4
遭遇した敵を倒し、発見した宝箱を開き、階段を上り、砦の深部へと進んでいく。
そして、遂に俺達は恐らく最上階であろう異質な空間までたどり着いた。
「ここは……」
「例によって、ボス階ですかね?」
一本道の、曲がり角の見当たらない通路の先を見つめながら、俺とエシーは口々に呟く。
「そうでしょうね。お二人とも、気を引き締めていきましょう」
一本道の先は、大広間のような空間へと通じていた。中部屋の中心に佇む魔物の影を見て、俺はその光景に軽いデジャブを覚える。
だが、すぐに心はボスモンスターの外見に吸い寄せられた。
「これは……昆虫か?」
「で、でっかいですっ……」
大きさとしては一般的なカバくらいか。体色は赤の混じった黒。カブトムシに似た外見をしていて、頭部には立派な角が生えている。頑丈そうな殻に覆われた羽根もまた巨大だった。実に威圧的な風貌をしている。
「これは……『ゲベディル』ですね」
敵を観察していたリミスが落ち着いた口調で呟く。
「強い魔物なのか?」
「ゴブリンなどと比べれば、レベルの高い相手ではあります。最も厄介な点は、炎属性の魔力を身に纏った体当たりを仕掛けてくるという点ですね……来ます!」
ゲベディルと呼ばれた魔物は羽根を勢いよく羽ばたかせ、角の先端には灼熱の炎を纏い、俺達にめがけて突っ込んでくる。
「散るんだ!」
俺達は左右に散開し、敵の攻撃をかわした。
攻撃を回避された敵は羽根を羽ばたかせて急停止し、旋回行動を取る。その隙に、
「リミスさん、エンチャントマジックを頼む!」
「分かりました」
両手で杖を握りしめ、リミスは詠唱を開始した。術を唱えている間、彼女は無防備となる。その間、俺とエシーがどうにかして時間を稼がなければならない。
俺は敢えて敵の方へと走り、その注意を引く。こちらに気を取られた様子の魔物は、今度は俺だけを標的として体当たりを仕掛けてきた。俺は強く大地を蹴り、右にステップする。再び、敵の突進は空を切ったかに思われたが、両横に展開された羽根が間近に迫りくる。
(くっ!)
とっさに身を翻し、何とか避けた。
(マトモにあの攻撃を食らうと、致命傷になるかもしれないな……)
心中で呟いた後、後方にいるエシーに注意を呼びかける。はいっ、と彼女は甲高い返事をしてきた。
やがて、詠唱が完了し、リミスはエンチャント・マジックを俺とエシーに掛ける。ステータスが上昇し、ようやく敵に攻撃を与える余裕が出来た。
だが、必死に攻撃を回避しつつ、隙を見つけてはナイフを命中させても、一向にダメージを与えられる気配は無い。
「リミスさん、アイツに弱点はないのか!?」
「硬い殻に覆われていない部分を狙って下さい!」
後方から、リミスが叫んだ。
「殻の部分は防御力が高く、魔法ダメージも殆ど通らないんです! どうにか肉薄して、脆い部分を斬りつけて下さい!」
(なら……敵が突進を仕掛けてきた時、チャンスは一瞬のみ!)
