第5節「強すぎてニューゲーム/その2」
白雲が青一面の景色に霞がかる。
西へと行こうとしているのか、そよ風が時折ビューッと吹いてその移動を助けていた。
そんな中を1羽の大きな鳥が駆けていく――イヌワシだろうか?
獲物を探しているらしく、空中を左に右にと波打つように飛んでいる。下方には深い茂みの森が広がっており、その方々には人の営みを現す白煙が立ち上っていた。
その光景を1人の少年が城壁の上から眺めている。
「うわぁ~グラフィックは前作以上だぁ~。さすがアイメットが生み出すダイレクトイメージだなぁ」
と感嘆とした声を上げる少年。
しかし、その言葉にはこの世界には似つかわしくない機械的な単語が含まれていた――いや、それが最初から正しかったと言い表す方がいいだろう。
なぜなら、ここはエターナルファンタズムⅡの舞台となる世界『エル・ヴィオラ』だからである。
そして、長い黒髪を首元で束ね、厚手の木綿で作られた胴着を着込む少年もまた非実在少年であり、その正体はゲームにログインした友紘本人のアバターだった。
颯夏と一緒にゲームをプレイすると約束した時間まであと10分――友紘はそれまで改めてゲームの中を散策して回ることにした。
すでにレベルは10に達しているものの、未だアイメットが表現するリアリティのある風景に驚きを隠せないでいる。それは3D表現では表現できない現実の物体に近い風景で、しかも脳内に直接映り込ませていることだけあって物体に触れると本当に触れているような錯覚を覚えさせられるのだ。
それゆえ、もう一度その感覚を味わっておこうと思ったのである。
もちろん、そうしたことも表現方法の1種だろう。友紘はそれを間近で体験し、改めてこのゲームをプレイできる喜びに浸った。
「やっぱり、モニター越しのゲームとはひと味違うなぁ~。さすがスティーブン=ワークスが世界初のダイレクトイメージングデバイスって銘打ってることだけのことはあるね」
と感心のあまり言葉を漏らす。
そうして夢中になっていると、唐突に声を掛けられる。
ふと我に返って後ろを振り向く。
すると、そこには後ろの首元で白くて大きなリボンを結んだ桃色の長い髪をした笹の葉のように耳の長い少女が立っていた。
友紘はパッと見誰だかよくわからなかったが、「山吹ですわ」の一言に一驚させられる。
「……え、山吹さんなの?」
「はい、その通りですわ」
「……なに……その格好……」
なにより驚いたのは見たこともないグラフィックの装備一式である。
白地の青色の縞模様が入った上衣の下から見える鎖帷子。左手に持った縦も同じ模様をしており、腰にはいかにも「レアアイテムです」と言わんばかりの剣が納められている。
それらの装備を見て、友紘は雑誌やネットの記事で見た装備のグラフィックを思い返した。
「……えっと……そんな装備ないよね……?」
どう考えても既存の装備ではない。
友紘はその考えに至り、どうしてそんなモノを持っているのかと颯夏に問いかけた。すると、自信に満ちた顔つきの颯夏の口から思わぬ言葉が飛び出した。
「もちろん、オーダーメイドですわ」
「オ、オーダーメイド……?」
「わたくしこの日のためにフェニックスカンパニーを買収いたしましたの」
「え"え"え"え"え"ぇぇぇ~っ!?」
さすがの友紘も開いた口がふさがらなかった。
いったいエターナルファンタズムの開発メーカー『フェニックスカンパニー』を買収してまでゲームを始める輩が世界中のどこにいるのだろうか?
