バルムンク伯爵と小さな英雄 1
「うっ……ひっく……漸く……漸くバルムンクを見つけ出したと言うのに……僕は何故あの程度の試練すら成し遂げることが出来ないんだ!」
閉会式を終えた後、例の自称ジークフリートの子孫の少年を探してみたらショッピングモールエリアの片隅に蹲って泣いていた。
「おい少年、ここにはまだテナントが一軒も入ってないから街にゾンビが溢れた場合を想定して隠れてるなら助からないぞ」
「……バルムンク伯爵。それ、何の話ですか?」
「気にするな。それより随分落ち込んでいるじゃないか。そんなにバルムンクが欲しかったのか?」
「当然だ! あの剣は……バルムンクは偉大なる我が祖先ジーク・フリート様が黄金竜を倒して手に入れた宝剣! 必ず……必ず取り戻さねばならない……なのに!」
なんか深刻そうだなぁ。家に盗人でも入って盗られたのだろうか?
「あー、少年? 言っておくが今回賞品にしたバルムンクは自前のバルムンクだからね? 盗んだりしてないよ? バルムンク伯爵は嘘つかない」
「それは分かっています……優勝者達が手にしていたバルムンクはどれも本物でしたから……」
「ふーん。なら君の家に伝わるバルムンクではないと知りながら、それでも優勝を目指したと?」
「我が家にとってバルムンクとはかつて偉大なる祖先が成し遂げた偉業の証。その誇り高き生きざまを後世に伝える事が出来るのなら、ジーク様の勝ち取ったバルムンクでなくとも構わない……と僕は思うのです」
「本当に? 実はさっさと手に入れて帰りたいだけじゃない?」
「な、何故分かるのですか!?」
まあ最後に言い淀まれちゃな。何かあると考える奴が殆どだろうよ。
「なーにこれでも数多の世界を渡ってきたからね。予想くらいはつくのさ」
「やはりバルムンク伯爵の目は誤魔化せませんか……実はバルムンクを取り返さねば家に帰れないのです。ここにあったバルムンクは確かに本物でした! だからそれを手に入れたなら……僕さえ黙っていれば家族にとってはジーク様が手に入れたバルムンクと変わらない! そんなふうに僕は思ってしまったのです」
「なるほど。それなのに大会に敗退してしまってバルムンクは手に入らず、そんな考えを持ってしまった自分が情けなくて泣いていたって所か」
「うっ……その通りです……」
「別に後ろめたく思う必要はない。君の言う通りジークフリートのバルムンクでなくとも本物のバルムンクであれば家族もきっと帰る事を許してくれるさ」
「ですが、その機会も僕にはもう……」
「おいおい、君の目の前にいるのは誰だ? そうバルムンク伯爵だ!」
「えっ……?」
「鈍い奴だな、もう一度チャンスをやろうって言ってるんだよ」
「あ、ありがとうございます!」
さてさて、チャンスと言っても何をやらせようか。
バルムンクは手元にまだ数本残っているとは言えタダでくれてやるのは惜しいし、何よりロールプレイ的につまらない。
俺との一騎討ちで勝ったら……いやいやここはもうちょっとヒロイックにいかないと本人も納得しないだろう。あっ、良いこと思いついたぜ!
「ところで君戦える?」
「はい! 我が祖先ジーク様のように強き剣士になれるように幼少より鍛えております!」
「そうかそうか、なら問題ないな。すぐに戦いの準備を整えろ、今から行くぞ」
「行くって何処にでしょう?」
「決まってんだろ? 竜退治だよ」
「はいーっ!?」
俺が何をさせようとしているか、そんなの簡単に分かるよな?
そう、少年には本物のファフニールと戦ってもらい、自身の手で新たなバルムンクを手に入れさせようと考えたのだ。
って言っても俺が地図の欠片を使って連れて行ったら鳥ガーハッピー抜きじゃ欠片も勝てる気がしないLv10が出てしまう。なので地図の欠片は少年に使ってもらう。セレネ達のおかげでNPCも地図の欠片を使えることは分かってたからな。
イベントの仕様通りなら少年が地図を使って出現するファフニールはLv1。俺でも頑張ればソロ討伐できる強さなので、危なくなったらサポートできる。
まあプレイヤーの討伐状況が優先されてLv10が出てくる可能性もあるんだけどな! その時は素直に謝ろう。謝ってリターンホームですぐに逃げ帰ろう。
「準備はいいかね少年?」
「は、はい!」
少年の手にする地図が光を放ち、俺達はファフニールの洞窟へと転移した。
『誰ぞ……我が眠りを妨げるのは誰ぞ』
鑑定結果は……よし、Lv1だ!
「あ……あぁ……こ、これが黄金竜ファフニール……!」
「どうだ少年。この試練を越えて手に入れたバルムンクなら、ジークフリートのバルムンクでなくとも胸を張って帰れるだろう?」
「はいッ! 僕は……僕は必ず竜を討ちバルムンクを手に入れてみせます!」
『我が財に惹かれし盗人共か。渡さぬ、渡さぬぞ……我が宝は誰にも渡さぬぞ!』
ここから戦闘スタートとなる訳だが今回の主役は少年だ。俺は隅っこで観戦させてもらおう。
「おっとこっちを見るなファフニール。俺は今回見学者だからね? 装備の性能とか初心者装備にも劣る飾りだからね!?」
「グルルオオオォォォォ!!!」
「何故に初手ブレスーッ!?」
「バルムンク伯爵ーっ!?」
や、野郎……Lv1の癖にLv10と同じ行動しやがって! しかも防具が飾りなせいで【ウォーキング・デッド】が発動してしまったじゃないか!
くそ、反撃してやりたい所だが今は我慢だ。ただでさえ称号の効果でヘイトが集中しやすい俺が攻撃に移ってしまっては少年の試練にならない。
「おのれ邪竜! バルムンク伯爵をよくも!」
『貴様……ジークか? ククク、今更我を止めにでも来たか』
「なっ、何故ジーク様の名を!?」
『もうすべて遅いのだ! この身は既に竜へと転じた。我を止めたくばこの命を奪ってみせよ!』
「いったい何の話を……うわっ!?」
あれ? ファフニールってこれまで戦闘中は話さなかったと思うんだが……なんかイベント進んでるっぽい?
だとしたら余計に出ていく訳にはいかないな。財宝に埋もれながら静かに少年とファフニールの戦いを見守ろう。
ストレージから鱗チップスとフルーツジュースを取り出し気分は完全に映画鑑賞だぜ!




