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衣服を新調した翌日の朝。いつものように冒険者案内所を訪れると、
「あれっ。メランさん、ガラリと服が変わっちゃいましたね」
エセリナが驚いたように目を瞬かせた。俺は苦笑を洩らしつつ、
「そんな幽霊でも見るような目をしないでくれよ」
「あっ、すみません。でも、個人的にはこの方が断然良いと思います」
「そう言ってもらえると嬉しい」
どうやら、現代社会での美的感覚はこちらの世界でも十分通用するらしい。
「昨日はメランさん、ここに来なかったですよね。服を買いに行ってたんですか?」
「ああ」
「私、メランさんが来なくてちょっぴり寂しかったんですよ」
「そうか。寂しがらせて済まなかったな。ところで、依頼についてなんだが」
「あ、流しましたね……」
雑談はそれくらいにして、俺達の話題は依頼へと移り変わっていった。
薬の調合を試し、衣類も変えた俺が次に目標と定めたのは、『薬の販売』だった。調達依頼で地道に小金を稼ぐのも一つの選択肢ではあるのだが、そろそろ他者に依存しない金策の方法についても確保しておきたい。
コツコツと作製した薬については宿に貯蓄してあった。後は、肝心の販売方法についてだが――その点については、参考に出来る人々がいた。街中を歩いていると、道端で物品を販売している者達の姿を時折に見かけるのだ。彼らの中には薬を売っている者も結構いた。見るからに怪しげな格好をした男や、それなりに清潔な身なりをした青年など、彼らの風貌は様々だったが、薬の売り方に関しても多種多様だった。ある者は地面に布を敷いてその上に薬を並べ、ある者は道行く者に片っ端から声を掛けていた。考えた末、俺は前者の販売手段を取ろうと決めた。
数日、今までのように依頼と調合の日々を過ごした後、俺は遂に薬売りとしての初日を迎えた。周りに同業者がいないのを確認して、緑生い茂る中央広場の一角に布を敷き、店を開く。暫くは全く人も近づいてこなかったが、俺は辛抱強く客の到来を待った。やがて、
「おう、兄ちゃん。念願の薬売りになったんだな」
屈強な体格の戦士が近づいてきた。その男は俺の通っている冒険者案内所を利用していて、何度か言葉を交わしたこともあった。
「ああ、ようやく本業に就けたよ」
「ハハ、そうか。じゃ、早速薬を売ってもらうとするかな」
彼は安価な低級治療薬と低級解毒薬を購入していった。その後も、疎らではあるが、数人の客が俺の店を訪れた。
(初日としては、まあまあの売り上げだったな)
来客数ゼロを覚悟していた身にとっては、安堵する結果となった。
次の日も、俺は同じ場所に店を出した。売り上げは初日と似たようなものだった。
しかし、三日目、四日目と日が経つにつれ、徐々に客足が伸び始める。これは一体どういうことなのかと首を傾げていると、
「よう、やってるみたいだな」
記念すべき最初の客である戦士の男が、露店を訪ねてきた。
「どうだい、最初よりは客の数が増えているだろう」
「ああ……もしかして、あんたが」
「兄ちゃんの作る薬、結構効き目が良かったんでな。冒険者仲間に宣伝させてもらったわけさ」
「……なるほど」
道理で、冒険者の来客が増えていたわけだ。
「ありがとう、それは助かった。ところで、まだ名前を聞いていなかったが」
「ガルスだ。よろしくな。兄ちゃんは」
「俺の名はメランだ。こちらこそ、よろしく頼む」
「さて、兄ちゃんよ。俺の方も薬の在庫が切れてるんだ。商品を売ってくれよ」
「ああ、良い噂を広めてくれた礼だ。存分に買っていってくれ」
それからも、日に日に客の数は増えていった。リピート客の言動から察するに、俺の調合する薬は、どうも一般のそれと比べて効果が高いらしい。値段は他の店の商品を参考にして付けていたので、結果として、俺の店の薬はコストパフォーマンスの良い商品となっていたわけだ。
(そういう事なら、値段の釣り上げを考えてもいいんだが……貪欲に振る舞って、せっかくの顧客を台無しにするリスクを取る必要もないか)
考えた結果、値段は据え置きでいく事にした。しかし、店を続けていくうち、新たなる問題が浮上する。客が増えるにつれ、薬の材料の調達が間に合わなくなってきたのである。店を開いている間は全く依頼を行っておらず、店で薬の材料を購入していたのだが、同じ思考の同業者が多数いるせいか、調達出来る量は少なかった。値切りスキルのお陰で安く材料を調達出来るのは救いだったが。
(やはり、屋外で摘み取る方が早いか……)
時間は掛かるし効率的ではないが、その方が確実に多くの材料を入手出来る。となると、またスケジュールを変更しなければならない。
