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階を上がるにつれ、出会う冒険者の数は少なく、遭遇する魔物の数は多くなっていった。当然、戦闘の機会も多くなるわけだが、俺達は実に多種多様な魔物と戦った。ミレイヤ曰く、多くのダンジョンは出現する魔物の種族や属性に偏りがあるそうなのだが、この塔に関してはその例から外れている珍しいタイプらしい。これもまた、このダンジョンの難易度の上がっている一因だそうだ。
とはいえ、かなりの実力を誇るファミエラとミレイヤのコンビの前では、どの魔物も恐れるに足りなかった。加えて、戦闘で傷を負ったり状態異常に掛かったりすれば、俺の持ち運んでいる薬によって処置を施すことが出来る。
よくよく考えてみれば、前衛、後衛、前衛兼回復役と、俺達は実に理想的なパーティを組んでいるのだった。
そして、俺達は遂に目的の場所まで到着する。
「ここが最上階ですね……」
長く続く一本道の通路の先を見て、ミレイヤは悟ったように口を開いた。ファミエラも彼女の言葉に同意するように、沈痛な声を洩らす。
「だいぶ、戦闘が行われたみたいだね」
通路の壁や床は夥しい血に濡れていた。それだけでなく、数十人に及ぶ冒険者の亡骸があちこちに見受けられる。いずれの死体も損傷が激しく、肉をあちこち食い荒らされて骨が露出していた。強烈な腐臭が鼻を突く。
「……ここのボスモンスターにやられてしまったのか」
背筋に、ゾクリと寒気が走った。冒険者としての生活は、決して安全なものではない。一歩間違えば、自分も彼らと同じ末路を辿ってしまう。その事を、改めて忠告されたような気がした。
せめてもの手向けと、俺は両手を合わせて死者達のために祈りを捧げた。
「慎重に進むよ。群れって話だから、遭遇して駄目だと思ったらすぐに階下に引き返す。ボスモンスターの縄張りから離れれば、ひとまず安全だからね」
曲がり角のない通路を、俺達は真っ直ぐに進んでいく。やがて、いつものボス階と同様に、広い空間に出た。途端、またしても大勢の冒険者の亡骸が散見され、これまで以上の腐乱臭が漂ってくる。ただ、少しばかり違うのはその中に魔物の死体も十数匹ほど見受けられる事だ。
そして、部屋の中央部分に、それらの死体と同じ魔物が二体、こちらを威嚇するように立っていた。四足歩行の青を基調とした獣で、足や口には鋭い鉤爪や牙を、背中には立派な翼を有している。
「アクアキマイラが二体か……」
魔物から目を離さずに大剣を構え、ファミエラが呟いた。
「最初はもっと沢山いたみたいですけど、大半は討伐されていますね」
となると、酒場で聞いた情報は、やはり古いものだったらしい。
「このアクアキマイラっていうのは、どんなモンスターなんだ」
俺はサンダーナイフを鞘から抜きながら、二人に訊ねる。
「キマイラは麻痺や毒などの状態異常を引き起こすブレスを放つ魔物なんです。このアクアキマイラはそれだけではなくて、水属性の魔術も使用してきます」
「飛び道具だけでなく状態異常まで仕掛けてくる、厄介な相手さ。ただ、二匹だけならやりようはあるよ」
そう言って、ファミエラは構えている大剣をいっそう強く握りしめ、構え直した。
「片方はアタシが抑える。メラン、アンタにはもう片方を足止めしてもらうよ」
「了解した」
俺は彼女の命令に頷いた。戦闘の素人である俺の考えより、百戦錬磨である彼女の下した指示に従う方が間違いなく良いだろう。
「メランさんの武器は雷属性の魔力を宿しています。きっと、アクアキマイラには有効だと思いますよ」
後ろから、ミレイヤが励ますように声を掛けてくる。
「……じゃ、行くよっ!」
叫んだと同時、ファミエラが前に飛び出した。一歩遅れて、俺も彼女の後に続く。後ろから、ミレイヤが詠唱を始める声音が聞こえてきた。
