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20話 久々に会話した相手の個性とかが思い出せず『お前そんなヤツだっけ?』となる回

「リッチ様、予算の危機です」

「アリスは予算の話しかしない」



 研究室の裏手の物陰で、骨と幽霊が話し合っていた。


 アンデッド居住区にはそこかしこにお墓があって、それはリッチ研究室の周囲も例外ではない。

 空は常に暗くよどみ、赤と紫のまじった無気味な雲がかかっている。


 向かい合う二人のうち骨はもちろんリッチで――


 服も体も透けている、豊満な体を持つ妖艶な美女が、『死霊将軍』アリス。

 蠱惑的な唇が特徴な、なんとなく全体的に青白い妖艶なる女性である。


 リッチ的には『つまらない話しかしない相手』という認識である。



「アリスの話はいつでも現実的だ。生活費とか、研究費とか、獣人の処遇とか、統治とか……リッチはそういう唯物的な問題に頭を悩ませるのは大嫌いだよ。もしリッチがリッチ視点で物語を綴っていたら、アリスの出番は全部カットだと思うよ」

「しかしリッチ様、生きていくのには予算が必要なのです」

「……予算はリッチの蔵から出ているじゃない」

「そうです。まだ余裕はあります」

「じゃあなんで……」

「しかし、最近、減るペースが急激に早くなっており、今のうちに対策を講じねばのちのち大変なことになるかと……」

「なんでそんな急に減りだしたの?」

「巨人将軍レイラの食費が、なぜかリッチ様の蔵から出ているので」

「……レイラの食費そんなやばいの?」

「それはその、なんと申し上げますか……やばいです」



 研究より費用がかかり、獣人三十人を引き入れた時は問題にもならなかった食費が問題として持ち上がるレベルのようだった。

 リッチは腕を組んで考えこみ――



「必要な時以外は殺しておこうか。死体は食べないし」

「いえっ、それっ、それはどうかなあと思いますが!?」

「でもね、最近『魂の保管庫』の改良が進んでいるんだよ。ランツァのアイディアでね。いや、彼女が『魂ってひんやりするのね。冷やしたほうが長持ちしたりしないかしら』と言うんで試してみたら、まさにその通りで。まさか霊体でさえない魂魄に対して『温度』というものがこれほど影響が出るのかと興味深い――」

「わかりました! わかりました。その話はまた今度」

「……アリスはリッチの話を聞いてくれないから好きじゃないよ」

「だって! リッチ様、話すと長いじゃないですか! 今、私は予算の話をせねばならないのです!」

「……そうだ。そうだね。予算は大事だ。意識したくないし、頭を悩ませたくもないけれど、なければ研究ができない……」

「そうです。……リッチ様の不興をかうとわかってはいるのですが、こればかりは申し上げねばならない話題でして……」

「じゃあレイラは必要な時以外殺しておくということで?」

「だから! それはよろしくないかと!」

「なんで?」

「現在、レイラは巨人将軍です」

「だから?」

「巨人の将を死霊側の都合で殺すと問題になりますよ」

「じゃあレイラの食費、巨人が出せよ!」

「しかしレイラは『己より強い者の施ししか受けない』と公言しておりまして」

「嘘だよ! あいつ、勇者時代だってお腹が空いたらどこからでも食べ物持ってきたもん! 商店とか! 民家とか! 前線兵の食料庫とか! あいつの方がよっぽど『備蓄殺し』だよ!」

「あいつの方が?」

「……勇者パーティーにいたという死霊術士より、あいつの方が。死霊術士は特徴がなかったけど勇者パーティー全員『○○殺し』って呼ぶ風潮があったからデブだし備蓄でも殺させとけ、とかいうテキトーな理由で備蓄殺し呼ばわりされてただけだと思うよ」

「リッチ様は勇者パーティーにお詳しいのですね」

「リッチだからな」

「……ともあれ、レイラは殺せず、レイラ自身はリッチ様から食糧を受け取ることを望んでいるのです」

「殺せないのか……」

「殺せません……そう、なんていうか、政治的に」

「政治! また政治か! 政治! 予算! 倫理! 道徳! ――宗教! お前らいつもリッチの邪魔してばっかだな! ほんと嫌いだよ政治!」



 リッチの敵はいつでも正体の判然としない、しかし大きなものだった。

 お陰でリッチは『大多数』とか『世間』みたいな概念が大嫌いだ。



「……よし、わかった。リッチ思いついちゃった。こうしよう。……レイラは、死ぬ」

「……ですから、殺してはならないと」

「自分の意思で死ぬんだ」

「なるほど。……しかし、あのレイラ、生き汚いと言うか……自殺からは最も縁遠いタイプですよ」

「大丈夫。死ぬとは言っても、死ぬだけだ。死んだだけなら、どうにでもできる。死んだって死なない。そのへんで騙そう」

「なるほど……私も今、リッチ様がなにをおっしゃられているかわからず、混乱しました。レイラならばなんとなく死ぬでしょう」

「レイラだからな」

「では、レイラが死んだらその後の処置はこちらで請け負えるように根回しをしておきます」

「頼んだ」

「巨人族は大声で言えばだいたい要求が通るので楽な方です」

「レイラも大声で言うこと聞くようにならないかな……」

「巨人将軍とはいえ獣人なので、無理かと」

「……巨人にレイラの世話を大声で言えば、どうにかなったり……」

「レイラ自身に世話される気がなければどうにもならないかと」

「だよなあ。……ああああ! もうほんとに! リッチは黙々と研究だけしていたいのにどうしてこうなるのかなあ」



 リッチは頭骨を抱えた。

 ともかく面倒くさいことはさっさと済ませるに限る。


 そんなわけでレイラを探しに出ることにしたのだが――



 この時、リッチたちはまだ知らなかった。

 レイラが巨人族を率いていつの間にか戦いに出ていて、もう、魔族領にはいなかったことを。

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