朝から依頼をこなし、昼に調合を行い、夕方に店を出す。或いは、朝から夕まで依頼に精を出し、店を休む。この二つのスケジュールを交互に行う事にした。慌ただしい毎日ではあったが充実もしていた。しかし、
(何だか、これが俺のしたい事ではないような気がする……)
漠然とした思いを抱きつつ、今日も店を開いていると、
「よう、兄ちゃん」
ガルスがやってきた。
「今日も薬を買っていくのか」
「ああ……それと、大事な話があってな」
「大事な話?」
「そろそろ、また旅に出ようと思ってるんだ。兄ちゃんには薬の面でかなり世話になったから、最後に挨拶していこうと思ってよ」
「旅……冒険の旅か?」
「勿論だ」
彼はゆっくりと頷いて、
「最近はマリフで新米の面倒を見ていたんだが……アイツらが次々と旅立っていくのを見守っているうち、どうしても心がはやるのを抑えきれなくなってな」
「それで冒険者に復帰するってわけか」
「そうだ。というわけで、もう此処には暫く来れない。薬を買いだめしておきたいんだが、在庫は大丈夫か」
「心配しなくていい。存分に買っていってくれ」
餞別も兼ねて、俺は薬の値段を少し安くしてやった。
「ありがとよ、メラン。縁が会ったらまた会おうぜ」
去っていく戦士のたくましい背中を見つめながら、俺は自分の中に一つの思いが芽生えていくのを感じていた。
ガルスとの別れから数日後、俺は宿で身の回りの整理をしていた。前に来ていた見窄らしい衣類や余分な材料は捨てる事にし、薬に関しては店で購入した薬売り用のバッグに詰め込んだ。このバッグがかなりの優れもので、なんとアイテム装備数を一しか消費しないのである。その上、店を開く為の道具も収納出来る。アイテムの最大所持数が五である自分にとっては、たいへん有り難い代物だった。
(薬しか入れられないのがたまにキズだが……それは諦めるしかないか)
出立の準備は整った。俺は改めてステータスを確認する。
名前:メラン・ノーセラック
称号:駆け出し薬売り
レベル:5
HP:87(最大87)
MP:12(最大12)
攻撃:10
防御:8
魔力:6
抵抗:16
技術:27(+2)
速度:21
頭部装備:旅用の安い帽子
右手装備:ナイフ
左手装備:無し
胴体装備:旅用の安い服
脚部装備:旅用の丈夫な靴
装飾品1:無し
装飾品2:無し
装備スキル(最大装備数4):薬調合LV3・値切りLV1・逃げ足LV1
所持スキル:薬調合LV3・値切りLV1・逃げ足LV1
所持金:310ゴールド
所持アイテム(最大所持数5):薬調合キット・薬売りのバッグ・古びたレシピ本・非常食×2
長く調合や販売に精を出していた所為か、技術が二上昇していた。その他、装備欄の武器がナイフに変更されている。貯めていた金で、ささやかな護身用の武器を購入していたのだ。所持アイテムは五つ、そのうちの二つは食料を所持している。
旅の準備は整った。
後は、冒険者案内所に赴き、彼女に挨拶するだけだ。
「……メランさん、本当に行ってしまうんですか?」
「ああ。ここでの生活も悪くは無かったんだが、やはり俺も旅というものをしてみたくなってな」
「そうですか……」
質問を肯定すると、エセリナは悲しそうに目を伏せた。
「そんな悲しい顔するな。君だって、客の冒険者が旅立つ事は慣れているだろう」
「そうですけど……せっかく仲良くなった人でも、すぐに別れが来てしまうので。そういう時は、いつも辛くなっちゃうんです」
彼女のぽつりと洩らした言葉に、どんな返事をするべきか分からず黙っていると、
「すみません。湿っぽいこと言っちゃって」
エセリナはハッと我に返った様子で、慌てて頭を下げた。
「いや……君がそういう気持ちで俺に接してくれていたのは、素直に嬉しい。俺の方も、今日は君に礼を言いにきたんだ」
「……礼?」
戸惑いの呟きを洩らしながら顔を上げるエセリナの目は、仄かに充血していた。俺は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめながら、
「君の存在には随分と助けられた。改めて、礼を言わせてもらうよ。有り難う」
「メランさん……」
エセリナは言葉を詰まらせていたが、やがて、
「……また、会えますか?」
と、消え入りそうな声で訊ねてくる。
「約束するよ」
彼女の言葉に、俺はゆっくりと頷いた。
「旅がひと段落したら、必ず君に会いに行く。必ずだ」
「絶対……絶対ですからね!」
「ああ、絶対だ」
「私……待ってますから。メランさんとまた会える日を、ずっと待ってますから!」
彼女の声を背に受けながら、俺は冒険者案内所を後にした。
(いよいよ、俺の旅が始まるんだな……)
マリフと外界とを隔てる門の前に立つ。
一つ深呼吸をした後、俺は街を出る一歩を踏み出した。