第四話 少年が勇者と認められるまで
それはあまりにも圧倒的だった。
少年がスキルを発動してから十数秒。
それだけの時間で100人の魔族が首を落とされ、胴を落とされ手足を落とされて殲滅された。
これまで最前線の砦で何とか均衡状態を保っていたとはいってもそれは決して楽なものではなく、少なくない犠牲を払った上での均衡だった。
それが、相手が反撃をする間もなく目の前で殲滅されたのだから、砦の兵士たちは最初信じられないといった様子で黙り込んでいた。
「勝ったのか……?」
兵士の一人がそんなことを言うと、それが静まっていた空気を破るきっかけとなり、兵士たちが歓喜の声をあげた。
「おおおおおおおおおおお!!!!」
「勇者様がやってくれたぞおおおお!」
「希望が見えてきたああああああああ!!!!!」
誰もが勇者である少年、ユウを褒めた称え、希望が見えてきたことに叫ぶ。
もはや砦の空気に暗いものはなく、希望の光に照らされて明るい空気に満ちていた。
だが、そんな興奮で騒がしい中、不思議と通る鈴を転がすような声が砦に響く。
「ユウ様!?」
「大……丈夫……ちょっと気持ち悪いだけだから……っ!? うええええええ」
シエルの声に兵士が視線を移せば、敵を無傷のまま殲滅したはずのユウが膝を付けて、顔色を真っ青にしている姿があった。
ユウは駆け寄ってきたシエルに無理に笑みを作るが、吐いてしまう。
別にスキルを使った反動ということではない。
ユウはただ肌が紫色なだけのほとんど人の姿をした魔族を殺してしまったことに深い嫌悪感を抱き、そのショックから精神的に追い詰められて吐いたのだ。
「吐いたら……うん。吐いたらだいぶスッキリしたから……大丈夫……大丈夫……」
そんなことを呟くユウを見たシエルは彼の背中をさすり、吐いた後に見かけ上にはある程度落ち着いた様子を見せるユウの頭を優しく両手で挟み込みこちらを向かせる。
「大丈夫だから……っ! ユウは何も悪くないから……悪いのはあなたを呼んだ私たち……私だからっ! ユウが一人で背負うことなんてしなくていいのっ!」
「シエル……? っ!?」
目に涙を浮かべながらもそう叫ぶように訴えるシエルに、ユウも困惑するがそのシエルに突然キスされて目を見開く。
「ちょ……シエっ……吐いたばかりでっ、きたないからっ……」
そう言って逃げようとするが、どこからそんな力が出るのかと思うほどの力で取り押さえられユウも逃げることができない。
やがて自分を抑えるシエルの手が震えていることに気付いて逃げるのもやめて、シエルのキスを受け入れた。
「……苦しい時は苦しいっていっていいんだよ? 勇者だからって見得張る必要はないんだから……」
「シエル……」
やがてゆっくりと顔を離したシエルは涙を流しながらも笑みを浮かべていて、ユウはそんな彼女に見惚れてしまっていた。
それからシエルはユウを強く抱きしめて優しくユウの頭を撫で続けた。
何度も。
何度も。
何も言わずにただ、優しく。
ユウはそんな彼女に抱かれ、撫でられて、次第に彼女の体温を感じていった。
彼女の触れたそばから暖かくなっていくようなそんな気がした。
そして、いつの間にかユウもまたシエルを抱き返していた。
いや、抱き付いていた。
「っ……うっ……」
そして声を出さずとも涙を流し、ずっとシエルの腕の中で身体を震わせていた。
そんなユウをシエルは優しく撫でて何度も何度も大丈夫だからと声を掛けていた。
ともすれば弱々しいその勇者の姿。
兵士たちはそれをみて、先ほどまでの、勝手に盛り上がっていた自分を恥じた。
兵士達にも勇者が元は異世界で過ごしていた普通の少年であるという情報については聞いていたから、今少年がどういう状態かを理解した。
兵士である自分たちでさえ初めて殺した時は手が震えたのだ。
