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俺は異世界に転生した。細かい事情は省くが、どうやらこの世界の神様が『気まぐれ』で、現実世界で死んだ俺を生まれ変わらせたらしい。
転生した俺がまず目にしたのは、涼しげな風の吹く広大な草原と、その真ん中に存在する小さな町だった。安全を確保する為にあの街を目指すべきだが、まずは自らの能力を確認するのが先決だ。そう思い、俺は神様から説明されたように、『ステータス』と心中で呟く。
途端、脳内に俺の能力値がイメージとして流れ込んできた。
名前:メラン・ノーセラック
称号:駆け出し薬売り
レベル:5
HP:87(最大87)
MP:12(最大12)
攻撃:10
防御:8
魔力:6
抵抗:16
技術:24
速度:21
頭部装備:汚れた旅用の帽子
右手装備:先端の折れた錆び付きナイフ
左手装備:無し
胴体装備:擦り切れた旅用の服
脚部装備:穴の空いた旅用の靴
装飾品1:無し
装飾品2:無し
装備スキル(最大装備数4):薬調合LV3・値切りLV1・逃げ足LV1
所持スキル:薬調合LV3・値切りLV1・逃げ足LV1
所持金:0ゴールド
所持アイテム(最大所持数5):薬草
称号の欄に書かれた『駆け出し薬売り』を見て、おや、と一瞬首を傾げたが、すぐに理由に思い当たる。あの世で神様に職業を決めるよう求められた際に、『薬売り』と答えたのだ。この称号は恐らく、あの返答の所為だろう。
次に、基礎能力を確認する。なるほど、高いといえるのは『技術』と『速度』、低いのは『攻撃』と『防御』、それに『魔力』の能力値。称号が関係しているのか、肉弾戦にはお世辞にも適していないような印象だ。
続いて装備品の目にし、俺は思わず呆然と呟く。
「これは酷いな……」
汚れただの、擦り切れただの、穴の空いただの、どれもこれもろくでもない装備だ。極め付きは武器らしい『先端の折れた錆び付きナイフ』である。鞘が腰に付いていたので、実際に抜いて確認してみた。うん、これはどう考えても戦闘に向かない。
次に、スキル欄へ目を通す。最大装備数4とあるが、これは恐らく装備出来るスキルの数を示しているのだろう。そして、現在装備されている数は三つ。所持スキルも三つしかないので、現状はこれが装備限界という事になる。
(スキルの名称だけじゃなくて、その説明も見たいものだが……)
そう心に念じた瞬間、脳裏に描かれているイメージがパッと切り替わり、スキルの説明が表示された。
薬調合LV3:薬の調合に関する技術。レベルが高いほど高度な薬を調合出来る。最大LV9。
値切りLV1:値切りに関する技術。レベルが高いほど安い値段で物品を購入出来る。最大レベル9。
逃げ足LV1:逃走に関する技術。レベルが高いほど敵から逃走しやすくなる。最大レベル9。
なるほど。各スキルの概要は大体理解出来た。
「要するに、俺の持っているスキルは戦闘に適さないものばかりなのか……」
逃走のスキルを覚えているので、いざという時にはそれを使用しろという事らしい。薬調合のレベルが他のスキルより些か高いのは、流石は『駆け出し薬売り』といったところか。
最後に所持金と所持アイテムだが、これは見た通りだろう。一応、アイテムの方の説明を表示してみる。
薬草:体力を少し回復する。
「……これは、早く街へ逃げ込んだ方がいいな」
恐らく、ここは現実世界の小説でもよく拝見するような異世界に違いない。つまり、そこらかしこに凶暴なモンスターが生息している可能性が高い、という事になる。
一刻も早く、この場を離れるべきだ。そう考えを決めた矢先、俺の眼前に一匹の生物が姿を現した。
「ゴブリンか?」
相手の姿を目に留めた瞬間、俺は思わず呟いていた。小柄な茶色い体躯。手に持った棍棒。人型だが間違いなく人間では無い。その上、こちらにあからさまな敵意を向けている。
