第4節「オリエとオリエ/その2」
「……いったいなんだったんだ?」
そう呟いたのは、3日後のこと。
颯夏に請われ、ポラン聖公国の周辺の樹木系モンスターが落とす『トレントの枯れ葉』を入手した後のことである。
この枯れ葉を市場にいるNPCのところへ持って行くと『オレンジの苗木』がもらえるというクエストがあるのだが、どうやら颯夏はその苗木が欲しかったらしい。
友紘がそんなことをつぶやいていると、オリエが訊ねてきた。
「どうかしましたの?」
「あ、いや……。大したことじゃないんだけど」
颯夏に言うべきか。
そのこと考えて、友紘は言葉を詰まらせた。しかし、たちまちそれほど深刻な問題ではないだろうと考えを改め、再度例の話を口にする。
「実はさ、奇妙な出来事があったんだよ」
「奇妙な出来事?」
「うん、なんかATNPCが『プレイヤーはこの世界から出てけぇー』なんてことを言ってたんだよねぇ……」
「なにかのイベントじゃありませんの?」
「そうは思って見たんだけど、実際に襲われたプレイヤーがいてさ。その人の様子から察するにどうもそうじゃないらしいんだよ」
そう言いながら、あのときの出来事を思い返す。
確かにあれは開発が実装した挙動じゃありえない動き方だ。だからといって、ATNPCを搭載するAndroid型サーバがそういうクエストを実装したとも思えない。
(やっぱり、あれはヘンだよなぁ……)
友紘の中で、あのときのNPCの言葉が赤錆のようにこびり付いてしまっていた。
そんなとき、急に青色のウィンドウが現れる――。
なにかと思って目をやると、緊急メンテナンスを知らせるメッセージだった。どうやら、開発・運営側で急を要する何らかのバグが見つかったらしい。
「あら? こんなときにメンテナンスって珍しいですわね」
それを察してか、颯夏が呟いた。
友紘は合わせるように言葉を交わす。
「なんだろ? 大きいバグでも見つかったのかなぁ~?」
「そういえば、先日も緊急でメンテナンスがありましたわね」
「確かに言われてみると、ここのところメンテ多いよなぁ……」
颯夏の言葉に触発され、友紘は思い返した。
ここ2~3週間、エターナルファンタズムⅡは全サーバを停止するほどの緊急メンテナンスを繰り返している。理由は、ATNPCにおけるバグが見つかったためとされているが、詳しいことまでは発表されていない。友紘も自立志向するNPCという新しい試みゆえに、バグは仕方がないと諦めていた。
だが、こう頻繁に繰り返していてはプレイヤーの反発は必死。
そのうち内情が明らかになるだろうと思いつつ、友紘は手元の苗木を見つめた。
「それにしても。この苗木、どうするの?」
「ホームタウンに植えて、果樹園を作ろうと思いますの」
「果樹園を……?」
「実は、いま頑張って調理スキルを上げてますの。それでわたくしの作ったオレンジパイを振る舞いたいと思いまして、どうしてもこの苗木が必要だったんですの」
「ああ、なるほどね。でも、苗木を育てるにしても園芸スキルがいるよ?」
「もちろん、園芸スキルの方も上げてますわ。だから、いまは出来なくても、いつか皆さんと果樹園の木々の下でお茶会が出来たらうれしいんですの」
「へぇ……。なんかオリエらしいね」
「クルトさんは知ってます? アダムとイヴの逸話に出てくる黄金の林檎は、実は林檎じゃないという話がありますの」
「えっ!? そうなの?」
「はい。林檎の原産地は、主に西アジアから中央アジアだと言われてますわ。そこから、交易を通してヨーロッパに広まったとされていて、聖書が作られた時代に本当に林檎があったのか疑問視されてますの」
「へぇ~そうなんだ」
「かの映画監督スタンリー・キューブリックが手がけた映画化させた小説『時計仕掛けのオレンジ』のオレンジも、この黄金の林檎たるオレンジから来ているのではないかと言われてますわ」
「詳しいね」
「いえ、ほんの少しかじった程度ですから……。でも、諸説は他にもいくつかありますの」
「例えば、どんなの……?」
と言った瞬間、颯夏が口籠もった。
何を言いにくそうにしているのだろう。しかも、顔を紅潮させてモジモジとした挙動を見せている。そうした様子に友紘は首を傾げ、不思議そうにその理由を訊ねた。
「……どうしたの?」
「あ、い、いえ……。イチジクなんて説もありますわ」
「へぇ~、イチジクかぁ~。でも、どうしてそんなに言いにくそうなの?」
「……そ、それは……ヴに……係が……るからで……」
「えっ、ゴメン。よく聞こえないんだけど?」
「……部を……した……からで……」
「オリエ……?」
突然、颯夏が言い淀む。
そこまで顔を真っ赤にして、黙さなければならないのか? 見れば、当人は興奮のあまり目を回している。友紘は驚きのあまり、とっさに颯夏に声を掛けた。
