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チート無し転生薬売りのまったり異世界紀行  作者: 悠然やすみ
第四話「新米冒険者の娘」
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 街に帰還した後、俺はエシーの案内で『鑑定屋』なる店に赴いた。店内の様相は小綺麗かつ簡素で、ガラスのテーブルと、それを挟む一対のソファ、部屋の隅を彩るカーテンと観葉植物くらいしか見当たらない。しかし、住人にとってはそれだけで十分な職場なのだろう。


「これは聖騎士の短剣だね。レベル1のダンジョンで見つけたにしては、かなりのレアアイテムだよ」


 鑑定屋の主人である初老の男は、虫眼鏡から目を離して告げた。


「レアアイテムという事は、強力な武器なのか」


「ああ。それに、ただ切れ味が鋭いだけじゃない。他にも特殊効果が付属してくる」


「どんな効果なんですかっ?」


「まず、アンデッド族を始めとした闇属性のモンスターに若干の効果がある。そして、光属性や闇属性に若干の耐性を持つんだ。使い勝手の良い武器だよ」


「そうか……それじゃ、これはエシーにやるよ」


「え、いいんですかっ?」


 俺の言葉に、桃髪の少女は驚いたように両目を瞬かせる。


「ああ、別に俺はダンジョン探索が目的で旅をしてるわけじゃないからな。エシーはそうもいかないだろう?」


 冒険者である友人を探すなら、何れ危険な場所に足を向けなければならない時が来るかもしれない。その時、最後に頼りになるのは自分の力だけだ。そして、力を身につける為には優秀な装備品を有しているに越したことはない。だからこそ、俺は彼女にこの便利な短剣を与えようと考えたのだ。


(それに、俺もファミエラから戦利品を譲ってもらったからな……)


 俺はだいぶ、冒険者として彼女達の影響を受けたのかもしれない。ふと、そんな事を思った。


「でも……ダンジョンの中じゃ、ずっとメランさんに助けられちゃいましたし」


「ボスのゴブリンを倒せたのはお前のお陰さ。そう遠慮するな」


「嬢ちゃん、この兄ちゃんがここまで言ってるんだ。受け取ってやんな」


 なおも渋るエシーに対し、鑑定屋の主人が横から明るい声で言う。彼の言葉で、彼女はようやく背中を押されたらしい。


「……はい、ありがとうございますっ」


 俺から短剣の鞘を受け取ると、彼女はそれを大事そうに握りしめた。




 指定された料金を払い、俺達は鑑定屋を出る。通りを少し歩いたところで、俺はエシーと別れて帰宅の途に着いた。


「御主人様!」


 宿に帰りつき、自分の部屋の扉を開いた途端、黒髪の少女が胸に顔を埋めてきた。


「ど、どうしたんだ、エイリ。そんな顔をして」


 いきなりの事に動揺しつつも、俺は問いかける。


「だって……御主人様があのまま帰ってこないんじゃないかって思ったら、私、心配で心配で……」


 若干、啜り泣きのような音が聞こえてきて、俺は彼女が本心を告げているのだと悟った。


「そうだったのか……済まないな、心配かけて」


 彼女の華奢な体躯を優しく抱きしめ、未だ櫛の通っていない黒髪を撫でてやる。自分が戻らなかった時に備えて、ちゃんと決まりを作っておかなければならないな。彼女が一人でも生きていけるよう。エイリを宥めながらも、俺は脳内で呟いた。もし、自分がダンジョンで命を落としてしまえば、彼女はたった独りでこの世を生きていかなければならない。その時、この宿の一室でずっと俺の帰りを待っているようでは、困るのだ。彼女の為にも、『もしも』の時の案はしっかりと立てておかなければならない。


