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捨てられて、リッチ #勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る  作者: 稲荷竜
第二部 地下から湧いてきたお手伝いロボット「滅亡をお手伝いします」
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60話 『任せる』というのは口出しをしないしあとで責めもしないからしないから好きにしなという意味だよ回

 城の尖塔上に位置したフレッシュゴーレムたちが放った火矢は、恐るべき命中率で標的に突き刺さった。


 なにせ矢の標的は『油をかぶった味方』であり、それらは回避行動をとるどころか、自ら両腕を広げてその場に静止し、矢にあたりに行ったのだから、外れようもない。


 油というのは本来そこまで燃えない。むしろ、まとわりついてなかなか消えない作用の方が大きいだろう。


 だからか燃やされたゴーレムたちはきちんと全身に炎が燃え広がるまでその場に立ち、十分に燃えた同胞がある程度の数そろったところで、敵に━━すなわちリッチたちに突進を開始した。


『人の似姿』を目指して作られた、人のような大きさで、人のようなシルエットで、人のような表皮の張られたそれらが、皮膚を焼け爛れさせながら無表情で向かってくる。


 それだけでリッチの軍団は恐慌状態に陥った。


 次々向かってくる燃え燃えゴーレムども……

 怯え、逃げ惑い、散兵となった味方……

 さらに追加される油と炎……


 状況を見て、ロザリッチは言った。


「うーん、ここからじゃどうにもならないね」


「あきらめないで!?」


 ランツァはそう言うのだけれど、不屈というだけで打開できる状況というのは限られている。


「では一つ、『時間経過による状況の変化』というテーマで考えてみよう。まず、相手が無尽蔵に援軍をよこし、次々火矢と油のおかわりを持ってくるあたりで、時間は相手の有利にしか働かないことを思い知らされる。油は王都に保管してあったものをかき集めたのだろう。あるいは精油技術を持っている可能性まで視野に入る。つまり『こちらが燃え尽きるのが先か』対『あちらの油が尽きるのが先か』という勝負は、どうあっても相手の勝ちになるね。さらに━━」


「負けルートの冷静な分析はいいから! 勝てそうな方向で考えましょう!?」


 ここで『ないよ』と言うとさすがのランツァにもキレられそうな気がしたので、リッチはちょっと考えてみる。


 だが、思いつかない。


 というか……考えるためのモチベーションがわかない。


 生命は大事というのに間違いはないし、この貴重なリソースを減らすことをリッチはまったくよしとしない。


 それは理性的な主義であり、ちゃんと頭では(・・・)わかって(・・・・)いる(・・)ことだ。


 けれど、いざ、『なにか無理にでも捻り出さないと、目の前の(リソース)が失われそうだ』という状況において、その命のために懸命に考えを絞り出せるかどうかというのは、また話が変わってくる。


 それをするには命の大事さを心の底から理解していないといけないだろう。


 頭ではわかっているのだけれど、気持ちがどうにもついてこない。

 事務手続きと同じだ。やらなきゃいけないのは見なくともわかる。けれどそのために歯を食いしばってがんばるのはちょっと……みたいな。


「君とロザリーの肉体の確保は(かな)うよ。それ以上を求められても『守るべき人数が多すぎる』『そもそも死霊術は他者を守るのに向いた学問・技術ではない』としか」


「……」


「君にアイデアがあるなら協力はする。けれど、リッチにそれ以上を求められても困ります。なんていうか、向いてない。全員を一度死なせてもいいなら守り切ることは可能だけれど、肉体がひどく損壊してしまうとどうにもならないのは以前に述べた通りだ。まあ、多少のヤケドならリッチの治癒術でどうにでもなるけれど、燃え尽きた肉体の再生は技術的に不可能と言っておこう」


「……わたしが、大人数を率いてのこのこ(おび)き出されたから……」


「君が対策を講じるならこれ以上思考時間は奪えないから一つだけ言うと、『昨日までありえなかったことが今日起こりうる』のが戦場だけれど、それはそれとして、人は『昨日までありえなかったこと』に今日、いきなり対応はできない」