「お、お、お、おま●こ隠ちた葉っぱがイチジュクの葉っぱでちからですのぉぉぉぉおおおお~っ!!」
ところが、それよりも早く颯夏の叫び声が上がる。
しかも、内容は卑猥で所々噛んでしまっている。そうしたことを自覚して言っているわけではないだろうが、友紘にとっては驚き以外の何物でも無かった。
ふと突き刺さる視線の存在に気付く。
顔を上げて周囲を見回すと、市場にいた群衆の目がこちらに向けられていた。どうやら、颯夏の突拍子も無い発言に驚かされたのだろう。
誰も彼もが卑猥な単語に反応を示して凝視している。
その視線は、鋭く見るからに冷たかった。友紘は肌に突き刺さるような視線に狼狽し、ともかく颯夏を正気に戻してここから立ち去らなければならないと思った。
「オ、オリエ、落ち着いてっ! 正気に戻って!!」
しかし、颯夏は自分の発した言葉に対する羞恥心から混乱を来している。やむを得ず、友紘は無理矢理にでも颯夏を引っ張って立ち去ることにした。
そんなときのことだった――。
「わぁ~、すっごぉ~い似てる~!!」
ふと足元から子供の声が聞こえてくる。
キャピキャピとした可愛らしい声で、まるで自分の存在をアピールしているかのようだった。友紘が声の方向に目をやると、そこには目を見開いてビックリしてしまうような顔をした女の子が立っていた。
「えっ!? オ、オリエ!!」
友紘が目を見開いて驚いた理由――。
なぜなら、少女がオリエにソックリだったからである。だが、その体躯とあどけない顔は妹と言われても差し支えないほど幼いモノで、緑色のネームタグがその違いを表していた。
それでも、顔はうり二つ、ネームタグも『Ollier』と表記されている。
さしずめNPCオリエと言うべきか。
そんな少女が純粋なまなこを向けて立っていた。
「そうだよ? オリエはね、オリエだよ――お兄ちゃん」
友紘は、NPCオリエの言葉に返事をかえせなかった。
いくらなんでも偶然にしては都合が良すぎる――そんな思いがあってのことである。
ならば、グループ会社の会長令嬢である颯夏へのささやかなプレゼントか? そうも考えてみたが、見ているのが主に自分であることに気付いて、友紘はその考えを否定した。
「あ、あのさ。ここにいるお姉ちゃんもオリエって言うんだけど……」
「えっ、そうなの? じゃあ、オリエとおんなじだね!」
「オリエはさ、オリエのなんかなの?」
「どういう意味?」
「いや、だってほら……」
オリエ、オリエ、オリエ。
2~3回繰り返し発しているとワケがわからなくなる。友紘はいったい自分がどっちのオリエに話しているのかわからなくなり、頭を抱えてその場で喚いた。
「ちょっと待ってくださいまし! どうして、わたくしそっくりのNPCがいるんですのっ!?」
不意にそんな声が耳に入る。
どうやら、隣で目を回して混乱していた颯夏が正気に戻ったらしい。しかし、友紘が顔を向けると、自分とそっくりなNPCの登場に剣幕を上げて驚いていた。
「ねえねえ、お姉ちゃんもオリエって言うの?」
「そ、そうですわ……。アナタこそ、わたくしにそっくりのようですけど、いったいどなたですの?」
「だ~か~らぁ~。オリエはオリエなんだってば!」
「わたくしもオリエですの! 真似しないでくださいませ!」
「オリエもオリエだもんっ」
「いいえ、わたくしがオリエですわ!」
「オリエがオリエなのぉー!!」
「ですから、わたくしがオリエで――」
「な、なんだ? この三文芝居みたいな喧嘩は……」
余計にこんがらがる。
友紘は目の前で繰り広げられる珍妙な喧嘩に頭を悩ませた。
やがて、2人のオリエは喧嘩の末に互いに頬を膨らませて口をきかなくなった。友紘はそれを好機だと言わんばかりに2人の間に割って入り、どうにかこの場から立ち去る口実を生み出そうとした。
「ねえ、2人とも。みんなも見てるしさ、他の場所で話し合わない?」
「他の場所ってどこ?」
「そうですわ。こんなこと話すことなんて、これっぽっちもありませんのに!」
「私だって、お姉ちゃんみたいな人と話すことなんかないもん」
「な、なんですってっ!?」
「落ち着いてよ、オリエ。相手は子供だよ?」
ところが、諫めるつもりが大失敗。
2人のキャットファイトは、互いの頬をつねるという行為で再び始まってしまった。友紘はすぐさま大きい方のオリエの身体を押さえつけた。
けれども、とっさに小さい方のオリエが足元に飛びついてきて、
「そんなことより、私はお兄ちゃんと遊びたいっ!」
と言い出した。
友紘はその応対にも追われ、今すぐにでも逃げ出したいを大声で吐露した。
「誰か助けてぇー!!」
結局、その日は大量の苗木を持ち帰るどころではなかった。
小さい方のオリエも帰る場所がないらしく、ホームタウンまで後を付けてきた。当然、他のメンバーも驚きの声を上げ、2人のオリエの存在を好奇の目で見ていた。




