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88話 君、何歳? 回

 渡されたものの中には最後に『死霊術』と定義されたもののおおまかな仕組みと、『魂』『霊体』『肉体』にかんする死霊術的見地からの考察が記されていた。


 そこから読み取れる創造主の目的は、『人類を死なない生命体にすること』だったようだ。


 ただしこれは、ヤガミとかいう創造主の友人が『人類を別種の生命に変質させて死なない生物にする』というのとはまた違ったアプローチで……


 人類というものをそのままに、ただ、人類の見方(・・)を変えて死なない方法を探る、というようなものらしいことが、なんとなしに読み取れた。


『死霊術』と創造主が名付けた技術は、人類が人類のまま死なないようにする術であり、そのあたりが『昼神の子にしか使えない』と彼が確信した理由のようにも思えたが、正確なところは資料を見てもわからない。


 おそらく膨大な量のデータを総括的に把握していることで浮かび上がる確信だったのだろうけれど、末期の創造主は記憶に欠けも多く、『膨大なデータを総括的に把握している状態』とは言えなかった。


 ただ、記憶を失っていても想いは残るようで、そうやって抱いた強い確信だけ覚えているようだった。


 ドッペルゲンガーは死霊術についてが記されているものを読んだあと、創造主が残した彼の『記憶』についても興味が出てきた。


 けれど、それを読めとは言われていない。むしろ、消し去れという指示を受けている。


 だから、ドッペルゲンガーは創造主の遺した資料をいっさい頭に入れることなく、すべてを念入りに焼却した。


 己の頭の中に入れてしまえば、それは己の頭の中に残ることになる。


 創造主はどうにも自分の生存を望んでいるようだから、頭の中の記憶を消す手段がない。

 だから読まない。


 ……このころになるとドッペルゲンガーにははっきりとした自我や情緒があって、その感情の働きは人族とそう変わらないものになっていた。


 しかし、それでも創造主の命令に従ったのは、自分がそうしたいと望んだからなのだろう。


 そこから長い一人旅が始まった。


 ドッペルゲンガーは白髪褐色の少女という見た目をしていたため、多くの時間を人の社会に混じりながら生きることになった。


 ただしドッペルゲンガーには人のある状態を模倣することはできても、人の性質を再現することはできなかった━━つまり、『成長』する機能がなかったのだ。


 長い時間を少女のまま過ごせば、社会の中で不審がられる。


 そのため、ドッペルゲンガーは住まいを転々とせざるを得なかった。


 また、白髪褐色という特徴は、多くの地域において奴隷とされていた人種のものであり、それも人族の社会にいづらくなった要因だ。


 どうにも創造主の身の回りの世話が主な役割であった自分がイメージしやすい『人のような姿』というのがこの、どこでも従僕として扱われ、か弱く、どのような扱いを受けても逆らう術を知らない存在なのだった。


 特にまだ幼い少女の姿はとても自分に合っているような感じがして、その姿でい続けることはとても楽だった。


 この『従僕の少女』という形態がしかし厄介で、たった一人で行動をすると社会の中では決まって不審がられ、親か主人の所在についてたずねられることばかりで、どうにかそこを『いない』と納得させても、この年頃の少女が一年も二年もまったく変わらずい続けるのは不自然だった。


 魔王の始祖が魔族の領地へ行くことを決意したのは、死霊術についての『ヒント』をあらかたの人族の土地へばらまき終えたあと……


 ようするに、ほとんどの地域で『いつまでも年齢の変わらない、一人旅をする白髪褐色の少女』の噂が立ってしまい、不審がられずに過ごせる土地が人族の領地になくなったあとだった。


