第6節「スピカ/その2」
「まったく……っ。オリエもなにやってんだか……」
と愚痴をこぼしながら、友紘は町を歩く。
あれからわずかして、ホームタウンへと戻った。
見学予定だった八岐大蛇もほんの少ししか見ていない。むしろ、あの場に留まっていたら、HNMを狩っている集団からの視線に居たたまれなくなっただろう。
友紘は思い返しながらも、彫金師のスキルを上げようと一路ギルドへと向かっていた。
そんなとき、リリンと遭遇したのである。
「げっ、クルト!」
鉢合わせになるやいなや、リリンはいきなり呼び捨てにして驚いていた。しかも、舌打ちをして、顔を背けるなどかなりバツの悪そうにしている。
友紘はそうした態度に苛立ちを覚えた。
「クルト? なんですか、俺のこと呼び捨てにして」
「あ、いや……。ゴメンナサイ、他の人と間違えて呼び捨てにしちゃいました」
「ホントですか? 怪しいなぁ~?」
と、怪訝そうに睨み付ける。
すると、とっさにリリンが「アハハ」と笑い始めた。それが妙に白々しいモノだったためか、友紘の猜疑心はますます強まった。
しかし、それでもリリンは誤魔化そうとしている。
「イ、イヤだなぁ~クルトさんは。勘違いですよ、かんちがい」
「そんなことじゃ誤魔化されないですよ。だいたいアナタ、俺と最初にあったときからジーッと見つめてましたよね?」
「そ、それは偶然……」
「偶然、偶然って、いったい何が偶然なんですか? 俺になにか怨みでもあります?」
どういうつもりなのだろう?
私怨? 羨望? それともリアルでの知り合いだろうか? 友紘は色々と思案してみたものの、一向にわからなかった。
「あーそうだ! ウチ、フレと約束してたんじゃん!」
唐突にリリンが大きな声で独り言を発する。
わざとらしいその口調からは、明らかな嘘が感じられる。まるで後ろめたいモノを小芝居で隠して、逃げ果せようとしているかのようだ。
友紘には、リリンのそういった意図が透けて見えた。
それだけに逃がすわけにもいかず、「急ぐのでまた」と言って背を向けるリリンに声を掛けた。
「おい、コラ。ちょっと待て」
同時に左肩を掴んで、引き留めようとする――が、途端にそうした行為を嫌ったリリンに振り向きざまにほどかれてしまう。
「ちょっ、離してください! っていうか、そっちがやめろって言っておいて、ウチにはタメ口?」
「違えよ。もうオマエには敬語使う必要がねえなって思っただけだ」
「ムッキーッ!! そんなこと言うなら、ウチもタメ口でいいよね?」
「勝手にしろ」
「んじゃあ、好きにさせて貰うもん! っていうか、なんで引き留めんのよ……バカなの?」
「用があるからに決まってんだろ。つうか、バカってなんだよ?」
「はぁ~? バカは、バカに決まってんじゃん! そんなこともわかんないのぉ~?」
「オマエ、いままでだいぶ猫被ってやがったな……。かなりムカつくぞ、その態度」
「へへぇ~ん! ウチは、バカクルトなんかにゃ言われたくないもんねぇー!」
「この糞アマ、言いたい放題言いやがって……」
友紘の中に沸々とした怒りがわき上がる。
それほどにリリンの態度は腹が立ってしょうがなかったのだろう。しかし、当のリリンも同じだったらしく、やにわに敵意をむき出しにして睨み付けてきた。
相対する友紘も怒れる猫のように唸り声を上げて近づく。
「なんだ? やんのかっ!?」
「喧嘩を先に売ってきたのは、そっちじゃん!」
