69話 なにかを要求する時に気にすべきは条件よりも状況だよね回
人類王都の状況ははちゃめちゃに悪い。
というのも、なぜだか急に一転攻勢を始めたフレッシュゴーレムたちがランツァ&昼神教のメンバーを追い込み始めたからだ。
ランツァの治癒術(リッチ化を志すなら不可欠なのでリッチから習っている)および死霊術のおかげでゾンビアタックができるのと、ロザリーが意味わからないので持ち堪えてはいた。
しかし相手の物量が多すぎる。
じりじりと押し込まれて、気づけばランツァたちは謁見の間で玉座を背負うように取り囲まれていた。
「こんなに謁見の間にいっぱいいるの、初めて見るわ……」
余裕の軽口というわけでもなく、不思議な感慨に任せるままという様子でランツァはつぶやいた。
それを聞きつけてロザリーが言う。
「神殿はこのぐらいの人が押しかけることがありましたよ」
「そこでマウントとろうとするのなんなの?」
「いえ、ただ、あったので『あった』と言っただけですが……」
ロザリーが困惑した感じなので、ランツァは自分があまり冷静でないのを自覚した。
状況が絶望的なので仕方ないといえば仕方ないが、ランツァは自分が現状にかなりのストレスを感じていていらだっているのだと、ようやく知ったのである。
ただ、ロザリー側も特に思考の形跡もなくマウント発言をしてくるのはもう少し人間関係に気遣ってほしいところであった。
ものをしゃべる時は考えて話そう。
ランツァは深呼吸を三回して(そのあいだに味方が六回死んだ)、
「……ねぇロザリー、状況を打開する方法は、神様はなにか言ってないの?」
「あらゆる状況は筋肉により解決できると仰せです」
「絶対そんなこと言ってないと思うんだけど!?」
「ひたむきに努力し、怠けそうになっても己を律し、そうして得たものこそがあらゆる状況を打開する━━それはすなわち、筋肉なのです」
昼神教ロザリー派はプロテインがキマりすぎている。
「ロザリー、聞いて。筋肉は万能ではないわ」
「たしかに筋肉は時に無力かもしれません。聖典解釈を異にする派閥は、いつでも我らを嘲笑い、我らの信仰の形を間違いだと断じてきました」
「でしょう?」
「筋肉はそういった者たちと論戦を交わす時に、無力でした。それは認めましょう」
「そうよね?」
「けれど筋肉はそういった者たちを黙らせることが可能だったのです」
「……」
「わたくしの筋肉によって聖典解釈を変えられなかった者は、この世にたった一人。レイラだけです」
戦士レイラ。
暴力と食事をなによりも愛し、今は巨人将軍の獣人で、クリムゾンのことをママだと思っている、幼い女の子みたいな見た目の大人の女だ。なにもかもがおかしい。
「そしてランツァよ。あなたは一つ、認識に漏れがあります」
「あの、それはわたしと向かい合って話さないといけない? あなたの後ろになにがあるかわかってる?」
「神、でしょう?」
「フレッシュゴーレムの群れよ!」
どうして『ドヤァ……』という顔をしているのかわからない。
そう、ランツァの発言がロザリーのなにかを強烈に刺激してしまったようで、ロザリーはフレッシュゴーレムを完全に無視してランツァに話しかけにきているし、そのあいだに味方はすごい死んでる。
しかしロザリーは背後で上がる悲鳴などまったく聞こえていないかのように、胸に両手を置き、目を伏せて語る。
「よろしいですか、元女王ランツァよ」
「よろしくないわ! 対応して! フレッシュゴーレムの包囲が狭まってるから!」
「あなたは現状のすべてが筋肉あればこそだということを、まったく理解していないのです」
目を伏せて静かな笑みをたたえ、胸の前で手を合わせて語るロザリーは、こんな状況だというのに異常に絵になる。
長い手足、高い腰、細いウェスト、大きめの胸。
さらに物静かな美貌があり、紫色の髪は美しく、同じ色の瞳は見つめられるとまるですべてを見透かされているような、そんな気持ちになる輝きがあるのだ。
背後でひと呼吸二回ペースで人が死に、同じペースで生き返らされているという状況だというのに、ロザリーに微笑みかけられると『まあ、あっちはおいておいて、とりあえず聖女様の話を聞いてからにしよう』などと思わされるのだから、おかしい。
やはり人は見た目なのだった。
リッチも美少女であれば彼特有の長い話はもっと耳を傾けられたかもしれない━━
