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次の日。昨日集まった毛皮の分では合成材料に不足しているという事で、俺達は再び東の森へ向かった。例によってサンダーウルフを退治し、その毛皮を集めては街に持って帰る作業を繰り返す。そんな作業を二、三度ほど繰り返した後、
「おい、何だか雰囲気の違うヤツが出てきたぞ」
遭遇した魔物を前にして、俺は焦燥と共にサンジェに話しかけた。見かけこそ一般的なサンダーウルフと殆ど変わらないものの、単純に大きさが違う。普通の個体と比べて身が引き締まっていて、見るからに強そうだ。
「あちゃ、ちょっとヤバいかな」
敵の姿を観察しつつ、サンジェは若干不安そうな声を洩らした。
「もしかしたら、群れのリーダーかもしれない」
「群れのリーダーって事は、今までの相手よりはレベルが高いかもしれないのか」
「そういう事だね」
彼女は手にした槍を敵に向かって構えながら、
「コイツはちょっと骨が折れる相手だろうし……ちょっと手伝ってくれる?」
「ああ、戦力になるかは分からんが」
返答しつつ、俺もナイフを腰の鞘から抜き、戦闘態勢に移行する。
群れのボス的存在だろうサンダーウルフはというと、低い唸り声を上げてサンジェにすぐさま飛びかかった。
強固な甲冑を身に纏った騎士見習いは、今までのように最初から槍で迎撃しようとしたりはせず、まずは後方に跳び退いて敵の突進をかわす。
攻撃をかわされたサンダーウルフはその勢いを殺さないまま、今度は後方にいる俺に標的を移した。
(マズい!)
反射的に体が動き、横に跳躍する。魔物の突撃を、俺は間一髪で回避した。
だが、敵の攻撃はそれだけで終わらない。
今度は身に纏う電気を一点に集約し、電撃放射を繰り出してくる。
今度は後ろにステップし、攻撃を避けた。先ほどまで自分の立っていた場所に電撃が直撃し、その場の植物は黒焦げと化してしまう。
(身のこなしが俊敏だな……それに、あの電撃攻撃は厄介だ)
流石、ダンジョンでいうならボスモンスターといったところか。どうやら、一筋縄ではいかない相手のようだ。そう考えを巡らせていると、サンジェが動いた。彼女は両手で槍を握り、地面を勢いよく蹴り、敵めがけて渾身の突きを繰り出す。
勿論ながら、単調な攻撃で捉えきれる相手ではない。サンダーウルフが悠々と突きをかわした途端、彼女は足を踏ん張って、今度は横薙ぎに槍を振るう。
しかし、その二撃目すら、相手の体を捉えられなかった。
俺もまた、彼女に便乗して追撃を始める。ナイフを片手に飛び出し、双閃を放った。やはり、攻撃はかわされてしまう。
それだけでなく、こちらに向かってきてサンダーウルフの体が身を掠め、俺は敵の纏っている電気を食らってしまった。瞬間、電撃の走る強烈な感覚が体中を走り抜ける。
電気が抜けた後も、俺の体にはピリピリとした麻痺の感覚が残っていた。
(くっ……治療薬を)
バッグから薬をおぼつかない手で取り出し、服用する。敵から追撃を食らう前に、俺は状態異常を回復させた。自分が薬売りで良かったと、この時、つくづく思った。
それからも、互いに決定打を与えられない激戦が続く。
「てやあっ! ……っと」
自身の突きをかわされ、崩れた姿勢を立て直しながら、サンジェが口を開いた。
「うーん、やっぱりなかなか攻撃が当たらないね」
「逃げた方がいいんじゃないか?」
いつでも回復薬を取り出せるよう身構えつつ、俺は提案した。数の利はこちらにあるものの、相手側に遠距離攻撃がある分、状況は互角といえる。しかし、いつ敵の同族が加勢に現れるとも限らない。決して油断は出来ないのだ。
