第7節「駄目だ、この子。早く何とかしないと/その1」※7/09 23:00修正
「……で、結局山吹に色々教えるのに時間かかってレベル上げできなかったのかよ」
と泰史に質問されたのは、翌日登校してからのこと。
すぐに友紘が答えると同情心に駆られたのか、泰史からは哀れみの声が漏れた。しかし、その言い方はまるで他人事のようで、おもわずその薄情さを嘆いた。
それだけに颯夏をどうにかまともにプレイできるようになるまで成長させなくてはならない――友紘の中に「やってやんよ」という復讐心にも似た目標が芽生えた。
そんなことがあって、いまはローレンツェアの噴水広場の一角で颯夏にレクチャーしている。どうにか「まともなプレイができるよう成長してください」と願わずにはいられなかった。
「――えっと、もう1回説明するとね。エターナルファンタズムⅡの世界観はエル・ヴィオラという世界のアルダフォンという大陸を中心に舞台に繰り広げられるゲームなんだ」
「つまり、そこに4つの国と5つの種族がおりますの?」
「――そそ。1つめの種族はニューマン……つまり人間だね。それからエルフがモデルのアルヴ、犬型獣人のライカネル、ホビットをモデルにしたコビット族、これら4つの種族のうち1つを自分のアバターにしているんだ」
「なるほど。それに付け加えて、ジョブを選択するんですわね」
「……うん、だからいまから創り直してもらうに当たってそういうところを覚えていて欲しいんだ。山吹さんはアルヴ族でナイトがいいんだよね?」
「えっと、別にアルヴでなくてもよいのですが……。基本ナイトができれば、どんな種族でも構いませんわ」
「なるほどね。ただ俺としてはアルヴかニューマンがオススメかな?」
「他の種族では駄目ですの?」
「駄目ってことはないけど、後々ステータスで差が出るからナイトをやりたいんだったら無難にアルヴかニューマンがいいと思うよ」
「ステータスに差が出るというのはどういうことですの?」
「各種族には得意な分野とそれに付随する上がりやすいステータスが決められてるんだ。たとえば、アルヴなら攻撃と魔法は他の種族に比べて上がりやすいけど、瞬発力や防御力といった面では劣るとか」
「なるほど、そうやって各種族ごとに得意分野があって差が出るというワケですね」
「んまあ、そういうこと」
「段々理解できてきましたわ」
「よし! じゃあ次はジョブに関する説明をするね」
と1つ1つ丁寧に教えていく友紘。
意外にも颯夏の飲み込みは早かった。
普段、勉強や習い事など秀でていることがあるからだろう。VRMMOというゲームに興味を持ち、友紘と一緒にプレイしたいと言っていたあたり泰史たちのコミュニティにもすんなり溶け込むかもしれない。
そう思うと友紘は泰史をギャフンと言わせることができるかもしれないと考えた。
「このゲームにおけるジョブは今のところ『武術家、ナイト、戦士、ソーサラー、プリースト、医師、シーフ、忍者、ハンター、侍、バガボンド』の11個。各々には職業上の特性があって、冒険においては様々な能力を発揮するんだ」
「確かナイトは前線で味方を守る役目でしたかしら……?」
「うん、そう。この前オリエが言ってた通り高貴な職業というイメージがある反面、前線でみんなを守る役目だから結構重宝されるんだよねぇ」
「では、わたくしは皆さんのお役に立てる上に信頼を集められると言うことですね!」
「端的に言えばね」
「……ということは、そのほかの職業にもそのような役割があると言うことですの?」
「そういうこと……と言いたいところだけど、今作のエターナルファンタズムⅡでは『クロスアビリティ』という本業と副業の特性を組み合わせた新たな特性を生み出すシステムを採用してるから一概には言えないね」
「ク、クロスアビリティ……?」
「開発者インタビューによると、正確には『クロスオーバーアビリティ』とか『ミキシングアビリティ』とかいう名称だったらしいよ――で、クロスアビリティというのは本業と副業の練度によって発生するポイントを使用して作成するアビリティのことらしいんだ」
「……らしいということは、クルトさんもまだ取得していらっしゃらないのですか?」
「うん、実はそうなんだよね」
颯夏に問われ、わずかに押し黙る。
実際、友紘はクロスアビリティを有してはいなかった。なぜなら、クロスアビリティは『一定のレベル以上での取得が可能』という条件が提示されており、友紘はまだその一定レベルに達していなかったからだ。
ある意味、颯夏と同じビギナーと言っていい。
友紘は諭すように颯夏に言った。
「とにかくそのアビリティがあれば、本業ではできない味方への支援や敵への攻撃方法なんかが編み出せるようになるんだ」
「そのアビリティの組み合わせはどれぐらいあるんですの?」
「う~ん、確かインタビューだとかなり自由度は高くしてるって書いてあったんだよねぇ……。ただその取得方法に関しては、いろんな条件が起因して発生するらしいんだ。だから、どれぐらいあるのかについては、いまのところ解析ツールを使ってもわかんないみたい」
「では、試してからのお楽しみということですか?」
「そうなるね」
ここまで説明して、いったい颯夏はどのぐらいゲーム内容を飲み込んでくれただろう? 友紘はそのことを気に掛けながらも、真剣な表情で考え込む颯夏の表情をのぞき込んだ。
あれこれ考えているのか、颯夏は時折「う~ん」とか「もしかしたら……」などと独り言をつぶやいている。こちらの目も気に掛けていないらしく、無我夢中で覚えようとしているらしかった。
