合宿1日目 ~華麗なる潜入者~
遅れてすいませんでした!
野郎共が血で血を洗う大論争をしているのを尻目に、風呂場を去った俺は密かに持ち込んだ秘密アイテムを使用していた。
「ククク、完璧だ。我ながら恐るべき完成度だぜ!」
さーて、後は行動に移すのみだ!
「やっと自由時間だけど何する?」
「何するって言われても、ねぇ?」
「トランプでもする?」
「子供か!」
「そうだよね、ただトランプやるだけじゃ刺激が足りないよね。それじゃ最下位は好きな人を暴露するってことで」
「発想がまだ小学生のそれだね」
ここはとある女子部屋の一室。消灯までの間にある僅かな自由時間をどう過ごすか、彼女達は真剣に話し合っている。
「あーもう! ご丁寧にネット回線遮断されてるのがマジでウザい! 娯楽はないのか!」
「本当に楽しい事が一つもないね、この合宿」
「学生の本分は勉強なんだから文句言わないの」
「でたー! そんなクソ真面目だからサキは万年委員長なんだよ!」
「小学校から今までフルコンプだっけ? よくやるよねー」
「べ、別にやりたくてやってる訳じゃないから!」
へぇ、委員長ってずっと委員長やってたのか。マンガのまるで登場人物みたいじゃないの。
もうお分かりだろうが、俺は今女子部屋に潜入している。それもこそこそ隠れるような潜入ではなく、堂々と姿を晒したうえでの潜入である。
それなのに何故バレないのか? それは叔父さん仕込みの逃走術を応用使用しているからに他ならない。
リア充スレイヤーに受け継がれし逃走術、その陰の極みこそがこの『影無き背景』。極限まで自分の存在感を消すことで、例え相手の目の前にいようとも気付かれなくなる絶技である!
陽の極みの技である『違和感無き第三者』を使ってもよかったが、こちらは知り合い相手だと発動精度が極端に落ちてしまうのでやめておいた。
「にしてもさー、来てた高校が共学なり男子高だったらよかったのにねー」
「……うちの男子のことボロクソに言ってたの誰だっけ?」
「いや、さ? 実際ここまで楽しみがない合宿だと、ちょっとくらい妄想に耽りたくもなるじゃんよ」
「はい! 大富豪で負けた人が好きな人喋って、勝った人が理想の妄想シチュを語るってどうかな!?」
「なにその闇のゲーム!?」
「ん?」
おっと! 危うく潜入がバレるとこだったぜ。安易なツッコミは身を滅ぼす危険性を秘めている。より長くこの場に留まる為には、些細なリアクションすら我慢しなくてはならないのだ。
しかし凄いな女子。ちょっとした罰ゲーム感覚でそんな恥いことを平然と語り合えるのか。
「勝者と敗者がダメージを受けるなら……狙うは中間順位、か」
「ルールは? ローカルルールはどこまでアリなん?」
「えっ、やるの? やる流れなの!? さっきまでトランプ乗り気じゃなかった癖に!」
「委員長、トランプ程度で人の恥ずかしい話が聞けるんだよ?」
「やるしかないっしょ!」
「レッツトランプ!」
「二分の一の確率で被弾するかもしれないのになんでそんなノリノリなの!?」
訂正しよう。すくなくとも、うちの高校の女子の思考回路は俺らとそう変わらない。それはさておき、委員長大富豪弱いなー。他三人が一位を避けるべく高度な心理戦を繰り広げつつ順調に手札を減らしていく中、ほとんど場にカードを出せていない。
いったいどんな手札をしているのか気になって、こっそり後ろに回り込んで覗いてみたら思ったより酷かった。3が三枚、4が二枚、7が一枚、9が一枚。三人の上がる順番次第でギリギリ最下位回避できるかどうか、って手札だな。あっ、とか言ってる間に負けちゃったかー。
「つらいわー。一位とかマジでつらいわー」
「なんで絵札とかAとか一枚も来ないの……? 絶対おかしいわ。こんなの確率的に間違ってる……」
「よーし! それじゃお二人さん」
「張り切って語ろうか!」
「勝っちゃったもんはしゃーないか。そうだなー……■■■■■でシチュー■■■■■■を■■■■して■■■■■■■■とか良くない? あ、でもやっぱり■■■■■■に■■■とかも捨てがたいかな」
おうふ……こんなエグい内容をちょっと得意気な顔で話せるとか、ちょっと男前過ぎるぜ三井さん。文字にできないのが残念だが、俺の脳内フォルダにしっかりと記録させてもらったぜ。
「はい次サキの番ね」
「ちょっと、感想は? 語らせるだけ語らせといてスルーするの酷くない?」
「将来、彼氏に引かれないといいね!」
「はは、またまた~。あれくらい普通っしょ? ……普通だよね? ちょっ、なんで皆して顔逸らすわけ!?」
「んじゃ気を取り直して、委員長どうぞ!」
「いや、あの、特に好きな人なんていないんだけど……?」
「えーっ、つまんなーい」
「んじゃさ、気になる人でもいいからさ」
「そういう人もいないかなぁ……」
まあそうなるよな。実際に言葉通りなのか、それとも本当は気になる人がいるのかは分からないが、その回答を選ぶ人は多いだろう。ただしそれでは周りが満足できないので、更なる質問が飛んでくるのは当然の摂理と言えよう。
「ふーん? まあ今の質問はちょっと漠然とし過ぎてたかな。より具体的にすればちゃんと答えられるよね? てことで、範囲をうちの高校内まで狭めよう」
「なっ! それむしろ言いにくいんだけど!?」
「そう? ちなみに私はバスケ部の西城先輩とかタイプだよ」
「あたしはねー、重石くんがいいかなー? おっきくてくまさんみたいだから!」
な、なんて奴らだ! 先に自分達で答えることで、委員長の逃げ場を潰しやがった!
