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チート無し転生薬売りのまったり異世界紀行  作者: 悠然やすみ
第五話「村と病と女と」
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 俺達がハスメルという村に辿り着いたのは、激しい雨が降りしきる暗い夕方のことだった。豪雨から逃げるようにして俺達は村に入った。


「親切な人達で良かったですねっ。寝床をタダで貸してくれて」


 すっかり濡れてしまった身体を布切れで拭きながら、エシーが嬉しそうに言った。


「そうだな」


 相槌を打ちつつ、俺は室内を見回す。心優しい村人から提供されたのは、古びた木造の小屋だった。所々、雨漏りをしていて、水滴が音を立てて床を濡らしている箇所があるものの、それでも野宿と比べれば雲泥の差、快適に過ごせるというものだ。


「エシーさん、嬉しそうですね」


 そう言うエイリの声もまた、普段に比べて明るく弾んでいた。しっとりと濡れた黒髪と素肌が艶めかしい。


「だってほら、久しぶりのベッドじゃないですか。あたし、もう嬉しくて嬉しくて」


「分かります。ベッドで眠れるのって、とても素敵な事ですよね」


 その時だ。小屋の扉がコンコンと控えめにノックされる。扉を開くと、そこには小屋の持ち主である青年と、この村の長である老人の姿があった。


「あの、村長が少しお話があるとの事で」


「はい、何でしょうか」


 村長はゴホンと大きな咳払いをして、


「旅人さんはお医者様だと聞きました。本当でしょうか?」


「いえ、医者ではありません。ただの薬売りです」


 小さく首を振って、俺は否定の言を発した。恐らく、薬を扱うという噂が一人歩きして、こういった話になったのだろうと思った。


「そうでしたか……あの、実は一つお願いがあるのです」


 控えめがちに、老人は言った。


「お願い、とは?」


「村の娘を診て頂きたいのです」


 人間を診るのは専門外だ。だが、薬を扱う者として、こういった頼みを見過ごすわけにもいかない。村長の頼みを聞き入れ、激しく降りしきる雨の中、俺は彼の案内で村の中を歩き始めた。今までに訪れた街と比べ、村であるハスメルは異質な印象を受ける。ぽつぽつと窺える木製の建造物はどれも簡素な外観で、近代的な街並みに比べると素朴な趣を醸し出していた。天気のせいもあって人の姿は全くといっていいほど見られず、村の中は侘びしい雰囲気に包まれている。


「その娘は原因不明の重い病に掛かっていまして。ずっと寝たきりになっているんです」


 皺の目立つ両手で杖をつき、よろよろと歩きながら、村長は口を開いた。未だ降りしきる雨が、老人のひ弱な体を容赦なく濡らしている。この世界に傘があればなと、俺は元の世界に存在した雨具を懐かしく思った。


「原因不明……この村に医者はいないんですか?」


「はい……近隣の街や村からお医者様を呼んだこともあったのですが一向に原因が分からず……寝たきりの状態で」


「御家族にも負担が掛かっているんですね」


「いえ……村に親族は一人もおりません」


「一人もいない?」


 村長の言葉に、俺は両目を瞬かせた。


「はい、母親は彼女の妹を産んですぐに他界し、父親もその後を追うように……」


 母の方は元々から体が弱く、父の方は森で魔物に襲われ命を落としたのだと、村長は説明した。


「ですが、それでは妹さんが居られるのでは?」


「出稼ぎに行っているんです。時々、僅かなお金と薬を便りと共に姉の元へ送ってきます。医者を連れてくるのも、そのお金でなんです」


「村でお金を出してあげたりは」


「それは……」


 村長は言葉を濁した後、


「何分、貧しい村ですから。食事や掃除はしてあげられても、高い金でお医者様を呼ぶことまでは……」


 と、言いにくそうに告げた。


(なるほどな……自分達が生きるのに精一杯で、他人の面倒を見る余裕は無いってことか)


 だが、大した事情も分からないのに、それを悪いと断言することは出来ない。むしろ、食事などの面倒を見てるという話が真実であるなら、この村の人達は良心的な方に違いないと思った。本当に薄情であるなら、寝たきりの重い病状であるとはいえ、手の掛かる他人を看病することなど、まずしないだろうからだ。


