83話 ま、待て! 冷静になって話し合おう! 回
「では、我々が構えた拳はどこに叩きつければよいと?」
知らないよ……。
エルフッチは困り果てた。なんせ拳を固めた集団がこちらを殴ろうといきなりご来訪のうえ、殴るべき相手が見つからないので『誰を殴ればいいですか?』と聞いてきたのだ。
エルフッチはたしかにコミュニケーション能力が少なく、対人関係の経験も少ないが……
こんな状況、あのコミュ力お化けの勇者でさえ困り果てるに決まって……いやどうかな。あいつならどうにかしそうな気がする。
ともあれまだ拳を構えたままではあるが、ロザリー側には話をする意思があるようだ。
エルフッチは話し合いで解決できるすべてのことは、話し合いで解決すべきだと考えている。暴力というのは最後の手段なのだ。人は穏やかに生きるべきである。
「……まあ、しかし、あなたも死霊術推進派なのですよね? ということは殴り殺しても問題がな」
ロザリーは死んでしまった。
いわゆる正当防衛というやつだ。
話し合いというのは常にそれで問題を解決できるぐらいに最優先で選ばれるべきものではあるが、相手が暴力を振りかざす場合には、こちらも同じぐらいかそれ以上の力があるのだと示さざるを得ない。
そしてエルフッチの暴力は第一段階が『殺す』だ。
「……というか、これはまだ入るのか」
ロザリーが死んで誰が一番おどろいたかといえば、ロザリーを殺したエルフッチだった。
なにせこいつはわけのわからない力で死のささやきを跳ね除ける。その対応力、適応力たるやすさまじく、リッチボディ使用時でさえほとんどの死霊術を無効化されるのだ。
そういえば以前、新聖女の説法の時、ランツァに『死霊術が入らないロザリーをどうやって殺したの?』と質問され……
それを『今度課題として出してみよう』ということで返答しなかったリッチだが、戦後処理のごたごたで課題を出すのをすっかり忘れていた。
仕組みは簡単で、まず、リッチは死霊術を信じた━━つまり、『死のささやきは、相手が人ならば、確実に殺す』というところを思考の根幹として定義したわけである。
すると『死のささやきが入らない相手は人ではない』という推論が出現する。
ならば対応方法として『死霊術上、人だと定義できる状態にしてやれば、死のささやきが入る』であろうと推測される。
なので、ロザリーを人外認定した上で、『人』に戻した。
死霊術上で『人』とされるのは、『肉体があり、霊体があり、魂がある』ものだ。
ロザリーは見かけ上常にこの基準における『人』ではあったが、実際に死のささやきが入らないことから、なんらかの手段で人ではない状態に身をおいているものと推測された。
ゆえに肉体、霊体、それから魂を構成する四つの要素を順番に検討し……
人として不足、あるいは過剰な部分があればそこをいじって『人』に戻し、死のささやきを入れた━━と、こういうことだ。
ちなみにロザリーが死のささやきを回避していた理由は、『霊体の変質』だとほぼ結論付けられている。
どうにもこれを、人より高次のものと同質にまで鍛え上げていたようなのだ。
なお、霊体を鍛える方法についてはいっさい不明で、ではなぜ『人より高次の霊体』だと推測されたかといえば、霊体の帯による拘束がほぼ通用しなかったことからである。
帯を束ねて重ねて強くしていけばそのへんの帯より強くなり、過剰に束ね続ければ色合いなどにも明らかに変化があるのは確認済みだった。おそらくこの状態が『高次の霊体』に該当するものとは思うのだが……
問題は死霊術的アプローチをとり得ないロザリーがどのようにして霊体の鍛錬を行い、実際に高次の霊体を手に入れたかである。
これはロザリーを観察してみて経過をまとめるしか調べる手段がない。
「やっぱりこいつは殺せないなあ……」
ロザリーの死体を目の前にエルフッチはしみじみとうなずいた。
「聖女様あああああ!?」
