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マズい、と思ったときには既に手遅れだった。
「へへっ……不用心だな。兄ちゃんよぉ」
林を照らす月明かりの下、髭面の大男が歪んだ笑みを浮かべながら言った。彼の右手には、使いこまれた長剣がこれ見よがしにチラツかされている。
「こんな人目に付きやすい所でオネンネしてちゃ、俺達みたいな集団にいつ襲われても仕方ないってもんだぜ? どうだい、一つためになっただろう」
「……ああ、良い勉強になった」
(逃げ道は……塞がれているか)
大男の言葉に返事しつつ、左右に素早く視線を走らせる。奴の仲間と思しき男達が、俺の眠っていた木の周囲をぐるりと取り囲んでいた。彼らの輪を強行突破するのは、不可能に近いだろう。
(俺とした事が……)
野宿している最中にならず者達の襲撃を受けるとは、迂闊だった。なるべく、人の通らないであろう場所を吟味し、有事の際はいつでも逃げられるよう努めて眠りを浅くしていたのだが、先ほどはつい眠りこけてしまっていた。結果が、この絶望的な状況だ。
「そうかい。それじゃ、勉強になった謝礼を頂こうか」
「あいにく、無一文なんだ」
「嘘をついても、すぐにバレるぜ?」
「本当だ。少なくとも、生活の足しになるような金は持ち合わせていない」
「へへへ、じゃあ有り金やアイテムに加えて、着ているモンまで置いてってもらおうか。少しは金になるだろうさ」
くっく、と忍び笑いが四方八方から聞こえてきた。
「そんな事を言って、本当は逃がすつもりなどはなから無いんだろう」
「察しがいいな。その通りだよ。生きている人間だって、奴隷商人に売りつけることが出来るからな……お前のような男なら、それなりに纏まった金が手に入るだろうよ」
(……絶対絶命、か)
この状況を打開する策が全く思い浮かばない。ナイフ一本で勝てるような相手ではないのだ。無理に逃げようとしても、すぐに力ずくで捕らえられてしまうだろう。
(ここは大人しく捕まって、逃げ出す機会を待つか……)
その時だった。
「ぐはあっ!」
俺を取り囲む一団の一角から、妙な叫びが聞こえてきた。声の方向へ視線を向けると、ならず者の一人の肩から鮮血が地面に流れ落ちているのが目に入る。
「たまたま通りがかって話を聞いていれば……アンタ達、追い剥ぎなんて真似をして、恥ずかしいとは思わないのかい?」
快活な言葉と共に、影が姿を現した。
(女……二人か?)
一人は赤髪の女性だった。露出度の高い装備を着用していている為、健康的な褐色の肌が嫌が応でも目に入る。だが、スリムな体に纏っているのは紛れもない鎧で、その下に窺える筋肉は引き締まっていた。両手には彼女の肩辺りまではあるだろう大剣が握られている。背中には巨大な鞘を背負っていた。外見からは、歴戦の勇士の雰囲気を漂わせていた。恐らく、年齢は二十代後半から三十代くらいだろう。
「流石、ファミエラさん! 襲われている人を見捨てず颯爽と助けるなんて、格好よすぎますっ!」
そして、彼女に同調するように体を揺らして目を輝かせているもう一人の女性。外見年齢は二十代前半くらいだろうか。魔術士の着る青いローブを身につけている事、両手に木製の大杖を握っている事からして、きっと魔術士に違いない。ショートカットに切りそろえられた蒼い髪が印象的だ。見た目的には可愛いというより美しいと形容するべき魅力を放っているが、先ほどの言動がそれら全てを帳消しにしているような気がした。
(兎にも角にも、俺を助けようとしてくれているのは間違い無さそうだな)
「なんだこのアマ! いきなり出てきたと思ったら生意気な口利きやがって!」
髭面の大男は声を荒げた。
「野郎共、先にコイツらからやっちまえ!」
叫びがそこらかしこから上がったかと思うと、ならず者達は一斉に彼女らへ飛びかかった。だが、
「甘いんだよ!」
