一休み
「オッス悠、おはようさん」
「……ぉぅ」
「あん? いつにも増してテンション低いなお前」
「ちょっと数年ぶりに悪夢に魘されてな……」
「へーぇ、どんな夢みたんだよ?」
「スプルドのモンスターに延々と食われる夢」
「何それ恐っ!」
光介と駄弁っていると、ホームルームの時間になる。それが終われば次は授業だ。一限目の数学、その数式を聞き流しながら俺は考える。昨日受けた精神的ダメージ、これを癒す事が今は何より優先される、と。
何をするにしてもテンションは大事なものだ。これが低いままだと十分な実力が発揮できないし、何より楽しみきれない。ゲームであれば尚更だろう。
俺と光介達、そして臨時の助っ人で倒した災厄、それを元に発生した石碑のボス。アレとはやろうと思えば何度でも再戦可能だし、あの程度であれば面子を揃えて再戦してやろうとも思える。しかしそこから進化した奴、あれはダメだ。どう考えても一つのパーティー程度では勝てる気がしない。βラスイベのプレイヤー全員掛かりで勝てなかったと言う渦、それと同格のレイドモンスターなんじゃないかと俺は睨んでいる。
今のところ、あの化物が出現するのはあそこの石碑使用時にバタフライエフェクトで大ハズレを引く以外には存在しない。が、それでもゲームのモンスターである以上唐突に出現する可能性もなくはないだろう。
しかしながら、これについては考えても無駄な事。対策を考えたとこで俺の精神の回復には繋がらない。
精神的ダメージ、それは言い換えればストレスである。ならば回復にはストレス発散方法が効果的なんじゃないか? となると方法は幾つか浮かぶ。カラオケ、スポーツ、ショッピング等々。さて、どれで回復を図るべきか……。
「よし、決めたぞ」
既に時間は放課後、一日を費やして俺は何をすべきか選び抜いた。
「光介、久々にラーメンでも食って帰ろうぜ」
「おっ、いいな! 店はどこにする?」
やっぱり旨い飯を食うのが一番っしょ!
「ラーメンと聞こえた、俺も同行しよう」
「「重石君……!」」
なんて迫力! ただラーメンを食べに行くのについてこようとしているだけなのに、ゴゴゴゴゴゴ……と背景に謎の擬音が見えるし、その姿も心なしか劇画調だ。食い物に掛ける情熱がそう見せているとでも言うのか!?
「で、店は?」
「え? あーそうだな、やっぱりこの辺でラーメンっつたらあそこっしょ」
「お、あそこか!」
「ほう、あそこか。三日ぶりにアレを食べるとするかな」
この辺に住んでる俺達にとって、あそこで通じる最も有名なラーメン屋……それこそが「原始麺」である。
過去幾度となく雑誌やテレビで取り上げられ、多数の有名人が足しげく通うこの店には、意外なことにサインの類いは一切飾られていない。何故ならこの店で名を飾ることを許されるのは、あるメニューを完食する必要があるからだ。
「うひゃ、相変わらず混んでるな」
「ま、しゃーないっしょ。ここめっちゃ旨いし」
「運が良いな、丁度席が空いたみたいだぞ」
最悪一時間は並ぶのを覚悟して来たんだが、タイミングが良かったのか待機列もなくすぐに席に着けた。
「んー、やっぱり超原始麺だよな」
「ふっふっふ、甘いぜ悠。漢ならマンモスラーメンだろ!」
「やめとけって、お前絶対残すぞ」
「今日はイケる気がすんだよ!」
光介が頼もうとしているマンモスラーメンこそ、この店で名を飾る為に避けては通れないメニューである。
それはデカ盛り系のメニューであり、マンモスラーメンの名に恥じることなく、チャーシューだけで約二キロもあるメガモンスター! とても一般人が注文するようなメニューではないが、何故か予約もなしに何時でも注文できてしまう。そして量の割りにかなり安いので注文するバカは絶えることなく、敗者の山が築かれていく。
「赤木、まだまだだな」
「なんだよ?」
「そこはただの通過点に過ぎない。真の漢が頼むメニューをみせてやろう」
「ま、まさか……!」
「嘘だろ……この目で直に拝む日が来るなんて」
強者の余裕を漂わせ、重石君が徐に店主に向けて注文する。
「大狩猟ラーメン一つ」
「……あいよ」
その注文に店内がざわつく。それも当然だ、大狩猟ラーメンとはマンモスラーメンを制した者のみに許されたメニューであり、それを顔パスで注文する者がいる。
一度制した程度では、マンモスラーメン制覇記念のカードの提示が必須であり、その後店主から再三に渡る挑戦の確認が行われる。にもかかわらず、重石君はカードの提示を要求されることもなければ挑戦を止められる事もない。それだけで、既に幾度となく大狩猟を制していることが察せられる。周囲の客達から、重石君に畏敬の眼差しが向けられるのも無理からぬ事だろう。
「そっちの二人は?」
「あ、俺は超原始麺で」
「同じく」
「あいよ」
「光介、マンモス頼むんじゃなかったのか?」
「いや……大狩猟完食の横でマンモス残してたら恥ずいじゃん……?」
「はは、確かに」
おまけ
・原始麺に関する噂
濃厚ながらアッサリとした飲み口のスープは、豚とも牛とも鶏とも魚介とも違う味わいであり、プロの料理人でもその味の正体を暴くことはできていない。
その為、独自の技術でマンモスを復活させてラーメンに使っているとまことしやかに囁かれている。あのラーメンが旨いのは、DNAに刻まれた太古の記憶を揺さぶるからだ!と。
店名、商品名、そして大量のチャーシューも噂が絶えぬ原因だろう。
・大狩猟ラーメン
大狩猟の名は伊達ではない。
その量はマンモスラーメンの三倍であり、これを完食できた人間は、創業以来片手で数えられる人数である。
最近は週一くらいのペースで注文されるので、値段を上げようか店主は日々悩んでいる。
お値段2500円(マンモスラーメンと同じ値段)




