1
ブアレスという街に辿り着いたのは、ウェルストンを出て、ちょうど一週間後の昼間だった。
「何というか……妙な雰囲気だが、何か問題でも起きているのか?」
ちょうど街の正門辺りを通りがかった、この街の名を教えてくれた青年に訊ねながら、俺は街の奥に目を凝らした。別に暗い街というわけではなく、建造物や大通りは小綺麗で見栄え良くはあるのだが、何となく陰湿な印象を受けたのだった。
「元々、ここはそういう街だからね」
青年は自嘲するような口調で言い、小さく首を振った。
「何しろ、奴隷を生業としてる奴らの溜まり場なんだから」
「奴隷……だと」
「そうさ。ほら、見てみなよ」
ショックを受ける俺に、彼は街のあちらこちらを指す。示された方向を視線で追うと、鎖で繋がれた『人間』を連れている『人間』の姿が目に入る。鎖を握っている者は皆、裕福そうな身なりをしていた。
「街のどこに行っても、同じような奴らと出くわす。そして、ああいう連中相手に商売しているような人間がこの街にはわんさかいるんだ」
「……とんでもない街なんだな」
そういえば、ウェルストンでも奴隷を連れた金持ちに出会したな、と思い出す。もしかすると、あの場所で見かけた奴隷もまた、この街で売買された者だったのかもしれない。
「他の街の奴らからは奴隷街、蔑みを込めてそう呼ばれてるよ」
「奴隷街……」
「本当、住んでいるだけで嫌になる、好きになれない故郷さ」
「じゃあ、出たらいいじゃないか」
「出たくても出れないんだよ。家族の事を考えたら、俺がワガママ言うわけにもいかないしさ」
とにかく、アンタもマトモな人間なら、こんな薄汚い街に長居しない方がいい。今に精神をやられる。そう言い残して、青年は綺麗に整えられた大通りを歩き去っていった。
(しまった、宿の場所を聞きそびれた……)
他の町民に訊ねようとしても、近くには見当たらない。ただ、旅人や金持ちが行き交っているばかりだ。
(まず街中に入って、それから適当な人に訊ねるか……)
そう考えを纏め、通りを歩き始めたところ、
「メラン? メランじゃないか!」
急に後ろから、懐かしい声が耳に入ってくる。即座に振り向くと、そこには屈強な体格をした戦士の男が立っていた。
「ガルスか!」
自然と、柄にもなく大声を上げた。
「マリフを発って以来か、お前も遂に冒険者の端くれになったってわけだな」
「端くれ中の端くれだよ」
「ハハハ。それにしても奇遇だな、こんな所で会うとは」
「気ままに歩いたらたどり着いたんだ」
「気ままに? 地図も無しでか?」
「ああ」
問いかけを肯定すると、ガルスは苦笑を浮かべて、
「無謀というか、幸運というか……先を知らない冒険も良いものではあるがな」
「あんたの方はどうして此処にいるんだ? まさか、奴隷を買いに」
「いいや、違うよ。可愛い女を引き連れるのも確かに魅力的だが、俺はソロが性分に合ってるからな」
「ソロ?」
「一人で旅する冒険者の事さ」
「ああ」
「ま、ここでずっと立ち話というのもなんだ。宿に来ないか? その様子だと、まだ宿泊場所は決まってないんだろ?」
当然、断る理由も無い。誘いに応じ、俺は彼の泊まっている宿へと向かい、部屋を確保した。この宿は最初に利用した所と同じく食堂というものが無かったので、ガルスは自分の昼食のプレートを持って俺の部屋にやってきた。
「それにしても、よくマリフからこの街まで歩いてこれたな。この辺の魔物は彼処と比べてもややレベルが高いから、初心者にはキツいと思うが」
「魔物と出会ったら、すぐに逃走し続けたんだ」
「それはまた……臆病というよりは、肝っ玉があると言った方が良さそうだな」
ガルスは苦笑しながら、
「普通の思考の新米冒険者なら、十分にレベルが上がったところで次の街を目指すものだぞ」
「元々、戦いというか、疲れる物事が好きじゃなくてな」
「逃げるのも疲れないか?」
「戦うよりは幾分かマシさ」
「そりゃそうだが……お前、面白いヤツだな」
「そうか?」
「ああ、話してて結構楽しいよ。世の中は広いということを実感させられる」
正直、ガルスの感想はよく分からないが、あまり気にしないことにした。
「ところで、さっきの話だが。お前は奴隷を買うつもりなのか?」
「俺が?」
ガルスの質問に、俺は目を丸くする。
「まさか。メリットも見当たらないし、第一、金が無い」
「冒険者にとってのメリットはかなりのものがあるさ。まず、かさばる荷物を全て預けられる。次に、野宿の際に寝ずの番を任せられる。他にも、戦闘に参加させたり、食べ物を探しに行かせることだって出来るしな。値段だって女なら高くつくが、男なら安く購入出来る」
「よしてくれ。あんたのように、一人旅の方が性に合ってる」
「なんだ、嫌悪感でも持ってるのか?」
意外だとでもいうように、ガルスは両目を瞬かせた。
「奴隷くらい、この国じゃ幾らでも見かけるだろう」
「……あまり良い気持ちがしなくてな」
「となると、メランは別国の生まれなのか?」
「まあ、そうだな」
転生してきたと言うわけにもいかないので、そう言葉を濁した。
「どこの国だ?」
「言っても分からないような遠い国さ」
はぐらかすようなこちらの言葉を、ガルスはどうやら別の意味にはき違えたらしく、
「そうか……まぁ、話したくないなら無理にとは言わないが」
と言った。
「とにかく、その国では奴隷は一般的ではなかったということか」
「そうだな。むしろ忌避されていた」
「……だがな、メラン。この国で生活する以上、奴隷は日常的に目にする事になる。あまり神経を尖らせない方がいいぞ。でないと余計な」
「ああ、分かっている」
彼の言を途中で遮り、俺は頷いた。余計なトラブルに巻き込まれるのは、言われなくても面倒だ。
「分かっているならいいが……ところで、何日も野宿をした後で、これだけじゃ物足りないんじゃないか?」
空となった皿を指し示しながら、ガルスは言った。
「ん……そうだな」
確かに、俺の腹は未だ空腹を訴えかけていた。
「だろう。この宿は宿泊料が安くて俺も気に入ってるんだが、如何せん飯の量が少ないのがたまに傷なんだ。どうだ、話の続きは料理屋でしないか? 安くて美味い店を知ってるんだよ」
手持ちの金との相談だったが、依頼や薬の販売にも体力がいる。ここは腹ごしらえを先に済ませようと思い、俺は彼の提案を承知した。
「ああ、そうするか」