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87話 お金ってほんと愚か回

「見てごらん、この愚かな金属片を」


 ピン、と弾かれた丸い金属片を取り落としそうにながらも受け取り、白髪褐色肌の少女はかざしてながめた。


 それは人物の胸像をかたどったものが彫り込まれた黄金色の金属片であり、縁取られていることからも、『片』というよりは、こういう形状の芸術品であるかのように思われた。


 白髪褐色肌の少女は、困惑したように創造主を見る。


 創造主は古びた木製の椅子に背をあずけ、吐き捨てるように述べた。


「ドッペルゲンガー。君にはこれがなんだかわかるかい?」


 森の中の古城。破れたカーテンが創造主の後ろで揺れている。


 外はひどい大雨で、壊れた窓や隙間だらけの壁から雨水が室内に入り込んでくるけれど、創造主はまったく気にした様子もなかった。


 カッ! とカーテンの向こうで稲光がまたたき、創造主の骨のみの体を背後から照らす。


 ……ドッペルゲンガーは、最近の創造主が不機嫌であることをわかっていたから、軽い問いかけの一つにさえ、慎重に答えを選んだ。


 創造主がドッペルゲンガーに当たり散らすようなことはなかったが、親が不機嫌そうだと、子供としては怖いものだ。


 親子━━様々なものを見聞して、ドッペルゲンガーは創造主と自分との関係がそれに近いものだと解釈していたのだ。


 様々なものを見聞した。


 だから、ドッペルゲンガーは当然、投げ渡されたものの正体をしっている。


「……これは、お金……貨幣、です」


 当たり前のことを問われた時、当たり前の答えを返せばいいのか、それとも奥にある意思を忖度して当たり前ではない答えを捻り出さなければならないのか、その判断は大変難しい。


 今回のドッペルゲンガーの回答は、


「そう。その愚かな金属片の正体は『お金』だ。人造の神だよ」


 ……正解なのか、不正解なのか、わからない。


 創造主は朽ちかけた肘掛けにほおづえをつき、


「人というのは本当に生まれついての奴隷だね。どれほど地上の支配者ぶっても、自然と『主人』を生み出したがる。その『なにとでも交換できるもの』はいよいよ人とさえ交換可能になった。自らの手で自らが奉ずるべき神を生み出してしまったんだよ」


 創造主は不機嫌そうだった。


 とはいえ、お金が生み出されたことも、それで人さえ買えることも、ずいぶんと前からだ。


 なぜ、今になって……という疑問を抱くのは、もっともなことだろう。


「こんな小さなものに王の顔まで入れて、しかも、これを大量に……千や二千じゃきかないんだぞ! 一万も十万も生み出して、人類の血液にしてしまった! いや、それ自体はいいさ! 生きるためにより効率的な『肉体』を創造するのは進歩と言える! けれど、それは『生きる』ために生み出されたそれは! 『生きること』以上に優先されるものではないはずだ!」


 創造主がなにを言っているのか、なにを言いたいのか、よくわからなかった。


 このころの創造主はたまにこうして怒り出すことがあって、ドッペルゲンガーはこの状態をひどく恐れていた。

 二度と来ないといいなと『この状態』が来るたびに願い、震え、ぎゅっと手をこまねいて祈るのだけれど、創造主が『この状態』になる回数は日に日に増えているのが現状だ。


 しばらくわけのわからないことを怒鳴り散らしたあと、創造主はピタリと言葉を止めて……


 がっくりと、肩を落とした。


「……ヤガミは、人類のその先を志す同志だった。あいつには才能があった。性格は悪かったけれど……情熱があったんだ。けれど、いつの間にかあいつは、この愚かな金属片に支配され、描いた未来を創り上げることをやめて、これを増やすことにばかり腐心するように……」


