第3節「オリエとオリエ/その1」
『突然のメール、申し訳ございません。わたくし、一撃ゲームステージの編集記者の浜岡正和と申します』
友紘の元にそんなメールが届いた――しかも、相手は既知の名前だ。
なぜなら、浜岡とは友紘が愛読するゲーム雑誌の有名編集者だったからである。さらに『一撃冒険団』の団長でハマナ・カバナというプレイヤーネームでエターナルファンタズムⅡをプレイしている。
友紘は、その名前をメールを見たとき、信じられないことが起きたと驚いた。同時に喜ばしく思い、心を躍らせながらメールの内容を読んだ。
内容はこうだ。
浜岡は、ベータ版時代に起きたユアたん事件についてインタビューさせて欲しいのだという。しかも、クルトというプレイヤーがすべての中心にいたことも承知しており、どのような経緯で勝利したのかを教えて欲しいというモノだった。
友紘はさっそく返事を書き、後日ゲーム内で会う約束を取り付けた。
そして、約束の日。
聖ポラン公国のミュザリーゼ広場で待っていた友紘の前に浜岡が現れた。
「やあ、どうも。初めまして、ハマナ・カバナです」
「うぉぉおお~ハマナ・カバナさんだ! 本物だ、スゲぇー!」
嬉々としてはしゃぐ友紘。
そんな友紘を見てか、浜岡は苦笑いを浮かべている。友紘は近くにあったベンチに座るると、間仕切りのように据えられたテーブルの対面に座る浜岡の話に耳を傾けた。
「――さて。今日は、先日のメールでお伝えしたと思うけど、ユアたん事件について教えてもらえないかな?」
「あっ、はい……というか、ハマナ・カバナさんは俺があの事件に関与してたっていう話をどこで?」
「浜岡でいいよ。えっとね、事件のあらましについては事件が起きた週に記事で書いたんだけど、読んでもらえたかな?」
「はい、読みました。俺、こう見えて一撃ゲームステージの愛読者ですから」
「そっか、お買い上げありがとう……で、先日プロデューサーの吉中さんにインタビューした際に君の名前が挙がったというわけ」
「えっ!? 吉中Pが俺のことを……?」
吉中とは、エターナルファンタズムⅡのエグゼクティブプロデューサーのことである。
かつてのエターナルファンタズム1stでもシリーズディレクターを務め、とある拡張ディスクのストーリーが話題を呼んだ。その実績を認められ、エターナルファンタズムⅡでは総制作指揮という立場を与えられた人物である。
そんな人が自分の名前を知っている――それだけでも、友紘の心は躍った。
「吉中さんも、1stのときのユアたん事件には心を痛めていたからね。だから、模倣犯が現れたときはやきもきしたらしいよ」
「わかります。俺も1stのときに遭遇してますから」
「――で、さっそくなんだけど。どうして、ユアたんを倒そうと思ったの?」
「う~ん、そうですね……。まず俺自身が本物のユアたんに辛酸をなめさせられたというのがあります」
「いまさっき言ってた1stのときに遭遇してるというアレだね」
「ええ、それからもう1つ。実は、ユアたんと名乗ったプレイヤーの親族がいたんですよ」
「親族? もしかして、親御さんとか?」
「詳しくは話せませんが、本人はユアたんととても親しくしていた間柄だったと言ってました」
「出来れば、もうちょっと続柄をハッキリ教えてくれないかな?」
「ゴメンナサイ。いくら浜岡さんでも、本人のためにお話しすることは出来ません」
「そっか……。じゃあ、質問を変えるね」
「はい、どうぞ」
「君は、その人からユアたんとの続柄を明かされて、偽物のユアたんとの決着を付けようと思った――このことには間違いはないんだね?」
「ええ、その通りです」
「そして、決着に至ったわけだが……。ここで疑問だったのは、どうして100人ものプレイヤーを集める必要があったのかな?」
「そうじゃないと勝てないと思ったからです」
「勝てない? それは、相手がチートツール使いだから?」
「もちろん、それもあります。でも、一番やりたくなかったのは相手がツーラーだから、自分もツールを使うなんてのは楽しさの欠片もないじゃないですか」
「――楽しさの欠片もないか。つまり、自分はゲームを楽しんでるんであって、ツールを使ってステータスを上げ、さらにはその強さで他人を貶めるような行為は否定するということだね?」
「ですね。俺は、あくまでもみんなと一緒にプレイすることができるこのゲームだからこそ好きなんで、独りよがりなツールを使った力を手にするなんてしたくなかったんです」
「じゃあ、時間的制約がある人がRMTに走ったり、そうしたツールを使い出すことについてはどう思う?」
その質問を聞いて、友紘の脳裏に祐鶴の言葉が浮かぶ。
本物のユアたんである祐鶴の兄、政之。
彼は両親や周囲から受ける幾多ものプレッシャーに押しつぶされ、羽目を外す形でユアたんというチートプレイヤーを生み出した。
そのことを鑑みて、友紘は「もし同じように踏み外す人間が出たら?」ということを考えた。
「……して欲しくないですね」
「それは、ユアたんの実例があるから?」
「もちろん、ありますよ。でも、それ以上に同じゲームをプレイするコミュニティの仲間にアドバイスを貰うとか、フレンドになった人に助けを求めたりとかできるじゃないですか」