ちょうど、敵が猛スピードで自分に急接近していた。覚悟を決め、俺は敢えて敵の懐に飛び込むように走り、
「……はあっ!」
身を回転させて敵の攻撃を間一髪避けた後、自分の真上に存在する羽根を渾身の力を込めて斬りつける。斬り裂かれた羽根が、ぶわりと宙を舞った。
俺の攻撃を受けたゲベディルはバランスを崩し、無理な体勢で床に着地する。敵のスピードは明らかに落ちていた。
敵のスピードが落ちる。
「エシー、今のうちに仕留めるぞ!」
「は、はいっ!」
エシーと共に、俺は動きの鈍くなった敵に突進する。そして、硬質の殻に覆われていない各種部分を狙って、ナイフで攻撃した。
やがて、ゲベディルは完全に沈黙し、ドサリと崩れ落ちる。
「か、勝ったんですか……」
「ええ、絶命しているみたいです」
敵の体を観察していたリミスが、落ち着いた口調で言った。
勝利の喜びもほどほどに、俺達は戦利品を求めてダンジョンの最上階をさまよう。殆どは俺達にとって、町で換金するくらいしか使い道の無いアイテムだったが、俺達の目的はそれで十分に果たせるといえるだろう。
「あっ。メランさん、リミスさん。あっちにレアな宝箱があります」
嬉しそうに、エシーが声を上げた。彼女の指さす方向へと近寄り、俺達は豪華な宝箱を開く。
中に入っていたのは、燃えるような赤い色をした頑丈そうな鎧だった。
「これは……鎧だな。どうする、リミスさん。俺達と貴女、どっちがこれを」
「私は結構ですよ」
微笑んで、リミスは頭を振った。
「杖やローブなら是非とも欲しかったのですが……この鎧は私が身につけられるようなものではありませんから。お二人に差し上げます」
「そうか。じゃ、有り難く受け取っておくよ」
「はい。その代わり、その他の戦利品は」
「ああ、貴女の取り分を優遇する」
あらかたダンジョンの内部を探索し終えた後、俺達は数々の収穫を持ってグラミナへと帰還する。鑑定屋で調べてもらうと、レアな宝箱から出てきたのは『炎の鎧』という名称の防具だった。その名の通り炎属性に耐性が出来るのだという。
「メランさん、エシーさん。一つ提案があるのですが」
鑑定屋を後にしたところで、リミスが口を開いた。
「提案とは?」
「ええ、確かエシーさんは、御友人を探す為、冒険者になったのですよね。それで、ちょうど知り合ったメランさんと旅をしていると」
「はい、そうですっ」
エシーがコクンと頷くと、
「なら、私と一緒に来ませんか?」
「え? リミスさんとですかっ?」
突拍子もない提案に、エシーは驚いたように両目を見開いた。街を吹き抜ける熱気を伴った微風が、彼女の桃色の髪を揺らしていく。
「はい。ちょうど、私は共に旅をしてくれる前衛のメンバーを探しています。エシーさんはちょうど、私にピッタリの人材なんですよ」
「でも……あたし、まだレベルが低いです」
「気にしませんよ」
物怖じするエシーに対し、リミスは微笑んで、
「ダンジョンに赴く前にも言いましたが、私の旅の目的は冒険者としての地位や名声ではなく、修行の一環ですから。より高いダンジョンを攻略したい、というつもりは無いんです」
「……えっと」
「いいじゃないか、エシー。俺よりリミスさんの方がずっと旅慣れているんだ。冒険者のイロハもたっぷり教えてもらえる筈さ」
「メランさん……」
暫しの思案の末、エシーはリミスについていく事を承諾した。宿で荷造りを済ませている途中、
「じゃあ、これは餞別だ」
俺は先ほどのダンジョンで得た『炎の鎧』を彼女に差し出す。例によって、彼女は受け取りを固辞しようとしたが、エイリの後押しもあり、やがてその防具を受け取り、体に身につけた。
「メランさん、エイリさん……今まで本当にお世話になりました」
体を頑丈な赤鎧で多い、腰に神聖な武器の鞘を身につけたエシーは改まったような口調で、丁寧な御辞儀をした。その後、
「また、会えますよね?」
と、潤んだ目で見つめてくる。
「ああ、きっと会えるさ」
俺は力強く頷いた。
「同じ世界を共に旅している以上はな」
「信じてます。いつか、きっとまた会えるって、あたし、信じてますからっ!」
エシーがリミスと共に旅立った次の日。俺とエイリもまた、グラミナを出発した。
「エシーさんがいなくなって、ちょっぴり寂しくなりましたね」
「そうだな……けど、きっとまた会えるさ」
寂しげに言葉を洩らすエイリを励ますように、俺は言った。
「信じていれば、いつか……な」