合宿3日目 ~合宿終了~
久しぶりに長めです。
ハイキングコースを周り終わり、もといた場所まで戻ってくると、一人の男が目についた。やたら背がでかいようで、座っていてもそいつを囲んでいる女子よりも頭一つ抜きでている。
そう。目についた理由は複数の女子に囲まれてちやほやされているからで、体に刻み込まれたリア充スレイヤーの本能が奴を誅せよと囁きかけてくるからだ。リア充スレイヤーからは足を洗うと決めたのに、思わず殺気が漏れだしてしまうほどにハーレムしてやがる。
「光介先輩、なんか稲葉先輩から殺気が漏れ出してるっす!」
「まずいな、リア充スレイヤーモードになりかけてる。暴走したら巻き込まれかねないし、ちょっと離れておこう」
失敬な。殲滅対象以外に被害を及ぼすようでは三流のルーキーだぞ? 俺は免許皆伝を得た一流、対象のみに的確な攻撃が行える。いや、そもそもリア充スレイヤーからは足を洗うと決めたんだから関係ないんだけどね?
離れていく光介達を尻目に、沸き上がる衝撃を堪えていると渡仲が話しかけてきた。
「おーい稲葉! ちょっと聞いてく……ひっ」
「ん?」
「なんでそんな怖い顔してんだよお前!」
「あのやたらデカいイケメンがハーレムしてるのが悪い。しかも本人が興味なさそうなのも腹立つ」
「え……? ああ、稲葉は中学別だもんな。そりゃ分からねーか。あれ、大尊だよ」
「大尊……って重石君だと!?」
渡仲に告げられた衝撃の事実に戸惑いつつ、もう一度観察してみる。あ、本当だ! よく見たら背丈が同じで……ってそれくらいしか共通点ないじゃねーか!
「すごいよな。体動かす時間が長いとああなるんだよ。しかも食べたらすぐに元の体型まで回復するおまけつきだ」
「人体の神秘ってレベルじゃねーぞ!?」
「そんなことより聞いてくれよ! 俺らの班スゲーの見ちゃったんだって!」
「すごいのって、どうせ野生動物か何かだろ?」
そんなものより重石君の変化のほうがよほど見ごたえがある。周りの女子から貢がれるお菓子を、一口、また一口と食べる毎に元の体型へと戻っていくのだから。エネルギーの吸収効率が限界突破しているとしか思えない。
「そう! まずは熊が出てきて焦ったんだよ!」
「ああやっぱり動物……熊!? めっちゃ大変じゃん!」
「目があっちゃって頭ん中真っ白になってさ、誰も動けなかったなぁ」
「下手に騒がなかったからそのまま山に帰ってくれたのか」
「いや、三組の佐竹の野郎が叫んだせいでおもいっきりこっちに向かってきた」
「何やってんだ佐竹ェ!」
熊の走るスピードは自動車並みだと聞いたことがある。加えて木登りも得意だし、そんな絶望的な状況からどうやって逃げきったのだろうか?
「佐竹を生け贄にでもしたのか……?」
「あー……それも一瞬考えたんだけどさ、俺らと熊の間に、空から降ってきたんだわ」
「空から? 何が?」
「……天狗が」
「天狗!?」
まさかの妖怪の登場である。熊VS天狗の戦いなんて、平安時代でもめったにお目にかかれなかったろう。それを渡仲達は目撃したのか……。
「たぶん人間なんだと思うんだけどさ、素手で熊を圧倒したんだよ!」
「ん? ちょい待ち、話の流れがとんだ気がするんだけど……人間だって言うんならなんで天狗だなんて言ったんだ?」
「なんでって……熊を素手で圧倒するんだから本物の天狗かもしれないじゃんか」
「いやいやいや、だからその天狗要素はどっから出てきたのかって聞いてんだよ」
「え? ああ、言ってなかったっけ! そいつ、天狗のお面してたんだわ!」
天狗の、お面……? なんだろう、いきなりその人知り合いのような気がしてきたぞ?