あまつさえ、装備品を特注してしまうとは。
友紘はそのスケールの大きさにただただ驚くしかなかった。
「あ、あのさ……」
「なんですか、槻谷君?」
「もしかして、3日もかかったのってアイメットとエタファンを買うのに手間取ったんじゃなく……その、制作会社を買収するのに手間取ったってこと?」
「はい、それはもう大変でしたわ。わたくしのポケットマネーでは足りなかったので、蓄財のためにと投資していたアメリカの大手企業の株をいくらか売却いたしましたの」
「……ああ……うん……そうなんだ……」
「それとオーダーメイドの装備もすぐには作れないということでしたので、わたくしのツテで著名な服飾デザイナーと山吹電機の優秀なプログラマーを数名派遣いたしましたの」
「へ、へえ……」
ここまで来るともはや唖然。
友紘は以前母親に見せられた古い魔法少女モノのアニメに出てくるキャラクターのセリフをつい頭の中で浮かべてしまった。
(ワケがわからないよ)
それぐらい颯夏の行動は突拍子もない出来事のだろう。
褒めてと言わんばかりに颯夏が開口する。
「そんな理由があって、あの日はご連絡も差し上げられなかったのです――本当申し訳ありませんでしたわ」
「あ~そうだったんだぁ……うん」
「……というわけでしたので、さっそくゲームについて色々ご教授をお願いしますわ」
「うん、それはいいけどさ――」
「なにか問題ありまして?」
などと問われ、お茶を濁す友紘。
さすがに「マズいだろ」とは言えず、苦笑いを浮かべるしかなかった。
それに対して、颯夏は不思議そうな顔つきで友紘を見ている。友紘は半ば諦めモードでゲーム内容について教えることにした。
「――やっぱり、なんでもない。とりあえず、レベル上げでもしながら周辺でも散策してみようか」
「わかりましたわ」
「じゃあ向こうの城門から街の外に行くよ」
友紘はそう言って、街の外へと颯夏を連れ出した。
2人がいるガザルバ帝国の首都ローレンツェアはエル・ヴィオラでも1、2を争う巨大都市だった。
外敵から身を守るための巨大な城壁。その大きさに負けないぐらいの王宮や教会の建造物が内側からまるで背伸びしたようにそびえ立っている。それらを外郭から2キロ離れたところで見てみると、まるでイチゴと蝋燭がたくさん載せられたホール状のケーキみたいだった。
両脇に田畑が広がる街道で、そう口にしたのは颯夏である。
「面白い形をしてますわね」
「でしょ? おそらくこれは開発班がユーザーを楽しませるためにわざとこんな形にしたんだと思うんだ」
「そうなんですの?」
「たぶんね」
と答える。
それから、「先を行くよ」と告げて目的の場所へと向かった。
友紘たちが向かったのは、ローレンツェアから南に10キロほど離れた場所だった。そこまで来ると平地に広がった田畑はなくなっており、代わりに深い茂みに覆われた森が広がっている。
見渡せば、どこもかしこも木、木、木――しかし、その大きさは大小様々で見た目も触れた感触も本物に近いグラフィックが描写されている。
突然、それらの景色に颯夏が詠嘆の声を漏らす。
「素敵ですわ~。本当に槻谷君がおっしゃってたとおりですわね」
「でしょ? アイメットが脳にダイレクトで伝えるイメージはすごいんだよ」
「なんだかここが本物の世界ような気がしてなりませんわ」
「確か本物っぽいよね。それに俺たちもアバターではあるけど、この世界の本物の住人みたいだし」
「フフッ、それを考えるとこのままこの世界に住んでみたくなりましたわ」
「住むのは無理だよ。でも、気持ちはわかるかな?」
などと談笑しながら、さらに森の奥へと突き進む。
ほどなくして、小さく開けた場所へとたどり着く。周囲の木々がそこだけ避けるように自然の広場が作られており、日の光が上からまっすぐ降りるように差し込んでいる。
友紘はこの場を拠点にしようと決め、後ろを振り返った。
「よし。このあたりでレベル上げしようか」
「レベル上げ?」
途端に颯夏が聞き返してくる。
その反応に対して、友紘は戸惑いを覚えた。なぜなら、学校であれだけ「なんでもわかる」と自信ありげに答えていた姿を覚えていたからだ。
