VS.名も無き悪意の化身2
『ヒャハハハハァ! さっきまでの威勢はどうしたよ? もっと足掻いてオレを楽しませてみろよ』
聖剣の加護を打ち消された騎士達の攻撃をわざとその身に受け続けながら、名も無き悪意の化身は笑い続ける。
加護が消え去り、ステータスまで低下させられた騎士達の攻撃は、奴にとってもはや脅威ではないのだろう。その証拠に、攻撃を受け続けている筈の奴のHPはゆっくりと回復し続けている。
「火力が足りない……」
脳裏に浮かぶのはチュートリアルでのリジェネスライムとの死闘。こちらが一方的に殴り続けながらも、低すぎるステータスのせいで勝利するまでに五日もかかったあの長く厳しい戦い。
あの時のように騎士達のスキルが成長するまで時間をかければ勝てるかもしれないが、そんな非現実的な案は実行不可能だろう。
チュートリアル故に一切動かなかったリジェネスライムと、好き勝手動き回れて、しかもレイドモンスターな名も無き悪意の化身。両者を同じように比較する事自体が間違っている。
「……なあ、君の名前はなんて言うんだ?」
「あ? ライリーフだよ。いきなりどうしたし」
不意にシリウス君が話しかけてきた。なんだってこんな時に俺の名前なんて聞くんだ?
「そうか。ライリーフ、私は君に感謝している。君がいなければ、きっと私はあの悪意の塊に押し潰されて死んでしまっていただろう」
「ちょっと待った! いきなりなんなんだよ気持ち悪い! まさか自分から死んであいつの術式封じようってんじゃないだろうな!?」
「いいや、そんな事はしないさ。君のおかげで私の心は未だ前を向き続けている。自ら命を投げ出すような真似はしない」
シリウス君はゆっくりと立ち上がり、新たな魔法の術式を紡ぎ始めた。
「奴は時間が経過する毎にかつての悪神としての力を取り戻していく。それは私が入手してしまった精霊族の秘宝の力で他所の封印から力を無理やり吸い上げているからだ。体力が回復するのはその副次的な効果なのだろう」
「HPの回復がおまけかよ……やってらんねぇな」
「魔法は効かず、剣もあの巨体には効果が薄い。だが、私は最後まで足掻くと決めた」
「その足掻きが今作ってる魔法ってか? いいねぇ、ちなみに効果は?」
「外界との繋がりを一時的に遮断する結界だ。力の大半を奪われた私では、そう長くこの術式を展開し続けることはできないが……。ライリーフ、君と騎士達ならば、きっと奴を倒しきれると私は信じている」
「ハッ、上等だぜ」
そんな濁りも淀みも存在しない真っ直ぐな瞳で見つめられては、言葉を濁すだけ野暮ってもんだ。激重過ぎる期待だが、見事応えて倒してやろうじゃねーか!
「足に自信のある奴! 今すぐ拠点に待機してる部隊を呼んでこい!」
「言われずとも既に向かわせている!」
騎士達は開戦と同時に何名かを伝令として向かわせていたらしい。
「そいつは結構、なら保険は十分だ。シリウス君、やってしまいなさい」
「ああ! 術式展開……結界術式・完全遮断」
『あァ? シリウス・エイルターナー、テメェ今さら何を……っ!? 力の流入が止まっただと?』
名も無き悪意の化身の回復が止まり、騎士達の攻撃でHPバーが僅かに減少を始めた。
依然として大ダメージを狙えるのはダイヤさんのみだが、塵も積もればなんとやら。奴に騎士達の攻撃を無防備に受け続ける余裕は無くなった。あとはシリウス君が結界を維持している間に、無理やりにでも倒すだけの簡単なお仕事だ!
