プロローグ.2
「あー、悠二お帰りー。光介もいらっしゃーい」
リビングに入ると、姉さんがソファーでだらけていた。
稲葉美穂、俺の5つ上の姉である。いつも家にいるのだが、ニートではないらしい。いつもソファーでだらけているのに中々の稼ぎだと言うのだから驚きである。小遣いくれても罰は当たらないだろうに、と常々思っているのは内緒だ!
「この匂い、まさか!」
光介が何かの匂いを嗅ぎとったらしい。その反応もしや俺の愛しのカニちゃんは既に調理された後だとでも言うのか!?
「わからん!」
「わかんねーのかよっ!」
「一回やってみたかったんだよ」
この役立たずめ、無駄に気を持たせやがって!もしカニちゃんが無事でも足は一本も渡さんぞ…?
「んー?なに?匂いがどうかしたのー?」
不思議そうな顔で姉さんが聞いてくる。
「HEY姉さん!正直に答えな。あんたまさか今夜鍋にする予定だった俺のカニちゃんを昼に食べてたりしないよなぁ?ことと次第によっちゃあ学校から帰って来るまでに鍛え上げたこのチョキが火を吹くぜ!」
そう、俺は下校中ずっとチョキをチョキチョキしていたのだ!周りから変な目で見られてた気がしないでもないが、そんなもの気にしないぜ!
「……私は足4本しか食べてないよ」
「4本!?4本もいったのか!毎度毎度俺が当てたものを俺より前に食べやがって!」
くっ、4本っていったら半分持っていかれてるじゃないか!あれ?鋏のとこ合わせて8本だっけ?合わせないで8本?いや、今は気にしない。本数は問題じゃない、先に食べたことが問題なのだ!
「ふふふ、もう我慢ならん……食らえ!必殺スーパー目潰しッ」
「待て悠!早まるな!美穂さんは『私は』と言ったんだ」
「離せ光介!それがなんだってんだ!」
「……もしかしたらもうカニはないのかもしれない」
「は?それってどう言う……」
「最後まで話を聞いてみようぜ……」
「お父さんとお母さん、あと遊びに来てた雪音さんが残りは食べちゃった、メンゴ」
「……」
なんてことだ……。既に俺のカニちゃんは食べ尽くされた後だったのか……。
それなのに俺はまだ半分、あわよくばあと2杯は無事だなんて考えていたのか……。
ポン、と肩に手が乗せられる。振り向くと光介が目を瞑りゆっくり首を振った。
俺は崩れ落ちた。どうすればいいのだろう、このカニを受け入れる気満々になってしまった口を。
どうすればいいのだろう、未だにチョキチョキし続けているこの手を……!
「てか悠二、そんなにカニ好きじゃないじゃん」
「まあね」
ガバッと起き上がりチョキチョキを解除する。そう、俺はそんなにカニが好きではなかったのだ。でも懸賞でせっかく当てた物だし、カニを食べる気満々だったのもまた事実。
「てことで光介、カニかま買ってきてくれ。あの高めのカニっぽいカニかま」
「特に好きでもないんだからわざわざ買わんでもいいだろうに」
「えー?まぁそれもそうだけどさ」
俺たちは小さい頃からこんな寸劇みたいなことをやって遊んでいた。1人がふざけ始めるとそれに便乗してアドリブで適当な役をし始める。そして誰かが飽きて素に戻ったら終了。
そんな遊びをしていたためか、俺は中学では演劇部に放り込まれることになった。だが台本があると全て片言になる致命的すぎる欠点が見つかったため常に裏方だったのは今はもういい思い出だ。
それにしても姉さん、飽きるの早すぎるだろ。あそこから面白くなっていく予定が……特になかったけど。
「カニは食べちゃったけど今日届いた荷物?は弄ってないよー」
「なんか当たったのかな?そしてなんで疑問系?」
「設置工事してたから」
「設置工事?」
なんだろう……そんな大掛かりな懸賞に応募した覚えはないんだけどな?
「見に行ったらいいじゃんか、悠の部屋っしょ?」
光介も気になるようで急かしてくる。
「んー、そこはかとなく不安ではあるが見に行くか!」
これは……これは一体なんだ?
