第2節「ホームタウン/その2」
インスタントフィールド――。
エターナルファンタズムにおける自動生成ダンジョンである。
攻略目的、配置されるボスはほぼ一緒だが、生成されダンジョンの構造はコンピュータによってランダムに決められる。それにより、攻略の単調化を回避しており、なおかつレアフロアと呼ばれるレアアイテムやレアボスの出現を一定確立で付加することで何度でも挑戦する意欲をかき立てていた。
友紘が挑んでいるのは、まさにそのインスタントフィールドだ。
コンピュータによって選出された6人のメンバーを伴い、ダンジョンの奥へと進んでいく。ダンジョンは『常闇の森』と呼ばれる森林型フィールドダンジョンで、死霊系のモンスターが大量に出現するエリアだった。
その最終地点。
友紘は、連れ立ったパーティメンバーと共に多頭獣族のボスに挑んでいた。
Lvは41。正規サービス開始から現在のレベルキャップから考えれば、十分強い部類に入るモンスターだ。平均レベル36もあれば勝てる相手である。
「首が再生される前に他の2つの首を落としますよ!」
攻略法としては、友紘が言ったように鋼のように堅い3つの首を切り落とすことである。
特に中央の首は堅牢で、他の首を落とさなければダメージを与えることができなかった。さらにそれらの首には再生能力があり、首が1つ切り落とされるごとに別の首の攻撃力が上がる仕組みになっていた。
ダメージを稼ぐDPSがちんたら攻撃していると、あっという間にタンクがやられてしまう。
友紘はそうした危機感から、ボスの背後へと回り込む。そして、大きな木に登って、その太い枝に足場を作ると狙い澄ましたようにボスの右前方にボールを投げつけた。ボールは周辺の木々に当たって跳ね返ると、ボスの左の首に繰り返し何度もヒットした。
刹那、ボスの身体がすっぽりと炎に包まれる。
チラリと見ると、魔術士が範囲攻撃魔法を撃ち放っていた。
友紘は、魔法を避けるように周辺の木々の枝から枝へと飛び回った――が、ある1本の木の枝に着地したところでボスの左側の首が友紘を狙って突っ込んできた。
すぐさま回避を試みたものの、着地したばかりでバランスが取れない。
致し方なく、友紘は接地しようとしていた右足を強く蹴り上げた。すると、身体はボスの攻撃をギリギリ避けて宙に浮かび上がり、反転してボスの額へと落下する。
友紘は、乗り上げた勢いでそのまま首に向かって駆けた。
「クルトさん、こっちです!」
やがて、パーティメンバーの1人から声が掛けられる。
よく見ると、右の首のHPパラメータが8割方削がれていた。
友紘はそれを視認するなり、長い首の中腹で飛び上がって空中で身体を反転させてみせた。それから、接近する大木の樹皮に足を着地させると、バネの如く屈めて反発力で飛び上がった。
勢いを得た友紘の身体は、ボスの首の間を縫うように右側の樹木に到達する。
そして、先ほどと同じように樹皮に足を付けると、今度は空に向かって高く飛び上がった。
「クロススキル発動――『弾丸烈風衝』ッ!!」
と言って、発動と同時にボールを投げつける。
投げたボールは、右の首を吹き飛ばして中央の首に貫通ダメージとなってヒットした。しかし、友紘が与えた一撃は致命的なダメージにはならなかった。
「タンクが落ちる前に速効で真ん中の首落としますよ!」
地面の方からプリーストとおぼしきメンバーの叫び声が聞こえてくる。
友紘はその一言に応じるように地面に降りたって、再びボスの方に向かって駆け出した。すると、2人のメンバーが併走するように追ってきた。
共にDPSらしく、それぞれ槍と斧を手にしている。
さらに前方には、盾役である重奏騎士が立ちはだかっている。友紘は重奏騎士の背中を飛び越えると、2人を連れ立って一斉に攻撃し始めた。
やがて、ボスが残った首から猛毒の息吹を吐き出される。
当然、友紘たちはその吐息を避けようとした。だが、不意の攻撃だったために避けきれず、盾を含めた4人が一気にHPを削り取られてしまう結果となってしまう。
同時にDOTが入り、友紘たちを瀕死の状態に陥れた。
「プリーストさん、回復を!」