 こういう時、どうにも、創造主の中で『過去』がすさまじい勢いで去来しているようなのだった。


 現代を生きるために『記憶』というものを取り除くことさえしている創造主は、不意に湧き上がる過去に囚われ、怒鳴り散らし、当時のままの感情を噴出させる。


 しかし━━


「ああ、ヤガミは……ヤガミと僕が『先』を目指そうとした社会とは、いったいどんな様子だったのか……『このままじゃ人が滅ぶ』という強い恐怖と、僕らがなんとかしなければいけないという使命感は覚えている……けれど、どういう状況だったのか、どういう社会だったのか……ヤガミの他にどんな同志がいたのか、思い出せない……」


 創造主は立ち上がり、ふらふらと部屋を出ていく。


 そうして彼がたどり着くのは厳重に封印された、風雨どころかネズミ一匹さえ入れない部屋だ。


 そこには創造主の記憶がある。


 ただ、それは『記憶』そのままではなく、記憶をもとに創造主が書いた記録でしかなかった。


 数多の紙と書棚が発する独特なにおいは、創造主の千年とも万年とも思われる記憶の揮発するにおいであり、それはだんだんと薄れていっている。


 暗闇の中でぺらぺらとページをめくる創造主は、「そうそう、こういう社会構造だったな」などとどこか空虚につぶやき、ピタリと動きを止め、


「……この用語……この文字は、なんだったか……どういった意味の……」


 記録資料を棚に戻し、また別の場所を探り、また「あった、あった」と喜ばしそうに言う。


 そうしてしばらく記録を探り続けた創造主は、本を取り落として硬直し、しばらくただの死体のように動きを止めたあとに、ゆっくりとかがんで自分が落としたものを拾う。


「……記憶が、散逸していっている」


 それもまた、いつものつぶやきだった。


「ドッペルゲンガー。僕がこうして記憶の散逸を自覚するのは、何度目だい?」


 白髪褐色のボロをまとった少女は、自分にはなんの責任もないことを頭では理解しつつ、申し訳なさそうに、怖がるように、答える。


「百七十四回目です」


「……そうか」


 こうして創造主が沈み込むような声を出すのが、ドッペルゲンガーにはなによりつらいことだった。

 しかも回数が増えるたび沈み込む深さはどんどん増しているものだから、ドッペルゲンガーは回数を答えたあと、ぎゅっと目を閉じ、耳をふさぎたいような気持ちになってしまう。


「ドッペルゲンガー」


 創造主が呼びかける。


 そこからされる質問を、ドッペルゲンガーはすでに知っている。


「ドッペルゲンガー、君は、今、なにができる?」


「…………模倣……ただ一つの姿になれるだけ、です」


「そうか。僕は君の能力を強めようと、なにか働きかけたかな」


「……幾度か」


「……そうか。うん、わかった。どうやら僕は、君を新しい人類にしてはやれない。君は君で力を手に入れなさい」


「はい」


 ここまで、すでに、幾度も繰り返した会話なのだった。


 しかし人真似しかできないドッペルゲンガーにとって、『力』というのは遠くにあって手がとどかないものだった。


 弱っていく創造主。なにも成せない自分。

 ドッペルゲンガーには心があった。それがなければきっと楽だったろうにと思わない日はなかった。


 だって、無力だから。

 ドッペルゲンガーは強くなりたかった。けれど、まさしく新しい人類である……人でもなく魔でもないという意味での『新しい人類』である彼女は、見本とすべき者がいなかった。


 人真似はできるが、それはあくまで姿や行動をまねられるというだけのことで、その訓練方法や能力開発方法は、模倣したところで再現はできなかったのだ。


 この手には、なにもない。


 ……いや。


 今は、人造の神がある。


 創造主からもたらされたひとかけらの黄金だけが、ドッペルゲンガーの手にあるものだった。


「創造主は、私がどうすれば、ご満足くださいますか」


 ドッペルゲンガーは初めて問いかけた。


 創造主は骨のみの指をあごに当てて考えこみ、


「僕の望みは━━僕の望みは。はははは……おい、僕は、なぜ君を生み出そうと思ったのかさえ、もう思い出せない。記憶というものが肉体に結びつく力は経年でどんどん劣化するようだ。僕はもう、僕がなぜここまで生きたのかさえ、思い出せない!」


