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チート無し転生薬売りのまったり異世界紀行  作者: 悠然やすみ
最終話「水の都の踊り子」
34/35

 美しい夕焼けの中、少女は昨日と同じく川岸にいた。


「また、なくしたのか」


 何かを探している様子のエメリーヌの背中に話しかけると、彼女は驚いたように振り向いた後、疲れたような微笑を浮かべて口を開いた。


「はい……私って、トロいところがありますから」


「本当にそう思っているのか?」


 彼女はその問いには答えず、


「……手伝いに来てくれたんですか?」


 と、質問に質問を返してくる。


「いや」


 俺は軽く首を振って、


「今日は、君にプレゼントがあってきたんだ」


「プレゼント……」


「ああ、受け取ってくれないか」


 俺はダンジョンで見つけた一着の衣装を、彼女に差し出した。


「これは……」


「『メリアメーデの羽衣』という衣装だ」


 アイテムの名を告げた途端、彼女はハッと目を見張った。


「知っているのか?」


「はい、噂くらいは……でも、本当に」


「本物だ、鑑定屋にも確かめてもらった」


 物が物である故に、かなり法外な金を支払う羽目になったのだが、それは致し方なしというものだろう。


「何でも、その衣装には強力な魔術処置が施されていて、かなり負担を掛けない限り破けないそうだ。大変に貴重な装備品らしいから、盗んだり損傷させたりすれば相当な顰蹙を買うだろうし、なかなか手は出せないだろうさ。まぁ、肌身離さず手元に置いておくのが一番だろうが」


「……どうして、こんな貴重な衣装を私に?」


「似合うと思ったからさ……それと」


 俺は夕日を受けて煌めく水面をじっと見つめながら、


「お姉さんを想う君の気持ちに、心打たれてってところかな」


「……私、受け取れません」


 やや間を置いて、エメリーヌは拒否の言を発した。


「こんな、こんな高いもの」


「いいんだ」


「悪いです」


「君に渡そうと思って、手に入れてきたんだ。拒否せずに受け取ってほしい」


 俺の言葉に、彼女は沈黙する。悩んだ末、俺は口を開いた。


「じゃあ、一つ俺の頼みを聞いてくれないか」


「……なんでしょう」


「今度、暇を取ってお姉さんに会いに行ってあげてほしいんだ」


 え、と少女は驚いたような声を上げ、俺の顔をまじまじと凝視してきた。麗しい水色の髪が、穏やかな夕方の風を受けてサラサラと揺れる。


「その様子だと、暫く帰っていないんだろう」


「……はい」


「お姉さんだって、君がずっと留守にしていると心配するだろう。一目だけでも姿を見せて、安心させてあげてほしい。それに……ひょっとしたら、そのお姉さんの病気はもう治っているかもしれないしな。そうしたら、こうして君が必死になってお金を稼がなくて済む」


 俺は美しい翡翠色の瞳をじっと見つめながら、


「受け取ってくれるかい?」


「……はい」


 了承を告げたエメリーヌに、俺は羽衣を手渡す。受け取った美しい衣装を彼女は惚けたように眺めた後、あの、と思い出したように声を上げた。


「お名前、なんていうんですか? その、この前、聞きそびれてしまって」


「メランだ。メラン・ノーセラック」


「メランさん、本当にありがとうございます」


「そういえば、君の名前もまだ聞いていなかった」


 本当は彼女の同僚の言葉で知っていたのだが、彼女自身の口から改めてその名を聞きたいと思った。


「エメリーヌです。エメリーヌ・ミスティファイと申します」


「エメリーヌか……踊り子らしい、綺麗な名前だな」


「そんな……」


 少女の顔が仄かに赤らんだのは、ひょっとすると夕焼けの光が徐々に強くなってきたからかもしれない。


「メランさん。その」


 一瞬、言い淀んだ後、


「また……私の踊り、見に来て下さいますか?」


 彼女は躊躇いながらといった調子で訊ねてくる。


「ああ、勿論だ」


 ゆっくりと頷きを返した俺に対し、エメリーヌは照れくさげに微笑んだ。


 今まで見てきた彼女の表情の中で、一番、魅力的な微笑みだった。






 翌日。エメリーヌの踊りを見に、俺達四人は上演の行われる広場へと赴いた。新しい衣装を身に纏った彼女は前にも増していっそう華やかな踊りを披露していて、観衆の目を大いに惹きつけていた。