絶体絶命のピンチ。
友紘はやり直しを覚悟したが、寸前のところで全体回復の魔法が入る。どうにか九死に一生を得て、友紘たちはすくませた足を動かし、再度ボスを攻撃しだした。
そうこうしているうちに切り落とした首の1本が復活する。
すぐさま対応に当たると、とっさに猛毒の息吹が吐き出された。友紘は今度こそと声に出して呼び掛け、息吹が飛んできた方向から外れるように回避した。
再度、再生した首を切り落として、中央の首に攻撃を加える。
他のメンバーの攻撃も相まって、ボスのHPは見る見るうちに減っていった。友紘がトドメとばかりに弾丸烈風衝を撃ち放つと、ボスのHPは運良く削り取られた。
インスタントフィールドをクリアした瞬間である。
やがて、ボスの身体はガラスのように砕け散った。
宙からは、砕けたボスの身体が七色の粉雪となって降り注ぐ。その光景を間近にしながら、友紘は勝利の雄叫びを上げていた。
「よっしゃーっ! インスタントフィールドクリアだ!」
「お疲れ様でしたぁ~」
「お疲れ様-! パーティ、ありがとでしたー!」
各々が喜びの声を上げ、光の扉の彼方へと消えていく。
友紘も設置された光の扉の中へ入ると、自動生成されたインスタントフィールドの中から退出した。
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ふと目を開けると、眼前には生い茂る草原が広がっていた。
インスタントフィールドから退出し、元々いた草原へと戻ってきたのだ。
そよ風が吹いているのか、友紘の頬を優しい感触が通り過ぎていく。同時に周囲の草の揺れる音が風音に混じって聞こえてきた。
友紘は、それでようやく帰還したことを実感した。
「ただいまー!」
チャンネルを切り替え、グループチャット越しに帰還の挨拶をする。
ところが、直後にそうする必要がなかったことに気付かされる。なぜなら、友紘がホームタウンの中に入っていくと、風雷房の面々が揃っていたからだ。
「お帰りなさいまし、クルトさん」
いの一番に颯夏から声を掛けられる。
続いて、泰史と祐鶴が気付いて「おかえりー」と叫んでいた。
光紗姫と燦が気付いたのは、その後からである。けれども、友紘は同時に見慣れない3人の女の子からも出迎えられた。
「あっ、もしかして。長靴キャッツのみなさんじゃ……?」
友紘は、すぐにその3人が長靴キャッツのメンバーであることに気付いた。しかも、3人のうち右隣にいた少女には見覚えがある。
「――って、アウラさんっ!?」」
国境の町セデラで出会ったアウラである。
アウラは事前に知っていたのか、驚いた表情を見せる友紘とは対照的にニッコリと笑顔を振りまいて手を振っていた。
そのことが友紘の心を和ませたのだろう。
とっさに近づいてきたリーダー格の少女に握手を求められても驚きはしなかった。
キリッとしたツリ目。肩まである髪は、横から後ろまで幾つも巻き髪にされ、まるでシャンデリアのように飾り付けられている。
種族はアルヴ族、職業はナイトといったところだろう。
友紘は、頭上のネームタグを見て、少女が『ヴァネッサ』であることに気付かされた。
「初めまして。長靴キャッツのオーナーのヴァネッサです」
「風雷房のクルトです。お名前は夕凪さんから聞いてました。今回、ウチと共同でホームタウンを運営してくれるそうで……」
「ええ、ウチとしても大歓迎だったのでありがたかったです」
「だけど、TCメンバーが3人って聞いたときは、さすがに驚かされましたよ」
「ウチは少数精鋭がモットーなんです。ぶっちゃけてしまえば、単に私が『ゆっくり、まったりやりたい』ってだけなんですけどね」
「でも、スゴイって聞きましたよ? 鍛冶職人スキルなんか名工クラスなんだとか」
「いえいえ、大したことじゃないです。たまたま最初にやりたかったのが、冒険職より生産職だったって話なので」
「あの、こんなこと言って失礼かも知れませんけど……」
「どうぞ。遠慮なさらずに言ってください」
「頼んだら、欲しい武器と買って作ってくれたりします?」
