表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チート無し転生薬売りのまったり異世界紀行  作者: 悠然やすみ
最終話「水の都の踊り子」
31/35

 未だ顔を覗かせ続けている夕日の下、俺達は先ほどの川岸に並んで腰掛けた。ファミエラ達と約束した時間はまだまだ先で、時間の猶予はある。


「あの子達、一体何なんだ?」


「私の同僚です」


「同僚……」


「はい、明るくて良い人達なんですよ」


 エメリーヌの口調に含まれるようなものは微塵も感じなかった。


 だからこそ、この発言は嘘だ、と直感した。


「隠されたんだろう?」


「……まさか、そんな事はないですよ」


「本当に、この場所を歩いたのか?」


「……こちらの方で見かけたと」


「さっきの子達に教えられたんだな」


 こちらの問いに、少女はコクンと頷く。俺は彼女の膝元に乗せられた衣装の残骸をチラリと見やりながら、


「その衣装、随分と高価なようだが」


「この前、買ったばかりなんです。その……」


 一瞬だけ、エメリーヌの顔に陰が差した。しかし、彼女はすぐに元の穏やかな表情を取り戻して、


「贅沢ですけど、もっと金を稼ぐには綺麗な服を着なきゃと言われたので、それもあって」


 なるほど。いわば、ささやかな自分への御褒美でもあったのかもしれない。それに、この衣装なら普通の服を着るよりもずっと、観衆の目を惹くことが出来ただろう。こうなってしまっては、もうそれも叶わないが。


「リーダーか誰かに、止めさせてもらう事は出来ないのか?」


「一座の中で、事を荒立てるわけにもいきませんから」


 暗に事実を認めるような発言だったが、深くは追求しないでおく事にした。


「……君の踊り、凄く素敵だったよ」


 代わりに、心からの賛辞を贈る。ありがとうございます、と彼女は顔を僅かに輝かせた。


「うん。あそこにいた踊り子達の中で、一番綺麗だった。正直、目を惹かれたよ」


 だからこそこういう目に遭ってしまうんだろうが、という言葉の続きは胃の外に飲み込んだ。


「君は若くて美しいし、何も踊り子という職業に固執することもない。辛いなら、別の仕事を探してもいいんじゃないか?」


「辛くはないんです、人前で踊ることは好きですから……それに」


「それに?」


「私、お金を稼がなきゃいけなくて」


 自分自身に言い聞かせるような語調で、エメリーヌは言った。


「踊り子は給料がとても良いんです。だから、この仕事を辞めるわけにはいかないんです」


「何か事情があるのか?」


 最初、エメリーヌは話すかどうか迷っている様子だったが、やがて、


「……姉がいるんです」


 と、呟くような声で言った。


「姉は私の故郷の村にいます。幼い頃に重い病に掛かって、寝たきりの生活をしてて……だから、私がしっかり働いて、お金を稼がなきゃならないんです。姉の病気を治す為にも」


「……そうだったのか」


 彼女に、というよりは自分へ向けた独り言だった。かつて訪れた村で出会った病弱の女性の姿が、脳裏を掠めていく。確か、彼女にも出稼ぎに出ている妹がいるという話だった。


 まさか、そんな偶然があるとも思えないが……。


「すみません、あまり面白くない話ばかりしてしまって」


 こちらの沈黙を別の意味で受け取ったらしいエメリーヌが、慌てたように口を開いた。


「でも、話を聞いて頂けたら、少しスッキリしました」


「衣装、どうするんだ」


「取りあえず、頑張って直してみます。縫い合わせたら、また使えるかもしれませんし」


「直らなかったら?」


「その時は、前に使っていた衣装がまだ残っているので、そちらを着て踊ろうと思います」


 そう言って、彼女は再びにこやかな笑顔を浮かべる。その魅力的な表情を見て、健気な娘だな、と俺は思った。


「そうか……」


「はい、色々と御迷惑を掛けてすいませんでした」


 最後に一礼して、少女は去っていった。夕方の穏やかな風に揺れる水色の髪が見えなくなった後も、俺は暫く川岸に留まって様々なものに思いを馳せていた。




「御主人様、どうされたんですか?」


 宿に帰りつくなり、エイリから心配そうに声を掛けられた。


「どうって、何が」


「いえ、浮かない顔つきをしていらっしゃるので」


「ん、いや。エイリは気にしないでくれ」


 そんなに顔に出ていたかな、と思いつつ、俺は部屋の片隅に設置されている鏡の方を見やり、次に壁掛けの時計へと視線を移した。時計の長針と短針は、待ち合わせの時刻まで後数十分しかない事実を俺達に告げている。


