりもお姿が……」
「ふっ、戸惑うのも無理はない。シリウスよ、確かに私はお前が拐われている間に、少しふくよかな体型になってしまった」
「少し……?」
「黙れライリーフ、茶々を入れるでない!」
バカな、結構な距離があるのに今の呟きを拾っただと!? しかも魔法少女姿の俺を何故俺だと……あ、もう変身解けてるや。
「私は本来なら元の体型に戻すことも出来たのだ! しかし、私はあえてそれをしなかった。悪神よ、このウェイトがなければ、貴様を砕く一撃が放てんのでな!」
『うぐぅ!?』
強烈なリバーブローが、鮮やかに突き刺さる。そのパンチはプロのボクサーと比べても遜色のない切れで……いや、下手したらプロ以上かもしれない。ともかく悪神はその一撃を受け、嘔吐きながらよろよろと後退したのだ。
『ガハッ、オェェ……』
「受けよ! ボクササイズから始め、真のボクサーにまで至った私の一撃を!」
公爵の右拳に力が集まる。とんでもない力の波動だが、真のボクサーとはいったい……っ! 腰に巻いているあれ、もしかしてチャンピオンベルトか!? ま、まさかこの短期間で世界を制したってのかよ!
「ぬぅぅぅん! 魂滅の巨拳大砲ッッッ!!」
『――――!?!?!?』
空間が歪む程の力が込められたコークスクリュー・ブローが、悪神の胸に炸裂する。しかし不思議なことに、あれだけの力が込められた一撃であったにも関わらず、悪神はド派手に吹き飛ぶこともなく、僅かに後退しただけだった。
「と、とんでもねぇ……なんて技だ。あれだけの力をまったく外に逃がすことなく、野郎の内側で炸裂させやがるたァな……」
解説役ありがとう、ボーガンの爺さん。とりあえず、今のがむちゃくちゃな技だってことは分かったぜ。
胸の秘宝が完全に砕け、もとより崩壊しかけていた悪神の体の内側から光が溢れ出す。
『こ、こんな……こんな終わりかたァァァァァア!!』
そうして悪神は消し飛んだ。後に残ったのは、砕けた精霊族の秘宝のみである。
秘宝の欠片が集まってまた復活とかしないか観察してみたが、さすがにおかわりはないようだ。
「終わったわね」
「お疲れさ……だ、ダイヤさんも変身解けたんですね」
「変身中みたいに呼び捨てでいいわよ? 私達、戦場を共にした魔法少女どうしなんだから」
「あはは、それじゃこれからはそうするよ」
バチコンッとウィンクしてきた。相変わらずダイヤさんの変身前の姿は強烈だぜ。
「その腕、平気なの?」
「ん? ああ大丈夫、大丈夫。適当に死に戻れば生えてくるっしょ」
『自分から死ににいくのは感心しないなぁ』
「んなこと言ってもなアーデ、ほっといても腕なんて生えてこないんだからしゃーないだろ?」
『高位回復魔法なら欠損も治るよ。それかエリクサーでも飲めばね』
「ふーん?」
高位回復魔法の使い手に心当たりはないが、エリクサーっぽいのなら持っている。雑草から作られたアレが効くのならわざわざ死ぬ事もない。
ストレージから劣化エリ草ーを取り出し、傷口に振りかける。HPとMPは回復したが、腕が生えてくる気配はない。
「飲まなきゃダメなのかなぁ……」
「それ、不味いの?」
「かなり……」
薬効を愛情でこれでもかと凝縮したこの劣化エリ草ー、それはそれは不味い一品となっている。一度だけ飲んでみた時は、どれだけ水をガブ飲みしても口の中からえぐみと青臭さが消えなかった程だ。
あの日以来ポーション類は体にかけて使用するようにしていたが、腕の為にも覚悟を決めて飲むしかないのか……。
「ええい、ままよ!」
気合いとともに一息で飲み干すと、腹から懐かしいえぐみと青臭さが沸き上がってくる。やっぱこれは飲んで使う物じゃねぇよ……。そして悲しいことに、こんな不味い物を我慢して飲んだ甲斐も無く、腕は生えてこなかった。
「死ぬっきゃねぇ……」
「その前にリリィちゃんに回復できるか聞いてみたら?」
「ああ、その手があったか!」
そういえばリリィはヒーラーだったわ、うっかりしてたぜ。
「じゃあ公爵から報酬貰ってさっさと帰ろっかな」
「あっ、それはちょっと待ってあげた方がいいんじゃないかしら?」
「え? ……ああ、なるほど確かに」
十年ぶりに親子が再会したんだもんな。しばらくはそっとしておいてやろう。
「父上……」
「シリウスよ……大きくなったな」
「父上……父上ぇ!」
「ああシリウス! よくぞ、よくぞ無事でいてくれた! 私の力が足りないばかりに、お前には辛い思いをさせてしまったな」
「そんな、こと、ありません。ずっと、ずっと、父上から貰った短剣が、私の、心の支えだったんです。もう、壊れてしまったけど……」
「ああ、見ていたよ。素晴らしい魔術だった。お前の勇気が、奴を倒す事に繋がったんだ。胸を張りなさいシリウス、お前は私の自慢の息子だ」
「はい……はい、父上!」