「もうゲーム内容を把握したんじゃないの?」
「あ、いえ……。わたくしが理解したのはこのゲームがどんなゲームかという大方の部分でして……」
「つまり、あんなに大見得を切ったのに全然理解できてないってことなんだね」
「……ごめんなさい……渡辺に説明してもらったのですが……まったくわからなくて……」
一瞬にしてシュンとした表情に変わる。その表情がなんだか飼い主に怒られてしょげてしまった犬のようで、さすがの友紘も怒るに怒れなかった。
仕方なくレベル上げについて説明をすることにした。
「レベルってのは、自分のキャラクターのいま現在の強さのこと。これを上げていくとさらに強いモンスターと戦っても勝てるようになるんだ」
「どうして、そうする必要がありますの?」
「そうするのがこのゲームの一般な常識なんだけど……。山吹さんにはなんて言ったらいいやら」
「なにか他のモノにたとえられませんか?」
「そうだなぁ~。じゃあたとえばだけど、山吹さんが英検に挑んだとするじゃない?」
「わたくし英語でしたら堪能ですわ」
「……いや、じゃなくてたとえばの話だよ。全然英語がわからなくて、1から始めなくちゃ行けなかった場合ね――このとき必要なのってまず基本的な単語や文法、発音なんかを学ぶよね?」
「そうですわね。わたくしも幼い頃に教えられた頃はよくそうしていましたわ」
「でしょ? はじめはみんなそうやって基本的なことを覚えていくんだ。それと同じでこの世界でレベルを上げていくというのは冒険に挑むための基本的なスキルの1つなんだよ」
「なるほど……。しかし、レベルを上げて冒険に挑むというのはいったいどういうことですの? 世界中を回るだけでしたら、せっかく魔法をお使いになればよろしいのに」
「山吹さん、冒険っていうのは楽しいんだよ」
「……楽しい? 意味がわかりませんわ」
「確かにリスクを冒さずに世界を回るのもいいのかもしれないよ。だけど、この世界での俺たちは危険や恐怖にみんなと挑むことで楽しいを共有できる――それこそがこのゲームの魅力なんだよ」
「う~ん、わかったような、わからなかったような……」
「まあそう難しく考えるモノじゃないよ。とにかく俺と一緒にレベル上げしよう」
とりあえず、1つずつ教えていこう。
その考えにまずモンスターとの戦い方について話すことにした。
「まず基本的なところだけど、自分の職業にあった武器を手にして戦う――これは大前提ね」
「各々使える武器が決まってますの?」
「決まってるっていうか、どちらかというと向き不向きの武器があるって言った方がいいかな? 実際、すべての職業において全種類の武器が使えることにはなってるんだけど、各々職業や種族が持つ能力によって敵に与えられるダメージが変わってくるんだ」
「つまり、武器が額面通りの性能を発揮できないと?」
「そういうこと。むしろ、逆のパターンもあって職業や種族が持つ能力の影響を受ける武器なんかも存在するんだ」
「そうなんですの?」
「たとえば、大斧。これは力を発揮できる職業や種族のステータス次第では大きなダメージを与える武器にもなるし、そこに存在する専用の必殺技なんかも使える。逆に合わない職業や種族だと小さなダメージしかでないよ」
「では、わたくしの職業と種族はどうですの?」
と問われ、颯夏の身体を上から下へと見回す。
オーダーメイドだという装備は現実の値段なら数百万ぐらいはするだろう。それに見合うような剣が腰に帯びられており、左手には女性でも持ちやすいように設計されたと思われる盾が装備されている。
それらの情報から、友紘は颯夏のジョブはナイトだと思った。
他に留意する点があるとすれば、特徴的な長い耳を持つアルヴ族というエルフをモチーフにした魔法を使うことに特化した種族であり、支援魔法を任意習得できるナイトに取ってはプラスの意味で期待できることが見てとれた。
そうしたことを踏まえて、友紘は考証するようなことをつぶやいた。
「アルヴでナイトか」
「駄目……ですの?」