そして、ゴブリンと思しき生物はいきなり奇声を上げ、棍棒を振り上げ飛びかかってきた。
「うおっ!?」
叫びつつ、横に飛んで相手の突進を避ける。幸い、振り下ろされた敵の武器は空を斬り、勢いよく大地を殴打した。あまりレベルの高くない相手なのだろう。攻撃を避けるのはさほど難しくなさそうだ。
(とはいえ、直撃すると流石にヤバいからな……)
戦うにも、先端の折れた錆び付きナイフ一本でどう応戦しようがあるというのか。さっさと逃げてしまうに越したことはない。
幸い、逃げ足LV1のスキルを装備している。スキルの発動条件は分からないが、装備しているだけで永続的に効果が持続するのかもしれない。
試しに、逃走を図ってみることにした。完全に背を向けて無防備になってしまわないよう気をつけつつ、走り出す。
(……あれ、なんだかさっきより足が軽いような)
早速、スキルの効果が実感出来た。追いかけてくるゴブリンを、俺は徐々に突き放していく。
やがて、敵の影が完全に見えなくなった頃。俺はいったん足を止めて、安堵の息と共に額の汗を拭った。
草原を進んでいき、ようやく街までたどり着く。魔物の進入を妨げるように存在する外壁、その中心に存在する門をくぐって街の内部に入る。
(まずは……情報収集から始めるとするか)
通りがかった街の住人らしき男を呼び止め、幾つか気になる点を訊ねる。男は話しかけられた瞬間こそ驚いたような素振りを見せたが、後は快くこちらの質問に答えてくれた。
彼から得た情報によると、この街の名はマリフというらしい。新米冒険者を支援する施設が充実していて、冒険者を志す若者達がよく訪れるのだという。
(まぁ、薬売りとはいっても、冒険者になっちゃいけないって道理は無いよな)
冒険者を支援する施設の方向を聞いた後、俺は男に礼を言って彼と別れ、その場所を目指す事にした。やがて、『天空の星~冒険者案内所~』と書かれた木製の看板が目に飛び込んでくる。
建物の中には、多くの人々の姿が見受けられた。歴戦の強者と思しき屈強な体格の戦士から、最近になって冒険を始めたのがまる分かりの自信なさげな優男まで、様々な種類の冒険者がいる。どうやら、冒険初心者救済の施設とはいっても、腕の立つ熟練冒険者のサポートもしっかりと行っているらしい。
(さて、取りあえず受け付けに向かうとするか……)
それなりに大きな施設という事もあって、受付は複数設置されていた。そのうちの一つ、金髪のツインテールが特徴的な少女が佇んでいる場所へ、俺は歩いていった。
というより、そこしか空いている受付が無かったのだが。
「こんにちはっ。何か御用でしょうか」
外見にふさわしい快活な調子で、少女は近づいてきた俺に話しかけてくる。
「ああ、実は……」
訪れた理由を、俺は簡潔に説明した。
「なるほど……薬売りを目指されていて、けれど冒険者にも少し興味があるというわけなんですね」
「ああ、そうなんだ。えっと、君は……」
「あ、申し送れちゃいました。アタシ、『天空の星~冒険者案内所~』の初心者案内役を務めております、エセリナといいます」
「エセリナか……よろしく。俺の名前はメランだ。メラン・ノーセラック」
俺は神様から与えられた名前を、そのまま彼女に告げた。元の世界での名前も覚えているには覚えているが、恐らくはこの世界の常識に似つかわしくない語感だろう。それに、新しい名前を口にする抵抗感というのも殆ど無かった。
(何しろ、一度は死んでるんだからな……)
こうして、第二の人生としゃれこんでみるのも悪くない。
「メランさんですね。これからよろしくお願いします。早速ですが、メランさんは薬の調合を生業としておられるんですよね」
「う……その事についてなんだが」
痛いところを突かれ、俺は渋々告白する。
「薬売りという職に関しても、あくまで志望というか、駆け出しというか……薬の調合の方法も、実はよく分かっていないんだ」