「しかし、それをせずに安易に違反行為に走っちゃう人もいるよ?」
「それを止められないってのは、やっぱり同じプレイヤーとして残念です。けど、俺の思いとしてはやって欲しくないですね」
と言って、友紘は深刻そうな表情を見せた。
「プレイヤーは、この世界から出て行けっ!!」
刹那、そんな声がどこからともなく聞こえてくる。
友紘が声する方向を見ると、ネームタグの緑色を持つキャラクターが白いネームタグのキャラクターを武器を持って追いかけていた。
しかも、白いネームタグのキャラクターは必死にこちらへと逃げてきている。ネームタグからプレイヤーとNPCであることは明白だったが、なぜ襲われているのかまでは友紘の目から見ても不明瞭だった。
とっさに浜岡と目を合わせる。
「浜岡さん。こんなクエストってありましたっけ?」
「いや、ノーマルクエストにはないはずだよ。それに今回のバージョンアップで増やしたクエストは、いずれも高レベル向けのモノばかりだ」
「じゃあ、襲われているのはいったいどうして?」
その疑問を抱いた直後、白いネームタグを持ったプレイヤーが友紘の前までやってきた。
「……助けてくれ!」
慌てた要するから察するにクエストではないらしい。
ならば、いったい何なのか……? 友紘はそのことが気になり、目の前までやってきた2人の男性プレイヤーに声を掛けた。
「どうした? なにがあったっ!?」
「わ、わかんねぇよ……。木工ギルドの近くでスキル上げしてたら、急にNPCが襲ってきたんだ」
「……NPCが……襲ってきた……?」
「ああ、しかも連中は緑色のタグ付きだから、攻撃に対するプロテクトが掛かってやがる。だから、どうしようもなくて、俺たちはここまで逃げてきたんだ」
「そんな話、聞いたこともねえよ」
「俺たちだって知らねえよ! とにかく、連中は『プレイヤーはこの世界から出て行け』の一点張りなんだ」
「プレイヤーは出て行け?」
と呟いた直後、1人のプレイヤーの背後に黒い影が映り込む。
友紘はその影を見て、とっさに危険を察知した。そして、逃げてきた片方の男性プレイヤーを押し倒すと、振り下ろされた刃を寸前のところで避けた。
すぐさま身体を反転させ、見上げるようにしてNPCに罵声を浴びせる。
「危ねえだろ! なにしがやる!」
けれども、緑色のタグを持つNPCは答えなかった。
代わりに向けられたのは、汚い物を見るようなどぎつい目線だった。ここまで来ると、友紘の頭にも普通のNPCではないことがわかったらしい。
次の瞬間、ATNPCであることを察して大声で怒鳴りつけた。
「なぜこんなことをする!? クエストかなにかなのか?」
……無言。
そのことに苛立ちを覚えながらも、友紘は攻撃を加えてみるかと思案した。
ところが、それよりも早くNPCがなにかを呟いた。
一度目はボソボソとした声。もちろん、その声が友紘の耳にも届くことはずはなく、勝手に独りごちしていたかのようだった。
「何を言ってやがる……?」
「……ヤーは出て……け……」
「なあ、聞いてるか? それとも、システム的に答えを用意されてないのか?」
「…………」
「答えろっ!?」
友紘の問いかけにNPC動きが止まる。
糸が切れた人形みたいだった。
友紘は不審に思って、NPCの俯く顔を覗き込んだ――が、そこに真っ青な色をして精根尽きたような人間の表情があることに気付かされた。
何もかも絶望し、生きる気力を失ったような人の顔。
友紘はその顔に目を見開いて驚かされた。同時に決して叶わないバケモノに出会ったかのように、スーッと血の気が引いていくのを感じる。
直後、NPCがフッと息を吸い込む。
「プレイヤーはこの世界から出て行けぇーっ!!」
発せられたのは、おののくほどの激しい怒声だった。当然、友紘はそれを聞いて動けなくなり、ただ茫然とNPCの声に耳を傾けるしかなかった。
「この世界は俺たちのモノだ! 害悪でしかないプレイヤーは出てけぇ!」
その言葉と共に刃が振り下ろされる。友紘はNPCの足を払って転ばせると、すぐさま身を起き上がらせた。
すぐさまNPCとの距離を取る。
そして、離れたところからNPCに向かってボールを投げつけてみたが、攻撃対象であることを意味するターゲットカーソルは表示されなかった。
「やっぱり、攻撃不可ってことなのか……」
どうやら、男性プレイヤーが言っていたことは本当のようだ。
そのことを理解する間もなく、NPCが襲いかかってくる。友紘はヒラリと身をかわして、足でNPCの手にしていた獲物を蹴り飛ばした。
瞬時にポチャリという水の中に落ちる音がする。
剣がベンチの向こうの噴水の中に音を立てて落ちたらしい。友紘は耳でそのことを確認すると、対峙するNPCを睨み付けた。
「クルト君っ、ここはいったん退くんだ!」
とっさに浜岡が声を掛けてくる。
チラッと横目で見ると、すでに浜岡は100メートル先に逃げ失せていた。
しかも、追われていた2人のプレイヤーを伴っている。友紘は、牽制とばかりにNPCの前にボールを叩き付け、浜岡の方へと必死に走った。
それから、弾き返ってきたボールを手にすると、急いで広場を後にした。