「いや、アルヴ自体魔法に特化した種族ではあるけれど、別に前衛ができないってわけじゃないよ」
「前衛?」
「あ、ゴメン。パーティ……じゃなくて、みんなと徒党を組んで戦闘した場合に一番前に出て戦うジョブのことね」
「スミマセン。わたくしったら大見得を切ったのに、そんなことも知らないなんて不勉強でしたわ」
「いやいや、普通の初心者でもこの辺のことはよくわからない用語だよ。だから、安心して」
「わかりましたわ――それでアルヴでしたっけ? そのアルヴとわたくしのナイトのジョブの相性はどうですの?」
「うん、悪くないよ」
「そうですか。よかったぁ~」
「アルヴの場合だと体力系のステータスは平均的なステータスを持つニューマンに劣るけど、その分魔法系のステータスで補えるんだ」
「というと?」
「それぞれのジョブには物理系のスキルと魔法系のスキルの2種類が用意されてて、それらはプレイヤーが任意で取得することができるんだ」
「では、わたくしは魔法系のスキルとやらを習得すればいいんですのね?」
「それは個人の好みと使い方次第かな? つまり、エターナルファンタズムⅡの世界においてはどんなスキルも戦闘スタイル次第で優劣が決まってくるんだ」
次々と説明していく友紘。
対して、颯夏は内容を飲み込み切れていないようで戸惑った表情を見せている。
「なんだか難しくてよくわかりませんわね……」
とアイメットを買ったことを報告しに来たときの勢いはどこへやら……颯夏の顔には落胆の色が見えた。
そんな颯夏を励まそうと、友紘は別の話題を振ってみることにした。
「ところでなんでナイトを選んだの」
「え? ナイトを選んだ理由ですか……?」
「うん、最初にキャラクター作成画面ではたくさんジョブがあったじゃない? その中でどうしてナイトだったのかなと思ったんだ」
いったいそんなことを聞いてなんの意味があるのか?
とっさに友紘はそう思った――が、瞬時に落ち込んでいた颯夏が笑顔を取り戻したことでまったく間違いではなかったことに気付かされる。
しかし、その答えは思わぬモノだった。
「もちろん、高貴な存在だからですわ!」
と言って、浮かべる笑みは愛らしい言うより高慢ちきな笑顔。
そのことに微苦笑する友紘だったが、ともかくゲームを進めていけば徐々に理解してくれるだろうと突っ込むのを諦めた。
「とりあえず、レベル上げを始めようか」
とっさに仕切り直し、レベル上げを開始しようと促す。
すると、颯夏が胸元を軽く叩いて、「お任せくださいまし」と準備万全であることを告げてきた。
ただその言葉とは裏腹に、颯夏が初心者であるということを考えると一抹の不安が残る。友紘はそのことを心配に思いながらも、その場で待ってるよう言いつけた。
それから、レベル上げをするため森の奥にいるモンスターをここまで連れてくることにした。
ふと肝心なことに気付く。
それは自分たちの呼称についてだ――このまま始めるにしても、実名で呼び合うのは良くない。そう判断した友紘は踏み出した足を止め、颯夏の方を向いてそのことを伝えた。
「あ、言い忘れたんだけど……」
「はい?」
「ゲームの中では実名で呼ばないでね。ここではアバター名で呼ぶのが普通だからさ」
「アバター名って、なんですの?」
「ゲームを始めるに当たって最初に決めたはずだよ。俺の頭の上のアイコンを見て」
友紘の一言に颯夏がチラリと目線を上げる。
すると、どうやら頭の上に「クルト」というアバター名が表示されていることに気付いたらしい。納得したような表情で頷き、その視線を友紘の方へと戻した。
「……えっと、クルトさんでよろしいのかしら?」
「うん、それがここでの俺の名前ね。これからゲーム内にいるときはその名前で呼んでくれるかな?」
「わかりましたわ。では、わたくしもオリエとお呼びください」
「オッケー、オリエね。じゃあちょっとモンスターを連れてくるから、ここら辺で待ってて」
と言って、友紘は再び森の奥へと歩き出した。
アバター名には元ネタがありますが、マニアック過ぎて理解してもらえるかどうか・・・(ちなみに個人的に好きなファンタジーものの少女漫画です)