第6節「強すぎてニューゲーム/その3」(6/30一部追加修正)
森の奥には低レベルプレイヤー向けのモンスターが配置されている。
このあたりに配置されているのはゴブリンだ。
ローレンツェアの周辺にはこうした低レベルプレイヤー向けの狩り場がいくつもあり、友紘と同じようにレベル上げにいそしむプレイヤーの姿が所々で見られた。
「やっぱり、サービス開始から半年じゃまだまだレベルの低い連中が一杯なんだなぁ~」
そうつぶやく意味は周囲にモンスターらしいモンスターが見当たらないからだった。どうやら、同じようにレベル上げをしているプレイヤーが狩っているせいで枯渇したらしい。
MMOでは同エリアに一定数のモンスターを配置している。
エターナルファンタズムⅡではそうした枯渇をなくすために一定時間ごとに平均討伐数をサーバー側で集計し、自動的に配置するモンスターの数を変更するプログラムが組まれているらしい。そうした予備知識があってもモンスターの数が足りないということは、自動的に配置するモンスターの数の上限に達したということ。
友紘はそのことを悟り、どうしたモノかと困りあぐねた。
「ここで直接戦闘すると急に沸いたときの対処が難しいから、向こうの広場を選んだつもりだったけど失敗したかなぁ~?」
と愚痴をこぼす。
周囲を見渡せば、2~3人ほどのパーティが5組。倒し尽くしたのか、再配置されるであろうモンスターをいち早く奪おうと待ちあぐねている。
そんな様子を見て、友紘はレベル上げの場所を変更すべきかと考え始めた。
ところが遠くから「クルトさん」とアバター名で呼ぶ声に気付いて考えるのをやめる。それはさきほど広場で待機していて欲しいと伝えたはずの颯夏のアバターであるオリエだった。
友紘は突然やってきた颯夏に用件を尋ねた。
「どうしたの? 向こうで待っててって言ったのに」
「いえ、待っていてもなんなので……。わたくしにもなにかお手伝いさせていただけることはありませんか?」
「特にないよ……というか、ちょっと問題が発生しちゃってね」
「あら? いったいどうしたんですの?」
「実はこの周辺にいるゴブリンが枯渇しちゃってね……」
「枯渇……?」
「レベルは基本的にモンスターを倒すことで経験値を獲得して上がるんだ。そのほか街の人たちからの依頼などでももらえる場合があるんだけど、一番経験値がもらえる方法がモンスターを倒すことなんだ……でも、俺たち以外にも複数のプレイヤーがいるせいで枯渇しちゃったんだ」
「それはつまり乱獲により絶滅したってことではありませんの?」
「いやいや……。さすがにゲームだから、ゴブリンが絶滅するとかないから」
「どうしてですの。いくら悪事を働くようなゴブリンとはいえ、レベル上げのために絶滅させられるなんて、さすがにありえませんわ。とにかくいますぐ環境省へ行ってレッドリストに載せるよう言わなくては……」
「あのね、オリエ。モンスターって時間が経てば、何回でも復活できるんだよ」
「……へ? そうなんですの?」
「うん、そんなこと言ったのオリエが初めてだと思うよ」
そう言った途端、颯夏の顔が真っ赤になった。
さすがに見当違いのことを言ってしまい、恥ずかしくなったのだろう。友紘はこの先の颯夏がこのゲームをちゃんとプレイしていけるのか少し不安になった。
慰めるようと颯夏に向かって言葉を投げかける。
「う~ん、まあオリエは基本的にゲームというモノをやったことがないんでしょ?」
「た、たしかに……。このようなビデオゲームをプレイしたのは生まれて初めてですわ」
「だったらしょうがないよ。その辺の予備知識も含めて、俺がみっちり教えてあげるからなんでも聞いてよ」
「ううっ、わたくしが知識不足なばかりにクルトさんに頼ってばかりで申し訳ありません」
「いいの、いいの。オリエがやったこともない家庭用ゲームに興味を持ったってこと自体、俺としては驚きだったし」
「……そうだったんですか?」
「うん、だってイメージないじゃん。まさかウチのクラスのお嬢様がVRMMOに興味持つなんてフツーだったらありえないよ」
「言われると確かにクルトさんの持ち物を拾わなければありませんでしたわ」
「そうでしょ? まあ気長にやっていこうよ」
それを聞いて、颯夏はどう思っただろう?