「はぁ~? あんだけ人のことじろじろ見ておいて、都合が悪くなると逆ギレかよ」
「ププッ、なにそれ? あ、もしかしてぇ~ウチがアンタのこと好きかもとか思ってたの……?」
「なっ……」
「それってさ。童貞の『妄想おっつー』とか言うヤツ? 超恥ずかしくなぁ~い?」
「んだとぉ!?」
「煽り耐性弱すぎんよぉ~」
「うぎゃー! もう絶対許さねえっ!!」
刹那、友紘が襟首を掴む。
ところが、リリンは動じるどころか、逆に友紘の頬をつねってきた。そんな様子から一歩も退く様子がないことを悟り、友紘が仕返しとばかりにリリンの頬を摘まむ。
それだけ譲る気はないのだろう。
引っ張ったり、引っ張られたり――と、互いの頬がゴムのように伸びる。千切れてしまうほど痛いにもかかわらず、自分の意地を押し通す。
友紘はその信念からリリンに謝る気にはなれなかった――いや、謝る道理などないはずだ。だから、必死になってリリンの頬をつねり続けるしかなかったのである。
「いい加減に離せよっ!」
「そっちこそ、早く離しなさいよ!」
「イヤだね!」
もはや、こうなっては押し問答、売り言葉に買い言葉。友紘も引っ込みが付かなくなり、リリンのもう片方の頬までつねって争い続けるしかなかった。
「君たち、やめるんだ」
ところが、そんな2人を諫めるような声が聞こえてくる。
友紘の耳に聞こえたのは、わずかに掠れたような低い少年の声。砂糖をこれでもかとふんだんに使った洋菓子のような甘い声調で、きっと女性ならメロメロになってしまうであろう――そんな声だった。
すぐさま顔を向けると、童顔で細身の小柄な美少年が立っていた。
年齢は10歳前後だろうか? ただし、そのネームタグは緑色で『Spica』と書かれている。
「……えぬ……ぴー……しー……?」
とっさにそんな囁きが耳元で為される。
振り返ると、リリンがキョトンとした顔を見せていた。
まさかNPCが止めに入るとは思ってもみなかったのだろう。友紘の頬をつねっていた力も緩み、まるで糸の切れた人形のように動かなくなっている。
「ほら、2人とも手を離して」
当然、友紘もそう言いながら割って入ってくるスピカに驚きを隠せなかった。「あ、ああ……」と言葉少なめにスピカの指示に従い、リリンの頬から手を離したのである。
やがて、スピカに和解を促され、リリンと仲直りの握手をすることとなった。しかし、互いの顔を向かい合わせにしなければならなかったため、怒りの収まらない友紘は不満たらたらだった。
「なんで、俺がコイツの手を……」
「とりあえず、2人で握手ね」
「絶対お断りっ。手が汚れるに決まってるじゃん!」
「いいから、握手するんだ」
「俺だってイヤだぜ。こんな男連れ回して、股開いてそうなビッチっぽい口調のヤツなんかと……」
「ちょっ……いまの言葉、もういっぺん言ってみなさいよ!!」
「ビッチっ、ビッチっ、ビッチっ、超ビッチ!」
「ムッキー! ムカつくぅ~超ムカつく!!」
「へへぇ~んだ、バーカ」
「うるさいっ! このバーカッ、バーカッ!」
「バカって言った方がバカなんだぜ?」
「違うもんっ、最初にバカって言った方がバカなんですぅー!」
「うるせぇよ。このビッチが! ビッチ菌が移んだろうが、口開くな!」
「そんな菌ありませぇ~ん、地球のどこにあるんですかぁー? 5W1H使って説明してくださぁーい」
「だから、うるせぇつって――」
ポカッ!
