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91話 信仰は怖い。それはわかるよ……回

「転生、なるほど。それも面白いと思うよ。けれど、それはありえない」


 この当時のリッチは転生を否定した。


 彼は生物の肉体に特に強い関心を抱いていたから、人とは『肉体』『霊体』『魂』の三つがそろって初めて特有の個性が得られると考えていた。


 ところが肉体は間違いなく土に還るし、霊体と魂はどこへともなく消えてしまう。


 人格というものを肉体、霊体、魂の三つがそろって初めて発現するものだという考え方であり、一度わかたれて別々に消えてしまえば、もう二度と戻らないだろうというのがこのリッチの考え方だったのだ。


 しかしこれは、創造主とは異なる思考アプローチではあっても、創造主の『転生説』を否定するものではない……と、ドッペルゲンガーは捉えた。


 肉体、霊体、魂がそろった『完全なる転生』は確かにできないのだろう。


 けれど記憶を漂白された魂が、生前と似たような性分をもって新しく生まれ変わることは、このリッチの説においてもありえるはずだ。


 魂のみの転生はなるほど、肉体、霊体、魂の三つすべてがそろった状態に比べてしまえば不完全かもしれないが……


 このリッチの説は、『記憶を失った魂が新しく生まれ変わること』を否定はできていないのだ。


「……なるほど。たしかにそうだ。君がそれを追い求めるなら、この私には君を否定するほどの理論はないね。たしかに私の魂は、君の創造主のものなのかもしれない」


 納得というよりは、譲歩という感じだった。


 人を強く否定しない代わりに、人から強く否定されるのを避ける処世術は、やはり、なんとなく創造主を思わせる。


 そもそも、『私は創造主により生み出された新しい人類です』を『なるほど、そういうこともあるか』とすんなり受け入れてしまうあたりが、普通の人とは一線を画している。


 忌避感も嫌悪感もなく『新しい、人の似姿の生き物』を『たしかに可能性はある』というように受け入れてしまえるのは、これまでドッペルゲンガーが見てきた『人類』……人族および魔族、すべての知的生命をふくめた意味での『人類』とは、まったく違っていた。


 まるで人族も魔族にも客観的態度をとり、それらの頑迷で旧態依然な態度をあざわらうかのように振る舞う、あの創造主のようで……


「ともあれ、君は私をどうしたいのかな? 話を聞く限りにおいて、君は魔族の者なのだろう? 生物種というか、立ち位置がね。魔王を殺し、魔族を混乱に陥れた私を、まさか放っておくということもないだろう」


 そう言われてドッペルゲンガーは困り果てた。


 気になったから確かめに来ただけなのだ。


 たしかに魔王を殺した者に対して魔族の一員としてなにも思うところがないかと問われると、なにかを思っていないといけない気はする。

 が、なにも思っていない。


 ドッペルゲンガーは奉仕するのを心地よく感じて使われていただけであり、創造主という最高の奉仕対象が見つかった今、魔族はどうでもよかった。


 ただ、『力を手にする』には戦争という状況が必要であり、その状態を長く維持するために今すべきことは、覚醒者と六王の皆殺しであり……

 リッチをどうしたいのか? と問われればそれは、『協力してくれたら助かる』という感じだった。


 これを打ち明けたところ、リッチは骨のみの指であごを撫でて「ふむ」と言い、


「それはつまり……覚醒者と六王の肉体を、私がもらってもいいということかな?」


 ドッペルゲンガーに死体蒐集(しゅうしゅう)の趣味はないので、承諾した。


「わかった。その条件であれば、手を貸そう。いや、本来は争いを好む性分ではないというのは言っておくけれどね? あれが本当に六王なら、おそらく、他の六王や覚醒者の死体蒐集は、争いにもならないだろう。戦闘に役立てようと思ったことはなかったので気付かなかったけれど、ちょっと、死霊術とリッチは強すぎる。まるでこの世界の法則からこれ一つだけが外れているかのような……」