「けどさ、あの毛皮は結構上質そうだし……」
彼女の方は気が進まない様子だった。
「あれ手に入れたら、もう目的は達成出来るかもしれないんだよね」
「ギリギリまで踏ん張ってみるってわけか」
「うん、そういうこと」
「だが、このままじゃ埒が明かないぞ」
「そうだねぇ……」
自分達の周囲を弧を描くようにじりじりと移動する狼から視線を逸らさないまま、サンジェは考え込む。
「メラン、アイツの動きを少し止められる?」
「無理をすれば出来ないことはないと思うが……どうしてだ?」
「えっとだね……」
と、彼女は先ほど思いついたらしい策を俺に説明した。
「ざっとこういう作戦ってわけ。どうかな?」
「……その策、俺は滅茶苦茶危険だよな」
「まぁ、そうなっちゃうけど……でも、これが今のところ、アイツを倒すベストな方法じゃない?」
確かに、現在の状況で他に良い案は思い浮かばない。俺は渋々頷いた。
「……それもそうだな、分かった」
話をしている間も、サンダーウルフは俺達に襲いかかろうと目を光らせている。そんな敵に対し、俺はナイフを構えながら近づいていった。
徐々に俺と魔物の距離が狭まっていく。
先に動いたのは、サンダーウルフの方だった。
森に響きわたるかのような砲哮と共に、狼は地を駆け、俺に接近してくる。
しかし。俺もまた、自身に迫りくる敵に向かって駆け出した。
狼の牙が剥き出しとなり、俺のナイフが掲げられる。
だが、互いが交錯する直前になって、俺は敵の背後に回り込むような挙動を取った。
当然、相手は後ろを取られないよう、獲物を歯牙に掛けようと旋回のような動きを見せる。
その際に生じる隙を、突撃体勢を取っていたサンジェは待っていた。
途端、銀色の影が森を疾駆し、繰り出された槍の穂先が獲物の胴体を貫く。
血飛沫が周囲の植物を紅に濡らしたかと思うと、絶命したサンダーウルフは力無くその中に崩れ落ちた。
「流石の腕前だな」
額に浮かぶ汗を拭いながら賞賛すると、
「まあね、これでも騎士を志してますから」
血に塗れた愛用の武器を気にする素振りを見せながら、サンジェは快活に笑った。
「じゃ、ちゃっちゃと毛皮をはぎ取って、街に戻っちゃいますか」
十分な数のサンダーウルフの毛皮を集めた俺達は、ルフレイに戻るなり鍛冶屋に向かった。鍛冶職人曰く、出来上がりには一日を要すると言われたので、俺達は翌日、改めて武器の受け取りに向かった。
「はいよ、しっかりと出来たぜ。御指定の『雷気槍』だ」
そう言って鍛冶職人が差し出したのは、サンダーウルフのように常に電気を身に纏わりつかせている見事な槍だった。
「コレコレ! コレが欲しかったんだよねぇ」
「それ、そんなに凄い武器なのか」
感極まって新しい武器に頬ずりするサンジェに訊ねる。彼女は武器から身を話すと、もの凄い勢いでまくし立てた。
「そうなんだよ。そりゃ、一流の武器と比べれば質は劣るけど、それでもかなり貴重な武器でね。最大の特徴は電撃を放って遠距離攻撃が出来る点なんだ」
「ああ……それは便利だな」
確かに、近接戦を主とする俺やサンジェのような冒険者にとって、こういった遠距離攻撃を可能とする武器は心強い味方となるだろう。
「そういえばよ、嬢ちゃん。実は素材が少し余ってるんだ」
おもむろに、鍛冶職人が口を開いた。
「どうする? そちらの兄ちゃんのナイフくらいなら、しっかり料金さえ払ってくれれば、合成して『サンダーナイフ』にする事が出来るが」
「サンダーナイフ?」
「雷属性を帯びたナイフさ。『雷気槍』に比べればランクはかなり落ちるが、それでも良い武器ではあるぜ」
