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「あらら……そうなんですか。じゃ、そこから説明した方がいいですよね」
「手数をかけて済まない」
「いえいえ、お気になさらないで下さい。じゃ、説明しますね。薬の調合のやり方は極めて簡単です。薬調合のスキルは持っておられますか?」
「ああ」
「じゃ、薬の材料と調合用の器具、レシピを集めるだけで調合は可能となります。レシピを覚え、その器具を使用さえすれば、後は調合を行えるってわけです。成功するかどうかは技術の能力値次第ですけど」
「なるほど……材料と器具、レシピはどうやって集めるんだ?」
「器具に関しては店で購入します。レシピは……本を購入したり、人から教えてもらったりって感じです。材料は購入したり、野外やダンジョンで自力調達したりします」
「材料は野外やダンジョンで自力調達も出来るのか」
「はい。だから冒険者を兼任する事は、薬売りにとって悪くない選択なんですよ。冒険慣れすれば、それだけ容易に材料を入手出来るようになりますから」
それから、俺はエセリナから様々な知識を教えてもらった。どれもこれもひどく好奇心をそそる話だったが、特に印象に残ったのはダンジョンの性質についてだ。世界各地に存在するダンジョンは、大抵が突如出現し、暫くして消失してしまうのだという。もし消えてしまう瞬間にダンジョンの内部に取り残されたらと思うとゾッとするが、幸いそういった話は聞かれていないそうだ。
(実際に取り残されたら、話を残す事も出来ないだろうが……)
とにかく、ダンジョンの最奥にはレアなアイテムの入った宝箱が安置されている事も多く、冒険者達はこぞって魔物の巣窟へ足を踏み入れているのだという。
「宝箱の中にはレアな薬の材料が入っていることもありますから。一度、メランさんもダンジョン攻略に挑戦してみてはどうでしょうか?」
「ああ、そうしたいのは山々なんだが」
苦笑しつつ、自らの腰に差している武器を取り出し、相手に見せる。
「これじゃ、どうしようもないだろ?」
「……そうですね、その武器ではちょっと、ダンジョンに行くのは止めた方がいいと思います」
「というわけで、まずは小金稼ぎをしたいんだ」
「それでしたら、まずは依頼を受けてみてはどうでしょうか」
「依頼?」
「はい」
エセリナの説明によると、ここのような冒険者支援施設は一般からの依頼を受け付けており、いわゆる仲介業務を行っているのだという。それらの依頼は、俺のような戦い慣れていない冒険者にとって、貴重な収入源となっているのだとか。
「なるほどな……で、どういった依頼があるんだ?」
「ピンからキリですよ。初心者でも簡単にこなせるようなものもあれば、上級冒険者でないと命を落としかねない危険な依頼もありますし。例えば……」
彼女は書類を取り出すと、その内の数枚を受付カウンターに出した。
内容:エヌリネ草10本の納入
報酬:100ゴールド
内容:フレイムウルフ2匹の討伐
報酬:ミュレの魔力石×3
内容:ウィーヌ草1本の納入
報酬:氷雪の霊刀・シルバーメイル
「このウィーヌ草というのは簡単に手に入るのか」
パッと見、一番簡単そうだと思って訊ねると、
「あ、その薬草はかなりの貴重品なんです」
エセリナは慌てたように言った。
「容易には入手出来ないので、その依頼は止めた方がいいと思いますよ」
「ん……そうなのか」
よくよく考えると、豪華そうな報酬の依頼が簡単に済む訳もなかった。
「最も簡単なのは一番上の依頼です。エヌリネ草は街の近辺でもすぐに見つかりますし」
「そうか……なら、その依頼を受けよう」
薬草の特徴をエセリナから聞き出し、俺は再び街の外へと出た。捜索を始めて十数分後、
「ん……一本目か」
早速、お目当ての薬草を発見した。エセリナが言っていたように、あまり珍しいアイテムというわけでも無さそうだ。
薬草摘みは順調に進んだ。街道を逸れた場所では魔物の襲撃が起こり得るとエセリナから聞かされていたが、幸運な事に一度も遭遇せずに十本の薬草を集める事が出来た。
「あ、メランさん」
空が夕焼けに染まり始めた頃、冒険者案内所に戻ってきた俺を出迎えたのは、金髪ツインテール少女の明るい声だった。
「どうでしたか?」
「ああ、ちゃんと集めてきた」
摘んできた薬草の束を、俺は彼女に手渡した。
「二……四……六……八……ちゃんと十本ありますね。お疲れさまです」
受け取った薬草の本数を数えた後、エセリナは俺に向かってニッコリと微笑んだ。
「おめでとうございます。見事、初の依頼達成ですねっ」
「そんな褒めないでくれよ。大した事はしていないさ」
俺は照れ隠しに笑った。依頼達成、といえば聞こえは良いものの、要は単なる野草集めだ。あまり絶賛されると、何となくこそばゆい。
「何を言ってるんですか。初の依頼達成、祝わなきゃ損損ってヤツですよ」
「そういうものかな。分かった、ありがとう」
取りあえず、賛辞は素直に貰っておく事にした。
「じゃあ、コレ。報酬の百ゴールドです」