 そこからリッチは考察に入ってしまった。


 そういうところにも『創造主』の気配を感じ、ドッペルゲンガーはこれが思わぬ再会であったことをますます確信し、感じ入った。


 幼いころに亡くなったと思っていた親が壮健な姿で生きていたら、きっと人族でもこんな気持ちになるのだろう。



 ほどなくして、六王と覚醒者は全滅した。


 とはいえリッチとの協調が始まってから五年ほどは必要だったものの、不滅のリッチと擬似的不老不死のドッペルゲンガーにとって、五年というのは長い歳月ではなかった。


 リッチは死の外側におり、死を操る。


 一方でドッペルゲンガーは、大量に死に大量に生き残る。


 ドッペルゲンガー本来の寿命はほんの五年程度であるものの、その前に生み出した『新しい体』は『本体』と記憶を完璧に共有している。


 思考リソースは相変わらず一人分のものをすべての肉体で共有している状況ではあるし、便宜上、その時にメインで情報集積・編纂を行なっているものを本体などと呼称するが、心臓たりうる『これが殺されると残るすべてが死ぬ』ような『本体』は存在しない。

 すべてが本体であり、すべてが端末。


 だから『五年以内に新しい肉体を一切作れない』という状況にならない限りにおいて、ドッペルゲンガーは死なない。


 ずっと記憶に連続性を持ったまま生き続ける。


「君にとって『命』というのは記憶の同一性によって定義づけられるもののようだけれど、それじゃあ、『記憶を失った魂』は同一人物たりうるのかい? たとえ転生が真実だったとして、その転生した魂の同一性はなにによって担保するつもりかな?」


 リッチはこのように定義だの担保だの、そういうものにうるさい。


 学問的にはいちいち詰めるべきところなのだろうけれど、ドッペルゲンガーにとって『創造主が転生する』というのは学問ではなくロマンの問題だ。


 そう信じられるなら、それでいい。


「君は私にとって得難い協力者だ。けれど、君のその、信仰とも呼べるものにすがる態度は、私からすると奇異で奇妙でおぞましい。ついつい、否定してやりたくなるよ」


 とはいえ、このリッチがドッペルゲンガーと敵対することは、生涯なかった。


「六王と覚醒者を調べ尽くした結果、面白いことはなにもなかった。おそらくもっとも面白い調査対象は、私自身……リッチの体なのだろう。だが、それは私が生きながらにして調べることができない」


 このリッチは『肉体・霊体・魂がすべてそろって初めて人は同一の人たりうる』と考えていたので、憑依術を忌避していた。

 魂が他者に移るということの生理的嫌悪に耐えられなかったのだ。


 だから、リッチの体から出てよその体に入り、よその体でリッチの体を調べるという行為が、どうしてもできなかったようだ。


 なるほど、ほとんど同じだが、微妙に違う。

 生育環境のせいだろうか。同一の魂だとしても、個性には違いが出るのだ。


「否定してやりてぇなあ……けれど、君のその感じは、いかに理屈をこねようが否定はできない。もしも、君の転生説を否定できる者がいるとすれば、それは、そうだな…………」


 リッチは長く考えてから、


「『太古の魂』が、ここではないどこかに実在することを証明する者。過去に死んだ魂は転生せずに、どこかにストックされており、それはたしかに『過去の魂』だと証明できる者……『過去の魂との対話』を成し遂げる者、なのだろうね」


 なぜ、このリッチはそこまでドッペルゲンガーのロマンを否定したがるのだろう。


「なぜ? なぜってそりゃあ、私と君とは信仰が違うからさ。私は魂、肉体、霊体の三位一体……適切なバランスをもって『人』を『人』と定義する。ところが君は、魂の比重があまりにも重すぎる。違う信仰は滅ぼしたくなるのが当たり前だろう?」


 信仰って怖いなあ、と思った。

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