第8節「駄目だ、この子。早く何とかしないと/その2」
友紘がエル・ヴィオラの世界に戻ったのは、午後8時半のこと。
颯夏との約束の時間までは1時間半あり、その間に泰史との約束だったクエストの手伝いをこなした。しかし、どういうわけか光紗姫まで付いてくることになり、そのぶんだけ時間がかかってしまった。
集合場所であるローレンツェアの噴水広場に戻ったのは、約束の時間を過ぎてからである。
慌てて戻ってきた友紘は遅刻したことを詫びるつもりでいたが、どういうわけかオリエという名のアバターは噴水広場のどこにも存在しなかった。
友紘は沸々とわき上がる疑問に1番最初に約束した日のことを思い出していた。
(もしかして、また金で解決するようなことやらかそうとしてるんじゃないよね……?)
などと、おもわず勘ぐってしまう。
それぐらい颯夏の行動は想像も付かなかった。もちろん、普通に考えるなら、キャラクターを作り直すのに時間がかかっているといったところだろう。
友紘は颯夏から連絡が来るのを待ち続けた。
刹那、フレンドコールの着信音が鳴り響く。
同時に目の前に『オリエ』と書かれたメニュー画面が現れ、プルルルという電子音が2秒間隔で響かせていた。友紘はすぐさま受話ボタンを押して答えた。
「……もしもし、オリエ? キャラクター作成終わったの?」
とたたみ掛けるように問う。
けれども、おかしなことに回線の向こうの颯夏は短く「あ、あの……」と声を震わせているで、明確な返答をしなかった。
「どうしたの? なにかわからないことでもあった?」
『クルトさん、わたくしおかしな場所にいるのですが……』
「……おかしな場所?」
『はい。なんだかわたくしたちがいた街とは雰囲気も景色もまったく違うんです』
「もしかして、別の街にキャラを作っちゃった?」
『別の街にキャラを作るってなんですの?』
「あっ、やっぱりわかってないな」
予想できたと言うべきか、予想できなかったと言うべきか。
友紘は颯夏がチート行為なしでキャラを作った場合のことを予想しておくべきだったと思った。
なぜなら、颯夏に1からキャラクターの作成方法を説明していなかったからだ。しかも、このエターナルファンタズムⅡのキャラクター作成はアイメットを被った状態で脳内に作られたイメージの元で行われる。
それゆえに誰かが代行してキャラクターを作成するという行為ができない。
おそらく専属の執事にやらせるつもりだったのだろう。
その腹積りが外れてしまい、手探りの状態でキャラクターを作成するしかなかったと思われる。そのことを察し、友紘は説明しなかったことを悔やんだ。
「ゴメン。俺が説明しなかったのがわるかったんだけど、オリエがいる街は俺がいる街とはまったく別の場所なんだ」
『……と言うことは、もう一度作り直した方がいいんですの?』
「キャラの作り替えはできるけど、いったんキャラを削除しないと駄目なんだよね」
『削除……?』
「うん、その方法をオリエに教えたいんだけど、少しだけ面倒なんだよなぁ~」
『……あの、1つお聞きしてもよろしいでしょうか?』
「ん、なあに?」
『クルトさんとわたくしのいる街というのは、地理的にとても離れているんですの?』
「――ちょっと待って。いまオリエがいる場所を確認するから」
そう言って、なにかの仕草を現すようにコマンドメニューを開く。
確認したかったのは、いま現在颯夏のいる場所である。違う場所に作ってしまったということは、アルヴ、ニューマン、ライカネル、コビットの4種族の国のウチのいずれかだ。
友紘はアドレス帳から『オリエ』と記載された画面を開き、そこに表示されている現在の位置を確かめた。
ブランデュール連合王国首都『ドロッセル』――颯夏のステータス画面にはそう書かれている。
