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27話 『いつでも変わらない』がいいことなのかどうかは状況にもよるという話

「『成功率』八割ってところだね。上出来だと思うよ」

「……先生に気をつかわれると余計にへこむのでやめてください」



 遺跡の外――

『便利っぽい魔導人形』を回収して地上に出れば、時刻はもう夜だった。


 ヒトダマのような灯り――死霊術士リッチの灯す灯りなので『ヒトダマのような』ではなく『動物の魂そのもの』――が青白く照らしてくれなければ、一寸先も見えないような闇が、あたり一面に広がっていた。


 不毛の大地と化した『南部前線』の夜は非常に肌寒い。

 吹き抜ける風がリッチのボロマントと、深紅(クリムゾン)のボロ服を揺らしていた。


 赤毛のケモ耳少女――深紅(本名ではない)は、『すとん』としゃがみこんで膝を抱えた。



「……先生、言ってたじゃないですか……死霊術は『成功率』ではなく『失敗率』で表現するって……『失敗率』二割は、そんなにいい数字じゃないって、言ってたじゃないですか」

「そうだね。リッチは君を元気づけようとしました。でもうまくできなかったみたいだ」



 しゃがみこむ深紅の背後で、リッチは骨だけの指を、骨だけの顎に添えた。

 やはり人付き合いは難しい。

 リッチにはコミュ力がない。



「……いえ、いいんです。先生、今のはいいと思うんです。ただ、わたしがネガティブになってて素直に慰めの言葉を受け入れられないだけで……」

「いいのか……しかし、リッチが元気づけようとした君は落ちこんでいるみたいだけど」

「失われたのは命なんですよ」

「そうだよ。死霊術だもの」

「……先生は論理的な説明をしてくださいますけど、わたしはやっぱり、命は命で……」

「命は命だよ」

「……死ぬっていうのは、死ぬっていうことで……」

「死ぬっていうのは、死ぬっていうことだよ?」

「……そういうアレじゃなくて! ……とにかく、二割もの人命を救えなかったのが、どうしても心に重くのしかかってきていて……」

「……人格いじる?」

「ことあるごとに人格いじりをすすめないでください!」

「まだ二回しか言ってないのに……」

「一日に二回も人格いじりをすすめられるのは、ちょっと重いです」

「そっかー……」



 リッチは要求するペースの配分を考案することにした。

 このあと、三日に二度のペースで人格(正しくは記憶)いじりを要求することになるのだが、それはまた別なお話。



「まあとにかく帰ろうよ。リッチも早く帰って拾得物をいじりたい。あと、ここは戦場だから敵に見つかると面倒くさいよ。まあ、君がまた死者蘇生の実地訓練をしたいなら、死体を増やすのもやぶさかじゃないけど……」