「良かったじゃん、作ってもらいなよ」
「いいのか? あんたが集めた素材だろう?」
あっけらかんと言うサンジェに問いかけると、
「うん、だって余っても換金するくらいしか使い道無いしさ。ま、今度の手伝いの追加報酬って感じで」
合成素材の所有者がそう言うのであれば、勿論、断る理由も無い。俺は彼女の好意に甘え、手持ちの『ナイフ』を『サンダーナイフ』とやらに加工してもらう事にした。
「よし、サンダーナイフならちょちょいと作れるぜ。少し、その辺りを散歩でもしてきな」
彼の言葉を受け、俺達は鍛冶屋を出て周辺を歩く。ルフレイは日中の街らしく、人々の活気に彩られた陽気な光景を生み出していた。
「ところでさ、メラン。ちょっと聞いてみたかったことがあるんだけど」
様々な店が立ち並ぶ通りを散策している最中、サンジェがおもむろに口を開いた。
「なんだ?」
「あのエイリちゃんって子のこと、好きだったりするの?」
突拍子もない質問に、思わず唾を噴き出しかける。
「な……どうしてそこまで話を飛躍させるんだ!」
動揺に思わず声を荒げる俺に対し、彼女は平然とした調子で、
「だってさ、虐げられている奴隷の女の子を解放してあげる理由っていったら、そういうのが一般的じゃん」
「一般的なのか……?」
「で、どうなのさ」
「いや……俺はただ、自分の正しいと思ったことをしただけさ」
エイリを助けた理由を、俺は再び口にする。
「え、本当にそれだけ?」
「それだけだ」
「もしかして本当は照れてたりするんじゃないの~?」
「そ、そういうわけじゃない」
「あ、やっぱりちょっとは照れてるんだ」
「ち、違……」
(サンジェと話すと、どうも調子が狂うな……)
心の中で、俺は人知れず呟いたのだった。
数時間が経ち、俺達は鍛冶屋へと戻った。
「出来たぜ、兄ちゃん。ほらよ、サンダーナイフだ」
「これが……」
鍛冶職人から受け取った新たな武器を、俺は手にとって眺め回す。外見上、特に変化はないが、微かに電撃の伝う感触を刀身からは感じ取った。
「『雷気槍』のように遠距離攻撃をする事は出来ないが、それでも電撃属性の近接攻撃が出来るっていうのは結構な利点だ。大事にするんだぞ」
「ええ、大切に使わせてもらいます」
武器の特徴を詳しく説明してくれた鍛冶職人に対し、俺は感謝を込めて告げた。
『雷気槍』と『サンダーナイフ』を受け取った翌日の朝。出立の準備を済ませた俺とエイリ、そしてサンジェは、ルフレイの門から少し歩いた所にある、街道の分かれ道に立っていた。片方は俺達のやってきた方向、もう片方は未だ道の方向へと通じている。サンジェは前者、俺とエイリは後者の方に立っていた。
「じゃ、この数日は結構楽しかったよ」
「俺達と一緒の方向には行かないのか?」
俺の問いかけに対し、サンジェはコクンと頷いた。
「うん、グラミナって街に行こうって思ってるから」
「グラミナ……?」
思わず、エイリと顔を見合わせる。一方、サンジェの方は顔に至福の表情を浮かべながら、
「何でも、美味しい郷土料理が一杯って話なんだよねぇ……こりゃもう、今から楽しみ満載って感じ」
「そ、そうか。楽しんでこられるといいな」
涎を垂らしてうっとりとしている相手の楽しみを削ぐことは出来なかったので、俺は自分達の事については語らないようにした。
「それじゃ、また縁があったら会おうね」
「ああ、それじゃあな」
手にする新品の武器を振りながら去っていく彼女の背を見送った後、
「よし、そろそろ俺達も行くか」
「はい……御主人様」
俺達もまた、まだ見ぬ世界を求めて歩き始めたのだった。