薙ぎ払う、とはまさにこの事かもしれない。踊るように舞う紅髪の下から、巨大な剣が勢いよく繰り出された瞬間、彼女に害を成そうとした男達はいとも呆気なく吹っ飛ばされた。難を逃れた残りのならず者達は、ならば、ともう一人のか弱そうな女性へ刃を向けようとするも、
「アイスボール!」
蒼髪の女性の足下に薄い水色の魔法陣が形成されたかと思うと、氷の塊が迫りくる敵に向かって放たれる。氷塊群は男達の頭部に命中し、攻撃を食らった彼らは気絶した様子でその場に崩れ落ちた。
「こ、このアマアアアアアア!」
最後に残った髭面の大男は、雄叫びを上げながら剣を振り上げ、赤髪の女に突っ込んでいく。
刹那、大剣の一閃が男の武器を粉砕し、肉の斬り裂かれる音がした。
大男は、無言で地に崩れ落ちる。
「さてと、これで全員かな」
赤髪の女は注意深く周りを見渡した後、木陰に立っている俺へ視線を向けると、
「アンタ、大丈夫かい」
と、朗らかな口調で話しかけてきた。
「ああ、大丈夫だ」
「そうかい、そりゃ良かった」
「済まない、先ほどは助けられてしまったな」
「気にするこたぁないよ。ああいう輩は何処にでもいるからね。こういう事は日常茶飯事さ」
そう言って、彼女は笑った。見る者の気分を明るくさせるような、陽気な笑顔だ。
「ところでアンタ、今日の寝床はどうするつもりなんだい?」
「……まだ決めていないな。少なくとも、ここには居られないだろうが」
鮮血に彩られた激闘の跡を眺めながら、俺は答えた。
「行き先は?」
「行き先はまだ決めていないんんだ。この辺りの地理には疎くてな。マリフを出発して、最寄りの街を目指している」
「マリフからか……じゃあ、アタシ達と一緒に来るかい? アタシ達はウェルストンへ向かっている最中なんだよ」
「ウェルストン?」
「この先にある街さ。アンタが一緒に来るってんなら、街に着くまでの間、護衛してやってもいいよ。ちょうど、アタシ達もそろそろ野宿しようとしてた所だったからね。一晩くらい、一人連れが増えても殆ど変わらないし」
「それは助かるが……しかし、問題ないのか?」
「問題って何が?」
「俺は男だが」
「なんだ、そんな事かい」
よほどこちらの発言がおかしかったのか、彼女は盛大に笑った。
「アタシやこの子に手を出せるものなら、出してみればいいよ。アンタにその覚悟があるのならね」
そうそう、自己紹介がまだだったね。大剣を右手で軽々と背中の鞘に戻しながら、彼女は言った。
「アタシの名はファミエラさ。そして、この子が」
「ミレイヤです、初めまして」
そう告げて、ミレイヤと名乗った女性は軽く御辞儀してきた。
「メランだ。メラン・ノーセラック。これからよろしく頼む」
襲撃された地点からだいぶ歩いたところを、ファミエラは野宿の場所と定めた。
「あれだけ痛い目に遭わせれば、もう追ってこないとは思うけど。ま、念の為ってやつだね」
「流石、ファミエラさんです!」
野営の準備を進めながら、ミレイヤは目を輝かせて言った。
「お前はアタシを褒め殺す気かい」
彼女の言に、ファミエラは苦笑を浮かべた。
「二人は旧知の仲なのか」
「旧知……といえば旧知に入るのかね。少なくとも、この数年間は一緒に旅してる」
「私、ファミエラさんに助けてもらったんです。メランさんみたいに」
ミレイヤ曰く、彼女がまだ駆け出し冒険者であった頃、一人旅している最中に賊から襲われたことがあったらしい。その時、ファミエラに窮地を救ってもらって以来、共に冒険しているのだという。
「だから、ファミエラさんはワタシの憧れなんです」
「そうだったのか……」
となると、ミレイヤはファミエラの熱狂的な『ファン』というやつなのかもしれない。なるほど、と俺は心中で頷いた。今までの彼女の言動の理由が理解出来たからだ。
「憧れだなんて、大層な言葉は使わないでおくれよ。むず痒くなるじゃないか」
そう言って、ファミエラは笑った。