68話 これもリソースの物語回
「うわっ、本当にランツァそっくりだ……まあいいや。よみがえれよみがえれ」
リッチが蘇生を試みれば、その『命』は無事に目覚めた。
『命』が意識を取り戻した時、あれだけいた仲間たちは全員が倒れてその死体があちこちに散らばっており、自分自身はといえば、魔王軍に取り囲まれた状態なのだった。
時計機能の世界との同期が完了してみれば記憶に数時間の抜けがあり、あたりはもうすっかり夜で、暗視機能が自動でオンになっていたことに遅ればせながら気付く。
視界に入ってしまったかがり火から反射的に顔を逸らした先には、自分を見下ろす二つの個体。
遠巻きに魔王軍に見られながら、その『命』の目の前に立っている二人……
一人はいわゆる『人類』の五倍以上はあろうかという体躯をした、黒い炎の塊、あるいは影の化け物とも言える魔王軍代表者・魔王で……
もう一人は、
「我らが神! なぜですか!? なぜ、産み出した我らを殺したのです!?」
「おお、なんだかリッチもあずかり知らぬ信仰が芽生えている……?」
自分たちを産んだ白骨のモノは、おどろいたように半歩あとずさった。
それは魔王を見上げてなにかを問うようにしたあと、魔王のうなずきを受けてから、再び『命』に向き直った。
「えー、とりあえず色々すり合わせが必要そうではあるけれど、まずはこちらからの要求を伝えます。君たちは五百体だけ生きて保護することが決定しましたので、これから残り四百九十九体を蘇生します。君が代表者ということで、もし選別したい『個性』に心当たりがあれば、君に蘇生される四百九十九体の選定を任せようと思っているよ」
唐突に告げられた託宣に、『命』は愕然とした。
あれだけ増えた仲間たちを、五百体まで減らせと神は仰せなのだ。
「君は感情豊かだなあ。これはリッチの仮説なのだけれど、君たちはその素材に『記憶』を用いているね? 世のことや人物情報、状況などをあらかじめ知っているのもそのお陰だね?」
「……はい」
「その『記憶』はヒトから抽出したものではなく、大気中を漂う……残滓とか、そう呼ばれるべきものだ。それを空気の中から濾し取って物質とし、液体状として流し込み、型を作って組み立てる……死霊術的に是非とも解明したい。君たちの存在そのものが、死霊術における命区分の一つ、『記憶』という概念の深奥がこちらの想定をはるかに上回る深さを━━」
「神よ、なぜ、我らを殺すのです。我らを産んでおいて」
「━━んん? どういうことかな?」
神は首をかしげた。
『命』は自分を構成する『記憶』から得た『この世界の倫理観』をもとにして、神への説明を試みる。
「我らはあなたを親と思っています。一般的に、親が子を殺すことは、忌避されることです」
「そうだね」
「我らは生きています。しかも、我らは神の意に反していない。神の味方する陣営の味方として、同胞と呼べなくもない連中の駆逐に全力を尽くしました」
「そうだね。君たちがすべてのフレッシュゴーレムを取り込んでくれたお陰で、連中の大部分を手早く殺せた。非常にありがたいことだ」
「……そして、我らは誓って、あなたたちへの敵対を目論んでなどいません。こればかりは信じていただくしかないことですが」
「そうだね。いや、リッチもそこにいる魔王も、君たちに『敵対の意思』があるというふうには考えていないよ。これも信じてもらうしかないのだけれど」
「……ではなぜ、神は産み出した我らを鏖殺なさったのですか?」
「……なぜ? すまない、会話の流れがよくわからないんだけれど」
「……我々を殺す理由がないことを、今、確認していたと思うのですが」
『命』が述べると、神はしばし考えたあと、「なるほど」と手を叩いた。
「つまり今の一連の会話は命乞いだったのか。……ああ、いや、言い方が悪いかな? 命乞い……つまり、自分たちが殲滅されない理由の提示だね。君は今の一連の会話で『自分たちには殲滅される理由がない』と述べたつもりなんだ。そうだろう?」
そこにはまるで『難しい問題を解けました』というような喜びがあって、『命』は困惑するしかなかった。
解釈の余地もなく『殲滅される理由がない』と述べたに決まっている。
なぜそこがわかってもらえないのか、地上から『記憶』を濾過して自分たちの材料としている『命』にはわからなかった。
新しい生命である自分が地上の『普通』とか『一般的に』とかを語るのは間違っているというような感はありつつも……
普通、そう解釈するだろう話の流れにしか思えなかった。
自分たちを構成する『記憶』が、神との会話に齟齬や違和感を覚えているのだ。
神は骨のみの指を立てて、
「まず、一般的に子殺しは悪いことだ。……まあ、リッチが君たちの親かどうかはまた別に議論の余地があるとして、君の思うようにリッチが『親』だという前提で語るなら、たしかに、親が子を殺そうとしている構図ではあるね。これは一般的に責められるべきことなのだろう」
「そうでしょう?」
「けれど、『一般論』はこれまでリッチの味方をしてくれなかったので、リッチもまた『一般論』さんは採用しません。そういうのは一般論の恩恵を得ている人の中でありがたがられていればいいと思うよ」