部屋に入ると俺を出迎えたのは高級感溢れる黒い革張りの椅子をメカメカしいパーツ達がデコレーションしている物体だった。
「ブフォッ!?」
「なんだよ光介、汚いなぁ~」
「いや、だってお前!これ!お前ェ!!」
どうやら光介はこれがなんだか知っているらしい。俺としてはこの椅子のせいで消え去ったベッドの行方のほうが気になる所だが、この興奮だ。きっと良いものに違いない。
「落ち着け光介。で?これってなんなの?」
「Another Experience Ω!!最新型のゲーミングチェアだよ!プロゲーマーですらゲットできないような超限定物だぞ!?やっべー!実物見れるとか思わなかった!超スゲー!」
「お、おう」
一通り光介からこの仰々しい名前の椅子がどれだけ凄いのか説明を受けた。実に30分におよぶ説明は語彙が少な過ぎていまいち凄さが伝わって来なかったが、とりあえずヤバい代物らしいことはわかった。
「いいな~マジで超羨ましいんだけど……」
「フッフッフッ、懸賞を続けているとこんなこともあるのだよ」
どうやらこの椅子、長時間のフルダイブによって体に負担がかからないように体を優しく包み込むように支えてくれる他に、マッサージ機能までついているらしい。
あ、マッサージチェアなら応募した記憶があるな。こいつだったのか。
「くぅ、しゃーない!ここは悠がスプルドをプレイできるようになったことを喜んでおくか!」
「今月は小遣いピンチだから来月からな」
「お前の目は節穴か!そこにパッケージも置いてあるじゃん!」
「え?マジ?」
なんだ、説明書にしてはやけに中世ちっくなイラストだと思ったぜ。
「よし悠、飯の時間まで俺がスプルドの基本的なことを教えてやろう」
「うぃーす」
どうせゲームのチュートリアルでも教わることだろうけど一応βテスター様の有難い体験談を聞いておこう。……βテスト中にされた話は全部聞き流してたからな。
「まずは最初に選べる種族。
これは大きく別けて4つある。
人、獣人、エルフ、ドワーフだ。
人は能力値の上昇が平均的で特化した強さが無い替わりにこれと言った弱点もない。
ついでにLUKが上がった時にボーナスがある。
やりたいことが決まってないならとりあえず選んどけって種族だな。
獣人は見た目の変化が大きい。
犬だったり猫だったり、パンダだったりカモノハシだったりと色々いた。
能力値はAGIとSTRが上昇しやすくてINTとDEXが伸びにくい
アタッカータイプの種族だな。
エルフはイメージ通り魔法職だな。
替わりに近接能力が4種族の中で一番低い。
能力値はINTとMNDが上がりやすくてSTRとVITが伸びにくい。
まぁダークエルフが当たった場合はまた違うらしいけどな。
最後にドワーフ。
能力値はVITとDEXが上がりやすくてINTとMNDが伸びにくい。
タンク役やったり武器防具の生産がしたけりゃこの種族ってとこかな。
ここまでいいか?」
「なるほど、わからん」
ズルッと光介がこける。ノリの良いやつだ。
「まだ初歩の初歩だぜ?結構分かりやすく説明したつもりだけど何がわかんないのさ」
「STRとかAGIとかいうの」
「あぁ、そういえば悠はMMOやったことないんだったか」
「対戦系のゲームばっかり買ってたからな」
「俺がMMO始めたの中学の頃だもんな。あの頃は悠が部活に行ってて暇してたんだった」
軽く思い出話も交えながら説明してもらった所、どうやら能力値の名称だった。いや、話の流れ的になんとなくはわかってたよ?詳しくどれが何かがわからなかっただけだからね?
STRは筋力、VITは生命力、INTは知力、MNDは精神力、AGIは素早さ、DEXは器用さ、LUKは運と。
テストの点数俺より低い光介が覚えられたんだ俺にだって覚えられる!
「よし覚えた、次行ってくれ」
「まぁ無理して覚えなくてもなんとなくわかるようになるんだけどな。
次はジョブだけど、これはどれを選んでもいい
というか『スプルド』は他のゲームと違って病的にジョブの数が多いから細かく選ぶだけ無駄だ。
近接系、遠距離系、魔法系、生産系にだけ気をつければどれでもいい。
最悪それすら気にしなくていいまである」
「そんな適当でいいのかよ」
「ああ、どのジョブでも持てる武器の制限とかないからな
ただしジョブ毎に決まった武器種への+補正とか専用アーツとかあるからジョブに合わせた武器持ってるほうが強いけどな」
「なるほどねー」
「でも一番の理由としてはスプルドにはキャラのレベルが2種類あるって所だな」
「あ、わかった!種族とジョブで別れてるんだろ」
「お、鋭いな正解だ。
種族レベルはかなり上がりにくく設定されてるんだがジョブレベルのほうはジョブに合わせた行動をすると経験値が多く貰えるようになっててな。
基本職、下級職、中級職、上級職ってなかんじで色々あるジョブを組み合わせると新しいジョブが解放されたりするんだ。
特定の組み合わせのジョブレベルが最大になってたり、メインジョブとサブジョブで一緒に揃えて使ってたりだとかな。
他にもレベルが上がればスキルポイントとかボーナスポイントも貰えるからとにかく色々なジョブをマスターするのがいいんだよ。
あ、マスターってのはジョブレベル最大になったジョブのことな。
最後にスキルもジョブと似たようなもんだな。
ジョブを育ててるうちに色々ゲットできるし、数が多くてこっちも進化したりするから掲示板では考察班の嘆きが途切れなかったくらいだ」
「とにかく色々やってみろってことか……」
なるほど?spread worldってのは自分の中の引き出しが拡散するように増えてくからってことなのかもしれないな。できることが増えればそれだけ世界は広くなる、と。
これは確かに明日が楽しみだぜ!