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ゴブリンナイト及びゴブリンアーチャーの挟み撃ちを何とか脱した俺達は、ダンジョンの探索を再開する。深部へ進むにつれ他の冒険者とすれ違うことも少なくなり、魔物と遭遇する機会も増えていった。
宝箱を発見することもあった。ミレイヤが語ったところによれば、こういうダンジョンには様々な場所に宝箱が置かれてあり、中には貴重なアイテムが入っていることもあるらしい。中身を取り出された宝箱は勝手に消失してしまうが、その原理は誰にも解明されていないのだそうだ。
「もう、だいぶ上ったんじゃないか」
幾度目かの階段を上り終えた後、俺は二人に問いかけた。
「そうですね、そろそろ最上階に着く頃だと思います」
「ダンジョンの最奥にはボスモンスターが生息している事が多いから、今から気を引き締めておかないといけないよ」
程なくして、更に上へと向かう階段を発見する。階段を上り終えると、眼前に広大な空間が現れた。どうやら、ここは大広間のような場所らしい。天井が無く青い空が頭上に広がっていることから察するに、恐らくは最上階だろう。
そして、空間の中央には一匹の魔物がいた。毒々しい紫色を帯びた大蛇だ。
「アイツがこの塔の主みたいだね」
大剣を正面に構えたファミエラが、視線をダンジョンのボスから逸らさずに呟く。
「メランさん、気をつけて下さいね」
「ああ、分かった」
戦闘を二人に任せ、俺はこれまでのように後方へと下がる。大蛇はというと、自身の縄張りに侵入してきた俺達を見て、すぐに上体を持ち上げて臨戦体勢を取る。
先に攻撃を仕掛けてきたのは、向こうの方だった。大蛇はその長く太い尻尾を地面を叩きつけるようにして振り上げ、自身に接近してきたミファエラめがけて一気に振り下ろす。彼女は右横に跳躍して、その攻撃を回避した。
刹那、横薙ぎに繰り出された大剣が魔物の皮膚に命中する。だが、肉の斬り裂かれる生々しい音は耳に入ってこず、代わりに岩盤を叩いたような硬質な効果音が聞こえてきた。
「流石、やっぱり一筋縄じゃいかないみたいだね」
「ファミエラさん、援護しますっ!」
続いて、ミレイヤの魔法攻撃が発動する。詠唱していた彼女の足下に形成された魔法陣が強い輝きを放った途端、無数の炎球が彼女の杖から発射された。皮膚に命中した途端、それらは強烈な轟音と共に爆発する。だが、やはり相手は傷一つ負っていない。
それから、長い戦いが繰り広げられた。紫の大蛇はその巨体を存分に生かし、ファミエラは敵の攻撃を回避しつつ時間稼ぎに徹し、ミレイヤは術の詠唱に専念して敵に僅かでもダメージを与えようと試みる。
死闘の末、先に力尽きたのはダンジョンの主の方だった。幾ら強靱な肌を有していても、二人の与えた攻撃は地道に体力を削っていたようだ。
最期にひときわ甲高い絶叫を上げた後、大蛇は崩れ落ちる。巨体の動きに連動して、床が強く振動した。
「ふぅ……結構、時間が掛かりましたね」
「そうだね、かなりしぶとかった」
掛け合いをする彼女達の額には、珠のような汗が幾つも浮かんでいた。
最上階はまだ冒険者の探索が及んでいなかったらしく、沢山の宝箱が残されていた。一方、主がいたせいか魔物は全くといっていいほど生息しておらず、安全に階層を探索し、アイテムを入手することが出来た。
そして、訪れた小部屋の中に、俺達は他のそれと比べて豪華な装飾の施されている宝箱を発見した。
「やった! ありましたね、ファミエラさん!」
ミレイヤが嬉しそうな声を上げた。
「これは特別な宝箱なのか?」
「こういう宝箱にはね、レアなアイテムが入っている確率が高いのさ。ダンジョンの最深部に一つか二つ落ちてりゃ最高ってもんだよ」
そう言って、ファミエラは宝箱を開く。
中に入っていたのは、一本の短剣だった。まるで凍気を纏っているかのような状態で、剣身からは冷気を周囲に発散し続けている。
