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ある奇譚

作者: 広幡桐樹

目覚めると、母が左利きになっていた。

何を言う、右利きの人が左手も右手と同じぐらいに使えるようになることはあっても、利き手が生きている間に変わるはずがないじゃないか、と言われれば僕も返答に窮してしまうのだが、本当にそうだったのだから他に言いようがない。昨日眠りに就くまで右利きだった母が(寝ている間に身体を改造したのかもしれない)、僕が起きた時には、フライ返しを左手に持って朝食の目玉焼きをひっくり返し、左手に包丁を持って味噌汁に入れる大根や人参を切っていたのだ。フライ返しはまだしも左手に包丁を持って大根や人参といった固い野菜を切ろうとは、右利きならばまずしようと思わないだろう。故に僕の母は左利きになってしまったと言ってもいい。というか絶対左利きだ。

僕は困惑しながらも左利きの母が作った朝食を食べていると、件の母が話しかけてきた。

「あんた、いつから左利きになったの?」

何を言っているんだ、とうとう母も頭が逝ってしまったのだろうかと思いながら

「いやいや、見た通り僕は右利きじゃないか。」と言った。勿論僕は頭が呆けるような年齢じゃないので、箸は言った通り右手に持っている。

「やだねえ、勉強し過ぎて頭がおかしくなったんじゃないの。」

全くもって意味がわからなかったけれども時間も時間だったので、僕は急いで身支度をして学校に向かった。


もやもやした状態で学校に着いた僕がまたおかしな事態に遭遇したのは、一時間目の授業中のことであった。

僕が板書に勤しんでいる最中に、隣の席の佐々木が話しかけてきた。

「あれっ、お前って左利きだったっけ?」

「だから、俺は生まれつき右利きだって。何言ってんだよお前。」

母とのこともあり、思わず"だから"なんて使ってしまったと発言してから気づいたが、向こうはそんなことは御構い無しに

「いやでもお前、左手でシャーペン持ってんじゃん。」

そこでふとある考えが過った。僕はその考えが正しいかどうかを確かめるため佐々木に

「ちょっといきなりだけど、右手挙げてみろよ。」と言った。

佐々木は大儀そうに

「いきなりなんだよ。はい、これでいいのか?」

しかし彼が挙げたのはどう見ても左手だった。

やはりそうだ。何だかよくわからないけど、皆が皆右と左を逆に捉えている。

「おっ、いけるか佐々木。」

「えっ、あっ。」

どうやら僕が佐々木に右手を挙げるように言ったせいで、彼は聞いてもいない問題の解答権を先生に与えられてしまったらしい。佐々木は僕をじろりと睨みつけた。


その後も体育の授業のキャッチボールの時に右手でボールを投げているのをサウスポーだと囃されたり、弁当を食べている時に箸を持っている手に疑問を抱かれたり(今日二度目だ。)したが、僕もだんだん対応に慣れていき、それらを軽く受け流していたので特に支障はなかった。

そのまま最後の授業も終わり、ホームルームが始まった。そして僕らの担任のどうでもいい話も始まった。僕は隣の佐々木と雑談をして、ほとんど話を聞いていない。

「…てことでな、お前らも真面目に高校生としての自覚を持って生活を送らないと駄目だぞ。はい、分かった奴は右手を挙げろ!」


クラス全員が左手を挙げた。







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