第1節「ホームタウン/その1」
トンッ、カンッ、コンッ。
真昼の草原に釘を打ち付ける音が響く。
軽妙ながら単調な音――。
その音に混じって、ノコギリで木を切る音が聞こえる。友紘は、その音を聞きながら組み立てられた足場の上で作業の様子を眺めていた。
「もうすぐ完成かぁ~」
と、感慨深そうな声を上げる。
友紘の足元では、幾人もの人間が木材を運び、必要な分を切り出し、所定の場所に釘を打ち付けて、なにかを作ろうと汗を流していた。
そのなにかとは――つまり、『家』である。
しかも、1軒だけではない。友紘が足場から眺めている家の向こうには、別の家が3軒ほど建ち並んでいる。
そんなとき、着信音と共にメッセージが流れた。
「皆様、ごきげんよう」
どうやら、颯夏がログインしてきたらしい。
メッセージは、そのことをことを通知するモノだった。友紘がすぐさま返事すると、山彦のようにグループチャット越しに挨拶が為された。
「クルトさん、私たちの村の完成具合はどうですか?」
ふとログインしたばかりの颯夏に問われる。友紘は、その答えを少し興奮した様子で「うん、もうすぐで完成だよ」と話した。
ようやく出来上がる。
友紘がその興奮に包まれている理由は、行われたばかりのバージョンアップにある。
「ホームタウンかぁ……VRMMOとしては、初めてだよな」
「わたくしも、まさか他のTCと共同で村が作れるなんて思いませんでしたわ」
「オリエからすれば、そうなんだろうけど……。実は、そうでもないんだ」
「……そうなんですの?」
「ヘッドマウントディスプレイの頃から、その概念はあったんだよ。みんなで村を作ってNPCに住んで貰うだけの簡易的な作りではあったけど」
そう友紘が話すホームタウンとは、コミュニティ単位で家を持つハウジングシステムの拡大版のことである。つまり、2つ以上のユーザーコミュニティが交流と同時に村を作り、シムシティの如くNPCを住まわせて発展させていくシステムだ。
しかも、未知のアイテムや税金と称した分配金が得られる。
そうして発展させることで、コミュニティの結束を深めると同時にプレイヤーの懐を暖める効果をもたらした。
「まあ、その頃はVRゲームはなかったからな。こうしてVR化して視覚的にホームタウンを体感できるようになったのは、とても大きく意味のあることだ」
とチャット越しに祐鶴が割り込んでくる。
颯夏よりもゲーム歴があるせいか、その手の知識は豊富なのだろう。生徒に勉強を教えようとする教師のような語り口調で話していた。
続けざまに祐鶴が言う。
「なにより、今回は同時に調整中だったATNPCが導入されたことが大きい」
「ATNPCですか。未だにわからないのですが、ベータ版の頃のNPCとどう違うんですの?」
「前にも説明したと思うが、ATNPCは『オートシンクノンプレイヤーキャラ』の略だ。つまり、自分で聞いて、見て、考えて、行動するという自律型のNPCとも言えるエル・ヴィオラの住人だな」
「それなら、ベータ版の頃のNPCも十分できていたと思いますわ」
「確かにオリエ君の言うとおりだが、今回実装されたATNPCは人間と同じように思考するAndroid型サーバという専用のサーバで生成されるように設計されているんだ」
「ア、Android型サーバ……?」
「人の手を借りず、データのバックアップ、更新、復旧から応急パッチの生成を行うサーバのことだよ。そうした事柄を人間の手ではなく、ロボットの手で行えれば人件費も安くて済むだろ?」
「確かにそうですが……。そんなロボット任せにしていいんですの?」
「それだけコンピュータ技術が発達したということだ。30年も前までは、複合プラスチック素材の上を電気を走らせて動かすコンピュータを使ってたんだからな」
「え、え~っと……そ、それはいまのコンピュータとどう違うんですの?」
「おっと、すまない。話が脱線してしまったようだ」
「いえ、お構いなく。わたくしには、どうにもそのあたりが理解できませんでしたので」
「とにかく、Android型サーバについては、いまの光コンピュータだからできる代物だとだけ理解してくれ」
「わかりましたわ」
「……で、そのAndroid型サーバに搭載されたATNPC管理システムは、学習したルーチンワークを元手に会話するBOT型のNPCとは違い、仮想現実の中の本物の人間として、さも生きているかのような行動をするんだ」
「どんなことができますの?」
「例えば、オリエ君が1人で冒険したいと思った場合。いままでは、人数問わず特定の行動を取るパートナーNPCしか呼び出すことができなかったんだ」
「わたくしは、それで十分だと思いますが?」
「フツーに戦闘するぶんにならな。だが、いままでのパートナーNPCは、ここぞというときに『最適』の行動はするが、プレイヤーが一番して欲しいと思う『最良』の行動をしてくれたわけではなかったんだ」