「帰りましょう!」

「そう? じゃあ、行こうか」



 かくして二人は魔族領へ向けて足を進める。

 だが――



「――シフトが終わっても人員が戻ってこないと思えば、あなたでしたか」



 聞き慣れた女性の声がした。

 リッチは(うろ)となった目をそちらに向ける。


 立っていたのは、紫髪の女だ。

 両手足に金属製の籠手、すね当てなどの武装をした――聖女ロザリー。


 暗闇の中、夜風に長い髪を揺らし、近付いてくる。

 彼女が左右の拳を打ち付けると、ガントレットが『ガィィィン……』と音を残響させ、わずかに火花が散った。



「聖女ロザリー様!?」



 その火花でやっと姿が見えたのだろう、深紅が反応した。

 リッチはもとより魂を見て個人を判別しているので、暗闇でも『視界に困る』という感覚はない。


 聖女ロザリーが灯りもなくなぜ普通に歩けているのかは謎だ。

 聞いても筋肉にまつわる回答しか来ない気がするので、リッチは暗闇での視界確保方法にかんする疑問を飲み込んだ。


 代わりに、



「『シフト』ってなに?」

「相変わらず飄々(ひょうひょう)としているようですね、リッチ」

「君こそ相変わらず筋肉してるね」

「ありがとうございます」

「褒めてないよ。皮肉のつもりだよ」

「なぜ、皮肉を言われねばならないのでしょう?」

「だって君は、『なにかが起こっている』と思ってこの遺跡に来たわけだろう?」

「ええ」

「だったら、たった一人で来るっていうのは、あんまりうまくないんじゃないかな」

「ふっ」



 聖女ロザリーは、リッチから三歩ほどの距離で立ち止まる。

 そして、



「わたくしがたった一人に見えますか?」

「見えるけど」

「しかし、今のわたくしは、以前、あなたと戦った時に比べ、おおよそ二倍の密度の筋肉を登載しています。これはつまり、二人だということです」

「なるほど、リッチとは相変わらず棲まう文化が違うみたいだね」

「ならばどうします?」

「文化が違うなあって思うだけだよ。多様性ぐらい、リッチにもわかるし」

「なるほど、あなたらしい。わたくしは違います。文化が違う相手を見たならば、教化する。教化が無理であれば殲滅する。それが宗教というものです」

「その考え方、リッチは好きじゃないな」

「人類の思想が分かれるというのは、悪徳です。我らの信奉する『昼神』は仰せられました。『父なる者が我らを昼と夜に分かったのは、全能であるはずの彼の者にあり得べからざる失敗であったのだ』と。……分かれることは悪なのです。ゆえに分かれた者あらば、これを滅ぼします。世界を一つに。いずれ、夜空に輝く星々を砕き、昼夜さえなくしてみせましょう。信仰によって!」

「宗教は面倒くさいし、リッチの邪魔ばかりするから嫌いだよ。あと、星を砕いたら余計暗くなって昼と夜の分裂がもっと進むんじゃないかなと思いました」

「…………」

「………………」

「……さて、過日の敗北を取り戻すべく、いざ、勝負!」

「矛盾を突かれたからって拳を振り上げるのは野蛮だと思います」



 しかりロザリーは聞いちゃいない。


 ちなみに『拳を振り上げる』というのはリッチの言葉のあやだ。

 ロザリーのようにきちんとした格闘者は、向き合って始める一対一の戦いで、初撃から『拳を振り上げる』なんていうスキの大きい一撃は使ってこない。


 地面を滑るような歩法。

 弾丸のような速度。

 足で発生させた力を腰をひねって拳の先に伝えるコンパクトな打撃が、リッチの顔面に迫る。


 リッチに打撃は通用しない。

 だが――人間だった時の癖か、顔に迫る拳を、咄嗟に腕で受け止めてしまう。


 その瞬間、受け止めた左上腕骨が塵となって消滅した。



「……まさか完成したのか、ええと……『一撃消滅超信仰信仰拳』?」

「『一撃消滅超震動信仰拳』です。……なぜ知って?」

「前に勇者の体に入っていた時に聞いたんだ」

「勇者の体に入っていた?」

「憑依で」

「憑依?」

「リッチは無知な相手に説明することを厭わないどころか、望むところなんだけれど、無知で理解する気もないのにわからない単語に片っ端から食いついてるだけの相手に説明するのは、徒労だと思っている方だよ」

「ともかく『アンデッドは基本的に打撃に強い』というのを腕力(しんこう)でどうにかしてきたわたくしが、さらなる高みにのぼった末に産み出した奥義(しんこう)です。信仰はすべてを解決します。さああなたも消滅(しんこう)なさい!」



 ロザリーがコンパクトに拳を振り回す。

 リッチは避けるが、インファイトに慣れていないので、何発かもらう。

 もらうたびに骨のみの体は削れ、塵となり、消滅していった。



「すごいなあ。物理的に不可能っぽいのに、本当に信仰で全部解決してるのか」



 リッチは左腕すべてと右腕尺骨、それから肋骨の一部を消されながらつぶやいた。

 深紅が悲鳴のように叫ぶ。



「先生! 緊張感持ってください! 今、緊張するところですよ!」

「いやしかし、ロザリーの魂はやっぱりすごいよ。非凡だよ。『なにか一つに打ち込んで、不可能なまま不可能を可能にした人』っていうのはすごいんだ。この魂はやっぱりほしいな」