「倒した熊を背負ってどっか行っちゃったんだけどさ、何故か最後に俺らのこと一瞥してから地面に唾吐いていったんだよなぁ。なんでだと思う?」
「確定かよ……」
「は? 何が?」
きっと地面に唾を吐いた理由なんて、リア充滅べをマイルドに表現しただけだろう。授業の一環だと見抜いたからか、はたまた状況が状況だけに見逃したのかはわからないが、あの人なら熊くらい素手で倒せるわな。
わからないのは何故こんな所にいたのかってとこくらいだが……。
――スチャッ。
「あ、ああ……い、稲葉、うし、後ろ……!」
背後で聞こえた着地音、ビビる渡仲。どうやら本人から理由が聞けそうだ。
「……お久しぶりです、師匠」
「……」コクリ
予想通り、背後に立っていたのは我が師にしてリア充スレイヤーの開祖、狗亥早奉氏であった。
「よく俺がいるってわかりましたね」
「……」
「なるほど、熊を運んでいるときに……さすがの洞察力です。しかし、なんでまたこんな所に?」
「……」
「南で総会……そういえばもうそんな時期でしたっけ」
夏が近づき、海開きが近いこの季節。無限に沸き出るリア充を効率よく殲滅するために、海開きに先んじて集まり対策を練るのが南方集会である。集会の参加者は基本社会人のみだが、かつて叔父さんにつれられて俺も一度だけ参加したことがある。
「な、なあ稲葉……? なんで意志疎通できてるの? その人一言も発してないよね!?」
「はあ? 何言ってんだよ渡仲。普通に会話してるだけだろうが」
「本気で言ってんのか!? ひぃ、こっち見た……!」
「そりゃそんな大声出せば見るだろ。すいませんね師匠、失礼なクラスメイトで」
やれやれ、リア充が絡まなければこの人程理性的な人はいないというのに。天狗のお面をつけて山伏の格好をしているだけの人相手にちょっと怯えすぎだろう。
「……」スッ
「これは?」
師匠が懐から取り出したのは、竹皮でくるまれた何か。どうやら俺と渡仲にくれるみたいだ。
「……」
「お裾分け? ああ、さっき仕留めた熊の肉ですね! ありがとうございます」
そこそこ料理ができる俺ではあるが、ジビエをうまく扱える程の腕前ではない。こういうのは母さんに頼むのが一番だろう。何故か普通の料理の他に、サバイバルテイスト増し増しのワイルドな料理が得意だったりするからね。
「お、俺も貰わなきゃだめなのか!? 受け取った瞬間拐われたりしないよな!?」
「大丈夫、大丈夫。リア充スレイヤーの合宿への参加は任意だし、無料で参加できるんだぜ! 最短2週間で君も真のリア充スレイヤーに!」
「そんな車の免許みたいなものなのか!?」
実際俺も、中学の夏休みの期間だけで逃走術のみだが師匠から免許皆伝の御墨付きを貰えた。だからだいたい合ってると思う。
「……」
「え? 総会の間は忙しいから無理? そうですか……残念だったな渡仲。弟子入りは夏休みまで我慢しろ」
「いや、欠片もする気ないんだけど……」
分かっているとも、口では否定的なことを言いつつ興味津々だってことくらい。後で普段師匠が暮らしている山の住所を教えてやろう。
「……」
「あ、もう行かれるのですね。熊肉ありがとうございました」
うむ、と一つ頷き俺の肩に手を乗せる師匠。
さて、ここで一つ俺は失念していたことがある。そもそも師匠が俺を見掛けたのはいつ頃のことだったろう? おそらくはハイキングコースをみんなで一緒に歩いていた時だと思われる。その時の俺の姿はどうだったろうか? 光介というおまけ付きではあったが、傍目に見れば美少女に囲まれたハーレムである。それはつまり、生粋のリア充スレイヤーにとっては殲滅対象であることを意味するのだ。
「……」
「え? っ! うひっ、うひひひひっ……!」
「ちょ、稲葉……? いきなりどうしたんだよ!?」
「あっ! バカ、触るんじゃねぇ! アヒャヒャヒャヒャッ……!」
やられた、なんて早業だ!
今の俺は全身の神経が鋭敏になり、少し風が当たるだけでもくすぐったさで悶え苦しむ状態にある。これこそはリア充掃討術その肆、笑止殲晩。笑いが収まるころには日は暮れ晩になり、腹筋と表情筋に多大なダメージを与えるという暴力に訴えるよりもエグい技! まさか肩に手を乗せただけで発動できるとは……! しかも師匠の奴、様子すら確認せずに普通にどっか行きやがった!
「お? なんか面白そうなことになってんな悠!」
「ふひひひっ、待て光介! 何故今戻ってき、ぬほほほほぁ!? このっ、つつくんじゃねぇ!」
「面白そう」
「いろいろ数えたのが無駄になった鬱憤の捌け口にしてやるっす!」
「んぎょほほははっ!? ちょっ、マジでやめっ! ふひょひひひ、ヒーッヒヒヒ!」
瑠美と伊織ちゃんがツンツンに参加すると、それにつられて早百合さんまでツンツンしてくる。普段であれば悪い気はしない状況が、今はただただ辛い!
光介は初撃以降離れたが、爆笑しながら俺の様子を撮影してやがるし、この状況を脱するためには、未だ何のアクションも起こしていない委員長にかけるしかない。すがるように委員長の方に顔を向けると、ちょうど目が合い、静かに頷く委員長。
おお、祈りは通じたか! これで委員長が三人のツンツンを止めてくれればこの地獄も少しはましになる!