リアルの世界で歩くとするなら、おおよそ10分ぐらいと言ったところだろう。ゲームだけに倍速で歩けるとはいえ、初心者で普段の登下校に車を利用している颯夏とってみればかなりの苦痛を要するのではないか。
そう思うと厳しい表情で答えざるえなかった。
「う~ん、ドロッセルからローレンツェアまでの距離はそう遠くはないけど……」
『……けど?』
「正直レベル1でローレンツェアに来るのはリスクがありすぎるよ」
『どういう意味ですの?』
「つまり、そこに至るまでの道のりにいるモンスターの強さがピンからキリまでなんだ。回避しながらどうにか上手く進めればいいけど、下手するとオリエでも倒せないようなモンスターに襲われるよ?」
『……そんな……わたくしはどうすれば……』
「やっぱり、作り直しちゃった方が手っ取り早いかもしれないなぁ~」
『ですが、それにはわたくしでも知らない方法を行わなければならないのですのよね?』
「うん、まず説明書から読んでもらわないと行けないから、いまのオリエには難しいかも。執事さんにやらせるのもアリだけど、僕としてはこういうことがないようにオリエ自身にやってもらいたいな」
『わたくし自身でですか……?』
「そうだよ。だって、なんでもかんでも執事さんにやらせちゃったら、ゲームやってる意味ないじゃん。それにキャラクターのアバターってある意味自分の分身みたいなモノだし」
『……自分の分身……ですか……』
「たとえば、オリエがとても大切にしているモノを赤の他人に触れて欲しいと思う?」
『いえ、わたくしも知って欲しくないことの1つや2つありますから』
「だったら、いじらせるべきじゃないね。削除の方法は日を改めて学校で説明するよ」
とアドバイスしてみせる。
それが曖昧なモノだったために颯夏は迷うと思われた。しかし、当の本人はわずかに口ごもっただけで、次の瞬間には毅然とした態度で返事をかえしてきた。
『――でしたら、わたくし歩いてそちらに向かいますわ』
「えっ!? なんでそうなるの?」
思わぬ返答に驚く友紘。
だが、颯夏は迷うことなく歩いてローレンツェアまで来るつもりらしい。そのことは、発せられた「もちろんですわ」という言葉に含まれていた。
意気揚々とした言葉が発せられる。
『1度ばかりか2度までもクルトさんの手を患わせてしまったんですもの――<南無八幡大菩薩。願わくば、我に艱難辛苦を与えたまえ>ですわ!』
「……え~っと。なんだっけ、それ?」
『かの有名な尼子家の再興を願った山中鹿之助の言葉ですわ』
「へぇ~そうなんだ。まったく知らないや……」
『そんなことじゃいけませんわ! どんな苦難に立ち向かっても最後まで立っている――これこそ立派な騎士の証であり、真のレディの証であるとわたくしは思いますの』
「う、うん……。それで、結局歩くの?」
『ええ、これもきっと神がお与えくださった試練かもしれませんので』
「まあオリエが決めたことだし」
こうなっては止めようがない。
友紘は意気込む颯夏を説得しようがなかった。
きっとフレンドコールの向こう側の本人はやる気満々の顔をしているのだろう。想像するだけでも、颯夏のいまの心境がうかがい知れる。
颯夏の気持ちを優先させるべく、友紘は1つの提案をしてみた。
「とりあえず、落ち合う場所を決めておこうか」
『……落ち合う場所……ですの……?』
「うん、オリエの負担を少しでも軽くしたいから、俺の方からもドロッセルに近い場所にいた方がいいんじゃないかなって思うし」
『しかし、わたくしとしてはクルトさんを危ない目に遭わせるわけにはまいりませんわ』
「大丈夫。俺はレベル10だし、オリエとパーティ組んでアベでもしない限りは死なないよ」
『……ア、アベ……?』