ずっと眉間に皺を寄せ、苦しみに耐えるようにしていた彼がみせた笑顔は、幼い子供のように無垢なものだった。不安に揺らごうとも、無力感に足が止まろうとも、折れること無く最後まで戦い抜いた勇気。彼の頬を伝う涙は、その気高き魂とにた輝きをしていた。
《クエスト、シリウスの輝きをクリアしました!》
―side???―
誰もいなくなった洞窟で、何かが蠢いていた。
『グ……ギ……』
長く歪な形をしたそれは、徐々に縮みながら人の形へと近づいていく。
『ガッ……! ハァ……ハァ……ハァ……』
長身痩躯、全身を数多の刺青で彩るギョロ目の男。倒された筈の悪神がそこにいた。
『クソッ! クソクソクソ、クソがァ!! あと少しだったってのによォ!!』
その身にはもう、騎士達と戦った時のような力は残されていなかった。
『だがオレは生き延びた、あの程度で死んでたまるかよ……。最後の一撃はヤバかったが、ヒヒヒ、邪神の力を取り込んどいて良かったぜ』
ゴキリ、と首を鳴らし、体の調子を確かめると、彼は洞窟の外へと歩きだす。
『残ってる力はほとんど人間と変わらねェが、なァに時間はたっぷりあるんだ。地道に封印潰していきゃァ回復もできる。そして力が戻ったら……クヒヒ、今度こそぶっ殺してやらァ!』
「いや、ちょっと往生際が悪すぎない? 敗者は敗者らしく退場しとこうよ」
突如として悪神の体が無数の影に貫かれた。
『ゴハッ!? な、だ、誰だ!』
「おや、まだ生きてるのかい? さすがにしぶといね」
『テ、メェ! ゲホッ、よくも!』
「君さァ、もう十分楽しんだろ? そろそろ終わっときなって。そりゃあ悪い事が楽しいのは分かるぜ? だけどそれだけってのは時代のニーズに合わないんだ。良い事も、悪い事も、両方あってこその混沌だろう?」
『グ、ギ……ごちゃごちゃと、何を……』
「あれ、分からない? まぁ別にいいんだけどね。どっちにしろ、君は余計な事しそうだしここで殺しとくからさ」
『待ッ……!』
「ごめ~ん、待たない。まったく、我が事ながら困っちゃうよねぇ。もうすぐ楽しい楽しいお祭りが始まるのに、それを邪魔しかねないんだからさァ」
影の刃で悪神を切り刻んだそれは、とても整った容姿をした人物だった。銀の長髪を靡かせるその姿は、男のようでもあり、女のようでもある。
「ん? はいはーい皇帝陛下、ご機嫌麗しゅう」
『――――』
「ええ、ええ。下見はバッチリですとも。不確定要素の処理も、もう終わりましたよ」
『――――』
「えぇ……他の国もですかぁ? まあいいですけど、御給金は弾んで下さいよ?」
『――――』
「はい、謹んで。……うへへ、お仕事に託つけて旅行できるとか最高だね! しかもボーナスがっぽりとか超嬉しい!」
通信魔法で話し終えた彼?は、足取り軽く山を降りてゆく。いつの間にか悪神の死体は影に呑み込まれ消えており、もはや力の残滓すら残されてはいない。
「さあ、もうすぐ楽しい楽しいお祭りの始まりだ。今度はどんな物語を観られるか……。ふふふ、愉しみだなぁ」
洞窟から遠ざかる影法師には、燃ゆる三眼が愉悦で揺れていた。
あれはいったい、何ラトホテプなんだ……?
おまけ
名も無き悪意の化身の技一覧
・イーヴィルチェイサー
追尾式の魔法。闇属性。
・ダーティネイル
横薙ぎ払い攻撃。
・デッドサイクロン
回転攻撃。
・クラッシュボーン
振り下ろし攻撃。
・クレイジークラッシュ
連続振り下ろし攻撃。
・ドレインハンド
掴み技。HP吸収効果あり。
・ダークハウル
前方向への咆哮攻撃。怯み効果あり。
・シャドウグリッチ
影が独自に動き攻撃する。戦力二倍だぜ!(本編未使用)
・眷属召還
わらわらモンスターを呼び出す。淀みより出でし影はそこそこ強い。
・堕落と衰退の羽音
自身との距離が近い程相手の能力が低下する。使用後永続的に効果が発揮される。
・堕落神法・成長逆行
ジョブを一段階下のジョブに強制的に変更する技。戦闘終了後も効果は残り、マスター(レベル最大)しているジョブであっても神殿を利用しない限り変更できない。神殿でジョブが変更された時点で効果は消失する。
・悪逆と劣悪の砂塵
フィールド全体攻撃。威力は低め。
砂が纏わり付いた対象の状態を悪化させる。ステータスは減少し、疲労は骨を砕き病魔を呼ぶ。装備の傷は大きくなり、僅かな錆びが全てを覆う。
・意思ある脱け殻
自身の体の一部を使い、分身を作成するスキル。
悪神は戦闘中に切り落とされた腕を利用することで、分身を作成。ギリギリ消滅を免れた。
・魔導調伏
シリウス・エイルターナーから奪った魔法系パッシブスキル。
自身の魔力値以下の魔法を全て吸収、あるいは反射するチートスキル。反射、吸収できない魔法であっても威力の減衰までなら可能。
なお名も無き悪意の化身爆散時に、スキルはシリウス君の元へと戻っている。




