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チート無し転生薬売りのまったり異世界紀行  作者: 悠然やすみ
第六話「冒険者パーティ」
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「暑いですっ、暑すぎますっ」


「暑いですね……」


「砂漠でもないのに、この暑さはちょっと異常だな」


 エシーとエイリの言葉を受け、重い足を懸命に動かしながら、俺は言った。現在地点は、赤い岩場が特徴的な荒れ地の間に通る街道。輝かんばかりの陽光は容赦なく頭上から降り注ぎ、むんむんと立ち上る熱気は自分達を蒸し焼きにしようとしているかのよう。身を守る為の衣服は滴る汗で肌にへばりつき、外見さえ気にしないでいられるなら今すぐにでも脱いでしまいたいくらいだった。


 それでもなお、街道は何処を目的地として真っ直ぐ伸びている。一体、何時からこのような灼熱の大地に足を踏み入れたのか。考えるものの、熱に毒された意識のせいで一向に答えは出てこなかった。


「あ、街が見えてきましたよ」


 不意に、エイリが嬉しそうな声を上げた。彼女の視線の先を追うと、伸びる街道の先に、様々な建造物の集合体が出現していた。あまりの暑さのせいで見ている集団蜃気楼ではないかと疑いはしたものの、いざ門をくぐってみると、確かに街は存在した。幻聴ではないと確信出来る人々の活気がそこにはあった。


 街の名はグラミナといった。ごく一般的な街といった様相を呈していて、通りには様々な種類の店が軒を連ねており、行き交う人々の数もそう少なくはない。ある一点を除けば、機能的で居心地の良い場所だろうと思った。


 あくまで、ある一点を除けば、だが。


「外も暑かったけど、街中はもっと暑いですっ……」


 うなだれるような格好で歩きながら、エシーが言った。


「まぁ、人が集まってるからな……」


 応答しながら、俺は周囲を見渡す。通りのあちこちに見受けられる露店の数々からは食欲をそそる香ばしい匂いと、そこに佇む人々の熱気がこれでもかとばかり発散されている。この地に住む人々はもう慣れっこなのかもしれないが、外から来た旅人である俺達にはひどく堪らないものがあった。


「どうする? 先に宿に泊まるか? それとも何か食うか?」


「うーん、ずっと歩き続けでお腹も減ってますけど、体も休ませたい気もしますし……」


「私は御主人様に任せます」


「じゃ、体を休める前に腹ごしらえを済ませてしまうか」


 少し思案を巡らせた後、俺は行動の指針を決めた。


「どうせ休んだら動きたくなくなるだろうしな」


「分かりましたっ」


 露店はあちこちに見受けられるが、流石に灼熱の太陽の下で食事を取る気分にはなれない。そう思い、俺達は通りを歩きながら食事処を探した。幸い、少し進んだところに料理屋を発見し、その中に入っていったのだが、


「どうして食べ物まで熱いんですかぁぁぁ」


「エシー、あまり絶叫するな。更に体力を消耗してしまうぞ」


 頭を抱えて突っ伏するエシーを諫めながら、店のテーブルに腰掛けている俺は湯気を立てているビーフシチューにパンを浸し、口に運んだ。店のメニューは、熱いか、辛いかの二択問題。或いは両方。せめてもの涼しげな感覚を求めて、俺は常温のパンの付いてくるビーフシチューを注文したのだった。最初はメニューを見た瞬間に別の店を探そうと腰を浮かしかけたのだが、そんな俺達を見咎めた店の主人から、「どの店で食事を取ろうとしても一緒だよ」という有り難い助言を受け、この場に留まったのである。


「兄ちゃん達、この街は初めてなんだろう?」


 店は繁盛しているとは言い難いが、決して過疎なわけでもない、適度に人の出入りしている状況だった。一時的に暇を持て余しているらしい店の主人からの問いかけを、俺は肯定する。


「このグラミナの周辺は火の精霊が多く生息していてね。その影響で年がら年中、こんな気温なのさ」


「だからって、食べ物まで熱くする必要はないんじゃないですかね……」


「ハハハ! これはまぁ、この街の伝統みたいなもんだよ。暑い気温に負けない体力を培う為にも、普段から熱い料理をしこたま食うんだ」


 なるほど、毒を以て毒を制す、のようなものか。


「ま、こういう言い分は建前で、本当の理由は火属性の精霊の力を借りた方が調理のコストが格段に安く済むからなんだがな」


 前言撤回である。


「とにかく、こういう環境に慣れるのがこの街で生き抜く秘訣さ。それに、費用が安上がりな分、量だけはちゃんとサービスしてあるからな」


 なるほど、確かに料理の量は凄かった。


「食事もスタミナ付けの一環ってわけですか」


「ま、そういう事だ。そちらの嬢ちゃんを見習って、頑張って食いまくるんだな」


 店の主人の視線の先には、平然とした顔つきで熱い料理を口に運び続ける黒髪の少女の姿があった。


「エイリは凄いな……この状況で食欲を失わないなんて」


 率直な感嘆を口にすると


「はい……だって、こんな美味しい料理、今まで滅多に食べられませんでしたから」


(ああ……そういう事か)