「……」


「……ただ。そうしている君を見ていて思うのはやはり、君の健やかで幸福な人生だね。君の……ドッペルゲンガー……自己像幻視現象……ああ、そうか。なるほど」


 創造主は不意に歩き出すと、奥まった書棚から分厚い紙束を取り出した。


 そうして、その束をドッペルゲンガーに渡すと、こう述べる。


「いつか、なにかを成せると思って、僕は生きてきた。けれどどうにも、僕が成したいことは、今のこの世界にはないらしい」


「……?」


「なにせ僕は過去に生きた者だからね。僕が変えたかった社会も、僕が守りたかったものも、僕が認められたかったやつも、みんなみんな、消えてしまった。僕がどれだけ成果を積もうが、それを誇りたい相手がいない」


 創造主の言葉は独り言のようだった。


 けれど、ドッペルゲンガーは、彼への愛着からその言葉を余さず聞き取ろうと努力した。


「今渡したものには、僕がこのような姿になってしまった原因と思しきものがまとめられているはずだ。人の進歩の失敗の代償。ミュータント化。人類というものをこれまでとはまったく違ったアプローチで解析した結果……」


 ふさわしい言葉を探すように、創造主は色々な表現し……


 ついに、たどり着いたように、明るい声で言った。


「『死霊術』。今、君に渡したものは、死霊術がまとめられている」


「……死霊術」


「まあ、今のファンタジーな世の中ならば、僕自身は『リッチ』とでも名乗っておこうか。人は剣と魔法で戦い、『奇跡を起こす器官』を備えたミュータントたちは、『奇跡』を『魔法』と言い換えるこの時代に魔族という名を得た……人にもその器官はあるけれど、最初からその器官を搭載しないよう『神』に設計された我々(・・)は魔族に比べてその器官の扱い方がスムーズではなく……」


 創造主は今にもこぼれ落ちていく記憶の一切をたくそうとでもするかのように、ドッペルゲンガーに語り続ける。


「……『神』は消え、知り合いたちがその座についた。ヤガミが主導して生み出したミュータントたちは強い。ヤガミの子らはたしかに、過酷になったこの世界で生きられる力を持っている。けれど……けれどね、僕は人の可能性を思い出したんだ」


「……?」


「いいかいドッペルゲンガー。これだけは……ああ、くそ、もうメカニズムに関する記憶が抜けて……とにかく、これだけは、僕は強く確信している。━━死霊術を扱えるのは、人だけだ。ヤガミが変質させきれなかった、今の世で言う『昼神の子』だけなんだよ」


 創造主が肩をつかんで言う。


 だから、ドッペルゲンガーはそれこそがもっとも大事な遺言なのだと確信した。


 ……創造主の好む『論理的思考』ではなく、詳しいエビデンスも出せない印象論でしかないが……


 この創造主が確信をもって語るなら、それは自分にとって信じるべきものだと、ドッペルゲンガーは決めた。


「ドッペルゲンガー。君が成すべきことは二つ。その資料を読み、覚えること。そして、覚えたものを断片的に他者に伝えること。それから、僕の記憶をまとめたすべてを完全にこの世から消し去ること……この二つ(・・・・)だ」


 二つと述べながら三つ提示する。

 それは笑える冗談のようだった。


 けれど、創造主の記憶がこの瞬間にも散逸しているのだという背景を思えば、まったく笑えなかった。


「魂とは、霊体とは、肉体とは……いいかい、人はこの三つで一つなんだ。三位一体━━三つであることが、なにより重要で……三つをそれぞれ構成する四つが……」


 あとはもう、言語になっていなかった。


 あるいはドッペルゲンガーの知らない━━彼の生まれた時代に用いられていた言語、だったのかもしれない。


 ただ、最後にドッペルゲンガーにかけた言葉だけは、きちんと言葉として聞き取れた。


「過去にはなにもない。過去が遺すものはヒントだけでいい。そうすれば、未来を生きる人たちが、勝手に新しいものを生み出すだろう。君もそうしなさい」


 意味は、わからない。


 けれど一言一句たがわず覚えているそれこそが、彼の最後の遺言だった。

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