「うちは、赤木がいいかなー」
「光介はやめときなよ。あいつはアレだから、食べかけのお菓子とか放置して腐らせるし? お小遣い全部ゲームに使って万年金欠だから、デートとかもろくにしてもらえないってたぶん」
「やたら詳しいじゃん。ってかさ」
「誰?」
し、しまったー! 特殊性癖扱いのダメージから回復した三井さんが光介の野郎の名前なんて挙げるから、つい嫉妬してネガキャンしてしまった! 潜入の為に女装してあるし、とっさのことだったが声も変えて喋ったからまだ男だとバレてはいない。が、完全に『影無き背景』の効果が消え失せている。
この場から自然に立ち去るためには、たぶん彼は友達の友達を使うしかない! クラスメイトが相手ではあるが、今の俺の姿を普段の俺とイコールで結びつけるのは難しいのできっといける筈。堂々とこの窮地を切り抜けてやりますよ!―
「……てへ♪ お部屋間違えちゃった☆」
「確保!」
委員長の号令で、残りの三人が素早く俺を取り押さえる。両腕と背中に一人ずつ引っ付かれては、身動きがとれない!
「いやーん! お離しになってぇ!」
「ふふふ、どこの誰かは知らないけど、委員長からの命令だからね。離す訳にはいかない――ってあれ? なんか思ったより筋肉質」
「そりゃそうよ。その子、男だし」
「えっ!?」
「嘘!?」
な、何故バレたし!? ウィッグとメイクで俺の見た目は完全に姉さん似の美少女になっている。中学の頃、文化祭でやっていた女装コンテストを三連覇したクオリティだぞ? それを一目で看破するとは……この委員長、できる!
「な、なんのことかしらー? 私が男の子なわけないじゃなーい?」
「とぼけても無駄よ。中学からずっと同じクラスの私がいる部屋に入ったのが運の尽き。今日こそそのメイクのやりかたを教えて貰いましょうか――稲葉君!」
「ええっ!? これ稲葉なの!? 嘘でしょ、超可愛いんだけど!」
「マジで? 実は付いてなかったって言われても、信じちゃうレベルだよ?」
「何が!? あ、ナニがか!」
くそっ、委員長が同じ中学出身だってことをすっかり失念していた。しかもずっと同じクラスだって? そりゃ一目で看破される訳だぜ。
「くっ、もはやこれまでか……!」
「落ち着いて、稲葉君。そのメイクを私達に教えてくれるなら、先生には何も言わずに解放してあげるわ」
「へっ、司法取引ってやつか。でもな委員長、俺はこの拘束を力ずくで破ったっていいんだぜ? 先生方に怒られるのは承知の上での潜入さ。ここから逃げるのも潜入の醍醐味、そう思わないか?」
「無理ね。貴方はもう逃げられない。何故なら――」
「待て委員長! その先を喋るな!」
「何故なら、両腕と背中に当たっている胸の感触を貴方は振りほどけない!」
「えっ、きゃあ!」
「あー! ほら離れちゃった! だがこれで俺は自由の身だ! リア充スレイヤー、その逃走術の真髄を見るがいい!」
もう少し三つの柔らかな感触を楽しんでいたかったが、潜入の収穫としてはこれ以上ない成果だ。捕まって怒られる時も、あの感触を思い返せばきっと乗り切れる。
「まずい! 愛海、玲奈逃がさないで!」
「」
「ふはは、遅いわ! 対拘束用逃走術、『脱衣式即席案山子』!!」
「捕まえた!」
「ふふ、口ほどにも――えっ、服だけ!?」
捕まる瞬間、服を囮に逃げおおせる。それを超高速で行うのが『脱衣式即席案山子』。極めれば忍者ごっこにも使える逃走術の一つだ。捕縛素人にはまず捕らえられることはないぜ! 後は扉の前で待ち構えている委員長を、相手の瞬きの瞬間に移動することで瞬間移動風を装える技、『一瞬の闇を歩む者』で突破すれば俺の勝ちだ!