友紘はちゃんとこのゲームを理解できるようになるまで時間がかかるかもしれないと思った。
ふと2組のプレイヤーが帰ろうとしていることに気付く。
どうやら、レベル上げを終えて街に戻るらしい。
友紘はレベル上げを開始しようと颯夏に呼びかけた。
「どうやら、あっちの連中帰るみたい。さっきのとこに戻るのもなんだし、ここでレベル上げをしよう」
「わかりましたわ。名誉挽回だと思ってガンバらさせていただきます!」
「……そんな大げさな。まあとりあえずもう一回レベル上げの概要から説明するね」
それから、2人は少しの間他のプレイヤーがゴブリンを狩る様子を見ることにした。
理由は単純――
いきなり颯夏に戦闘をさせても、きっと理解してもらえないだろうと思ったからだ。そのうえで、
友紘は他のプレイヤーの動きやモンスターの行動パターンについて説明してみせた。
「――ざっとこんな感じ。あとはスキルやアビリティの発動の仕方なんかの説明があるけど、それはまた次の機会に改めて教えるよ」
「一応理解はしましたけど、できるかどうか不安ですわ」
「実戦あるのみだよ。とにかく一度戦闘してみよう」
と言って、友紘は腰にぶら下げていたブーメランを手に取った。
そして、1匹のゴブリンが配置されたのを確認するとそちらにめがけて投げつけた。当然、ゴブリンは自分に敵意を向けた相手に激怒して襲ってくる。
友紘はすぐさま腰に帯びたナックルダスターを握りしめた。
ところが――
「え、えぇ~いっ!」
と叫んで、突如人物らしきかげが目の前を駆けていく。
クルリと顔を向けると、いつのまにか颯夏が走り出していた。しかも、友紘は一切指示を出しておらず、自主的な判断による行動と思われる。
その行動に友紘は慌てて止めに入ろうとしたが、おかしなことに颯夏は攻撃は一撃でゴブリンを仕留めていた。
「え? なにそれ?」
強すぎる――
そう感じた友紘はすぐさま颯夏に投げかけた。
「オリエさ、もしかしてレベル1じゃないの?」
「え、なんですの?」
「いや、だからレベル1にしては強すぎないってことを言いたいんだけど」
「よくわかりませんけど、一撃でゴブリンを仕留めるのは楽しいですわね」
「そういう問題じゃなくて……」
さすがの話の上阿波なさに友紘はおもわず素手で透明ななにかを掴む仕草をしてみせた。
すると、なにもないところからコンピュータのウィンドウ画面が現れる。そこには様々なメニューコマンドが表示されており、友紘はそれらの中から「調べる」を選択してみせた。
調べるを選ぶと、他のプレイヤー、モンスター、採取できそうなアイテムが矢印つきで表示される。
友紘はオリエと大きく書かれたアイコンを掴むようにして選んだ。
そして、開かれたウィンドウに記載されたプロフィールを見てビックリ――なぜなら、オリエのレベルは『99』だったからである。
それだけで友紘は目玉が飛び出そうになった。
けれども、そんなことととは露知らず。
颯夏は次の獲物を倒すべく、近くにいた別のゴブリンに襲いかかっている。
友紘は慌てて颯夏を呼び止めた。
「ちょ……山吹さん、待ってっ!」
おもわず実名を叫んでしまう。
しかし、それでも颯夏は立ち止まらず、次のゴブリン、また次のゴブリン、またその次のゴブリンと威勢良く狩り続けていた。
さらに言えば、その様子は実に楽しそう。
「クルトさん、なにやら経験値なるモノが手に入りましたわ!」
「いや、それフツーに入るからっ! レベル上げに必要だから――というか、いますぐ手を止めて!」
「どうしてですの? なんだかわたくしワクワクしてきましたわ!」
「ワクワクとかそういう問題じゃないから!」
「この醜い生き物をバッタバッタと倒せる爽快感……これはなかなかイイですわ!」
「とにかくお願いだから、話を聞いて――って、ウオ"ォ~イッ!」
と友紘が制止するよう呼びかける。
だが、暴走した颯夏に止まるという2文字はなかった。むしろ、「行け行けゴーゴー」と言わんばかりに暴走してゴブリンを倒し続けている。
もちろん、そんな様子を周囲にいたプレイヤーが快く思うはずがない。
次の瞬間、友紘は周囲のささやきに身も心も凍り付かされた。
「おい、なんだよアレ……狩場荒しか?」
「しかもレベル99ってチートかよ」
「うわぁ~マジ最悪……。早く帰ってくれないかなぁ~」
明らかにヒンシュクを買っている――
(マズいっ、マズい! このままじゃ山吹だけじゃなく、俺まで垢BANされちゃうよ)
友紘はその思いからすぐさま颯夏の元へ駆け寄った。