 やがて、落ち着きを取り戻したらしいエイリは、俺からすっと身体を離した。やはり泣きはらしたような目をしていたが、顔には恥ずかしそうな表情を浮かべている。


「すみません、服を汚しちゃって……」


「いや、構わないさ。これくらい、少し時間が経てば乾く」


 その時、扉が何者かによってノックされる。来客の覚えが無いので、訝しみながらドアを開くと、廊下にいたのは先ほど別れたエシーだった。ダンジョン探索の最中、泊まっている宿を教えてあったのだ。


「どうしたんだ。さっきの今で」


「はい、実はずっと考えていた事があって……」


 最初、彼女は身体をモジモジとさせ、なかなか本題を告げなかったが、やがて決意を固めたように、あの、と大きな声を出した。


「暫く一緒に旅に同行させてもらえませんかっ?」


「へ?」


 突拍子のない提案に、思わず間抜けな声が口から洩れ出た。


「ちょっと待て、どうしてだ? どうしてそうなるんだ?」


「私、まだまだ冒険者としては未熟者で……だから、旅はまだちょっと怖いなって思ってたんです。でも」


 と、彼女は熱っぽい眼差しで俺とエイリを見つめて、


「一人旅じゃなくて、メランさん達と一緒なら、大丈夫そうな気がするんです。冒険者としての第一歩を踏み出せそうな気がするんです」


「そうは言ってもな……」


 第一、冒険者としての第一歩は先ほどのダンジョン探索で踏み出しているのではないか、という問いかけは胃の奥に飲み込んだ。彼女の言いたい事はそういう事ではないと分かりきっていたからだ。


「お願いします。炊事洗濯掃除、家事なら何でもやりますから!」


「うーん、エイリ。君はどうだ」


 返答に困った俺は、隣で同じく驚いている様子の黒髪の少女へと話題を振る。


「えっ。私、ですか?」


「ああ。エシーが付いてきても構わないか?」


 暫しの逡巡の後、エイリはコクンと首を縦に振った。彼女が良いというのであれば、俺の方で彼女の訴えを拒否するのは気が引ける。


(本当は、気ままな一人旅が一番なんだがな……)


 ま、ここまで来れば連れが一人でも二人でもそうそう変わりはしないだろう。そう思い、俺は心の中で苦笑を洩らした。


「……よし、分かった」


「いいんですかっ?」


「ああ、君の気が変わるまで、一緒に来ればいいさ」


「は、はいっ! ありがとうございますっ!」


 こうして、俺達の旅路に新たな仲間が加わったのだった。




「やっぱり、故郷を離れるのは辛いか?」


 ラベリアを出発してから、ずっと後ろの方を振り返っているエシーに、俺は問いかけた。


「……はい、少しだけ」


 哀愁の面持ちで彼女は答えたが、すぐに、


「でも、もう決めたことですからっ」


 と、仄かな決意を語調に込めた。


「それに、ちょっとだけワクワクしてるんです」


「ワクワク?」


「はい、この広い世界にどんな事が待ち受けてるのかなって……そう考えると、楽しくなっちゃって」


「ああ、その気持ちはよく分かるよ」


 この世界に転生させられた直後こそ必死に生き抜いてきたものの、やがて生活に余裕が生まれてくると、俺も同じような感慨を抱いたものだ。世界の広大さ。そして、その一端に足を踏み入れようとする自分自身。眼前に際限無く広がる無限の可能性に、気分を高揚させた。


(だから、冒険者という職業は職業として成立するのかもしれないな)


 恐らく、冒険者を志す者は皆、心の中に世界に対するロマンを思い描いているのだろう。


「怖くはないんですか?」


「怖くもありますけど……平気です。だって」


 エイリの問いかけを受け、エシーは彼女にニッコリと微笑んだ。


「一人旅じゃないですから……メランさんとエイリさんが、一緒にいますから。だから、大丈夫です」


「エシーさん……」


(……連れがいる旅というのも、満更悪いものじゃないな)


 遠くに微かに見えるラベリアを記憶に留めながら、俺は心の中で呟いたのだった。

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