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翌日、俺はファミエラとミレイヤに護衛されるようにして、二つ目の街『ウェルストン』に到着した。
「マリフと比べて、随分と活気溢れる街だな」
「そりゃそうさ。ここはマリフを旅だった冒険者が最初に訪れる街だからね。マリフの周辺と比べてダンジョンの数も質も飛躍的に多いし、様々なレベルの冒険者達がそこらかしこにたむろってる」
「……なるほどな、ここも冒険者の街なのか」
周りを眺め、俺は彼女の説明に納得した。道を行き交う人々の大部分は冒険者で占められている。マリフと比べて、全体的に装備の質が良いのも特徴的だった。
ただ、周りの熟練冒険者らしき人々と比較しても、ファミエラやミレイヤの装備は遙かに上等そうに見える。
「ところで、あんた達は何の用があってこの街に来たんだ?」
ふと思いついた疑問を、俺はそのまま口にした。
「冒険者案内所に用があるんです」
ミレイヤがあっさりと質問に答えた。
「案内所に?」
「はい。ワタシ達の倉庫に行って、荷物を整理する予定なんです」
「あそこは冒険者に倉庫を提供しているのか?」
「『冒険者に』というよりは『ギルドに』ですね。ギルドを作っていると、ギルドメンバー用の倉庫を貸してもらえるんです」
「へぇ、それは便利だな。そのギルドっていうのは、一人でも作れるのか」
「いえ、最低二人はいないと作れないです。ワタシ達も、コンビでギルド開設してますから。倉庫自体は、倉庫屋に頼めば借りられますけど」
「ま、ギルド税ってのが課せられるから、ギルドを作るのも一長一短ってモンさ」
ファミエラが会話に入ってきたその時、俺の眼前に衝撃的な光景が飛び込んできた。通りの向こうから、鎖に繋がれた少女を引き連れている裕福そうな男が歩いてきたのだ。少女は窶れた体型で頬も痩けており、お世辞にも良い健康状態には見えない。服装も見窄らしく、ボロ切れのような布を身に纏っていた。
「あれは……なんだ?」
彼らとすれ違った後、俺は驚愕しつつもミレイヤに問いかけた。
「何故、首輪に繋がれている? 家畜じゃなくて人間だったぞ、あの子は」
「それは……」
「奴隷だよ」
口ごもるミレイヤに代わって、ファミエラが平然とした様子で答える。
「奴隷……だと?」
「そんなショックを受けるような事でもないさ。王国は奴隷制度を公に認めているし、ああいう子は幾らでもいるよ。いちいち同情してたらキリが無いし、あの子達だってそんな目で見られるのを望んではいないさ。懸命に生きてるんだから……そういえばアンタ、泊まるアテはあるのかい?」
この話はこれで終わり、とでも言うように、ファミエラは訊ねてきた。
「アテはないな。どこか空いている宿を探そうと思っている」
「そっか。じゃ、アタシ達がよく利用してる場所に泊まらないかい? そうするなら、数日の宿代くらいは払ってあげられるよ」
「いや、そこまで世話になるわけには」
「遠慮しなくてもいいよ。宿に泊まるくらいの金なら幾らでも持ってる。これも縁ってやつさ。それに……」
と、彼女は俺の耳に唇を寄せ、小声で囁いた。
「アタシが個人的に、アンタを気に入ってるのさ」
ファミエラ達が普段から利用しているという宿は、前に俺の泊まっていたそれと遙かに程度が違っていた。まず、見るからに古ぼけた家屋だったあちらの宿と比較して、こちらの宿は客を呼べる小綺麗な装飾が施されている。内装も極めて清潔で、至る所にカビの散見された部屋と比べると雲泥の差だった。
前の宿では食事も室内に運ばれていたのだが、今回は一階の食堂に降りるようになっている。昼間、ギルドでの用事を済ませて帰ってきたファミエラ達と一緒に、俺は三階の部屋から食堂へと向かった。
「何か、俺に出来ることはないか」
食事を終え、雑談がひと段落済んだ折、俺は彼女達二人を交互に見つめながら言った。
「なんだい、藪から棒に」
「昨日からずっと、あんた達には世話になりっぱなしだからな。その借りを返したいと思っている」
「いいよ、そんなの」
「そうですよ、ワタシ達が好きでしたことなんですから」
「いや、そういうわけにもいかない。それじゃ、俺の気持ちが収まらないんだ」
延々とした平行線の協議の末、
「そうだ。メランさんは薬売りなんですよね」
何かを思いついたように、ミレイヤが声を上げた。
「じゃあ、ワタシ達のダンジョン攻略を手伝ってくれませんか?」
「ダンジョン攻略を、という事は」
「はい、ワタシ達とパーティを組んでもらいます」
「なるほど、そりゃ名案だね。ちょうど、回復役がいなくて困ってたところだし」
二人の説明によると、彼女達は明日、ウェルストンの西に位置する塔型のダンジョンに挑戦するらしい。そのダンジョンは冒険者の間でもかなり高難度だと伝えられていて、二人はダンジョンの最奥に安置されている財宝の入手、それに腕試しも兼ねて攻略に挑戦するらしい。ただ、先日に回復役がパーティから離脱していて、回復薬は多めに持ち込まないといけないと考えていたところだったのだそうだ。
「それで役に立てるのならいいが……大丈夫なのか、俺みたいな素人をダンジョンとやらに連れていって。薬だけ無料で提供する事も出来るが」
「平気だよ。後方に下がっててくれりゃ、戦闘はアタシ達二人だけで行うから」
「アイテム類はかさばりますし、多くは持ち込めませんから。ダンジョンで発見した戦利品のこともありますし、荷物持ちの人が一人いるだけでも大助かりなんです」
「……分かった、俺でよければ、あんた達の力になろう」