それが面白く見えて仕方なくなり、友紘はスッと顔を颯夏の方へと近づけていった――が、途端に目が合ってしまい、恥ずかしさからおもわず顔を背けてしまう。
おかげで顔のあたりが熱を帯びてほてってしまった。
友紘はオドオドしい口調で颯夏に話しかけた。
「ゴ、ゴメン……っ!」
「……い、いえ、わたくしの方こそ夢中になって気がつかなくてゴメンナサイ」
2人の間に微妙な空気が流れる。
なんとも気まずい雰囲気に話題を変えようとする友紘だったが、その思考は真っ白な景色の中にうずもれていて、なにも思い浮かぶモノがなかった。
そうこうしているうちに颯夏が口を開く。
「では、わたくしそろそろいったんログアウトして、キャラクターの作り直しと夕食などを済ませてきますわ」
「わかった。続きをやりたいんだけど、戻りは何時頃になりそう?」
「そうですね……だいたい3時間後ぐらいかしら? 戻り次第ご連絡差し上げたいのですけど……えっと、フレンドメッセでしたっけ?」
「そうそう。それを使えば、ゲームの中でも外でも自由にメールが送れるから用事が済み次第連絡して。それとゲームの中ならフレンドコールっていう一種の電話のようなモノが使えるから、ゲーム内ならそっちの方が早いかも」
「わかりましたわ。必ずご連絡差し上げます」
「うん、待ってるよ」
「では、ごきげんよう」
「イ寺~」
そう言うと颯夏はログアウトしていった。
残された友紘はその場でホッと溜息をついた。
なにせから叩き込まなければならないのである。そうした気苦労があってか、友紘は神経が時間と共にすり減っていくような気がした。
そんなとき、友紘を呼びかけるベルが鳴る――フレンドコールと呼ばれる通信機能によるものだ。
同時に目の前に『ウサ猫』という名前と小刻みに震える受話器マークが表示され、着信すべきかどうかを問うていた。
すぐさま友紘はけだるそうに緑色のボタンを押し、右耳に手を当てて答えた。
「……もしもし?」
『やっほぉーっ、にぃーたぁ!』
相手は妹の光紗姫だった。
ウサ猫というのは、彼女のアバター名である。友紘が嫌々着信に応じたのも、そうした事柄を承知したうえでのこと。
きっとなにかお願い事があるのだろう。
明るい声に相対するかのように鈍重な声で答えた。
「なんだよ。なにか手伝えっていうなら、もう少し待って」
『違うよ。にぃーたのクラスの人にこのゲームを1から教えてるって聞いたから、調子はどうかなって思ってコールしただけじゃん』
「……泰史から聞いたな?」
おおかたコミュニティジェムと呼ばれるグループ会話ができるアイテムを介してしゃべったのだろう。少なくとも複数人はその話を知っているに違いない。
そう予感した友紘は教室で他人事のように聞いていた泰史を恨んだ。
『――で、実際どーなの?』
「あのな、順調にいったらこんなに苦労しないよ。初日から会社買収して自分オリジナルの装備一式作らせるって、どんだけ金の力で無双してんだよって言いたくなるぐらいだ」
『ふぅ~ん、なんだか面白そうな人だね!』
「面白いわけないだろ。こっちの苦労もしらないで、泰史もオマエもホント冷たいよなぁ~」
『そんなことないよ。アタシはにぃーたのこと、ちゃんと見守ってるよ?』
「見守ってるだけの妹はいらないよ……」
『だってぇ~気になるじゃん。その人、ゲームなんかやったことない超VIPなお嬢様なんでしょ?』
「んまあわざわざポケットマネーで会社1つ帰るぐらいにはな――そんなことより、ずっと聞きたかっただが」
『……え、なに?』
「オマエさ、ウチのコミュニティ以外にコミュニティ入ってるんだって?」
と以前から聞きたかったことを切り出す。
それは颯夏の相手で忙しく、前々から聞き出せずにいたことだった。しかも、コミュニティに入ったこと自体は友紘がアイメットを入手する前のことである。
『なんだ、そのことかぁ~』
「いや、確かにオマエが1人立ちしてくれるのはありがたいよ。けどな、ちゃんと兄ちゃんに一言ぐらい言ってくれたっていいじゃないか」
『ん~そうなんだけどさ。にぃーた、クラスの人の相手で忙しかったみたいだし……なんか話そびれちゃって』
「それで結局そのコミュニティはどんなコミュニティなんだ? まさかHNMCじゃないだろうな」
『ノンノン、フツーのコミュニティだよ』
「そっか、それは良かった」
『もしかして、アタシがヘンとこ入ってやらかすんじゃないかって心配してくれた?』
「バ、バカっ! オマエが『そしたら掲示板』の『エタ板』にでも晒されたりでもしたら、下手すりゃ俺らのコミュニティまで飛び火するんじゃないかって話だよ!」
『へへぇ~ん、にぃーたも照れ屋さんなんだから~』
「うっせえ! とにかくだ、他のコミュニティに入るのは構わないが、妙なことに巻き込まれないようにしろよ」
『――わかってるよ。ところでそろそろご飯っぽいんだけど、にぃーたも落ちるよね?』
と、唐突に光紗姫に問われる。
即座に「そのつもりだ」と答え、友紘はコマンド画面を開いて端に表示された時間をチラリと見た。
表示された時刻は午後7時。
母親が夕食の準備を終えて友紘たちを呼び出そうとしている頃だろう。友紘は光紗姫に通話を終えることを告げ、切断を意味する赤いボタンを手で押した。
そして、その場に座り込んでコマンド画面の中からログアウトを選択し、現実の世界へと戻ったのだった。
※「イ寺」はネットゲースラングの1種です。「侍」という字にも似てるので、そちらを使う方もいらっしゃいますね。あとは「丘絵里(年齢不詳)」なんてのもありました。