『小賢しい事してんじゃねェ!!』
「いいのか? 私が死ねば、貴様の守りは消え失せるぞ!」
『っ! クソが!!』
結界を解こうとシリウス君に攻撃を仕掛けようとした名も無き悪意の化身だったが、魔法への高い耐性を手放すのを躊躇し、攻撃の矛先を周りの騎士達へと変更した。
しかしそんな雑な攻撃をくらう騎士達ではない。巧みに連携し、攻撃の威力を減衰させ受けきった。
「そんじゃ俺もそろそろ参戦しようかね!」
右手に世界樹の短槍、左手に石のトマホークを持ち、名も無き悪意の化身へと特攻を仕掛ける。ダメージを受けていない今のステータスじゃまともなダメージは期待できないが、嫌がらせくらいならいくらでもできる。
「サイクロントマホーク!」
右目を狙い投擲、そのまま俺は左目を目掛けて槍を振るう。
『邪魔だァ!』
「ぺぎゃ!?」
残念ながら腕の一振で防がれてしまった。無念。
だが俺はダメージを受けてからが本番だ。当然のように1まで減ったHPに合わせ、憤怒の逆鱗の効果が最大限発揮される。
「次は抉る」
「ライリーフ君、回復は?」
「ようソフィア、俺に回復は必要ないぜ。他の騎士達にも俺を回復しないように伝えてくれ。あ、それからシリウス君の周りに何人か護衛を向かわせてくれる?」
「分かりました。すぐに向かわせましょう」
性格の悪いあいつの事だ、土壇場になったら魔法の耐性よりも自身の強化を狙ってシリウス君を攻撃してくるに違いない。忘れる前に対策しておかないとな。
「なあソフィア、聖剣の力はまた使えるか?」
「はい。ですが、まだ時間が足りません」
「リキャストタイムか。まあ、使えるってんなら勝機は十分あるよな」
「ええ。次の蒼き守護の聖域の使用と同時に、騎士達が最大級のアーツを仕掛ける予定です」
「ならそれまでしっかり時間稼ぎしないとだな」
なるべく騎士達の損害を減らし、ソフィアの聖剣の力が発動するのを待つ。俺みたいなバカにも分かる、非常にシンプルな作戦だ。
ステータスが上昇しているとはいえ、俺の火力では奴の注意を引き付けることは難しい。ここは一旦ダイヤさんと合流して、協力してもらうとするか。
「ダイヤさん!」
「ライリーフくん、どうしたの?」
戦場で唯一魔法を使っているダイヤさんを見つけるのは容易かった。今は威力の低い魔法を使いながら、フェアとシンクロして大技用の魔力を回復させているようだ。
「ちょっと一緒に時間稼ぎの囮やってくれません?」
「もちろん協力するわ。作戦は?」
「俺がダイヤさんを背負って空を駆け回るんで、強めの魔法を撃てるだけ撃ってください!」
「いいけど……そうすると私は暫く戦えなくなっちゃうけど、大丈夫?」
「全然問題ないんでガンガンやっちゃいましょう!」
変身前のダイヤさんを抱えて飛ぶのはSTR的に無理だが、変身後なら精神的にも問題ない。存分に戦場を駆け回ってみせるぜ!
「振り落とされないでくださいよ!」
「ええ!」
くっ、背中に柔らかな感触が……! 落ち着け、精神を集中させるのです。今は綺麗系な美少女かもしれないが、元の姿はゴリマッチョメンだと忘れるなかれ。
……いやでもアバターだし魔法少女は女の子なんだから感触をめいいっぱい楽しんだ方がお得なのでは?
