72話 この世界ちょっと問題ある性質のやつが多すぎない?回
魔王がもっとも頭を悩ませたのはエルフの取り扱いだった。
この新しい『人種』をどのように遇するかで魔王の評価も変わるのだから、それはそうだろう。
だいたいにして『新しい人種』などというのは、そもそも歓迎されないものなのだ。
すべての計画は『新人類』が急に生えないことを前提にしている。
しかも、その『新人類』はその気になれば際限なく、瞬間的に数を増やす能力を持っているのだから、魔王としては『こっそり絶滅』が一番安全な処遇だった。
しかしこれはリッチという、これもまた無視できない力の持ち主によって保護を願われてしまった。
たぶんリッチは『ダメ』と言えばあきらめそうな気がするのだが……
その場合、リッチは高い確率で『エルフのようなものを人為的に生み出すには』という試みを始めそうな気がしてならない。
そう、リッチはエルフたちを実験に使いたいのだ。
そういう側面も考えると、単純に『人類』として遇しても、それはそれで実験に使いにくいという問題が発生するし……
「……人類を研究のために利用して、どんな問題が発生するんだい?」
発生しないらしい。
リッチがあまりにも『なにを言ってるんだろう』みたいな雰囲気で述べるもので魔王は納得してしまった。
そもそも、命を操る術師なのだ。
扱うものが人類の命であることなど最初から織り込み済みでこの生き物はやっている。
生命倫理とか人権配慮とかそういうまともなことは『死霊術の探究』の前には一顧だに値しないと本気で思っているのが、リッチという存在の共通点である。
かくしてエルフはアンデッドの一種として魔王領に土地をもつこととなった。
「勘弁してください」
死霊将軍アリスが泣き言を言うのだけれど、リッチの窓口に収まっている限り、そのへんはまあ、なにか、どうしようもない。
いちおう『つらいならランツァあたりに死霊将軍を代わってもらいな』とアドバイスをして、とにかくエルフはアンデッドの一種として受け入れる方針となった。
◆
死霊将軍にして元人類女王にして昼神教エースの期待まで背負わされることになったランツァは、とにかく戦後が一番忙しい。
耐久筋トレで全身がバキバキになっているというのにあちこち巡って意見を聞いたり調整したりしないといけないのは、精神的にタフな彼女にとってもつらいことだった。
まあ、魔族側はまだ楽だ。
魔族は力こそパワーの一族なので、うるさい者は二、三回殺してしまえばだいたい従う。
ところが人族の方はそうはいかない。
彼らは魔族以上に負けず嫌いであり、負けないためなら勝負の基準を不明瞭にしたり、あとから物言いをつけてうやむやにしたり、とにかくやりたい放題だ。
「面倒なら逆らう者は全員殺してしまえばいいじゃないか。肉体はともかく魂の保管容器はいけそうだよ」
……なんてリッチは言うけれど、ランツァはこれから『人類をまとめて、治める』ということをしたいのだ。
そのためには殺せない。『従わない者を容赦なく殺す為政者』というイメージはつけたくないから。
そう、人類は━━死ぬのが怖いのだ。
『蘇生できるからいいじゃん』とか『最終的に生きてるじゃん』とか、そういうものでは納得しない。
人類の『死』への忌避感はかなりのものだ。
このへん、ランツァもかなり感覚がマヒしていたので、危うく何人か殺すところだった。あぶないあぶない。
反面、人は『生き返る』ということに対してかなり大きな価値を感じている。
魔族はドライなもので、仲間が死んでも『まあ、死んだんならしょうがない』という感じだが……
人族は『生き返れる』と思ったら『家族を』『恋人を』『友人を』と次々に願い出てくる。
おまけに話の都合のいい部分しか拾わないので、『死後一日程度、なおかつ肉体が残っている者ではないと蘇生できない』という但し書きはすっかりスルーして、『半年前に死んだ妻を……死体はすでに燃えてしまいましたが、死霊術ならできるのでしょう?』とか言ってくる。
「魔族は難しい話を聞くことができないけれど、人族は自分に都合の悪い話を聞くことができないんだよ。この二つの特徴を足した存在がレイラだよ」
リッチがちょいちょい訪れて一言コメントしていくので、さすがのランツァもちょっといらいらしてくる。
どうにも忙しくなると気が短くなる悪癖があるようだった。