一方、アクアキマイラ達は足下に魔法陣を展開した。ミレイヤのように文字が書き連ねてあるというわけではないが、どうやら魔物でもいわゆる『魔術』を扱うことが出来るらしい。
俺達の接近を待たずして、敵の展開した魔法陣は強く発光し、魔物の前方に展開された新たな魔法陣から幾つもの水球が発射された。火や電気に比べれば格段に危険は少ないが、それでも直撃を受ければタダでは済まないことは、空気を斬り裂くその勢いで察せられた。
(だが、俺達が逃げればミレイヤに命中するかもしれない……)
「メラン、アンタは逃げな!」
ファミエラの大声に、俺は左に跳躍して射線上から退避する。彼女の方はというと、大剣の腹で放たれた水球を打ち返し、ミレイヤに攻撃が届かないようにしていた。その幾つかは術者の方へと向かっていったが、二体のアクアキマイラは軽々と彼女の反撃をかわし、俺とファミエラめがけてそれぞれ突っ込んでくる。
敵の御自慢だろう鉤爪が、俺めがけて振り下ろされる。俺は考える先に地面を蹴り、その攻撃を回避した。続けざま、回転するような格好でスキル『双閃』を発動する。素早い二度の斬撃が、相手の胴体を斬り裂いた。刃を通じて、雷の魔力が電流として敵の身体に浴びせられる。アクアキマイラは微かな叫びを上げ、俺との距離を取った。
(確かに……これならダメージを与えられるな)
再び、アクアキマイラは詠唱を開始し、水球をこちらに放ってくる。その詠唱完了の速度に驚嘆しつつ、俺は横にステップして敵の遠距離攻撃をかわした。
回避動作が完了したのと同時、大部屋の中が強烈な輝きに照らされる。どうやら、ミレイヤが魔術を発動したらしい。続けて響きわたる、轟音と絶叫。敵から距離を取りながら視線を向けると、ファミエラが相手をしていた筈のアクアキマイラが、炎に焼かれながら床に崩れ落ちる光景が目に入った。
「こっちは終わった! メラン、助太刀するよっ!」
高らかな叫びと共に、ファミエラが残った一体にめがけて駆け出す。敵はちょうど俺の方に気を取られていて、彼女の接近に遅れて反応した。そして、その一瞬の隙が勝敗を分けた。
上段から振り下ろされたファミエラの大剣が胴を斬り裂き、絶命した魔物は真っ二つに分かれて床の上に転がった。
「やっぱり、ファミエラとミレイヤは凄いな……」
周りの安全を確認した後、俺は感嘆と共に呟いた。
「そういうアンタだって、立派に時間稼ぎしてみせたじゃないかい」
「そうですよ。メランさんのお陰で、私はずっと詠唱に集中し続けられたんですから。凄く頼もしかったです」
「はは……取りあえず、足手まといにならないで良かったよ」
アクアキマイラ二匹を討伐した俺達は、宝箱を求めて最上階をさまよう。やがて、ある小部屋の中でひときわ豪華な宝箱を発見した。中身を確認すると、入っていたのは一着の衣装。その圧倒的なまでの美しさに俺達は息を呑んだ。
「コレが……」
「メリアメーデの羽衣、かい」
「……凄く綺麗だな」
純白の生地はまるで透き通るように美しく、使用されている布地は触り心地がとても滑らかだ。麗しさと清らかさ、そして華やかさを醸し出しているデザインは見事の一言で、沢山の者達がこの品を求めてダンジョンをさまようのも頷けるほどだった。
「話には聞いていたけど、とんでもなく綺麗な代物だね。着飾るのが趣味の都女達に見せたら、卒倒続出だよ」
「そうですね、ひょっとしたら、暴動が起きるかもしれません」
「メラン、これでアンタの目的も達成されたってわけだね」
「ああ……二人とも、本当に感謝する」
「礼はいらないよ。代わりとして、こっちは探索中にアンタの薬のバックアップと、他の戦利品全てを得られた。ギブアンドテイクってヤツさ」
「じゃあ、そろそろ街の方に帰還しましょうか」
こうして、西塔の攻略を果たした俺達は都に帰還したのだった。