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「御主人様……誰か倒れてます」
エイリが青ざめた顔でそう言ったのは、ルフレイという街の周辺で朝の材料調達に勤しんでいる時だった。
「何、どこだ」
「あそこです……」
彼女が震える指先で示す先には、俯せで倒れている女性の姿があった。恐らく、冒険者だろう。全身を目映い銀色の兜や鎧などで覆っていて、両手には愛用の武器と思しき使い古された槍が握られている。兜の端からは彼女の明るい緑色の髪がはみ出ていた。
「ど、どうしましょう……」
「待て、意識があるみたいだ」
俺は慌てるエイリを制し、
「何か言っているぞ」
微かに、唇が動いている。俺はじっと黙り込み、耳を澄ませた。
女性はこう呟いていたのだった。
「お腹、減ったぁ……」
あれから。空腹を訴える女性をエイリと二人でかつぎ上げ、俺達は現在の拠点としているルフレイに戻った。ルフレイはごく一般的な街で、当然ながら食事処には事欠かない。取りあえず腹ごしらえをさせようと思い、俺達は街の門近くの酒場まで彼女を連れていった。
連れていったのだが。
「な……」
眼前に積み重ねられていく皿の山々を、俺は唖然として見つめていた。隣のエイリもまた、驚いた様子で料理を貪り続けている相手を眺めている。一方、
「いやー、あの時はどうなることかと思ったよ」
また新しい皿を山に積み重ねた行き倒れの女性は、実にあっけらかんとした様子で口を開いた。
「後少しで街ってところでさー、こんな所でくたばるのかって、一瞬くらい覚悟したよ」
「ああ、こっちも君が無事に快復したようでホッとした……」
ちょっと快復し過ぎじゃないか、という思いは心の底に留めておく。
「それにしても、やっぱ食事は命の元だね。腹が減っては戦が出来ぬ、人類の生み出した素晴らしい警句だと思うな」
「……まぁ、それは確かにな」
(それにしても、食いすぎだろう……)
テーブルの上に高く積み重ねられた皿の数々を見ながら、俺は胸の奥で呟いた。周りの客達や店の人々も、驚愕の面持ちで次々と料理を平らげる彼女を凝視していた。最初こそ九死に一生を得た後の食事くらいは奢ってやろうと思っていたが、今ではその気も綺麗さっぱり失せている。
「ありがとね、お陰で助かった。えっと」
「メランだ」
「エイリです」
「そっか。よろしく、お二人とも。アタシはサンジェ」
明るい笑顔を浮かべ、女性は自己紹介をした。その唇には料理のソースがベタリとくっついている。美女の範疇に属する顔立ちをしているのに勿体ない。
「サンジェさんは、どうしてあんな所に倒れていたんですか?」
湯気を立てているコーンスープを口に運びながら、エイリが訊ねた。
「魔物を退治しながら街を目指している間に力尽きちゃったんだ。ま、よくある倒れ方だよ」
なるほど。冒険者であれば珍しくもない出来事かもしれない。
「それにしても、立派な装備を身につけてるな」
「はい、凄くお強そうです」
眩しい銀の輝きを放つ兜に鎧。素人目に見ても、上等な防具を身につけているのは明らかだった。
「まあね、これでも一介の騎士見習いなんだ」
「騎士見習い……?」
「そ、要するに修行中ってわけ」
王国の騎士として認められるには、指定の機関で修練を受け、その機関の推薦を得て騎士見習いとなった上で、正式騎士認定試験に合格しなければならない。自分は既に機関の推薦を受けているので、後は認定試験に合格するだけなのだと、サンジェはそのように説明した。
「で、今のままだと実力が足らないから、こうして旅をしてレベル上げに勤しんでいるってわけ」
「それじゃ、ルフレイに来たのも修行の一環なんですか?」
「いや、広義の意味ではそうだけど、実際はちょっと違うんだ」
エイリの質問に、彼女は軽く首を振って、
「ルフレイ東の森に、サンダーウルフが多数出現しているっていう情報を得てね。それで、やってきたんだよ」
「サンダーウルフ?」
「うん、その魔物の毛皮がとある武器の合成材料の一つでね。それ目的で遙々やってきたってわけさ」
「そうなのか……合成材料っていうのは?」
「知らないの? 鍛冶屋に合成素材を持っていくと、それを使って武器を作ってくれるんだよ」
鍛冶屋は一から武器や防具を鍛え上げるのが仕事だが、それ以外にも副業として武器防具の修理や強化なども受け持っている。合成素材と料金を渡すことで、自分の欲する武器を作ってもらうことも出来る。自分は他の合成素材を全て集めていて、後はサンダーウルフの毛皮だけなのだとサンジェはそこまで告げた後で、
「そうだ!」
と、何か妙案を思いついたような声を上げた。
「あのさ、ちょっとアタシの手伝いしてくれないかな」
「手伝いとは?」
「うん、サンダーウルフの毛皮を集めなきゃならないけど、その為にはアイテムに空きを作っておかなきゃならないでしょ。毛皮は結構な量がいるっていうし、毛皮を集めては往復するっていうのは結構大変そうでさ。それで、荷物運びをしてほしいんだ。どうかな」
「報酬次第だな」
俺はきっぱりと言い切った。
「う……シビアだね」
「そりゃ、善意だけで飯は食っていけないさ」
「それもそうか。えっとね、アタシが出せるお金はこれくらいかな」
彼女の提示した金額は、荷物運びの依頼と考えれば、まあ妥当といえるくらいのものだった。
「分かった、引き受けよう」
少しエイリと話し合った末、相手の頼みを承諾する。途端、サンジェの顔はぱあっと輝いた。
「本当に!? 良かった、助かるよー」
「その代わりといってはなんだが、一応は言っておく」
「ん、何?」
俺はコホンと咳払いをして、言わなければならない事実をしっかりと言い切った。
「自分の飯代は自分で払ってくれよ」