第4節「強すぎてニューゲーム/その1」
「――で、山吹は結局来なかったのかよ」
「そうなんだよ。直接そのことを話そうかと思ったけど、なかなか女子の中に入っていけなくてさ」
3日後の昼休み――
食事を終えた友紘は3日前にあった出来事について泰史に話した。
今週号の一撃ゲームステージを読みながらのせいか、泰史の反応は他人事のように聞いているように見える。友紘はそのことを不服に思ったが、自分も弁当を食べながらの会話のため大きなことは言えなかった。
チラリと廊下側を向く。
教室の中程の場所に女子の一団ができていて、「キャッキャッ、ウフフ」と話し込んでいる。友紘はその中の1人が颯夏であることに気付いた。
なにやら楽しげに談笑している。
その姿に見せられ、友紘は3日前のことが夢幻のように思えてならなかった。
とっさに泰史が話しかけてくる。
「んで、オマエさんはいまどこまで進んだんだ?」
友紘は慌てて向き直り、会話の続きを再開した。
「ようやくレベル10ってとこ。低レベルでできるクエストとかお金稼ぎとか地味に大変なんだよね」
「まあ初期のゲームってのはそういい稼ぎが最初からあるもんじゃねえだろ。ある程度条件もクリアしなきゃいけないし、かと言ってチートやRMTなんかやったら即BANだ」
「だよなぁ~」
「ガンバって追いついてくれよ。いまは後続の参入者のためにレベルキャップが低めに抑えられてるけど、そのうち時間が経ったら段階的にキャップが引き上げられるからな」
「わかってるって」
「んまあ、山吹のことは家でなんか遭ったんじゃないか? いざとなれば本人から言ってくるだろ――気長に待つしかねえな」
「そういうもんかなぁ~?」
と溜息交じりに相づちを打つ。
しかし、あのとき見た颯夏の目は純粋にプレイしたいという目だ。
脳裏に思い出されるその姿に友紘は疑いようがなかった。だから、どうして颯夏が3日経っても連絡を寄越さなかったのかが、とても不思議でならなかったのである。
「ときにコミュニティはどうするんだい?」
「どうせ2人のクエスト手伝えって言んだろ? 1のとき同様、また2人と同じコミュニティでいいよ。それに山吹さんが本当にプレイし始めたら、リアルで顔見知りの2人がいるってのも心強いしさ」
「了解。んじゃあ、コミュニティオーナーの夕凪さんに言っておくよ」
「ああ、頼む」
と言って、右手に持ったままの弁当の残りを食べようとする――が、そんなところへ友紘の食事を邪魔する人物が現れる。
「おい、槻谷」
顔を上げてみてみると、軽蔑するかのような眼差しで友紘を見つめる1人の女子生徒が立っていた。
深紫色のショートボブ。170センチぐらいは高身長は男子の中でも低身長の友紘からすれば威圧感があり、まるで山の上から見下ろされているかのような気分だった。
「委員長?」
そう友紘が発して話しかけた人物。
それはクラス委員である廿里祐鶴だった――なんらかの用事があるのだろう。
周囲から「笑えばきっと可愛い」と評される容姿をしているのだが、実際話しかけると大概この調子だった。それゆえ、影では『不機嫌番長』だのD組のクラス委員だけに『Dの女王』などとささやかれている。
もちろん、友紘もそのことは承知だった。
そんな祐鶴の口が不機嫌そうに開く。
「委員長ではない――私には廿里祐鶴という歴とした名前がある」
「でも、委員長でしょ?」
「だから、委員長などではないと言っているだろうが。そもそもクラス委員を委員長などと呼称するのは漫画やアニメの影響を受けすぎだと私は思うのだ」
「まあそれは否定しないけどさ――で、俺になに用事?」
「ああそうだった……。美術の室岡先生がスケッチを提出するようにと言っておられたぞ。どうやら、提出してないのはオマエだけらしい」
「げっ、忘れてた!」
「それと数学の田中先生からも宿題にした小テストを提出するようにと言付かったぞ」
「あぁ~そっちもやってないや……」
「まったくダラしない。ただでさえ、槻谷は事故のせいで勉強が遅れてるんだ。少しはそのことを自覚したらどうだ?」
「委員長に言われたくないよ。だいたいなんで委員長にあれこれ言われなきゃいけないんだよ」
「――委員長ではない、廿里だ」
「あ~はいはいっ、廿里さん」
「私は確かに伝えたからな」
「わかったよ。教えてくれてありがとうございました!」
と不満げに礼を述べる。
そのことに対して、友紘はなにか言われると思った。
けれども、当の本人には聞こえていなかった。それどころか、明後日の方向を見ている。とっさに友紘は祐鶴の目線を追い、そこにあったモノを確かめた。