「先生、体が欠けてるんだから命の危機を認識して!」

「……ああ、丁度いい機会だ。君に、リッチの体に興味を持ってもらおう」



 言うと同時。

 闇夜に包まれたそこら中から、闇よりなお黒い触手がわき出してくる。



「まず、夜という時間がいい。夜はアンデッドの時間だ。なぜかわかるかい?」

「先生! 前!」



 深紅の方向を振り返って説明を開始したリッチに、深紅が悲鳴をあげる。

 たしかに正面にいるロザリーは、リッチに向けて拳を繰り出し続けていた。


 でも、止まる。

 その拳が、首をひねって後ろを向いたリッチの頭蓋骨に当たる前に、触手にからめとられて、止められた。



「――アンデッドはなににより動いていると思う?」



 リッチは、腕を腰の後ろで組み、テクテクと動きの止まったロザリーの周囲を歩く。

 それは生徒を前にしたリッチがよくする、『ものを教える時』の彼の癖だった。



「先生、止めたなら早く逃げましょうよ!」

「いいからいいから。いい教材なんだ。聖女ロザリーは筋力が強い。また、精神も強い。そして、強すぎる信仰は不可能を可能にする。……それでもこの拘束は解けない。それはなぜか? 一つ一つ説明していこう」

「……」

「まず、設問一だ。『アンデッドはなににより動いているか?』。リッチは見ての通り、骨だね。あとゾンビは全身が腐っている。……さて深紅、君は、もし自分が体中から筋肉という筋肉を剥がされたら、動けると思うかい?」

「……いいえ」



 応じた深紅の声には、あきらめがにじんでいた。

 こうなったら話に付き合い終えるまで、きっと逃走はしないのだろう――そういう、諦念だった。



「そう! 骨格は、骨格単体では動けない! 解剖学などを知らなくても、容易に想像がつくことだろうと思われる。ではリッチたちを動かしているものはなにか?」

「……ええと……肉体、霊体、魂、記憶でわたしたちは構成されていて、肉体が不完全なら、霊体で動いているんですか?」

「そう! ゴーストが顕著だね。アンデッドは、人類における『筋肉』と同様に『霊体』を用いて動いているんだ。では、新しい知識の吸収だ。『なぜ夜はアンデッドの時間なのか?』。アンデッドが霊体を用いて動いていることも加味して考えてみてほしい」

「…………霊体が、夜強いから?」

「その答えだと半分しか正解じゃないね。まあ、ヒント出しの手順が悪かったかな。正解は、『霊体が昼に弱いから』だ」

「……同じなんじゃないですか?」

「この微妙な違いが大きな違いでね。仮に、普段から霊体だけで動ければ、その力は肉体に入っている時よりも強いし、肉体に頼らなければならない者に対して、一方的に作用できる。それが『霊体』の本来持つスペックなんだよ。しかも、霊体は肉体と違って、魂に直接干渉できるんだ。だからこそ、魂はみな『霊体』という殻をかぶっているんだ」

「……えっと、それだと、『昼に弱い』と『夜に強い』の違いは語れてないですよね」

「そうだね。では最後の設問だ。リッチが戦場でよく用いる、『黒い触手』だけれど……この正体はなんだと思う?」

「……」

「『これ』は、昼夜問わず、そこらに転がっているものなんだ。でも、昼にはこれほどの力を発揮することはない。『ある』にもかかわらず、『ない』ものと同然。しかし実際には『ある』……」

「え、えっと……あ、霊体ですか?」

「正解。この黒い触手はね――肉体も魂も失った、戦場での死者の霊体なんだよ」



 リッチはロザリーに向き直る。

 彼女の手足、口、腰――ありとあらゆるところに、『霊体』でできた黒い触手がからみつき、動きを縛っている。



「昼間、日光の元では簡単に引きちぎられ、解かれる拘束。だけれど夜は、日光により弱められていない――『ある』のに日光に照らされ『ないこと』にされないからこんなにも強く拘束できる。筋力も通じない。精神力も通じない、それはなぜか?」