それはランツァの悪癖というか、人類すべての悪癖のようなものなのだが、ランツァはこれをどうにか抑えこもうと、深呼吸の回数が増えていく。
……とにかく。
一度散逸し、滅びかけた人類には、今さら『王家です!』なんて出ていっても、さほど効果がなかった。
多くの身内を失った人々が頼るのは『自分たちを守ってくれなかった王侯貴族』ではなく、『大事な人を生き返らせてくれる奇跡の使い手』なのだ。
ランツァと新聖女アナベル(リッチがインした幼女)は、『お願いがあるのです!』と死者蘇生嘆願に来る人々の相手で疲れ果て、これを断るたび心証が悪くなるのを感じていた。
しかしもはや人々は論理では納得せず、幼女の笑顔さえ見せていれば納得する度合いにも限度がある。
そこで、ランツァは魔王にこう進言した。
「……また、人類と魔族は敵対することにしましょう。わたしは昼神教を信仰します」
蘇生禁止宗教を再び国教とすることにした。
なぜって━━蘇生お断り対応があまりにも手間をとらされすぎるのと、死霊術のシステム上不可能な蘇生を断っただけでも、『あいつらは蘇生できるのにしてくれなかった』『差別してるんだ』『金を払える者しか恩恵を受けられないんだ』と好き放題悪評を流されるからである。
火のないところにも煙は立つのだ。
そしてこの煙は風下に立つ者を殺す程度の規模にはなるのだ。
これを抑えるためには、蘇生できないのを『わかりやすく』『ランツァ以外の者の責任』にするしかなかった。
わかりやすく、というのが大事な大事なポイントで、現状使える要素の中で『蘇生禁止宗教なので』以上にわかりやすいものはない。
魔王は━━
「うーん、なるほどね。魔族に取り込まれた扱いだとあたしのとこに嘆願が来るしね。敵対しかねーわ。でも敵対するには人族弱すぎて、そのまま滅ぼし切らずに置いとくには納得感足りなくね?」
「大きな宣伝材料が最低二つは欲しいわ。まあ、一つはロザリーが快進撃をしたとかでいいでしょう。もう一つは……リッチを捕獲したことにしたいの。エルフもこっちで面倒みるから」
「あーんーえー……」
そこから魔王は長く長く沈黙した。
ランツァに魔王の考えすべてがわかったわけではない。
ただ、『人類が本気で抵抗してきた場合』とか『リッチの戦力』とか『エルフの生産力』とか、ランツァが裏切った場合のことと、エルフやリッチのお世話コストとのバランスを考えているのだろうとは思えた。
しばらくして、
「リッチの本体を魔王領に置いておくっていう条件なら」
「わかったわ」
そのように話はまとまった。
なお、この話し合いの結論だけ伝えられたリッチは……
「研究に支障がないならいいよ」
と、あっさり納得した。
◆
ところでフレッシュゴーレム戦役最終局面で人類王都に布陣していたはずのアンデッドのみなさんは、いったいどこでなにをしていたんですか?
「背後に出現したフレッシュゴーレムに対応していました」
あの大事な局面でアンデッドたちがまったく戦いに噛んでこなかったのにはそういった理由があったらしかった。
フレッシュゴーレムは学習する敵であった。
そして基本的に物理攻撃しかできない連中にとって、アンデッド、特にゴーストは天敵だ。
そのあたりを学習し、しかし物理攻撃以外の能力は修得できなかったフレッシュゴーレムたちは、アンデッドに対し陽動を仕掛けたらしかった。
ここでアンデッドには『どうせ自分たちはフレッシュゴーレムにやられないし背後に出た連中は無視して王都に突っ込む』という対応もできたのだが、これができなかったのには、アンデッドの根幹にかかわる事情があった。
アンデッドは━━頭が悪い。
すぐそこに敵がいたら、そちらにふらふら引き寄せられて対応する以上のことはできないのだ。
「そもそも私は将軍などという立場にされてはいますけど、お手伝いが主な仕事なので……戦術も戦略もわかりません。私の主な技能はお掃除です」
ここでようやく明かされる『リッチがリッチになった時、どうして死霊将軍アリスがたった一体で戦場をふらふらしていたか』の理由がそれであった。
戦場というのは死体が多く出る場所ではあるが、何度も同じ戦場でぶつかる都合上、死体をそのままにしておくわけにもいかない。
人族側も兵士が出ていって仲間の死体を片付け、弔う。
では魔族側はどうか?
