謎と秘密と上下間系
――いや、いやいや待て。さすがにそれはおかしい。
たしかに俺のホームエリアは、開けっ広げでNPCやプレイヤーが自由に行き来できるようになっている。でもそれはショッピングモールや遊園地、ダンジョンなんかの施設があるからだ。いくらなんでも家の中まで誰でも自由に入れるようにした覚えはない。
「設定は……うん、フレンドと許可したNPCのみのままだな」
例外として、俺の持ち物にカウントされるペット達とブラウニーさんも自由に入れる。とすると今の美少女がブラウニーさん……?
「んー……聞いてた見た目と違うし、別人だろうなぁ」
ブラウニーさんは子供ほどの背丈で、メイド服を着た金髪の人物であるらしい。……そんなに小さいのに家とか一人で建てちゃうのか、と改めて能力の高さに気が遠くなるが今はひとまず置いておく。対して先ほど部屋の中にいたのは、黒髪で、背も小柄ではあるが子供と言うほど低くもなかった。正体の候補としてあげるなら、俺が考えつく中ではフォル婆が化けてるくらいしか思い付かない。けどなぁ、俺がいきなり入って来たことに驚いていたし、やっぱり違うんだろうなぁ。
「とりあえず、本人に聞くとするか」
深く考えずもう一度扉を開く。
「あれ……?」
しかし扉の先には誰もいなかった。ティーセットの乗ったテーブルもない。
幻? 幽霊? いや、微かにこの部屋には紅茶の匂いが漂っている。少し前まで、確かにあのゴスロリ少女はここにいたのだろう。しかし今は影も形もない。これはいったいどういうことだ?
「出ていった気配はなかったけど……転移魔法的なの使ってたら関係ないもんな」
なにか手掛かりはないかと室内を見渡すと、日当たりの良い窓際で、ちょうど今しがた起きたのか伸びをするセレネがいるではないか。
「おおセレネ、いいところに!」
「ニャー」
ゲーム内時間だと約一週間ぶりに会うからか、ゴロゴロと喉を鳴らして甘えてくるセレネは普段よりデレ成分が多めで大変あざと可愛い。
「なあセレネ、さっきまで誰かこの部屋にいたろ? 誰がいたかわかるか?」
「……ニャー?」
「寝てたからわからない? 本当に?」
「ニャ」
「そうか……」
セレネであればあるいはと思ったんだが、猫に番犬の真似事を期待するのはやっぱり無理か。
(セレネの姉さーん、言われたとおり追加のおやつを――)
「シャーッ!」
(ぐえっ!?)
「ちょっ、セレネさん……?」
窓の外から飛んできたノクティスを華麗にお口でキャッチ。自分の三倍程の大きさのノクティスをこうも鮮やかに仕留めるとは……。直前までの甘えた姿とのギャップが凄いが、これが野生ってやつか。ペット達がファフニールの周回をしていたときに、セレネのほうが自分達鳥ガーハッピーより強いと言っていたノクティスの言葉は正しかったのかもしれない。少なくとも、内部データで鳥系モンスターに対して猫系モンスターが有利とかはありそうだ。
「……ニャウ」
(あ、姉さんっ!? いきなりなんなんです!? あっしがなにしたってんですか! あっ、やめ! それ以上は首がっ、無言で引きずるのもやめてくだせぇ!)
「何があったかは知らんが……ノクティス、とりあえず諦めろ」
(あっ! 旦那! 見てないで助けてくだせぇ!)
「無理だ。弟はな、姉の理不尽には耐えるしかないんだ。弟分でもそれは同じ事」
(そ、そんなぁ~)
ズルズルと校舎裏……じゃなくて家の影へと引きずられていくノクティスを見送りながら合掌する。
しかしなぁ、どう考えてもセレネはノクティスの言葉を遮るように行動してたよなあ。たしかセレネの指示でお菓子を――と言っていたし、やっぱりセレネはあの娘のことを知っている。なんで隠そうとするのかは謎だが、そこはやっぱりゲーム的に考えて、イベントフラグが立ってないからってことだろう。どんなクエストが発生するかは分からないが、その時がくるまで楽しみにしておこう。
と、そこまで考えたところで別の可能性をおもいついた。あの娘はセレネだったのではなかろうか? 突然消えた机と椅子も、影に収納したのなら説明がつくし、伸びをしていたのも寝起き感を演出するためで、普段より甘えてきたのも俺の思考を謎の美少女から反らすためだったりして……。
「なんてな。さすがに考えが飛躍しすぎだっての」
飼ってた猫が美少女に、なーんて虚しい妄想が許されるのは、魔法使いを名乗れるようになってからだっていつか叔父さんが語っていたしな。
今はあの娘の正体を探るより、飯の準備をする方がいい。正体はゲームをやってればそのうち分かるだろう。
庭に移動し、屋台用の道具を駆使して料理を作る。セレネに〆られてボロボロになったノクティスが料理の匂いにつられてやってきたので、俺がいなかった間のダンジョンやホームの様子を聞きながらの作業だ。
「え? メルキアが挑戦しに来てたのか?」
(ええ。ダンジョンに入るなりポカーンとした顔したかとおもったら、ズルいのです!ズル過ぎるのです!って騒いでましたぜ)
「あー、そういえば普通はモンスターの召喚にもポイント使うんだっけか。うちのダンジョンにはポテトが住み着いてるからそこら辺気にしなくていいもんな」
とは言うものの、世界樹の育成にもポイントを使わなくちゃいけないんだから、メルキアが思っているほどポイントは節約できていないだろう。まあ、ポテトモンスターを召喚するついでに世界樹も育つと考えると破格すぎるんだが……。
(そうだ旦那、ポイントで鳥系モンスター召喚してもいいですかい? あっしらがボス張ってるのにポテトしかいないのはどうかと思うんでさぁ)
「それもそうだな。俺もどんなの召喚できるか見てみたいから、今度みんなで一緒に決めようぜ」
そんな話をしていると、他のメンバーに先んじてフィーネがやって来た。
「やっほー」
「おう、いらっしゃい。他の連中は?」
「ギルドでクエストの報酬貰ってから来る」
「ははあ、待ちきれなくて先に一人で来たのか」
「ん。それから――」
「それから?」
フィーネは後ろを向くと、メニュー画面を操作してアイテムをオブジェクト化した。
驚くべきはその量だろう。最低限の装備を除いた枠全てを使って集められたであろうアイテムの山は、その全てが食材である。それは一つ一つは小さなものであっても、かつて鳥さんの島で目にした神話級食材の山に匹敵しうる高さだ。
「こ、これをどうしろと……?」
「おかわり用」
「どんだけ食うんだよ!?」
「……だめ?」
「うぐっ、こ、この程度がなんぼのもんじゃい! 全部まとめて料理してやらァ!」
「わーい。今夜は寝かせない、ぜ?」
「徹夜で食うの!?」
「大丈夫、明日は休みだから」
「うちの学校は普通に授業なんだけど……」
「残念、じゃあ半分だけで我慢しておく」
半分か。半分でいいならなんとかなる。うん、きっといける筈……。覚悟を決めて飯を作るのだ。