それをまだ若い少年が一度に100人を、それも見た目には人とほとんど変わらない姿の相手を殺したのだからそのショックは相当なものだと理解することができた。
だから、そんな少年のことを気遣うよりも先に浮かれて喜んでいた自分たちの身勝手さを兵士たちは強く恥じていた。
先ほどまでの浮かれた雰囲気は一変していた。
そんな空気の中、勇者が立ち上がる。
顔色はまだまだ青く、目は充血して先ほどまで泣いていたことが分かるが、それでも勇者は笑みを浮かべた。
「なんか、盛り下げちゃってすいません。……でも、安心してください。俺、魔王倒しますから」
その笑みはやはり作った物なのだろう、少し強張った笑みだった。
だが、その言葉は取ってつけたようなものではなく覚悟を決めたことを感じさせるものだった。
それを見て、聞いて、兵士たちの心は沸き立つ。
ショックを受けながらも、一度弱いところを見せた直後でも、強くあろうとするその姿に感化されて兵士達も胸に闘志を燃やしていった。
何より負けられないと誰もが感じていた。
「勇者様、いえ、ユウ様! 魔王を倒すのに我らも同行させてくれぬか」
誰もがやる気に満ちている空気の中一人の男、砦の指揮官がそう言った。
その声に、兵士達も闘志を漲らせてユウを見つめる。
そんな兵士達を見て頼もしいものを見るように笑うが、首を横に振る。
「だめです」
「な、なぜですか!? 我々とて魔族と戦い続けてきました! 足手まといなどにはっ」
にべもなく断るユウに、指揮官も食って掛かるがユウは片手を広げてそれを止める。
「足手まといとかそういうことじゃない。俺は勇者だから魔王を倒します。でも俺は一人なんです。一人じゃ戦線を押し進めることはできません。だから皆さんにはここで魔族を食い止めて欲しい。俺が魔王を倒すまで、魔族を一人残らずこの先に通さないようにしてほしいんです」
絶対に譲れないという思いの込められた目で見られながら、そう言われさらに頭を下げられれば指揮官も歯噛みしながらも頷くしかなかった。
他の兵士達もユウが放つ雰囲気に圧されて文句も言えなかった。
頷いた後、俯いてしばらく黙っていた指揮官だったが次に顔をあげてユウと目を合わせた時、もう吹っ切ったのかその目には迷いはなく力強い目だった。
「分かった。ここは俺たちに任せてくれ。絶対に守って見せよう。他の砦にも伝えて絶対に魔族を通さない。だからユウ様。魔王を、お願いします」
「ああ、任されました!」
指揮官の言葉に、少しふざけたようにしながらもそう言ったユウに思わず兵士達も笑い声をあげる。
「貴様らも聞いただろう! 俺たちは勇者様直々にこの地の守りを任された! 俺たちにも魔族と戦ってきた誇りがある! 意地がある! 絶対に守りきるぞ!!!!!!」
「「「オオオオォォーーー!!!!!」」」
指揮官の言葉に兵士たちは吠え、士気は最高潮だった。
勇者が魔王を倒しに砦を出た後も、兵士たちの士気は高いままを維持して魔族を一人たりとも人類領域に通すことは無かった。
それはその砦の兵士だけではない。
最前線に位置する全ての砦の兵士が士気を上げ、その境界線を守り抜いたのだ。
士気が上がったのは、その砦にいた指揮官から魔道具を使って、勇者の言葉が全ての砦に届けられたからだ。
その聞かされた言葉に感化された兵士たちは一気に士気を高めた。
それほど、士気を高める効果をもたらしたのは、勇者の言葉であることのほかに、その言葉を伝え、その言葉を保証し、自らも全力で守り抜くのだと宣言した男が、勇者が現れる前の最初の希望その人だったからだ。
ユウが立ち寄った砦の兵を指揮していた男。
その男こそが、魔王の進軍を食い止め、均衡状態へと持ち込んだ最初の英雄だったのである。




