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チート無し転生薬売りのまったり異世界紀行  作者: 悠然やすみ
第四話「新米冒険者の娘」
12/35

 エイリと行動を共にするようになって、旅路はかなり快適なものとなった。というのも、彼女は家事全般を完璧にこなすだけでなく、木の実集めや薬草採集なども積極的に手伝ってくれるのだ。あまり無茶はしないよう言い含めてはあるのだが、どうにも働かなければ落ち着かない性分らしい。恐らく、長きに渡る奴隷生活の弊害なのだろう。


 勿論、彼女にだけ全てを任せているわけではない。あくまで、家事などは二人の分担作業である。エイリの方はどうしても一人で仕事を処理したがるのだが、そこはちゃんと目を光らせて負担を掛けないようにしている。


 そうして順調な旅を続けていくうち、俺達はラベリアという街に行き着いた。そこはこれまでに訪れた所とは違い、長閑な田園地帯の広がる街だった。一応、冒険者案内所もあるにはあったのだが、この周辺にはめぼしいダンジョンも殆ど見当たらないらしく、建物の内部は殆ど過疎といってよい状態で、受付を始めとした職員を除き、冒険者の姿は全くといっていいほど見かけられなかった。


 田舎街であるせいか物価も安く、日が沈まないうちに適当な宿をすぐに見つけることが出来た。案内された部屋に入り、荷物を下ろしてホッと一息ついた後、バッグから薬の材料を取り出して調合を始める。今日は街に着いた初日なので、夜に店は開かないつもりだが、明日に備えての準備を欠かすわけにはいかない。


「あの……」


 ベッドの脇に立っているエイリが口を開いた。


「何か、お手伝いしましょうか」


「ん、いや。調合は俺一人でやるよ。ここは空気も美味しい所だから、君は外を散歩でもしてくるといい」


「散歩、ですか?」


「ああ……どうしたんだ?」


 何故か、エイリが途方に暮れた表情を浮かべたので、疑問に思って訊ねると、


「私、散歩はした事無いんです」


 彼女は呟くように言った。


「留守番なら経験があるんですけど」


「そんなに暗くならなくても、散歩は仕事じゃない。ただ、気分転換に少し外を歩いてくればいいのさ」


 すると、


「……初めての場所を一人で歩くのは、ちょっと怖くて」


 今度は至極分かりやすい理由が返ってくる。俺は暫く考え込んだ後、


「そうか。じゃあ、少し調合を済ませたら、一緒にこの街を歩き回ってみよう。それならいいだろう?」


 俺の問いかけに、エイリはコクンと頷いた。




 程なくして、十本の薬の調合を済ませた俺は、エイリと共に街の散策に出掛けた。農民が比較的多く居住していると思われるラベリアの街はこれまでに訪れた数々の地と比べて静かで、延々と広がる夕焼けに照らされた畑など、心を落ち着かせる長閑な風景があちこちに見受けられた。


「綺麗ですね……」


「そうだな……少し、あそこで休もうか」


 ちょうど、街全体を見渡せるような丘を見つけ、俺は言う。エイリは二つ返事で提案を了承した。


 丘の頂上に、並んで腰を下ろす。


 暫く、俺達は互いに黙ったまま、眼下の美しい景色を眺めていた。


「何だか……夢みたいです」


 エイリがぽつりと呟く。


「夢みたいって、何が?」


「……奴隷から解放された事がです」


「そうか……」


 どうやら、彼女も本心では奴隷の身分から抜け出すことを望んでいたらしい。


(ま、それは当たり前だよな……誰も好き好んで、奴隷になんかなりたがらないだろうし)