「……」


「フレッシュゴーレムが人を誘拐して人を誘い出すのは、今日まで観測されなかった事象だ。それを予知できなかったから自分を責めるというのは、時間の無駄では?」


「……でも」


「一瞬さえも貴重な今という時に議論を重ねるのはずいぶん贅沢な時間の使い方だ。リッチは嫌いではないよ」


「……そうね。少しだけわたしを守って。なにか考えてみせる」


「まあ、守れる限りは守っているよ。今もね」


 このあたりが人間時代リッチが戦場でさえ不人気だった理由でもあるのだが、リッチは不可能そうなことは不可能そうと言ってしまうし、どんな時でも相手の理解を求めるために説明を惜しまない。


 ただし説明の言い回しが無駄にくどくどしているのと、『きっちり仕事はしているのに口ではまったくやる気がないように聞こえることしか言わない』ので、イメージがひたすら悪かったのだった。


 実際、今も、かけられる限りの治癒をかけ、死者は蘇生し、燃えさかるフレッシュゴーレムたちを霊体の帯で抑え込んではいるのだ。


 ただし恐慌した味方がそこらじゅうに散るし、散ったあとで的確に包囲されるので視界も通らず、治癒や蘇生がかけにくいというのがあり……

 さらに時間帯が朝と昼のあいだぐらいなので、死霊術による『霊体の帯』の出力が夜に比べると弱い。


 このあたりもまたリッチの『自分は研究者であり指揮官ではない』という自己認識と、『専門外のことには口を挟まない』という職人意識のせいでもある。

 作戦開始時間が朝に決まった時点で━━

 全軍の主力となるのが死霊術なので、理由を説明し異を唱えれば作戦開始時間が夜にずれこんだだろう。

 しかし『まあ、たしかに夜は視界が悪いし、義勇兵を守る目的なら明るい方がいいだろう』と思い異を唱えることをしなかった。


 それでもリッチはできる範囲の仕事をさぼりはしないのだ。


 ただ、そこに熱意だの誠意だのがないし、そういうものがなくても流れ作業的にやれてしまう範囲でしか……『十全』にしかやれないので、戦場で重く見られる『熱さ』みたいなものが一切感じ取れない。

 そのあたりが『こいつは、がんばっていない』と思われる原因でもあった。


 じりじりと包囲が狭まり、味方の所在も何人か確認不可能になってきた。


 もはや被害ゼロとはいかないだろう状況になり、ランツァがすがるように口を開く。


「……リッチ、ロザリーに使った即死攻撃は? あれはロザリーでも一瞬で死んだじゃない」


「ああ、そういえば説明を忘れていたね。まあ、『強い単体』を狙い撃つには適した技術だけれど、集団が相手ではなあ。やり方についてはあとでみんなに現象だけ説明して予想をレポートにまとめてもら━━」


「リッチ!」


「ああ、ごめん。なんだい?」


 そこでランツァは口ごもった。


 このように逼迫(ひっぱく)した状況でさえ、口に出すのをはばかるような様子で、しばし黙っていたけれど━━


「……わたしの中のロザリーの魂が、『体を返せ。わたくしがやります』って言っているわ」


「ふぅん。ロザリーが状況を理解できていると仮定して、ランツァ、君はどうしたい?」


「…………他に打開策もないし、頼るしか」


 ここでさらに『リスクが理解できているか?』まで問いかけるつもりはなかった。

 先ほどの沈黙がまさしく、リスクを理解しているからこそのものだろう。


 体を返すということは、ロザリーの肉体からリッチの魂が出ていき、魔王領に帰るということで━━

 死者蘇生禁止ルール過激派のロザリーが、死者蘇生して体を取り戻すということで━━

 体を取り戻したロザリーと同じ場所に、ランツァや死者蘇生経験者のみなさんが、リッチ抜きで取り残されるということだ。


「いいだろう。君の命は君のものだ。自分が目視範囲のものに憑依するのとやり方は変わらない。君なら二割失敗ぐらいで済むだろう。またね」


 だからリッチはそれだけ言って、その場を去ることにした。


 いちおう戻ったらまた超長距離憑依術をするつもりだが、無事な死体がまた見つかるかは運次第だろう。

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