「さて、そろそろ出るか」


 宿を出て、二人と待ち合わせている噴水広場へと向かう。ファミエラとミレイヤは既に広場の隅で待っており、俺達の到着に気がつくと、手を振りながら近づいてきた。


 彼女達と合流した後、俺達は酒場に入った。料理を注文し、酒を酌み交わしながら談笑する。エイリもだいぶ彼女達に慣れてきた様子で、会話の輪の中に加わっていた。


 その最中、真後ろのテーブルで食事を取っている男達の会話が俺の耳に入ってくる。


「おい、そういえばあの話はどうなったんだ」


「あの話って」


「ほら、ここから西の方角にある塔のことだよ。『メリアメーデの羽衣』が安置されているっていう噂の」


 『メリアメーデの羽衣』という単語を聞き、俺は思わず耳をそばだててしまう。


「ああ、それか。まだ、見つかってないらしいぜ」


「そうか。俺も挑戦してみるかね」


「止めといた方がいいぜ。冒険者がぞろぞろと挑戦しに行っているが、熟練のパーティでもなかなか最上階を突破出来ていないそうだ」


「ぞろぞろと? 貴重とはいえ、羽衣一つをそんな多くの冒険者が狙っているのか?」


 俺の疑問を、そっくりそのまま片方の男が代弁した。


「さあな、自分の女に着せるか、交換材料にでもするんじゃないか。単に腕試しで挑戦してる奴もいるだろうし」


「しかし、熟練の冒険者でも攻略に苦労するなんて、最上階にはどんなバケモンが居座ってるんだろうな」


「聞いた話じゃ、とてつもない化け物じゃなくて強力な魔物の『群れ』らしいな。冒険者との連戦で徐々に数は減ってきているらしいが、それでも突破は困難なんだとよ」


 ま、この情報も随分と古いから、今はどうなっているか分からないけどな。そう言って、男の一人は笑った。


「とにかく、俺達みたいなごく普通の冒険者パーティじゃ、羽衣を手に入れる前に撤退するのがオチだ。収穫が無ければ徒労に終わるってもんだし、俺達は身の丈にあったダンジョンに挑戦していこうぜ」


「ああ、そうだな」


(メリアメーデの羽衣……踊り子の衣装か)


 その時、俺の頭に一つの考えが思い浮かんだ。だが、それを実現する為には俺の実力が遙かに足らない。


「メラン……アンタ、どうしたんだい?」


 ハッと我に返ると、女性三人が自分に目を向けていた。


「メランさん、心此処に在らず、って感じでしたけど、何か考え事でもしてたんですか?」


 ミレイヤが訊ねてくると、ファミエラも彼女に同意するように小さく首を縦に振って、


「さっきからずっと上の空って感じだったよ」


「ああ、済まない。ちょっとな……」


「御主人様」


 言葉を濁した俺に対し、エイリが心配そうな面持ちで口を開いた。


「ひょっとして具合でも悪いんじゃないんですか?」


「いや、体調は大丈夫だ」


「もしかして、悩みがあるんじゃないかい?」


「悩みというほどのものじゃないが……ちょっとな」


「アタシ達に話してみないのかい? 少しは力になれるかもしれないよ」


(ファミエラに、ミレイヤか……)


 その時、名案が思いついた。冒険者の戦士と魔術士。二人の実力は先のダンジョン探索で既に確認済みだ。彼女達の助けがあれば、先ほど浮かんだ考えも実現出来るかもしれない。


「なら、あんた達にちょっと相談があるんだが」


 そう前置きして、俺は川岸での出来事について語った。


「ふむふむ、それでさっきから様子がおかしかったのかい」


「さっきからメランさん、そのエメリーヌさんって人の事を考えてたんですね」


「ああ、そしてこれからが本題なんだが」


 ちょうど、雑談に興じていた後ろの男達が席を立ち、店を後にした。これで、声を潜めたりする必要も無くなる。先の考えについて、俺は気兼ねなく三人に説明した。


「……なるほど、そういう理由で私達の力を借りたいんですか」


「ああ。数多くの冒険者が突破出来ない西の塔の攻略を、俺単独で出来るとは思えない。だが」


「アタシ達と一緒なら、最上階まで上り詰める事が出来るかもしれない……そう考えた訳だね」


「そういう事だ」


 ファミエラの言に、俺は小さく頷いた。


「無茶を言っているのはこちらの方だから、ダンジョンの中で見つけた羽衣以外の戦利品は全部そっちに譲る。これでどうだろうか?」


「ふむ……条件は悪くないね」


 褐色の女戦士は腕組みをして、


「どっちみち、メリアメーデの羽衣を手に入れても、アタシ達には全く使い道が無いんだし。ミレイヤはどう思う?」


「私はファミエラさんが良いっていうなら構いませんよ」


「……よし、それじゃ話は決まりだね」


 ファミエラは俺の提案した西塔の探索を承諾した。


「じゃあ、日時はどうする?」


「今日はもう遅いから、明日に決行ってところだね。けど、アタシ達はまだ、例のダンジョンの詳しい位置を調べてないんだよ。一度、冒険者案内所に行って情報を聞いてくる必要があるね」


「そうか……分かった。明日は朝に待ち合わせした後、まずは案内所に向かおう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