「えい」
「そうじゃねぇだろ!? ギャハハハハハッ!」
師匠が手加減してくれていたのか、その後一時間でもとの状態に回復した。しかし笑い転げ続けたダメージは消えない。腹筋と頬がめちゃくちゃ痛いし、体力がかなり削られた。最終日にして合宿無関係のところでこれ程疲れるとは思わなかったぜ。帰りのバスでは、真っ白に燃え尽きたボクサーのような体勢で終始過ごすはめになったのは言うまでもないことだ。
「飯は……姉さんにまかせよ……」
気だるい体でなんとか高校から家にたどり着き、熊肉を冷凍庫にしまったら、Ω様へと横になる。
「んあぁ……なんたる癒し空間!」
横になっただけで、ほんの少し体力が回復した気がする。やはりΩ様は至高である。
「このまま寝たいとこだけど……約束しちゃったもんはしゃーないよなぁ」
睡魔に抗いスプルドへとログインする。するとどうだろう、高級そうな見慣れぬ部屋で目が覚めたではないか。
「あ、なーんだ。俺のホームじゃん」
普段はボロ小屋でログイン、ログアウトを行っているから一瞬分からなかったぜ。
「……んん?」
前回もログアウトはこっちじゃなくて小屋を使った筈だよな。ならなんでこっちで目が覚めたんだ……?
「ま、まさか……!」
嫌な予感とともに、窓へと駆け寄る。そこから見えるホームの庭は、ブラウニーさんの手腕により一切の無駄がなく、とても美しい。
そう、一切無駄な物がないのだ。あの景観を壊すこと請け合いの、俺のお手製ボロ小屋ハウスが影も形もありはしない。よく分からない謎アイテムコレクションを並べた秘密基地は、もう、どこにもない。
「うっ、くぅ……! これが世に聞く『おいババア!勝手に俺の部屋掃除すんなよ!』状態か!」
うちではそういうことがなかったので、俺はこれが初体験となるが……物が無くなるどころか家そのものが断捨離されるとはな!
ああ、目を閉じると浮かんでくる謎アイテムコレクションの数々よ……。河童のミイラ、変な化石、瞬きする石像……どれもほどよく怪しげで、秘密基地的な雰囲気を醸し出すインテリアとしていい仕事していたのに……。
「もうどれも残っちゃいないんだよな……」
たしかに、あれらのアイテムはこのホームに設置するには不向きな物達だったろう。それでも捨ててしまうのはもったいないじゃないか! せめてアイテムボックスの片隅にでも放りこんでおいてくれることを信じて……っておやおや?
「このインテリア、どこかで見たような……」
うちひしがれ、項垂れた拍子に目に入ったのはこの部屋に置かれたインテリアの一つ。それをじーっと見つめていると、なんと瞬きをしたではないか。
「なっ、もしかして小屋に置いておいたあの石像なのか!?」
改めて部屋の中を見渡すと、至る所に小屋に置いておいたアイテムが設置されているではないか!
ブラウニーさんの手腕が恐ろしい。あの謎アイテム達が、小屋にあったときの雰囲気を全て脱ぎ捨て、お洒落なインテリア面して並んでやがるし、そこにまるで違和感がない。むしろこんなお洒落な物をあんなボロ小屋に並べていたのが恥ずかしくなってくるレベルだ。
「…………はっ! いけね、呆けてる場合じゃねーや。とりあえずDXお子様ランチの材料揃えないとだよな」
ブラウニーさんがすごいのは、何も今に始まったことじゃない。基本俺にデメリットはないのだから、いくらでも自由に行動してもらって構わないじゃないか。なので今はフィーネのお子様ランチに集中するべきだ。
要求されたサイズは帝王級。キングさえも格下に置く盛りの頂点は、その規格外の大きさから古の昔に禁忌とされ封印されたサイズである。お子様ランチでその盛りを再現するとなると、そのビジュアルは圧巻の一言に尽きるだろう。
気合いを入れ直し、食材の調達に向かいたいところだが……出口はどこだろうか? 自分の家なのに間取りを一切把握できていない。宝物庫がある関係上、地下部分だけは完璧におぼえているんだけどなぁ。
窓から外を見た感じ、ここは三階くらいだってことは分かる。ひとまず階段を探して一階まで降りることにしよう。
「なんとなく玄関の正面に階段があるイメージだったけど違ったか」
よくよく考えてみれば、部屋の窓から飛び降りれば早かったじゃないか。空も飛べるんだから安全かつスマートな方法だろう。が、一階まで下りてしまった今、わざわざ階段を上ってまで実行する必要性は皆無だ。
適当に扉を開けていけば、いずれ大広間にたどり着いてそこから玄関まで行ける。そう考えて近くの部屋の扉を開けると……。
「……っ!」
「あ、失礼。おじゃましました」
ゴスロリっぽい服装の美少女が優雅にティータイムしていたのでそそくさと扉を閉めて退散した。
ホームに居座る謎の少女。
彼女の正体はいったい……?(ブラウニーさんではない)
『ランダムでキャラを作ったんだが詰んだかもしれない』書籍版第一巻好評発売中!
みんなも買ってるって言ってるし、君も買っちゃいなよ?
書籍版発売以降、宣伝を怠っていたので今回はしっかり宣伝してみる。