「それは、もちろん。モノによっては無償とは行きませんけど、風雷房の皆さんとはお近づきになりたいので、できるだけ提供させていただきますよ」
その言葉が発せられた途端、友紘の周囲で歓喜の声が上がった。
無論、友紘もその一言にはうれしかった。だが、自分に向けられる熱い視線に気付いて、その喜びは一瞬で吹き飛んでしまう。
すぐさま視線の方へと顔を振り向ける。
そこは、ヴァネッサの左隣だった。二等辺三角形の耳を頭から生やしたライカネルという亜人種の女の子が友紘をじっと見ていたのだ。
けれども、友紘が見ていることに気づくと、その視線は明後日の方を向いてしまった。
とっさに友紘が問いかける。
「あの、いま俺のことを見てませんでした?」
「えっ……? み、見てませんしぃ……」
「ホントですか?」
怪訝そうに少女を見る友紘。
しかし、少女はそれ以上答えようとはしなかった。
友紘が仕返しにとばかりに視線を送るも、少女は反応しない。それどころか、無視を決め込んで自分のしたことをさも無かったように振る舞っている。
友紘は、そのことが気にくわなかった。
パッと見は、とても可愛らしい少女である。
動物に例えるなら、白銀の髪をしたウェルシュ・コーギー・カーディガンと言ったところだろうか。エメラルドのような瞳は、ヴァネッサの美しいという形容詞とは違って、見た目の愛らしさを演出するように象られていた。
少女を眺めていると、突然隣にいたヴァネッサが語り始める。
友紘は、その声に視線を戻した。
「えっと、なんだか妙な雰囲気ですけど……。私のTCのメンバー2人を紹介しますね」
「あっ、スイマセン……」
「まず右側がアウラさん。職業はプリーストで、ウチの回復担当です」
と言って、紹介されたアウラは赤いフチをした眼鏡がよく似合うニューマンだった。
フレンドであるため、その顔はよく見知っていたが、こうして面と向かって挨拶するアウラはカワイイ。耳元から垂れ流した薄紅色の揉み上げが印象的で、髪全体はフワッとして月のように丸くまとまっている。ただし、切り揃えた前髪を真ん中で分けているため、ちょっと欠けて不格好な満月になっていた。
若干の変更点があるとすれば、赤いフチの眼鏡を掛けたことだろう。
友紘が二言、三言ばかり挨拶を交わすと、見計らったようにヴァネッサが切り出す。
「それから、こっちがリリンさん。職業は竜騎兵で、ウチのDPSとしてガンバってもらってます」
そう言って、紹介されたリリンは先ほど友紘のことを見ていた少女である。
しかも、よくよく見ると、リリンの顔にはどこか既視感がある。友紘はそのことに気付いて、怪しむような目でリリンの顔を凝視した。
「な、な、なんですか……?」
その気色の悪い視線を不快に思ったのだろう。
とっさにリリンは、両手で身体を覆い隠すような仕草を見せる。もちろん、友紘も変態と勘違いされては困ると思い言いつくろった。
「いや、ゴメンナサイ。なんかどっかの誰かに似てる気がしたんで」
「へ、へぇ……。ウチって誰かに似てるんですか」
「ごく身近なヤツな気がするんですけど、どうしても思い出せないんですよねぇ」
「……ぐ、偶然じゃないんですか。ほら、これはゲームなんだし、フェイスメイキングのときに色々いじれるから、それでその知り合いの人にたまたま似ちゃったとか?」
「うーん、それもそうかもしれませんね」
腑に落ちない。
だが、確信もなかったため、友紘は他人のそら似と思って考えるのをやめた。
「改めて自己紹介させて欲しいんですけど……いいッスか?」
そのうち、リリンが自己紹介させて欲しいと言ってきた。
友紘は非礼を詫びて、「どうぞ」とその場を譲った。
「えっと、改めてウチがリリンです。長靴キャッツの一番槍務めさせて貰ってまぁ~す」
と、リリンが挨拶する。
それに応じて、友紘も自己紹介を済ませた。
「クルトです。これから、いろいろと協力していくでしょうし、今後ともよろしくお願いします」
こうして、2つのTCによるホームタウン運営が始まった。
友紘は拭いきれないリリンに対する既視感に首を傾げつつも、次のイベントに向けて一層レベル上げに務めようと思った。




