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最終話 勇者が世界を救うまで

 ユウが砦から旅立って2週間。

 ついに魔王のもとまで辿りついていた。


 その道中も魔族を幾人も葬ってきたユウだが、そこまで憔悴してはいなかった。

 旅の間シエルが心の支えになってくれていたからだ。

 シエルのスキル、【癒しの口付け】は全てを治す。

 それは精神も例外ではなかった。


 だが、記憶を消すわけじゃない。

 殺した事実が消えるわけじゃない。

 ただ、強引に治しただけでは意味がない。

 それが心の傷というものである。


 だからシエルは旅の間、ユウと会話をし続けた。

 何が苦しいのかを聞いて、どうしたらいいのか二人で考え続けた。


 シエルの立場からすれば相手は悪だから、倒さねばならないからと何度も言うことで洗脳することもできただろう。 

 だが、シエルはそれをしなかった。

 シエルは【チョロイン】故にユウに惚れたが、それでも惚れたことには変わりはない。

 そして、惚れた相手を都合のいいように変えようなどとシエルは少しも考えなかった。


 そうしたシエルの献身により、ユウも割り切ることができるようになった。


 だから今、ユウは迷いもなく、震えも無く、絶対に倒すと強い意思をその曇りなき目に宿らせ、目の前の存在を睨んでいる。


「きたぞ……魔王!」


「フン! たかだか下等なゴミがここまでくるとは鬱陶しい」


 ユウがここまで来たことにも大した動揺も見せず、ただただ煩わしいとてもいうように冷たい目でこちらを見てくる者――魔王。

 その存在感は圧倒的な強者のものであり、悪だった。


「なぜ貴様は人を殺す! なぜ貴様は争いを選んだ!」


「我には力がある。その我がなぜ下等なゴミ共と仲良く手を取り合わねばならない? 我には力があるのだ。ならば我が全てを手に入れるのが当然のことだろうが」


 ユウが睨みながらもその真意を問えば、魔王はそれがさも当然のようにいった。

 魔王にとっては他者の存在などゴミでしかなく、力で奪い取っても問題がない。それが当然。そういう考えである。


「今更、見逃す気も無かったが……お前だけは気兼ねなくやれそうだな! 【テンプレート】っ!」


 ユウは怒りの表情で魔王を睨みながらそう言って、スキルを発動する。

 即座に十枚の板が現れるとその場で超高速回転を始める。


「それが貴様のスキルか……だが、貴様のスキルがどれだけ強力だとしても無駄だ」


「なに?」


「なぜなら我がスキルは相手のスキルをコピーする【再現】だからなあ!」


 ユウがスキルを発動させても余裕の態度を見せていた魔王の傍にも十枚の板が現れる。

 しかし、魔王が出した十枚の板は別に超高速回転することは無い。


「っ!? なんだ……どうなっている!?」


「【テンプレート】は自分で操作しなきゃただの壊れない板なんだよ!!」


 そう叫んだユウが全ての板をわざとフリスビーを投げるのとほとんど変わらない速度で射出して魔王へと攻撃を仕掛ける。

 魔王はユウの言葉を聞いて一瞬ニヤリと笑うが、すぐにポカーンとした顔になる。

 なぜなら魔王の出した十枚の板は亀の足の如く遅いスピードでしか動かせなかったからだ。


 魔王は慌ててユウの攻撃を、驚異の身体能力で何とか躱して大きく距離を取る。

 ユウはあえて追撃せずに冷ややかな目で魔王を睨み嘲笑を送ってやった。

 そんなユウの反応に魔王は青筋を立てる。


「なんだこのゴミスキルはァ! 全然、動かせないではないか!」


「やれやれ自分の力がゴミなのをスキルのせいにするなよな」


 やたらと煽るユウだったが、普段のユウであれば相手を煽るようなことはしなかっただろう。

 だが、ユウは魔王の考えが、言葉が気に食わなかった。

 端的に言えばキレていたのである。


 そして、ユウはキレ方にある癖があった。

 とにかくネチネチとしつこいのだ。


 召喚直前もキレた時は外国人に自分がどれだけ重要なことをしているか、6時間に渡って説教しようしていた。

 それは未遂に終わったが、そんな感じに意味の分からないキレ方をする。

 あの時は説教で済ますだけのつもりだったが、今は違う。


 ネチネチとしつこく煽って煽って煽ってぶち殺す気でいた。

 正直その姿にシエルも若干引いていた……かと思えばそんなことは無い。

 魔王の発言にシエルも憤りを感じていたために、もっとやってしまえと応援していた。

 【チョロイン】の称号は伊達ではない。


 ちなみにシエルは戦闘が始まると同時に、隅に移動していた。

 たまに魔族がシエルを殺してしまおうと攻撃を仕掛けるが、シエルは光属性魔法により強固な結界を作り、その中で寛いでいるので、魔族は結界に触れる傍から蒸発していった。

 勇者の旅に同行できる人間が、ただのチョロインなわけがなかったのである。


「ぬううう! こんなスキルなどいらん! 貴様など魔法で殺してやるわ!」


 ユウの言葉に魔王もキレた様子で感情を前面に出して叫び、連続で魔法を撃ち出してくる。