「……」



 誰も答えない。

 リッチは、縛られ、拳を突き出した状態のまま、全力をこめているのだろう、ブルブルと全身を震わせるロザリーの肩に手を――消滅していない方の手を乗せて、



「魂を縛っているから」



 深紅へ、答えを告げた。



「抑えつけられているのは存在そのものなんだ。筋力も、『不可能を可能にする』信仰も役立たないよ。……まあ、理論上、ね。その理論を論理的ならざる手段と精神性で飛び越える彼女には、今すぐ拘束を引きちぎってもらうことも期待しているんだけど――今日は調子が悪いみたいだね」

「……」



 ロザリーの震えを、リッチは『力をこめすぎて全身がシバリング状態だから』だと思っていた。


 一方で深紅は、恐ろしくて震えているのだと思った。

 ――だって、恐ろしいに決まっている。

 全力で倒しにかかった相手に、やすやす拘束され、あまつさえ『教材』にされているのだから。



「霊体はほら、闇の中であれば、こんなにも長く、こんなにもたしかに存在できる。魂のない霊体が! 意思なき幻想の肉の塊が、ちょっと魔術で操っただけで、これほど強固な存在を保ち続けるんだ。そして――最初に教えたかったことに戻ろうか」

「……さ、最初?」



 深紅は震えをどうにか抑えながら問い返した。

 リッチは深く暗い虚を――目を深紅に向け、首をかしげる。



「言ったじゃない。リッチの体に興味を持ってもらうって」

「あ……」

「うん。だからね、ほら、ごらん」



 黒い触手が、リッチの欠損箇所に集う。

 それは細く小さく凝縮していき――失われたリッチの骨を再生させた。



「アンデッドヒール。そのメカニズムは、『そのへんに落ちてる霊体で、欠損した霊体を補う』というものなんだよ。ああ、ごめんね、リッチの体に、って言ったけど、スケルトン系はこの通り、リッチでなくとも、霊体を補うだけで骨の体も再生するんだ。反対に、肉体だけ治そうと思っても無理だよ。だから人類が使う『肉体へのヒール』は効かないんだね」

「……」

「勉強になったかな?」

「……は、はい……」



 深紅はうなずく。

 リッチは満足そうにして、



「じゃあ、帰ろうか」

「……」

「魂を長期的に保存できる容器を開発できれば、ここでロザリーの魂、抜いちゃうんだけどね。まだまだ保存期間に問題がある。研究すべきことは山積みだよ。今日回収したコレが、少しでもその助けになるといいね」



 リッチは本当に、動けないロザリーを放置して、魔族側へと歩き出した。

 深紅は慌ててそれに続き、



「せ、先生、待ってください! ロザリーさ……ロザリーは、どうするんですか? あのまま?」

「さっきも言ったけれど、夜にはたしかに存在する霊体は、昼になると『ないもの』として扱われるんだ。ああして本来のスペックを発揮しているあいだはロザリーも動けないけど、日が出れば普通に引きちぎると思うよ。日の下にある霊体よりも、体の下――暗闇にある霊体の方が強いからね。ロザリーの中にある霊体が、リッチの操った霊体を排除するんだ」

「……なるほど?」

「……一気にいっぱい詰め込み過ぎちゃったかな。でも、いい機会だったからね。君を連れてロザリーに襲われることはなかなかないし」

「……先生」



 深紅は立ち止まる。

 リッチも、数歩歩いて立ち止まり、振り返る。



「なあに?」

「……先生は、『生きてる人』を、どういう存在だと思ってるんですか?」

「……生きてる人は、生きてる人じゃないかな? ……あ、ひょっとしてリッチは、またコミュニケーション的にまずいことをやってしまった?」

「……うまく言えません。うまく言えないんですけど……」

「言えるまで待つよ。まだ夜明けは遠い」

「…………すいません、うまく言えなくて」

「そう? なら、いいよ。行こうか」

「……はい」



 二人は歩き出す。

 あとに残されたロザリーは、全身を拘束されたまま、震えていた。


 抵抗か、怒りか、あるいは、恐怖か――

 その内心はわからないけれど。

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