というかリッチが幼女にインしてたころ、彼の話に耳を傾けてた連中が聖女親衛隊とか名乗り出していたので、やはり見た目なのである。
「人は、終わってしまったことを、『大したことがない』と侮る性質があります」
「本気で話を続ける気なの!?」
「しかし、すでに過去となった事件が無事に終わり、現在があるのは、その事件を必死に解決しようとした者たちの努力の成果なのです。すなわち、今、我々が生きてこの場にいるのは、我々が努力を……筋トレを欠かさなかったから、なのですよ」
「わかった! わかったから! その筋肉で背後の状況に対処して!」
「ランツァ、それはいけない」
「なにがよ!」
「神は自らを助くる者を助くのです。普段から信仰を欠かし、そんな貧弱な肉体をさらしているのは、すべて、あなたの信仰が足りなかったから。だというのに、神がおっしゃられた『いざという時』になり、己の筋トレの不足を棚に上げて、真面目に礼拝をしていた者の信仰のおこぼれにあずかろうなどと……これは許されることではありません」
「そんなこと言ってる状況じゃないでしょう!?」
「いいえ。そんなことを言うべき状況こそ、まさしく今なのです。というわけで女王ランツァ。わたくしは、あなたの信仰に問いかけます」
「あの、あなたと一緒に筋トレをしていた人たちがさっきからすごい勢いで死んでるのだけれど」
「礼拝の不足ですね。彼らもまたさらなる礼拝が必要でしょう。……しかし、祈りは一朝一夕には形を成さぬもの。聖戦という状況下で冷静に話してわかりました。あなたは神を再び信じる資格がある」
「あの、結論を早くしてくれないかしら!?」
ランツァが急かすと、ロザリーは紫色の瞳でまっすぐにランツァを見て、慈母のように微笑み、言う。
「スクワットなさい」
「はあ!?」
「あなたが筋肉に負荷をかけているあいだだけ、わたくしがあなたの代わりに神のご意思を代行します。すなわち、重ねに重ねた礼拝の成果である筋肉を用いて、この状況打破のために動きましょう」
「あの……そんなこと言ってる場合じゃないです」
「しかし、人は筋トレを始めるのに理由を求めがちです。こういう状況でもないと、『まあ、明日やるか……』などと言いつつ、その明日は永遠に来ないのです」
「……」
「女性信者などはよく『スクワットで脚が太くなるのが嫌』と申しますが、心配には及びませんよ。━━強く太い筋肉が、そんな簡単に身に付けば苦労はしないのです」
「…………」
「まあしかし、部位は問いません。負荷をかけなさい、筋肉に。あなたの筋繊維の悲鳴が聞こえる限りにおいて、わたくしが拳をふるいましょう」
「あの、その条件だと、あなたはわたしが筋トレをしなかったらまったく動かないの?」
「そうですね」
「フレッシュゴーレムに襲い掛かられても?」
「そうですね」
「……『聖戦』はどうなったの? これは信仰存亡のための戦いなんじゃないの?」
「ゆえにこそ」
「……?」
「この状況だからこそ、あなたに筋トレを強いることが可能だと、わたくしは判断したのです。人に改宗を強いるならば、こちらも命を懸けねばなりませんからね。なにせ、信仰とは生命以上のものなので」
「こ、こいつ……!」
つい、口が悪くなってしまう。
でも仕方ないだろう。ロザリーは宗教とこの場の全員の存亡を人質にしてスクワットを強いてきたのだ。
これにはどんな聖人でも『こいつ……!』ってなると思う。
「さあ、どうなさいます? 祈りますか? それとも死にますか?」
「そ、そこまでする!? そこまでするの!?」
ロザリーはにっこり笑ったまま動かない。
さっきから包囲を狭めないためにフレッシュゴーレムにすり潰されてる人たちが、チラチラ振り返って『スクワットを……!』『早くスクワットを……!』みたいな目で見てくる。
ランツァは━━
「ああ! もう! わかったわよ! すればいいんでしょう!?」
屈辱に唇を噛み締め、状況の意味不明さに涙目になりながらスクワットを開始した。
しかしロザリーは動かない。
「ねぇ! 動きなさいよ!」
「フォームがちょっと……」
「面倒くさっ!」
その後、フォームの指導を経て、ようやくロザリーが動き出した。
果たしてランツァはロザリーが状況を打開するまでスクワットを続けられるのか?
ランツァの大腿筋が、今、試されようとしていた━━