突然、友紘の頭に痛みが広がる。それは石をぶつけられたような痛みで、明らかに仲裁に入ったスピカにゲンコツをされたようだった。
片手で痛む頭を抑えつつ、スピカの方を向くと怒気を含んだ表情を見せていた。けれども、その怒り方は頬を膨らませる童顔も相まって、まるで小さな子供に叱り方だった。
それだけに、友紘は心の奥底で「カワイイ」と思ってしまった。
なにかを言おうとしているのだが、スピカの少年の容姿と子供のような言動がそれを阻害してしまっている。友紘はそれでもスピカの顔をじっと見続けた。
「仲良くしてっ!」
再度、仲良くするよう言葉を投げかけられる。
さすがにゲンコツをされて怒られては、リリンと争う気にもなれないのだろう。友紘は、バツが悪そうにリリンに向かって手を差し出した。
すぐにリリン側からも手が差し出される。
ようやく仲直りの握手を交わすこととなったが、この期に及んでも友紘の中では納得がいかなかった。だが、それを口にしてしまえば、また口論となった上にスピカに怒られる。
(でも、まさかNPCが俺たちの争いに割って入ってくるなんて……)
友紘はふと思い立った言葉を頭の中で何度も巡らせた。
「それじゃあ、2人とも『ゴメンナサイ』って言って」
そのうち、スピカが互いに謝るよう要求してきた。
友紘は、思いがけない要求に言葉を詰まらながら不満を漏らした。
「え……? それって、言わないとダメ?」
「そりゃもちろん――だって、こういう喧嘩をしたときには必要な言葉でしょ?」
「確かにそうだけどさ……」
コイツとだけはゴメンだ――続きの言葉として、そう紡ぐつもりだった。
しかし、友紘とて同じことを考えるほど愚かではない。
渋々頭を下げ、リリンの目の前で「ゴメンナサイ」と謝ってみせる。すると、頭の先から「ゴメンナサイ」という謝罪の言葉が漏れてきた。
どうやら、リリンも頭を下げて謝っているらしい。
友紘が顔を上げると、首ごと視線を背けて溜息をつくリリンの姿があった。
しばらく、その顔をじぃーっと怨み節に見てやろうと試みる――が、とっさにスピカが割り込んできて、再びリリンの手を握らせたため、試みは実行に移せなかった。
「よし、これで仲直りだね。もう喧嘩なんかしちゃダメだよ?」
と、スピカが満足げに言う。
その言葉を聞いて、友紘は心の中で不思議に思っていたことを吐露した。
「なあオマエ、NPCだろ? なんでNPCがプレイヤー同士の喧嘩の仲裁なんかするんだ?」
「NPCがプレイヤーの喧嘩を仲裁しちゃいけない?」
「いや、そうは言ってないが……」
「君の疑問はもっともだよ――つまり、君が言いたいことは『どうして、そんなことができるんだ』ってことでしょ?」
「ああ、そうだ」
人間味がありすぎる。
友紘が感じていたモノは、まさにそれだった。
確かにATNPCのシステムはスゴい。だが、ここまで精巧に作られてしまうと、彼らもまた人間なのではないかと錯覚してしまう。
そのことに違和感を覚え、友紘はスピカに問い質したかったのである。
「ウチもそれは思った……」
不意にリリンが言葉を漏らす。
友紘が目を見遣ると、リリンは怪訝そうな顔でスピカを見ていた。その顔からは、同じような疑問を抱いていたことがスラスラと読み取れる。
友紘は再度スピカの方を見て、質問の答えを求めた。
「そこまでできるNPCなんていなかったのにビックリしちまったぜ――オマエ、本当にNPCなのか?」
「フフッ、本当だよ……。ボクはAndroid型サーバが生み出したATNPCで間違いないさ」
「でも、そんな仲裁をしているNPCがいるなんて聞いたこともないぞ」
「オフィシャルが言ってなかったかい? ボクたち、ATNPCはプレイヤーとの交流を通して成長していく学習型のNPCだって」
「もちろん、知ってるさ――むしろ、誰もが聞いているはずだ」
「ボクたちは、君たちプレイヤーと同じように思考して行動するようにプログラムされているんだから、同じ世界に生きる人間として止めるのは当然だよね?」
「確かに。そう言われると返す言葉もねえな」
「でしょ? だったら、これ以上言う言葉はないはずだよ」
「う~ん、そうなんだけどなぁ……」
それでも、腑に落ちないことがある――。
友紘はそのことをどうしても伝えたかった。だが、ニッコリと笑うスピカを見た途端、一転して黙っておくことにした。なぜなら、それは友紘の抱いた感情は『スゲー』を通り越して、プレイヤーとNPCの区別が付かないという『不安』に達していたからである。
同時にただのプログラムに過ぎないNPCに対する差別的な言葉だと思ったからだ。友紘は、心の中でそうした気持ちを抱いている自分に恐怖を覚えた。