「これは……『凍てつきの短剣』だね」
そう呟くファミエラの口調は、落胆しているように聞こえた。
「レアアイテムじゃないのか」
「いえ、貴重な道具といえば貴重な道具なんですけど……私達、これより性能が良い武器を幾つも持ってますから」
「ああ、そういう事か」
普通の冒険者にとっては価値のある一品でも、熟練の腕前を誇る彼女達にしてみればガラクタ同然の代物というわけだ。
「じゃあ、この剣はどうするんだ」
「そうですね。ひとまず倉庫に預けるか、武器屋で換金するか……」
「アンタ、これ使うかい?」
名案を思いついたように、ファミエラが訊ねてきた。
「俺が?」
虚を突かれ、思わず目を瞬かせる。
「どうせ、アタシ達が持ってても換金か交換くらいしか使い道がないしね。アンタの方がコレを有効活用出来るだろ?」
「しかし、良いのか? せっかくの戦利品なんだろう?」
「構わないよ。アンタの薬には相当助けられたからね。もう十分、借りは返してもらった。ほら、受けとりな」
そう言われれば、拒む理由も無い。俺はファミエラの差し出す短剣の収められた鞘を受け取った。武器を抜いた瞬間、ひんやりとした感覚が伝わってくる。
「……妙な感じがする剣だな」
「魔力が込められていますからね。でも、メランさんが扱うにはだいぶ便利だと思いますよ」
「何故?」
「魔剣の利点は魔力を持たない者でも属性攻撃を行える点にあるんです。魔力での攻撃を苦手とする魔物は多いですから、きっとメランさんの冒険の助けになると思います」
「なるほど……そいつは便利そうだな」
俺は銀色に煌めく剣をじっと見つめた。
ダンジョンから帰還した翌朝。荷物を纏めた俺はウェルストンの入り口で最後の挨拶を交わしていた。
「もう、行ってしまうのかい」
「ああ。そう何日も二人の世話になるわけにはいかないからな」
ファミエラの問いかけに、俺は小さく首を振って答えた。この二日間、宿代の全額を彼女達に払ってもらっていた。これ以上の滞在は流石に気が咎める。
「でも、後一日くらいゆっくりしていったらどうですか?」
「そうしたい気持ちは山々なんだが……ここじゃ、薬の材料も殆ど調達出来ないみたいだからな。金を稼ぐ事が出来ない以上、この街に長居は出来ないよ」
冒険者の街ウェルストンにおける薬の製造及び販売ルートは、大きな同業者組合によって利権を独占されていたのだった。
「……なるほど、そういう事情があるなら、これ以上の引き留めはしないよ」
ファミエラは朗らかに笑って、
「短い間だったけど、楽しかったよ。またいつか、どこかで会えるといいね」
二人との別れを済ませ、ウェルストンを出発する。少しだけ名残惜しさを覚え、途中で足を止め、街の方を振り返った。遠くに見える街の風景の中に、彼女達の姿は見受けられない。
「……ま、縁があったらまた会えるさ」
自らに言い聞かせるように、呟いた。出会いもあれば、別れもある。それがきっと、冒険というものなのだろう。
再び前を向いて、歩きだそうとしたその時、今度は自分のステータスが何となく気になった。脳裏に画面を呼び出してみる。
名前:メラン・ノーセラック
称号:駆け出し薬売り
レベル:6
HP:87(最大87)
MP:12(最大12)
攻撃:10
防御:8
魔力:6
抵抗:16
技術:27
速度:22
頭部装備:旅用の安い帽子
右手装備:凍てつきの短剣
左手装備:ナイフ
胴体装備:旅用の安い服
脚部装備:旅用の丈夫な靴
装飾品1:無し
装飾品2:無し
装備スキル(最大装備数4):薬調合LV3・値切りLV1・逃げ足LV1
所持スキル:薬調合LV3・値切りLV1・逃げ足LV1
所持金:310ゴールド
所持アイテム(最大所持数5):薬調合キット・薬売りのバッグ・古びたレシピ本・非常食×2
「……やっと、冒険者らしくはなってきたか」
ステータス画面を閉じ、俺は再び放浪の旅への第一歩を踏み出した。