すると、そこにあったのは泰史と泰史の手にする雑誌『一撃ゲームステージ』だった。
どちらを見ているのかと問われれば、間違いなく雑誌の方を見ている。
おそらくエターナルファンタズムⅡの特集ページだろう――祐鶴は泰史が読んでいるそれを気付かれまいと、チラチラと必死に目線を外して盗み見ていた。
そのことに気付き、友紘は口を開いた。
「ねえ、委員長もゲームやるの?」
「ひっ!」
明らかに挙動不審な反応。
友紘は祐鶴が隠れゲーマーではないかと推察したが、
「わ、私はゲームなどやらんぞっ! ただ竹中が本来学校には持ってきていけないモノを持ってきているなとみていただけだ!」
そう本人の大声に遮られ、質問の機会を逃した。
直後、祐鶴が逃げるように去って行く。友紘はその背中を見送りながら、「ありゃあ絶対隠れゲーマーだよな」とぼやいた。
ふと祐鶴と入れ違うように颯夏でやってきていることに気付く。
友紘は入れ違いでやってきた颯夏に3日前のことを思い出しながら話しかけた。
「なに? 山吹さん?」
「あの、槻谷君。少しよろしいかしら……?」
「もしかして、3日前のこと?」
「はい。その件に関して、いまお話ししたいのですが」
「ん、ああ……」
と気まずそうに応じる友紘。
それは颯夏も同じらしく、まごまご様子で友紘を見ている。
しかし、それ以上に気になったのは周囲のことだ。
自分と颯夏という意外な組み合わせが珍しいのか、クラス中の眼がこちらに向けられている。友紘はそのことに気付き、慌てて颯夏に呼びかけた。
「あのさ……2人っきりで話せる場所に行かない?」
「え? ここでは駄目ですの?」
「い、いやぁ~んまあ、ちょっと……」
「ん? どういう意味ですの?」
「とにかく一緒に来て!」
と言って、ムリヤリ手を引いて教室を出る。
それから、2人で空中廊下へ出向いた。
空中廊下は学習棟と教室棟を結ぶ通路として設けられている。学習棟は移動教室か部活ぐらいにしか活用しないためか、その途中にある空中廊下は当然人気が少なかった。
そこで友紘は相対するように颯夏と話し始めた。
「それで話ってのは?」
「もちろん、先日お話しさせていただいたゲームの件ですわ」
と颯夏が用件を切り出す。
友紘はそのことを颯夏の様子からじゅうぶん予見できていた。それだけに今更という感じがして、おもわず溜息を漏らしてしまった。
釘を刺すように友紘が語る。
「あのさ、俺はもうとっくにゲーム始めちゃってるよ?」
「ええ、察しておりましたわ。一昨日、ご連絡差し上げられなかったのはわたくしの不手際ですし、それについては謝罪させていただきます」
「そんなことはどうでもいいよ――それより、ちゃんとプレイする気になかったの?」
「もちろんですわ……もしかして、槻谷君は『わたくしがからかっていた』とそうお疑いですの?」
「当たり前だよ。あれだけやりたそうな目をしておいて、当日に連絡を寄越さないなんて、からかわれてるとしか思えないじゃないか」
「本当に申し訳ありませんでしたわ――ですから、本日はわたくしに挽回の機会をお与えいただけないかとご連絡差し上げた次第です」
「挽回って……? じゃあ山吹さんはアイメットとエターナルファンタズムを手に入れたの?」
「――もちろん、滞りなく入手しましたわ」
そう告げる颯夏の声には自身が満ちあふれていた。
しかも、左手を胸に当て「トラスト・ミー」と言わんばかりの自慢げな顔つきをしている。さすがの友紘もそうした表情を見せられては信じざるえなかった。
(でも、なんでゲーム機とソフトを買うのになぜ3日もかかったんだ……?)
唐突にそのことが脳裏をよぎる――が、やる気満々の本人を前にして、そのことはどうでも良かった。
早速とばかりに提案する。
「じゃあ今日帰ったらプレイする?」
「でしたら、17時頃にゲームの中で落ち合うというのはいかがですか?」
「オッケー。じゃあ17時にガザルバ帝国の凱旋門広場で落ち合おう……って、場所わかる?」
「もちろんですわ。いまのわたくしにわからないことなどありませんわ」
「……ならいいんだけど」
「色々と手を回すのも大変でしたわ。それに今回はわたくしが覚えなくてはいけないこともたくさんありましたし」
「手を回す?」
「ええ、そうですわ」
「なんかよくわからないけど、とにかくゲームの内容は把握できてるってことだね?」
「その通りですわ――ですから、お任せくださいまし。もはやこの山吹颯夏にできないことなどございませんの!」
「う、うん……」
(……なんだかイヤな予感……)
友紘は苦笑いを浮かべながらも、「颯夏がちゃんとプレイしてくれるなら」という期待感からその気持ちを気にしないことにした。