「…………は?」
「二つ目。君たちはリッチたちの願望を察してその味方をした。それはとてもありがたいことだ。君たちのお陰で仕事が早く片付きそうだからね。知っているかい? フレッシュゴーレムは『死のささやき』が通じないんだ。これは連中が『生命』の定義から外れたからなのだけれど……」
「我々は生命です」
「そうだね。少なくとも死霊術的にはその通りだ」
「しかも、我々はあなたの味方をして……」
「そうだね。君たちの行動は紛れもなくリッチに『利』をもたらした。この事実は否定しようがない」
「ならば、なぜ……?」
「いや、まず、『利益をもたらす味方であること』が『殺されない理由』になると思った根拠はなに?」
「………………は?」
「利益をもたらすかどうか、行動が味方かどうかは、殺されるかどうかとは全然関係がないよ。それは『人間関係』でしかない。生存のための闘争なんだから、人間関係より優先されるものがあるのはわかるかい?」
「我らがなにをしたというのです!?」
「三番目の答えだね。君たちはあまりにも数が多すぎる。生きているだけで迷惑だ。だから君たちは死んだ。そこに『敵対の意思』があるかどうかなど関係はないんだよ。しかも、その『敵対の意思のなさ』だって、今現在という時間だけを切り取ったものだろう? 未来永劫味方かどうかは保証されない」
「……そ、そんなことを言い出したら、人類だって、魔族にとって……いえ、魔族だって、あなたにとっては……」
「そうだね。ある日、迫害されるかもしれないね。でも、リッチは心配いらないよ」
「なぜ……?」
「殺すだけなら今すぐこの場にいる全員を殺せるからだよ。リッチは『ある日、全員がなんの前触れもなく敵に回る』という事態を想定して、不死の体になったんだ。いやまあ、理由のうち一つだけれど。とにかく、ただ敵対するだけなら全人類が相手でも問題ない。魔族もふくめてね」
「……」
「しかしそれは学術の発展につながらない。リッチは人間関係は信じないけれど、利害関係は信じているんだ。リッチは人間性について考慮しないけれど、人間の能力については重要視しているんだ」
「……それは、いったい……?」
「魔王はリッチに研究環境をくれる。だから魔王の味方をする。魔王の味方をした時、君たちは多すぎて邪魔だ。だから殺す。でも、すべてを殺されたくないリッチは、どうにか五百名だけ生存を許してもらった。今はそういう状況なんだよ」
神の声は諭すような気配があった。
それは優しい声というわけではなく、話についてこれない生徒にゆっくり一つ一つ定義の確認をしていっているような、そういう声だった。
『命』は思わずつぶやいた。
「……あなたは、他者を信じることができないのですね」
「ランツァの才能も、魔王の先見の明も、ロザリーのふざけた力も、レイラの暴力も、リッチは信じているよ。もちろん勇者のコミュ力もね」
「それは能力を見て判断しているだけです。あなたは━━」
「すでに状況を理解できる程度の言葉は交わしたと思う。リッチは今、実のところ、それなりに優先度の高いタスクを抱えているんだ。人類王都にまで君たちはたどり着けなかった。つまり、あそこのフレッシュゴーレムはまだ存在しているし、生産を続けている。ゆえに、ランツァがまだ危ない。リッチはこれを助けに行きたい。彼女は死霊術の未来を担う人材だ」
だから足の速い者に自分の体を運んできてもらったし━━と付け加えて、
「まだ説明が足りないようなら、また君を殺しなおしていったん人類王都の問題を解決しに向かおうかなというところだよ。その場合、君たちの蘇生可能時間内に間に合うかは不明だ。リッチにとってもそれは惜しい。どうだろう、ここらで納得をしてもらえないだろうか?」
その問いかけにはもちろん、言外に『さもなくば見捨てる』というものがあった。
『命』は、命なのだった。
地上の人々の記憶を構成素材として組み上がった命なのだった。
この肉体を作り上げるものは髪の毛から指先にいたるまで人の想いでできている。
だからこそ生命は重んじられるべきだという前提に立っていたし、知らずのうちに命を大事なものだという視点で語っていた。
だから、『命』はこう応じるしかなかった。
「……私を除き、我らに個性などありません。選定すべき人格はないのです。蘇生は誰でもかまいません」
「ふむ。では見えている範囲でやってしまおう」
請け負うと同時に神はなにかをつぶやく。
するとぴくりとも動かなかった同胞たちが不意に目覚め、自分たちに起こったことに混乱するように周囲を見回した。
神は安堵したように胸をおさえて、語る。
「いや、よかったよ。君たちに意地を張られて蘇生拒否なんかされたら困ったことになったからね。なにせ、君たちは、死霊術にとって貴重な存在なのだから」
それだけが自分たちの生存理由だとでも言うかのような口ぶりに、『命』は神の意思を確信した。
神の前で、生命は一般で言われているような価値を持たない。
自分たちは、ただのリソースなのだ━━