差し出された依頼達成の対価を、俺は受け取る。相場が分からないとはいえ、こんな簡単に見つかる物品を十本集めるだけで金が貰えるとくると、何だか不思議な感じがした。
「そうだ。また一つ聞いておきたい事があるんだが」
「はい、なんでしょうか」
「寝る所を探しているんだ。どこか、この金で泊まれる所はないか?」
手持ちの金は今し方稼いだ百ゴールドしかない。今夜の宿はこれで凌ぐしかなかった。
「あ、大丈夫ですよ。この街には駆け出しの冒険者が沢山やってきますから。格安で泊まれる宿は沢山あります」
宿の場所を幾つか聞いた後、俺はエセリナに別れを告げ、冒険者案内所を後にした。
彼女に教えてもらった宿を歩いて回り、三件目でようやく部屋に空きが見つかった。そこは他の場所と比べても格段に家屋の劣化の激しい宿で、通された部屋は埃っぽい上にカビ臭く、お世辞にも上等とはいえなかったが、野宿よりは遙かにマシだと思ったのでさほど気にならなかった。質素ながら食事も付いてきたというのも良かった。
翌日、朝早くに目覚めた俺は冒険者案内所へと向かった。受付にエセリナの姿が見受けられたので、軽く朝の挨拶を交わした後、再び難度の低い依頼を求める。どうやら、収集や配達といった内容が比較的簡単な部類らしく、俺は一日中、それらの依頼をこなした。金を節約する為、夜は昨晩と同じ宿に泊まった。
「メランさん、お金もだいぶ貯まってきたんじゃないですか?」
異世界に来てちょうど一週間が経った日の夕方、依頼の精算を行っている途中、エセリナから訊ねられた。
「ああ、そうだな」
「それでしたら、薬の調合にそろそろ挑戦してみたらどうでしょうか。薬売りも志しておられるんですよね?」
「一応、な」
薬売りも、という彼女の表現に思わず苦笑を洩らしてしまう。現状から考えれば、冒険者と薬売り、明らかに前者の方が本業と言わざるを得なかった。
「あ、すいません。他意があったわけじゃななかったんですけど」
「いや、構わない。別に気にしていないよ」
何か勘違いした様子でペコペコと頭を下げる彼女を、俺は手で制した。
「そうだ、これから時間はあるかい」
「時間、ですか?」
こちらの問いかけに、エセリナは目を瞬かせる。
「夕方で仕事が終わりますし、夜は空いています」
「なら、一緒にご飯でも食べに行かないか?」
「え、いいんですか?」
「ああ、この街に来てから、君にはずっと世話になっているからな。その礼がしたい。あまり上等な店には連れていけないだろうが」
「……私で良かったら、喜んで」
金髪の少女は仄かに頬を赤らめながら答えた。
殆ど宿と冒険者案内所を往復するだけの毎日だったので、俺はまだ、マリフという街に土地勘があまり無かった。なので、食事を取る場所はエセリナの方に決めてもらった。案内されたのは素朴な雰囲気の料理店で、彼女曰く、ここはなかなかの穴場という事らしい。実際、俺は出された料理の数々に舌鼓を打った。
「エセリナはこの街に来てだいぶ経つのか?」
「んー、だいぶってわけでも無いです。結構な頻度で支部替えがあるので、マリフに来てからは一ヶ月くらいですかね。そろそろ、また別の街に移動する時期です」
「支部替えがあるのか。こんな魔物のだらけの世界じゃ、移動も大変だろう」
「そうでもないですよ。各地の冒険者案内所には職員だけが使える転移魔法陣が設置されていますから。転勤もスムーズに進みます」
「それにしたって、一ヶ月で転勤なんて随分と忙しいような気もするが」
「昔はこういう事も無かったらしいんですが、私が勤務し始める前にちょっと問題が起きたみたいで」
「問題?」
「ギルドとの癒着があったみたいなんです」
「ギルドとの癒着?」
フォークとナイフを動かす手を止め、俺は首を傾げる。
「ギルドっていうのは確か……案内所に登録されている冒険者のチームだよな」
「はい。ギルド登録していると案内所で様々な恩恵を受けることが出来るんですけど……一人の職員がとあるギルドに対し、他のギルドより優先的に良い依頼を斡旋したりとか、他にも色々不正をやっていたみたいで」
「なるほど。それが問題になって、案内所の職員は一ヶ所に長く留まれないようになったのか」
「はい、そうなんです」
「君らも、色々と大変なんだな……」
「でも、仕事自体はやりがいがあって楽しいんですよ。先輩達も優しいですし」
そういえば、メランさんってどこから来られたんですか。仕事の話から一転、彼女は話題を変えた。
「やっぱり、村から一山儲けに?」
「んーと。ま、そんな所だ」
俺は言葉を濁して答えた。まさか、異世界から転生してきたなんて絵空事、正直に口にするわけにもいかない。
「あ、正解ですか。そういう方、結構多いんですよ。私も村生まれなんですけど、冒険者になって大金持ちになってやる、って男の子は結構いました」
「金もそうだし、冒険ってのは男のロマンだからな。子供なら誰だって、一度は憧れるよ」
「じゃ、メランさんもそんなロマンが高じて?」
「そうだな」
「へぇ、落ち着いた感じがしてるから、ちょっと意外でした」
そう言って、エセリナは笑った。