そして、その手を掴んで無理矢理引っ張ると、借金取りに追われる貧乏人のごとくローレンツェアへと引き上げたのである。
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それから、友紘はどうにかしてローレンツェアへと戻った。
だが、正門近くで向かい合った颯夏は狩り場荒しと揶揄されて動揺する友紘と相反するように悪そびれるという意識がまったくなかった。
それもそのはず、颯夏にはログインするまでゲームに関する知識は皆無だったのである。
当然、高レベルのプレイヤーがレベル適正が妥当ではないレベルのモンスターを狩り尽くす『狩り場荒し』という行為自体も認識していないのだろう。それを踏まえ、友紘は無知で無自覚な教え子を持った教師のように頭を悩ませていたのである。
「なんでレベル99なんかにしちゃったの……?」
「え? だって、強ければとっさに暴漢や強盗に襲われることもありませんし」
「あのね、オリエ。そういうのはここでは存在しないから」
「そうなんですの?」
「そうだったのっ! まったく理解してないから、こうして逃げ帰ってきたんじゃないか」
「では、わたくしはなにも考えずレベル1で始めればよかったのですね」
「それがフツーなんだけどさ」
「てっきり仮想世界を巡っていろんな遊びをするモノだとばかり思ってましたわ」
「いや、それは違いないけど……ってか、もしかしてこの前最初に話したときのことを額面通り受け取ってる?」
「え、違うんですの……?」
「ああやっぱりそうなんだ……」
やりきれない――
友紘の心情はその一言に集約された。
どうやら、説明の仕方がマズかったらしい。
まさか颯夏が極端な受け止め方をしているとは……。
しかも、まったく悪気はないらしく、性格的に天然なのかどこをどうしたらそう受け止められるのか理解できなかったのである。
ガックリと肩を落とし、その場でうなだれる。
チラリと見た颯夏の顔は申し訳なさで一杯になっているようだったが、それ以上に友紘はこれからどうやってこのゲームをプレイさせるかで頭がいっぱいになった。
一言で言い表すなら、まさにヘッポコ――
おそらく自分が理解できる範疇では颯夏は優秀なのだろう。反面、興味のない事柄にはからっきし力を発揮できないタイプだ。ましてや家庭用ゲーム機のようなオフライン、オンライン関係なくプレイをしていればわかるような知識がまったくないのだ。
「これは予想以上にオリエに色々教えなくちゃいけないみたいだ」
「……えっと……あの……なんだかよくわからないけど、ゴメンナサイ……」
「いや、まあこの際しょうがないよ。オレがなんとか教えてあげるからなんでも聞いて」
半ば諦め気味に告げる。
思えば颯夏はフツーの人間とはかけ離れた生活をしている。友紘の想像の域しか出ない部分もあるが、フェニックスカンパニーを買収してしまったことやわざわざ自分専用の装備を作ってレベル99にしてくるあたりを鑑みれば、だいたいの想像は付く。
相対する颯夏の表情からは、そうした事柄をようやく理解して落ち込んだということが容易に受けて取れる。
だからなのか、とっさに困惑した様子で語りかけてきた。
「あの、わたくしはどうしたら……?」
「とりあえず、キャラクターの作り直しかな」
「えっ、このまま続けては駄目ですの!?」
「駄目だよ。レベル99のままなんて、みんなの不評を買うだけだもん。それにオリエには1からゲームを楽しむことをして欲しいし」
「……1からですか……」
「ここでは金持ちの特権を利用して楽しむことばかりじゃないんだ。MMOは仲間と一緒に冒険できるからこそ、初めて楽しいと思える……少なくとも俺が前作のエターナルファンタズムをプレイして感じたことはそういうことかな?」
「なるほど。そういう風に楽しむんですね」
「うん、わかってくれたかな……?」
どうやら理解してくれたらしい。
友紘はそのことに安堵し、颯夏がキャラクターをくり直し次第再びレベル上げを再開しようと思った――が、次の瞬間に颯夏がとんでもないことを言い出したので泡を食ってしまった。
「では、わたくしのレベルが99でなければいいんですね?」
「まあね」
「でしたら、次は渡辺にレベル99のキャラクターを作らせてレベル上げを手伝わせることにいたしましょう」
「それパワーレベリングって行為だから駄目ぇ~っ!」
わかってやっているのだろうか……?
しかし、本人は首をかしげてキョトンとした表情を見せている。友紘はそうした表情が素であることを確信し、顔の半分を右手で覆って苦悩する仕草を見せた。