チュートリアルで詰んだかもしれない.17
早いに越したことはない。そう思って戦いに来た訳だが、それでも少し遅かったらしい。
『剛脚のラビィ』のユニーク化は防げたが、肝心のボス兎の成長は終わっていたようだ。
いや、ついさっきまで寝ていたと言ってたな。ユニーク化したのは昨日の筈。その時点での見た目は灰色で、他のキックラビットと変わりはなかった。
つまりユニークの能力に適応するために身体が変化した?そのために睡眠が必要だったのか?
そこまで考えた俺には非常に嫌な予想が浮かんでしまった。
古今東西神様って奴は理不尽の塊だ。神頼みしたくなる時もあるが、実際に関わり合いになりたいか?と問われれば答えはノーだ。関わったが最後、録な目に合わないのは神話に登場する英雄達が教えてくれている。
さて読者諸君。君達の中で、クエストを受けてから何だか都合よくストーリーが進んでいるように感じた方もいるんじゃないかな?俺もボスと対面するまで、ラッキーだなぁとしか思っていなかったが、不自然なことがある。
ネームドモンスター達がわざわざ1体ずつ攻めて来てくれるなんて、いくらなんでも都合が良すぎるし、戦っている間に他のキックラビットすら割り込んで来ないのはやりすぎだ。
イベント戦闘だから。そう言って済ませることも勿論できるだろう。
でもプレイヤーを捕らえてレベリングを行う程のモンスターが、援軍も寄越さずただ順番に倒されるような愚を犯すとはとても思えないよな。
間違いなく戦神グーヌート、奴が噛んでいるに違いない。その考えに行き着くのにそう時間はかからなかった。それに気がついてしまったが為に、最悪の予想も浮かんでしまったのだ。
道中討伐して得られた筈の経験値。戦神グーヌートに捧げられたらしいが果たして本当にそうだろうか?
ついさっきまで眠っていたボス兎の強化に使われているんじゃないの?
もともと存在するネームドモンスターやユニークモンスターを利用した試練だと俺は考えていた。そのためにレベルが上がらないようにされたのだと。この考えが間違っているとしたら……。
その答えが目の前の漆黒のボス兎になる訳だ。
「もともと手も足も出なかった相手を強化して寄越すとか、性格悪すぎんぞグーヌート!」
(ごちゃごちゃ言っていないで構えるがいい。我が同胞の弔いのついでだ。馴染んだ能力の確認にも付き合ってもらうぞ)
「ち、ちくしょう!やってやんよオラー!」
俺が構えると同時にボス兎が駆け出す。そのスピードは他の兎達とは比べ物にならない程だ。そして確実に昨日より速くなっている。
縦横無尽に空を駆ける姿はまるで黒い稲妻のようだ。カウンターを当てるどころか回避すら難しいだろう。しかも厄介なことに……
「げぇ!麻痺だと!?」
攻撃に新しい状態異常が乗っていたのだ。
ただでさえスピードについていけないってのに、麻痺まで追加されたんじゃサンドバッグコース一直線である。
(ふむ。風を纏い空気の抵抗を減らしスピードを上昇させ、体毛に摩擦で発生した電気を貯めることができるようだな。なかなか便利だ。特に電気、貯め続ければ格上のモンスターの動きを封じることもできるかもしれん)
圧倒的能力の差があるからか、麻痺した俺を放置して能力の検分をしてやがる。だがいきなりコンボを決めて来ないのはありがたい。
一撃食らってわかったのだが、まるで本気になっていないボス兎の攻撃の方が『剛脚のラビィ』の攻撃よりも痛かったのだ。
なんて言えばいいかな?ラビィの攻撃が全体に広がるように響く感じで、ボス兎の攻撃は威力を余すことなく一点に集めた感じ?
攻撃力自体はラビィのが高いんだろうけど、無駄がないぶんボスの攻撃の方が効く。我慢できない程じゃないが本気を出してきた時が恐いな。
(麻痺は解けたか?では続きといこう)
「もうちょっと能力の考察しててもいいんだぜ?」
(必要ない、次は奥義の番だ)
「お、奥の手は最後までとっておくものでは……?」
(妙なことを言う。だからこそ今性能を把握するのではないか。追い詰められた時にどんな技か把握できていないものを頼る訳にはいかないからな)
奥義ってあれだろ?ラビィの格闘技なのに範囲攻撃なリバースなんちゃら!みたいなのを使ってくるってことだよな?
格ゲーの練習モードみたいに、俺でコンボの確認をしようってことか。……明らかに死刑宣告じゃんそれ!
「カウンター決めて奥義出す前にHP削ってやる!」
(やれるものならやって見せろ。行くぞ!奥義、天駆瞬動・無双嵐脚)
「ちょぉっ!?」
気がつくと俺は宙を舞っていた。
痛みからして、足払いで体制を崩されてから蹴り上げられたみたいだな。
その一連の動きがまるで見えなかった。恐るべき速さだ。だがこれだけで終わるような奥義じゃないだろう。
俺は回る視界の隅に奴の姿を捕らえた。四肢に纏っていたオーラがその輝きを一層増して、今まさに此方へと向かってくる瞬間だった。
「ぐはっ!」
そう思ったときにはまた攻撃を受けていた。それも一撃じゃない。上下左右四方八方、前も後ろも関係なく無数の衝撃が襲ってきた。
どうやら昨日俺が受けた空中コンボ、その完成版を超高速で叩き込む奥義だったらしい。
外側からこの光景を見たならば俺が黒い球体の檻に閉じ込められているように見えたことだろう。
いったいどれ程の攻撃を受けたかわからないが漸く最後の一撃に入ったらしい。
目の前にはくるりと身体を回転させ、オーバーヘッドキックを放つような体制のボス兎がいる。
ここだ!今なら当たる!
半ば確信にも似た感覚が俺にはあった。気力を振り絞って空歩を使う。身体半分程度しかずらせなかったが十分だ!
奥義の最後の一撃。そこにカウンターを合わせたならばその威力はかなりのものになるだろう。頼むから当たってくれよな!
(何!?その能力は空脚の!くっ最早止められぬか……!)
振り下ろされるは無双を誇る破壊の一撃。それに対するは運を味方につけたへなちょこパンチ。僅かながらに俺の拳が当たる方が早かったかな?
半分しかずらせなかった身体に鋭い蹴りが炸裂し、俺は勢いよく地面叩きつけられたのだった。