……ゲーム内よりも、リアルの方が使える技が多いってどうなんだ俺よ? 合宿終わったら使えるアーツ増ーやそっと。
「ハーッハッハァ! あばよぅ、とっつぁーん!」
「誰がとっつぁんか!」
「すごい逃げ足だね……あ、なんか紙落ちてるよ」
「えっ?」
『稲葉流メイク術、その秘伝をここに記す』
「ひゃっふー! ありがとう稲葉君!」
「男の稲葉があんなに可愛くなるメイク術かぁ……」
「どうする? これに免じて、先生にチクるのはやめといてあげる?」
「だね!」
ふっ、カッコつけて怒られるのは承知の上とか言っちゃったけど、怒られないにこしたことはない。あのメモで黙っといてくれるといいんだが……。
「へっくし! うう寒ぃ。早いとこ部屋に戻って服着ないと風邪引きそうだなこりゃ。ダッシュで戻ろう」
「む! 貴様、廊下を走るんじゃない! と言うより何故裸!?」
チィ! 歴史の護峠先生か。無事に女子部屋から退散できたのに、ここにきて教師に捕まるなんて展開は無しだ!
「キャー! 先生のエッチ!(美少女ヴォイス)」
「えっ、あっ、すまん! ……待て、女子が裸で廊下を走るものか? さては貴様ッ……いない、だと? 私の見間違い? いや、でも声は聞こえたし……そもそもあんな顔した生徒うちにいたか? まさか、幽霊……?」
護峠先生は眠れぬ夜を過ごした。
おまけ1
女子部屋にいた人達
・戸隠 夢
トランプやりたがってた子。
主人公を背中から取り押さえる。
推定Bカップ。
・吉田 愛海
バスケ部の先輩推しな子。
主人公の右腕を取り押さえる。
推定Cカップ。
・三井 玲奈
アブノーマルな子
主人公の左腕を取り押さえる。
推定Bカップ。
・雪村 小姫
小学校に入学してから高校二年の今まで、パーフェクトで委員長を勤める委員長の中の委員長。自分から立候補したことはない。
接触失敗によりカップ数不明。
おまけ2
リア充スレイヤーの継承者達
・稲葉 まかろん
主人公の叔父。
「せめて兄貴みたいにカッケー名前がよかったよ!」と言って家出した15の夏、遭難した山で(出会っちゃいけない類いの)運命に出会う。
・天狗面の男
初代リア充スレイヤー。
山で叔父が出会ってしまった人物。
世間のカップルへの憎悪が抑えきれず、このままでは不味いと山に籠る。
が、プラスとマイナスが掛け合わさり、より大きなマイナスになってしまった。その結果生み出されたのがリア充スレイヤーの技の数々である。
現在も、山に迷い混んだモテない野郎共を中心にリア充スレイヤーの道に堕としている。
・その他のリア充スレイヤー
全国各地に散らばっていて、その総数は数えきれない。
日夜カップルに破壊工作を行っている。
恋人ができると即リア充スレイヤーを脱退し、日々の活動の記録を記憶の奥底へと封印する。
おまけ3
稲葉流メイク術誕生秘話
ある日の昼下がり。稲葉家のリビングに絶叫が鳴り響く。
「ぐわー! やめろー! おれは怪人になんかなりたくないぃ!」
「ふふふ、観念しなさい悠二。悪の組織の超科学技術であなたは生まれ変わるの」
「いやだー! ヒーローがいいー! 怪人はやだー!」
「麻酔を射ちます。次に目が覚めたら、新しいあなたがそこにいるわ」
「この、げどう、め……ガクリ」
悠二くん小学一年生、お姉ちゃんの美穂ちゃん小学六年生。この日のごっこ遊びのテーマは悪の組織に改造される一般ピーポーだった。
(改造どうしようかな……そうだ、改造が終わるまで悠二は動かないしお化粧の実験台になってもらおう)
そんな美穂ちゃんの唐突な思いつきから数分後。
「目覚めなさい。新しい自分との対面よ!」
「うっ、うーん……なっ!?」
「気に入ってくれたかしら?」
「これが、あてくし……?」
そこには見事なメイクの施された悠二くんの姿があった。そしてそこに、タイミングよくお友達の光介くんが遊びに来たのです。
「おじゃましまーす! 悠二、遊ぼうぜー!」
「こんにちは!」
「!? こ、こんにちは……。な、なあ美穂姉ちゃん、この子だれ?」
「ふっ、くっ、し、親戚の悠子ちゃんだよ」
美穂ちゃんは赤面する光介くんを見て笑いを堪えるのに必死です。
「へ、へぇ……ゆうこちゃんか」
光介くんの初恋は、この5分後に無惨にも崩れ去るのだった。