「そんな状況で寝床を貸して下さって、本当にありがとうございます」


「気にしないで下さい。家を貸すくらいなら費用も掛かりませんので……食事は粗末なものしか出せないでしょうし」


「いえ、頂けるだけで有り難いことです」


 徐々に民家の数が少なくなっていき、村の外れへと近づいていく。歩を進めながら、俺は村長から娘の病状を聞いた。幼少の頃から体調が悪くなり、それからずっと寝たきりで過ごしている。歩行が困難というわけではないが、一歩ベッドから出るだけでも体力的な消耗が激しく、決して無理はさせないようにしている……。


「ここが娘の家です」


 村外れの小さな建物の前で、村長は言った。彼はそのまま建造物の戸を開き、ノックも無しに中へと入っていこうとする。


「勝手に入って大丈夫なんでしょうか」


「もう、ずっとこんな調子でやってますから。来客があれば足音で分かるそうですし。どうぞ、お入り下さい」


「そうですか。では、失礼します」


 廊下を歩き、小綺麗に整頓された一室に足を踏み入れる。窓に掛かったカーテン、花瓶の置かれた台、ベッドとその脇の小テーブル、卓上の水差し。それくらいしか目に留まる物の無い質素な部屋だ。


 そして、窓の側の寝具に、黒髪の女性が身を横たえている。年は二十台半ばくらいだろうか。青白い肌をしていて、布団の上に乗せられている両手も病的に細く、顔色も優れないが、目鼻立ちのくっきりとした整った顔立ちをしている。儚げな美しさを帯びた、繊細な印象を見る者に与える女性だ。健康であるなら、更に麗しい容姿になるのだろうなと、俺は内心で呟いた。


「こんにちは、ルミリア」


「こんにちは、村長様」


 村長の挨拶に、ルミリアと呼ばれた女性は淑やかな返事をした。


「体調はどうだい」


「だいぶ落ち着いていますわ……こちらの方は?」


 彼女は俺の方をチラリと見やりながら訊ねる。


「旅の薬売りさんだよ。お前の病気を診て下さるそうだ」


「初めまして、メランです」


「初めまして、メランさん。ルミリアと申します」


 挨拶もそこそこに、俺は診察を開始した。診察とはいっても、医者のするような精密かつ正確なものではない。病状とその経過を訊ね、今までに僅かでも効果のあった薬を教えてもらい、病気の種類を推測するという大雑把なものだ。


 しかし、簡素な診察の中、俺は彼女の身体を蝕む病を何とか特定することが出来た。


「何か分かりましたか?」


「ええ」


 恐る恐る問いかけてくる村長に頷いて、俺はレシピ本に書かれてあったとある病気の名前を告げた。


「かなり珍しい病気ですね。近隣の医者が分からないのも無理はないです」


「治るんでしょうか」


「薬の材料さえあれば調合出来るのですが……」


 俺は薬草の数々と、その一つ一つの外見的特徴を説明して、


「この近隣に、これらの植物を採取出来る場所はないでしょうか」


「おお、ありますよ」


 興奮気味に、村長は何度も首を縦に振った。


「東の森の奥地に、確かそういった種の草が生えていると聞いたことがあります」


「そうですか、なら早速」


「ですが、問題がありまして」


 俯いた老人の声のトーンが、明らかに下がった。


「問題とは?」


「森の奥地は魔物の巣窟となっていまして、容易に立ち入ることの出来ない場所なんです」


 ですが、何とかしましょう。決意を込めた口調で言い、村長は顔を上げた。


「明日にでも、村の若い者に薬草を摘ませに行かせましょう。メランさんはこの村で、彼らが薬草を摘んでくるのを待っていて下さい」


「いえ、俺も同行しましょう」


「ですが……」


「本当に必要な薬草か判別するには、間違いなく俺がこの目で見た方が良いと思いますから」


 不安そうに言葉を濁す村長の目を見据え、俺は力強く言った。

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