そう、ぐちゃぐちゃになったスケルトンやゾンビやらを拾って片付けることこそ━━死霊将軍アリスの主な業務だったのだ。
巨人の戦場はほったらかしです。
ともかくスケルトンの残骸とかゾンビのペーストとかを片付けて回っていた時に、アリスは肉の削げ落ちたばかりのリッチを発見したのだった。
リッチだと気付かなければスケルトンの残骸だと思って拾って帰ったことだろう。
戦場が汚いと気になるので……
「しかし、ようやく私も死霊将軍などという向かないお役目をやめられます。ランツァさんに譲りましたからね」
けれどランツァとリッチwith生徒たちはこのあと人類王都に引っ越すので、魔王領に残されたアンデッドたちのまとめ役は相変わらずアリスなのだった。
彼女はまだ己に待ち受ける運命を知らない……
◆
……かくして。
戦後処理のなんやかんやの果てに、リッチは人類の領地へと帰還することになった。
人々は『ロザリーが魔族どもを蹴散らした』という情報と、『敵対していた死霊術師を捕らえた』という情報に湧き立ち、『やっぱ魔族に従うなんてねぇよな!』と元気発剌だ。
そのうちこの二つの情報は『ロザリーがリッチを倒した』みたいな混ざり方をして人口に膾炙することだろう。
もちろんリッチはやられていないし、ランツァは人族の旗頭にはなったけれど魔王とつながっているし、魔王の方も戦場整備をして『戦争ごっこ』を始めるべく準備を始めている。
人族という勢力はかなり弱体化したけれど、フレッシュゴーレムのいなくなった世界は、どうにもまた、フレッシュゴーレム出現以前の状態に戻りそうだった。
あんまりにも人族側の数が足りないのでエルフを人族側の戦力として出したりもしているせいで、なんだかエルフが人族の一種みたいに思われ始めたのが、変化と言えば変化だろう。
「ねぇ、わたしと同じ顔で戦場に立たれるとまずいんだけど……」
「では耳でもとがらせておきますか。それだけできっと気付きません。人類は愚かなので……」
などという会話があってエルフの耳がとがったりしつつ……
数ヶ月も経つころには、すっかり、すべてが……人類の数以外が……元に戻りつつあった。
ランツァとしては『捕らえたリッチに会わせろ』と詰めてくるロザリーを押し留めたり……
『蘇生、実はこっそりやってるんでしょう? いくらです?』みたいな当たり方をしてくるやつの対応をしたりと、嫌な感じのストレスが増えたが……
次第に街も復興していき、流通も戻っていた。
廃墟のようだった石造りの王都がもとの通りに戻っていくのをバルコニーから見下ろしていると、ランツァの胸に不思議な感慨がわく。
ランツァとしては『人類存続が死霊術に必要で、そのために旗頭が必要なら、まあ向いてるし自分がやるか』程度のモチベーションだったが……
たしかに、人類復興の様子には、胸を打たれるような感動があったのだ。
「……この平和が続けばいいのだけれど」
執務と執務のあいだにある、わずかな休憩時間。
昼下がりの街を見下ろしながらそんなことをつぶやいていると━━
━━ズガァァァアァン!
爆音と震動があって、街の一部が吹き飛んだ。
「………………」
ランツァは飲んでいたお茶を口の端からタラーっと垂らしながら硬直する。
すると、王族がプロパガンダを行う時などに使う拡声&映像投影の魔法により、空に映像が浮かび上がり、エコーした大音声が耳に届いた。
その映像に映っているのは━━
レイラ。
金色の毛並みを持つ、元勇者パーティーにして、今は巨人将軍のはずの、戦後処理の中でそういえば一回も会っていない獣人女性であった。
その彼女は「もう映ってるの?」「あたしにわかりやすく言いなさい。あんたを〝解決〟するわよ」などと言ってから、幼い顔で目線を正面に向け、
『ロザリー! 聞いてるわよねええええ! ……え? 大声じゃなくていい? そういうのは早く言いなさい。ぶっ飛ばすわよ。……とにかく、ロザリー、あんたとあたしの仲良しごっこもここまでのようね! ちょっとぶっ飛ばしに行くから居場所とか教えなさい!』
「なんで?」
ランツァはバルコニーでつぶやいた。
答えが出ないのはわかりきっているのだが、口からぽろっとこぼれてしまったのだ。
投影された映像の中で、レイラはしっぽについた鈴をちりんちりん鳴らしながら、怒った顔で、
『あたしはリッチより弱い! でも、リッチを倒したあんたよりは強い! どっちが強いか決めようじゃない! あんたがあたしに勝てたら、あんたからご飯をもらうことにするから!』
「なんで?」
どうにも暴挙の理由が語られたようなのだが、ランツァには一個も理解できなかった。
━━かくして。
レイラの飼い主を決める戦いが、戦後にくすぶっていた様々なものを巻き込みながら、始まる。