 その日が最後の講演だったらしく、エメリーヌの所属する一座は別の場所へと旅立っていった。その翌日、ファミエラ達も別れの挨拶の後に、再び冒険の旅へと出発していった。


 そして、俺達も。


「そろそろ、この都ともお別れなんですね……」


 荷造りの準備を進めている最中、エイリが残念そうに言った。


「ああ、ここは物価も高いからな。長居するとなると、どうしても金がいる」


 店売りの材料は値切りスキルを有していても割高で、野外での調達も他の街ほど上手くはいかない。何しろ、ここは誉れ高き水の都。路上に屯する薬売りはゴロゴロいるし、薬屋だって数多く存在しているのだ。依頼をこなそうにも、冒険者も飽和しきっているこの土地では、難度の低い依頼を受け取る事すら困難を極めた。これまで隙間産業と簡単な依頼で生計を立ててきた俺にとって、この土地で金を稼ぐのは至難の業だった。


「……あ、そうだ」


 荷造りがほぼ完了してきたところで、俺はとある事を思い出した。エメリーヌとの一件の所為で、すっかり頭から抜け落ちていた。


「少し、用事がある。外に出てくるよ」


「私も御一緒しましょうか?」


「いや、エイリは宿に残っていてくれ。すぐに戻る」


 エイリを宿に残し、俺は外に出た。三十分ほど掛かっただろうか。用事を済ませて戻ってくると、エイリは既に荷造りを完了させている様子だった。


「じゃ、ここを出るか」


「はい、御主人様」


 宿のチェックアウトを済ませ、数日を過ごした通りを歩き、都の正門を抜ける。


 ラムールを出発した後も、黒髪の少女はたびたび、名残惜しげに後ろを振り返っている。


「エイリ……実は」


 頃合いを見計らって、俺は口を開いた。


「君に渡したいものがあるんだ」


「私にですか?」


「ああ」


 と、俺は懐から先ほど購入した物品を取り出し、彼女に差し出す。


 それは、透明な材質で出来た美しい櫛だった。


「これは……」


 驚いたように、エイリは目を瞬かせる。


「本当はもっと早く買ってやれれば良かったんだが。俺、そこまで気が回らなくてな。済まない」


「いえ、そんな……」


「代わりといってはなんだが、上等な物を買っておいた。ラムールでの土産物とでも思ってくれれば」


 俺から櫛を受け取ると、エイリはそれを大切そうに胸の前に抱いた。


「ありがとうございます……御主人様。大切にしますね」


「あ、ちょっとその事についてなんだが」


 ふと思いついた話題を、俺はそのまま口にした。


「そろそろ、俺を『御主人様』と呼ぶのも、止めにしないか?」


「え……」


 また、少女は目を瞬かせる。


「俺はエイリのこと、大切な旅の仲間だと思っているんだ。エイリは俺のこと、どう思っている?」


「私は」


 一瞬の逡巡の後、


「……私も御主人様と同じです」


「そうか……ならさ、俺がエイリから御主人様と呼ばれるのも、ちょっと変な感じだろう? それに、俺もエイリに名前で呼んでもらえる方が……嬉しいんだ」


 気持ちを素直に伝えるのは恥ずかしかったが、俺は勇気を出して告げた。


「どうだろう、エイリ」


「どのように呼べばよろしいんでしょうか」


「そうだなぁ。普通にメランか、メランさんって呼んでもらえると嬉しい」


「分かりました……その」


 暫く、エイリは言葉を発するのを躊躇している様子だったが、やがて、


「メランさん……」


 と、恥ずかしそうに頬を赤らめながら告げた。




 旅を再会して間もなく、変な電子音がした。レベルアップでもスキル習得でもない、また別の電子音だ。不思議に思いながらも、俺は久しく呼び出していなかったステータス画面を開いてみる。




名前:メラン・ノーセラック

称号:旅の薬売り(NEW!)

レベル:7

HP:94(最大94)(+2)

MP:12(最大12)

攻撃:15(+2)

防御:9

魔力:6

抵抗:16

技術:33

速度:24(+1)

頭部装備:旅用の安い帽子

右手装備:サンダーナイフ

左手装備:無し

胴体装備:旅用の安い服

脚部装備:旅用の丈夫な靴

装飾品1:無し

装飾品2:無し

装備スキル(最大装備数4):薬調合LV3・値切りLV1・逃げ足LV1・双閃LV1

所持スキル:薬調合LV3・値切りLV1・逃げ足LV1・双閃LV1

所持金:1210ゴールド

所持アイテム(最大所持数5):薬調合キット・薬売りのバッグ・古びたレシピ本・非常食×2




(ようやく、少しは一人前になれたってことか……)


 思わず、苦笑が洩れた。『駆け出し』の文字が外れるまで、随分と長い時間が掛かったような気がする。しかし、今までの自分の行動を認められたような気がして、少しは嬉しかった。


 歩を進めていくと、俺達の前に右と左、ニ択の分かれ道が現れた。


「どちらに行こうか、エイリ」


「……そうですね、こっちに行きましょう」


 黒髪の少女は右の道を指し示す。俺は小さく頷いて、


「よし、それじゃあ行くか」


「はい……メランさん」




 俺とエイリの歩む先、果てしなく道は続いている。

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