 このころになるとドッペルゲンガーは無力とも言えない存在だった。


 まず、彼女は増えることができた。

 食物などを摂取して質量を溜め込み、自切(じせつ)することで新しいドッペルゲンガーを産めるようになっていた。


 便宜的に『新しいドッペルゲンガー』とは表現したものの、それはいくら増えたところで『己自身』ではあった。

 すなわち、視界や記憶を共有するし、思考リソースも全員で一人分のものを使うのだ。


 そして変貌能力は新しい段階に進んでいた。

 相変わらず『人に混じれるほど精巧な姿』は白髪褐色の少女という姿しかとれなかったが、細かいディティールにこだわらなければ、そのシルエットや形状をある程度自由にすることができるようになっていた。


 たとえば四足の巨大な獣や、巨人などにも、シルエットだけなら、変化できた。


 それはまったくもって形状の模倣にしかすぎなかったけれど、多くの相手に対しては効果的だった。

 たとえば戦闘においては、一人が巨人や凶暴な獣のような姿……輪郭のはっきりしない黒い影のようなものになっているあいだに、別な一人が背後から忍び寄って背を刺す、というような用法が可能だった。


 魔族に混じることができたのも、そういった『人族ではありえない特性』ゆえだった。


 ただ、普段の姿があまりにも人族に近すぎるので、ゴテゴテと体を装飾品で飾ることで人との違いを出すようになっていった。


 彼女の得た力はそれぐらいのもので、死霊術は扱えなかった。


 いちおう試した、という程度のものだったので、単に習熟度や真剣さの不足のせいという可能性もある。

 もしくは創造主を嘘つきにしたくない気持ちが無意識に働いていて、死霊術についてちょっと使ってみようかなと思ったのも、『使えないことを証明するため』であった可能性もある。


 やっぱり使えない、と確認できた時の安堵から判断するならば、後者の可能性が高そうだ。


 ドッペルゲンガーは魔族の中で主に『諜報』の役割をもって立ち位置を確保していった。


 当時の戦争は本気のものであったから、情報戦もあったのだ。


 魔族たちは人族を『脆弱なる種族』だの『劣等種』だの蔑んだが……


 本当に自分たちと比べるべくもないほど脆弱で、本気で劣等なる者を相手に、このような蔑みは生じない。


 魔族たちが人族を忌み、見下すようなことを多くしたのは、人族が強かったからだ。


 創造主が『覚醒』と称した現象は人族が追い詰められるほど増えていき、現代で言うところのレイラやロザリーといった『異常な強さを持つ個人』は、この時代、かなりの数が……現代に比べると数倍もの数が存在した。


 魔族は全体として人族より強くとも、十数人の『覚醒者』を相手には決まって敗北しており、それが魔族の人族に対する攻撃的な態度を苛烈に、強硬にしていた。


 この覚醒者たちに対抗するには魔族諸侯の『六王』が出張らざるを得ず、六種族の支配者たる王たちであっても、覚醒者数人を相手には引き分けて退却するしかなかったほどだ。


 不死王、竜王、巨人王……

 虫王、空王、そして魔王……


 もちろんドッペルゲンガーは同種から王と呼ばれる実力者が出たこともない木端魔族であり、各種族に諜報員や雑用係として使われる立場でしかなかった。


 ドッペルゲンガーにとって、こき使われる生活は存外居心地がよかった。


 命令に従うこと、誰かに尽くすことは自分の性分に合っていた。忙しいほど充実しているような、そういう実感がどんどんわいてくるのだ。


 だからきっと、自分はこのまま魔族の奴隷として生きていくのだろうと思っていたし、それが自分にとっての健やかで幸福な人生なのだろうなとも思った。


 ところが、転機が訪れることになる。


 六大王の一角である魔王が、殺されたのだ。


 そして、魔王を殺した者は、この当時、『スケルトン』と言われていた。

 つまり、不死王が魔族内での権力を望んで、精鋭の配下を使い魔王を殺した━━と、魔王殺しはそういう文脈で語られたのだった。


 ……もちろん、真相は、不死王と魔王の内輪揉めではない。


 魔王を殺した者はスケルトンではなかった。


 リッチ。


 ドッペルゲンガーにとって二人目のリッチが、創造主の死後おおよそ百年経って、現れたのだ。

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