早口でまくしたてるのではありません、煩悩よ。おっぱいは確かに素晴らしい、しかしTPOを弁えねばなりません。それを怠るとどうなるか――。
「ライリーフくん、前!」
「あっぶな!?」
こちらを狙った訳でもない名も無き悪意の化身の腕に当たりかけてしまった。
なるほど。TPOを弁えねば、その先に待つのは死あるのみだと……。しかし今のヒヤリハットのおかげで冷静さを取り戻せたぜ。
『チィ! 羽虫みてェにちょろちょろ鬱陶しいんだよォ!!』
「ダイヤさん、次まで何秒ですか!?」
「あと二十秒でいけるわ!」
名も無き悪意の化身の腕が届くかどうかの範囲を駆け回り、ダイヤさんが魔法を顔面に向けて放つ。ついでに俺も爆煙が晴れた瞬間を狙いサイクロントマホークで目潰し。このサイクルを数回繰り返したので、ほどよくイラつかせる事に成功している。
しかしこの作戦、MPの消費がかなりデカい。人一人を背負った状態での天翔天駆は通常よりも多くのMPを消費するようで、世界樹装備一式で身を固めているにも関わらずゴリゴリMPが削れていく。要所要所でMP回復の為に、わざとスキルを切って自由落下を挟まなければならない程だ。おかげで幾度も玉ヒュンを味わうことになってしまった。そろそろクセになりそうで危ない。
そんな危険(意味深) な作戦は、危険に見合うだけの戦果を上げている。名も無き悪意の化身は騎士達よりも俺達に注意を向けており、スキルや魔法での攻撃をこちらに集中してきたのだ。
『いい加減に堕ちやがれ! イーヴィルチェイサーァ!!』
「くっ、追尾式の魔法か!」
「私が迎撃を――」
「気合いで振り切るんで本体狙い続行でお願いします!」
縦横無尽に空中を駆け回り、魔法と魔法がぶつかるように軌道を誘導する。
「ダメか!」
しかし残念ながら魔法はぶつかるも依然として俺達の追尾を続けている。ならばトマホークをぶつけて打ち消すしかない。
「サイクロントマホーク!」
投げつけた石のトマホークは、魔法の中心を確かに捉えていた。しかしそれでも魔法の追尾は止まらない。いや、ちょっと減衰したか? したよな? したってことで消え去るまでトマホーク投げつけてやんよオラァ!!
「陽光の剣閃!」
そうこうしている間にダイヤさんの魔法が完成し、名も無き悪意の化身へと放たれる。まだ魔法の追尾が続いているので、今回は俺の追撃は無しだ。
てかいい加減にしつこいぞこの追尾魔法! さっきから何本のトマホークを投げつけたと思ってやがる!
『ぐぉお!?』
おれが躍起になって魔法を砕いたのと時を同じくして、騎士達が名も無き悪意の化身が回復した分のHPを削り切った。これで残るゲージは三本、どうにか振り出しまで戻せたことになる。しかも名も無き悪意の化身が膝をついているではないか。HPが削られたことによる特殊ダウンか? なんにせよありがたい。
ああ、それにしても奴はついてないな。このダウンは考えつくなかでも最悪なタイミングでのダウンだろう。何故ならソフィアの持つ聖剣が、光を放っているんだから。
「聖剣よ、再び我らに力を! 蒼き守護の聖域!!」
蒼き光が戦場を再び包み込む。依然としてステータスは低下したままではあるが、特攻効果が騎士達の振るう攻撃には乗るようになった。そしてその光を合図に、騎士達は一斉に動き出す。
アーツの光が各所から立ち上る、それはまるで反撃の狼煙のようだ。騎士達は今までの鬱憤を晴らすかのように、持ちうる中で最強のアーツを名も無き悪意の化身へと向けて解き放つ!
『ガアアアア! クソ、クソ、クソォ!! よくもやってくれたなクソ共がァ!!』
その威力は凄まじく、HPゲージの二本目を消し飛ばし、三本目も半ばまで削れている。
残るHPはあとゲージ一本と半分。しかし忘れてはならない。古来よりボス級のモンスター達は、HPの低下がトリガーとなり発動する特殊な行動を備えているという事を。
『未熟な過去に縛られちまえ! 堕落神法・成長逆行ッ!!』
名も無き悪意の化身を中心に、漆黒の波動が全方位へと放たれた。
Q.元悪神なのに何で大技が堕神っぽい技なの?
A.悪神の技より堕神の技の方が効果範囲と捕捉人数的に優秀だから。