考えをまとめ終えたエルフッチは、ようやく悲鳴に気付いた。
ロザリーの後ろからついて来ていた人たちが、死したロザリーにすがりつくように喚いているのだ。
(うるさいから殺そうかな……)
エルフッチはそこまで考えてハッとした。
最近の自分は『うるさい』という理由で他者を殺しすぎている……
まあ新しい静かな人体に魂を入れてあるし、肉体も箱詰めして保存してあるので死んではいないのだけれど、たしかにいったん死んではいる。
レイラ軍の主な構成員が棺桶と黒い球体になってしまった背景には、エルフッチの『殺すこと』に対する腰の軽さが間違いなくあった。っていうかそれしか原因がなかった。
レイラ軍を構成する死霊術(偽)推進派のみなさんは、言論がうるさいから殺してしまったし……
最初の方にいた巨人たちは、声量的な意味でうるさいので殺してしまった。
━━これは、いけない。
死霊術に大事なのは、生命の価値をしっかり見極める死生観であり、倫理観だ。
人は死んでも蘇生すればいいが、多くの人にとって、命とは死んだら終わりなのだ。
それに自分は穏やかな事態解決を望む者ではないか。
まずは話し合いが必要だ。
エルフッチは咳払いをして、ロザリーを失って悲鳴をあげる群衆へ話しかけた。
「あー、君たち、ちょっといいかな?」
「よくも聖女様を! 死の魅力に取り憑かれた死霊術師め! やはり死霊術なんかあってはならない! 正義の拳を受け」
群衆Aは死んでしまった。
いやでもこれは、いわゆる正当防衛というやつだろう。
エルフッチは残った群衆に向けて、自分の行為の正当性を説明する。
「君たちはなぜか、『自分と敵対的な者は黙って殴られるのが当然』と思うようだけれど、こちらも生きている、痛みを感じる一つの命なんだ。だから、殴られそうになれば、もちろん、反撃する。君たちは命を一回の死で失われる貴重なものだと考える集団だろう? だからこそ、殴られそうになったこちらが反撃する気持ちを理解してもらえると思うのだけれど、どうだろう?」
「ちくしょおおおおお! 息子の仇! 復讐の拳を受け」
群衆Bは死んでしまった。
エルフッチは相手を刺激しないよう、落ち着いた声で語りかける。
「復讐は虚しいと、思わないかい?」
「死霊術師の専横を許すな!」
「ここでこいつを殺さないと、人類は平和に暮らせない!」
「なんか叫んでおこう!!!!!」
「成り行きで来ただけだけど死んでもらう!」
群衆は一通り死んでしまった。
集団で取り囲んで殴ろうとしてきたからだ。
間違いなく法律で保障された権利の行使だと思う。
すなわち━━正当防衛だ。
「……まいったな。レイラのお客さんを全滅させてしまったぞ……」
リッチは最後まで話し合いを望んでいたのだが、暴力には暴力で対応するしかなかった。
そして死霊術師の暴力はだいたい相手が死ぬ。
悲しい……悲しい、事故だったのだ。
「……やはり、争いは虚しいな……」
数多の死体に囲まれて、死霊術師は一人つぶやく。
「レイラ……早く帰ってきてくれ。できれば今晩までに……」
地表を茜色に照らしていた日差しは王都城壁の向こう側に吸い込まれつつあり、リッチの背後からは夜が染み出すように世界を侵蝕しつつあった。
『今晩』まではあまりにも短く、レイラはどこをほっつき歩いているのか全然わからない。
リッチはもう全部投げ出して研究室に帰りたい気持ちでいっぱいで、ランツァがなぜ自分をレイラ軍に潜り込ませようとしたのか、その描くところはさっぱり見えない。
みんな、死んでしまった。
なので蘇生可能時間内である一両日中に事態解決の目処が立つといいなと、リッチは心から願いながら、とりあえず大将用陣幕に戻って『霊体』にかんする思いつきをまとめることにしたのだった。
ランツァはここからどうするつもりなんだろう、マジで。
次回予告
ランツァ「さすがにこんな事態は想定してないんだけど」