「レベルアベレージングのことね。この前は説明しなかったけど、指定したのプレイヤーのレベルより高いレベルのプレイヤーのレベルを下げるシステムのことだよ。これによって、レベルが平均化されてたとえ高レベルのプレイヤーであっても低レベルのプレイヤーと一緒にレベル上げができるようになるんだ」
『そんなシステムがあったんですか?』
「そうだよ。だから、気軽にオリエともレベル上げができたんだ」
『知りませんでしたわ。わたくしはてっきりクルトさんもまだ始めたばかりなのだと』
「まあ教えなかったしね――とりあえず、道中気をつけて。フレンドコールはこのままでいいから、ローレンツェアの方に向かって歩いてき見て」
『ええ、なんとか向かってみます』
「そういえば、地図は買ってあるの?」
『地図ですか? えっと、それはどこで手に入れれば……』
「街の出入口付近でNPC……えっとコンピュータが動かしてるキャラのことね。そのキャラクターがドロッセル周辺の地図っていうのを販売しているから必ず話しかけてから出発して」
『はい。では、すぐに購入して出発しますわ』
「了解、待ってるよ」
友紘がそう返事をかえす。
その間にもフレンドコールの向こう側では颯夏が街の出入口に向かって歩いているらしく、時折「えっと」だの「こっちかしら」だの、手探りで街の出入口を探し回っているらしかった。
「オリエ、大丈夫?」
『――はい。多少道に迷いそうになりましたが、待ちの出入口らしき方角に向かって歩いてますわ』
「ゆっくりでいいよ。まだゲームにも慣れてないんだし」
『肝に銘じておきますわ。そんなことよりクルトさん――』
「なあに?」
『このドロッセルという町は、ずいぶんローレンツェアの町並みとは違うんですね』
「まあね。4つの種族の国々で街の景色もわざと違うように設計されてるらしいし」
『そうなんですの?』
「ローレンツェアはヨーロッパの細長くてとんがり帽子のような屋根の家が建ち並んでいるけど、ドロッセルはイメージ的に現代のニューヨークみたいな感じの町並みだと思わない?」
『言われると確かにそんな気もしますわ。いくつか高層ビルのようなモノが散在してますし、こうやって歩きながら眺めているとだいぶ違うモノなのですね』
「そっかぁ~。そんなに違うっていうのなら、俺もあとで見に行ってみようかな」
「クルトさんはこっちの街にいらっしゃったことは?」
「実はまだないんだよ。レベル上げることに必死だったし、仲間の手伝いなんかで行けなかったからさ」
『……そうでしたの』
「よかったら、あとで2人でいろんな国を回ってみない? オリエと最初に話したときに世界を頭の中で巡れるっていう話をしたと思うけど、それをちょっとだけやってみようよ」
『それは面白そうですね。では、その約束はわたくしのレベルがある程度上がったらということでいかがでしょう?』
「……だね。まずはオリエのレベルが上がって、危険な地域に踏み込んでも大丈夫になった方がいいかも」
『ええ、そのときは是非――あ、この方が売ってらっしゃるのかしら?』
「出入口付近にたくさん地図っぽいモノをバケットに詰め込んだ露天商いた?」
『はい、ちょっと声を掛けてみますね』
「オッケー。試してみて」
『……スミマセン、地図を1つくださらないかしら――え? どの地図かですって?』
「ドロッセル周辺の地図だよ」
『あ、えっとドロッセル周辺の地図をくださいな――はい、お金ですね』
「……買えた?」
『少しお待ちください』
「…………」
『クルトさん、いま購入いたしましたわ』
「あっ、ホント? よかったぁ~」
とその場で喜んでみせる。
もちろん、颯夏が近くにいるわけではない。それでも、フレンドコール越しに聞く報告は子供の初めてのお使いを喜ぶ親のようにうれしかった。
『では、購入いたしましたので、早速ローレンツェアに向かいますわ』
「了解~。俺もオリエの方に向かって歩いて行くね」
友紘はそう言うと街の出入口に向かって歩いた。