 彼女の言葉に、ハッと気づかされる。ずっと奴隷として生活してきた彼女。当時は恐らく、まともな食事にありつけなかった事だろう。だからこそ、こういった環境の悪い中での食事も、普段通りに楽しむことが出来るに違いない。


 食事を終えた俺達は、今度は泊まる場所を探す為に通りを歩き回る。この街には冒険者や旅人の姿も多く、俺達はすんなりと宿を見つけることが出来た。


「やっと、体を休められます……」


 与えられた部屋に入った瞬間、エシーは満身創痍の様子でベッドに四肢を投げ出した。


「お疲れさま、エシー」


「はい……あたし、先に眠ってもいいですか」


「ああ、俺も今日は外出するつもりないしな」


 流石に、これだけ劣悪な環境の中で、初日から働き詰める気持ちにはなれなかった。取りあえず、今日はゆっくりと心身を休め、金稼ぎは明日から頑張ろうと思った。


「じゃ、お先に失礼しますぅ……」


 言うが早いか、エシーのベッドからはすやすやと寝息が聞こえてきた。エイリがクスッと控えめな笑いを洩らしながら、


「エシーさん、だいぶ疲れていたみたいですね」


「この気温だからな、無理もないさ。さて、俺も少し横になるよ。エイリはどうする?」


「そうですね、私はちょっと、荷物の整理をしてから休みます」


「後回しにして休んでいいんだぞ?」


「いえ、お二人に比べて、私の方は元気ですから。御主人様は安心して横になっていて下さい」


「しかし……」


「大丈夫ですよ。強制されてやろうとしているわけじゃないですから」


 そう言って、エイリは穏やかに微笑んだ。


「ただ、私がやりたいってだけなんです。だから、気にしないで下さい」


「そうか……」


 エイリは変わった、そう感じた。最初は言葉遣いすら辿々しかったものだが、今となっては、こうして普通に俺と話す事が出来ている。長年の奴隷生活で閉ざされていた彼女の本来の人格も、徐々に開かれつつあるのかもしれない。


 ならば、この申し出を強く拒否しない方がいいだろうと思った。


「じゃ、頼むよ」


「はい、お休みなさい」


「お休み」


 肯定の言葉を聞いた後、俺はエシーに続き、ベッドに身を横たえて眠りについた。


 翌日。前日まで過酷な旅路が続いたせいもあってか、俺とエシーは昼過ぎまで眠ってしまっていた。ただ一人、エイリだけが早く起きて俺達の目覚めを待っていた様子だった。


「相変わらず、暑いですね……」


「ああ。だが、昨日よりは慣れた気がする」


「あの食事のお陰ですかね?」


「そうかもしれないな」


 昨日の昼晩に味わった熱気滴る料理を思い出し、俺は思わず苦笑してしまった。


「今日はどうするんですか?」


「そうだな……取りあえず、街の外に出て薬の材料を調達しに行くか」


 しかし、収穫は芳しくなかった。気候の影響か、俺が調合に用いている植物は殆ど見つからなかったのである。


「流石にこの気温じゃ、普通の植物は枯れちまうか……」


「どうしましょうか」


「仕方ないな。珍しい薬草だけ、一応摘んでおくか。二人とも手伝ってくれ」


「はいっ」


「分かりました」


 数時間、貴重な薬草の採取に割いた後、


「これだけ集めれば十分だろう。宿に戻るか」


 夕方、俺達はグラミナへと帰還した。


「調合は出来そうですか?」


 宿での夕食を終えて部屋に引き上げると、エイリが訊ねてきた。


「うーん、ちょっと難しいな」


 俺は答えつつ、荷物の中からレシピ本を取り出してめくった。


「前もってストックしていた分は全部使いきってしまったし、この街で集めた薬草で調合出来る薬は材料が足りない」


「じゃあ、この街では冒険者案内所を利用するんですか?」


「そうだな、明日は依頼を受けて地道に金稼ぎするとするか」

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