 ユウはそれでも冷めた目で見ながら、飛んできた火の球を超高速回転した板で斬り裂き、水の球も斬り裂き、雷も弾き、岩も氷も砕いて、何もかもを消してしまう。

 その時の板の動きは先ほど魔王へ攻撃を仕掛けた時よりも段違いに速く、魔王も捉えることができないほどだった。


「なんなのだ……なんなのだ貴様はァ! なんなんだその板は!? スキルは!?」


「俺が何かだと? 最初に言っただろう……俺は勇者だってな」


「ユウー! 言ってない! 来たぞ……魔王、としか言ってないよ!」


 大きく取り乱した魔王の問いに、ユウがぎろりと睨んで答えを返すが、後ろからシエルの冷静な突っ込みを受ける。


「……そうか。ンン! 俺が何かだと? 俺は人類の希望! 勇者だ!」


「ふざけるなあああああああああ!」


 その言葉に少し考える様子を見せたユウは一つ咳払いをして、何事もなかったかのように自身が何かを声高に宣言した。

 散々煽って取り乱す魔王を見て幾分清々したユウは少し落ち着きを取り戻し、そのまま中二病スイッチがONになっていた。


 だから、勇者だと宣言するときのユウの顔はドヤ顔で、シエルはそんなユウにうっとりとしていた。

 それはもはや茶番でしかなく、目の前でそんな茶番を見せられた魔王は激昂して叫び、先ほどとは非ではない巨大な火の球を瞬時に作り出す。


 だが、その巨大な火球も十枚の板が粉微塵に斬り裂いて散らされて、魔王は憎悪の表情でユウを睨む。

 そして、すぐに何か諦めたようにスッと表情がきえた。


「もういい……どうやら貴様には勝てぬようだな」


「当然だ。俺は勇者なんだ。俺は絶対にこの世界を守るってシエルに約束したんだからな」


「貴様に勝てずこのまま殺されるなら……貴様らも道連れにしてくれるわ!」


 諦めていたように見えた魔王が突如ニヤリと笑いながらそう言うと共に、莫大な魔力を感じた。

 魔法を発動するでもなくただただ莫大な魔力が魔王に集まっていくのをユウもシエルもはっきりと感じたのだ。

 だが、ユウはそれでも慌てることは無かった。

 シエルもユウが慌ててないのを見て、同じく落ち着いてその場で見守っている。


「自爆か。それも無駄だ」


 音よりも光よりも早く、一枚の板が、魔王の首を撥ねると同時に集束していた魔力は文字通り消え去った。


「自爆される前に倒せば問題ないからな」


 ユウは誰にともなくドヤ顔でそう言った。






「ユウ!」


「っ! シエル!」


 勇者となり魔王というラスボスを倒した感傷に浸っていたユウの元にシエルが駆けてきて抱きついた。

 少し驚きながらも勇者は優しく抱き返す。


 シエルの身体はなぜか震えていた。

 どうして、と思ったがどうやら泣いているようだった。


「世界を救っていただき……ありがとうございました」


「シエル?」


 少し顔を離して泣きながらも笑みを浮かべようとして変な顔になったシエルがそんなことを言って、ユウが首を傾げる。


「これで勇者としての役目は終わり……お別れ……でず……うぅっ」


「あー……」


 ようやくシエルがなぜ泣いているのか気づいたユウは、困ったように頭を掻く。

 それから優しくシエルを抱き寄せると、はっきりと告げる。


「俺は元の世界には帰らない」


「えっ?」


「俺はシエルと一緒にずっとこの世界で暮らしていきたい。ダメかな?」


 ユウは少しシエルの身体を離して見つめ合うようにして、満面の笑みを浮かべながらそう言った。

 シエルは突然言われたその言葉に理解が追い付かずポカンとしていたが、ようやく理解したのか目からたくさんの涙があふれた。


「ずっといてくれるのですか?」


「もちろん」


 シエルの問いに、ユウは即答する。


「向こうの世界に残してきた人たちはどうするんですか?」


「諦めてもらう。元の世界の知り合いには死んだ後にでも謝る」


 元の世界の人についてもユウは即答する。


「でも……」


「シエルは……俺と一緒にいたくないのか?」


「っ! そんなことない! 私だって!」


 それでも食い下がるシエルに、ユウは少し意地悪な質問をする。

 その問いに、シエルは鬼気迫る様子で否定する。


「じゃあ、俺と一緒にこの世界で生きて欲しい」


「っ! うん……! 私も一緒に生きたい!」


 改めて言われた言葉にシエルも嬉し涙を流しながら頷いた。

 ユウも嬉しそうに笑ってシエルを抱き寄せて二人はそのままキスを交わした。

 今までしたキスの中で一番深く、長いキスだった。






 異界から呼ばれた勇者が魔王を倒してから数十年後、世界から魔族が消え去った。

 しかし、魔族の殲滅戦に勇者の姿はなかった。

 英雄たちが、魔族と戦っていた兵士たちが、もう背負う必要はないのだと勇者を参加させなかったからだ。


 魔王が倒され、数十年経った今、勇者と聖女はとある街で平和に暮らしている。

 数十年経った今も二人は仲睦まじく、二人の子供や、孫に囲まれていつも笑顔を見せていた。




 こうして、世界は救われたのだった。


物語はここで一応完結ですが、最後にエピローグがあります。

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