「あの、一つ聞いてもいいですか?」


「なんだい」


 彼女は俺の方を向くと、


「どうして、私を助けてくれたんですか?」


「……君の目が、『助けてほしい』って訴えかけているように思えたからさ」


 美しく蒼い瞳を見返しながら、俺は答えた。


「それに、俺個人としても、あの男の横暴は目に余るものがあったからな」


「……それだけの理由、ですか?」


「十分さ。それとも、不服だったかい」


「いえ……ただ、不思議で」


「不思議?」


「はい」


 エイリは頷きながら俯いて、


「今まで、街で会った人達は誰も……御主人様のように、手を差し伸べてはくれませんでしたから。遠巻きに、怒られる私と昔の御主人様を眺めて、それっきりで」


 と、掠れるような声で言った。


「だから、御主人様が庇ってくれたとき……私、本当に嬉しかったんです」


「……そうだったのか」


 残念だが、真実だろうと思った。奴隷と呼称されている人々を助けようとするような者は、この世界にもそう簡単にいるものじゃないだろう。誰だって、余計な面倒に巻き込まれるのは怖い。そして、好奇心という感情だけは立派にあるから、騒動の顛末だけは確認しようとしてしまう。


(人間の性……といえば、そうなのかもな)


 とにかく、今目の前にいる彼女をこれまでに救おうとした者は、間違いなく皆無だったのだろう。これまでのエイリの人生を思うと、胸が締め付けられるような痛みが走った。


「……すみません、面白くもない自分語りをしてしまって」


「君が謝ることはないさ。むしろ、嬉しいくらいだよ」


「え?」


 俺の言葉に、エイリは戸惑ったように声を上げた。そんな彼女を真っ直ぐに見つめて、俺は言う。


「君は俺に自分の気持ちを正直に話してくれた。だから、俺は凄く嬉しいんだ。だって、それは俺が君に信頼してもらえているということだろう?」


「御主人様……」


「そろそろ夕食時だ、戻ろうか」


 エイリと共に、丘を降りて宿までの道を行く。その途中、俺達は一人の子供と出会った。


「あの子……怪我してます」


「そうだな、何かあったんだろうか」


 道の向こうからやってくる半泣きの子供に事情を聞いたところ、どうやら走っている最中に転倒してしまったらしい。膝に軽い傷が出来ていた。


「ん……これくらいなら手持ちの薬で治療出来るぞ」


 念のため、薬を詰めたバッグは常に常備してあった。俺はバッグの中から治療薬を取り出し、子供の膝に塗り付ける。


 お礼と共に去っていく少年の姿を見送った後、


「……御主人様」


 おもむろに、エイリが口を開いた。穏やかな口調だった。


「私……御主人様と出会えて、本当に良かったと思います」




 ラベリアの街は、俺にとってたいへん住み心地のよい場所だった。住民達から聞いた話によると、この街は大陸の主要な交易路からかなり外れた場所に位置し、あまり人の出入りが無いらしい。そのお陰か、自分以外の薬売りの姿は全くといっていいほど見受けられなかった。


 勿論、俺の商売に有利に働くのは当然だった。薬売りだけでなく冒険者も殆ど立ち寄らないお陰で、ラベリア周辺には豊富な植物が眠っていた。お陰で薬の材料には困らず、俺は存分に薬の調合を行うことが出来た。医者もいないらしく、店の売れ行きも好調で、汗水働いて得た大金をブアレスで失った身としてはたいへんに有り難かった。


「どうして夜に店を出すんですか?」


 ある時、共に店番として付き添ってもらっているエイリから、こんな質問を受けた。


「ああ、薬売りを始めた頃の生活がこんな感じだったんだ。何となく性にあって、このスケジュールが続いてる」


「でも……昼間に店を出した方が売れ行きがいいんじゃないでしょうか」


「この街じゃ、店を昼間に開こうが夜間に開こうが、大した違いは出ないさ……それに」


「それに?」


「俺は夜の空気が好きなんだよ。何ていうか、こう……涼しい風に心が澄み渡っていく感じがしてな」


(柄にもないこと言っちまったな……)


 不思議そうに目を瞬かせるエイリの姿を受け、俺は照れ隠しに頬を掻いたのだった。

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