「なんだか贅沢な悩みですわね」
「その贅沢を実現させるのもゲームの醍醐味だよ。敵の動きをスタン技で止めるなんて思考が完璧にできるのはプレイヤーぐらいだろ? その点、ATNPCは自由な思考と言動を武器にプレイヤー並みの働きをしてくれるんだ」
「なるほど。よくわかりましたわ」
長々と2人の会話が続く。
そんな様子が面白くなかったのだろう。友紘は、祐鶴ばかりに話をさせまいと自らも間に入って会話することにした。
「――でね。今回のホームタウンシステムでは、そのATNPCをフル活用することにしたんだ」
「つまり、冒険に一緒に出かけたり、住民として税金を納めてくれたりするってことですの?」
「うん、だいたいそんな感じだね。あと、Android型サーバには世界中のあらゆる文献や逸話をまとめたドラマティックアーカイブという機能が備わってるんだ」
「あっ、もしかしてオリジナルのクエを受注させてくれるってことですの?」
「ピンポーンッ、大正解! いままでのホームタウンでは、似たようなクエしか発生しなかったんだけど、今回のバージョンアップで実装されたホームタウンは相当数のパターンのクエが用意されてるらしいんだ」
「……ということは、わたくしたちしか受けられないクエやアイテムが手に入るってことですの?」
「ん~そこまでは実際確かめてみないとわからないけど……。とにかく、これでゲームの幅も広がったってワケだね」
そう考えると、色々やれることが増えそう。
友紘は、どんなことができるのかと思いながら妄想に耽った。
「ところで2人とも。今日は、ホームタウンを共同運営してくれるオーナーさんを紹介すると言ったのを覚えてるか?」
突然、祐鶴がチャット越しに語りかけてくる。
それは、このホームタウンが風雷房のメンバーから募った資金だけでできているわけではないことを示していた。
「そういや、ホームタウン作るときに他のコミュニティと共同運営にするって言ってたっけ」
友紘は忘れかけていたことを思い出し、ポンッと右拳を左手の甲で叩いた。
「ああ、そうだ。先週、残念にも君がテストで赤点を取って休んでいたときの出来事だ」
「……アハハハ……そんなこともあったね……」
「まったくアレは教え損だったぞ」
「つ、次はガンバります……」
「とにかくだ。もうそろそろ完成するし、今月は各自ログイン時間も疎らだったからな。一度、両者の対面を実現させておきたいんだ」
「うん、いいけど……。でもさ、なんでロイさんのところやミカリンのTCじゃなかったわけ?」
「確かに彼らとは『ベータ版では』親しくしてた。だが、ロイさんのTCは新人も増えてだいぶ大所帯になってしまったようだ。ミカリンの方はといえば、どうやらサービス開始を機に別のサーバに移ってしまったらしいのだ」
「だから、最近名前を聞かないワケかぁ」
「まあ、そんなわけで私が以前プレイしていた別のゲームのフレンドだったヴァネッサ君のTCと共同で運営することにしたのだ」
「なるほどね……ところで、そのTCって何人ぐらいいるわけ?」
「確か3人だったはずだ」
「3人っ!? ウチより少ないじゃん!」
「だが、ヴァネッサ君自身はすでに鍛冶職人として名工と言えるほどの腕前を会得している。彼女クラスならレア武具を作って市場に流すのもたやすいようだ」
「へぇ~じゃあ結構金持ちなんだ」
いったいどんな人物なのだろう。
友紘は、そのことに思案を巡らせた。きっと鍛冶職人なのだから、べらんめぇ口調の姉御肌の人間に違いない。
しかも、気前よくなんでも作ってくれる。
半ば妄想であったが、友紘の中でヴァネッサの勝手なイメージができあがっていた。
不意に泰史が「そういや……」と言葉を漏らす。
「知ってるか? なんでもアメリカの宗教団体がどっかの聖人の遺骨から採取した遺伝子情報を元にコンピュータ上に蘇らせたんだって」
どうでもいい内容だった。
友紘は、唐突なつぶやきにガックリと肩を落として溜息をついた。すると、チャットの向こう側から理解できないといったような声を上げる。
「な、なんだよ……」
「オマエさ、みんながホームタウンの話してるのになんでそんな話するわけ?」
「いや、だって終わったと思ったし」
「終わってねえよ。いつ会うのかとか、細かいこと決めてねえだろ」
「そんなんすぐにお終わるじゃん。だから、話題振ったってのに」
「……んまあ、いいよ。それでオッサンがどうしたって?」
「オッサンじゃねえよ、聖人だ聖人。なんでも当時の様子や歴史の真実を明白にするために本人にしゃべらせるんだとさ」
「それがなんでコンピュータ上なんだよ?」
「よくわからんが、頭部の遺骨から採取した遺伝子から長期記憶を再生させる技術を応用させて人格ごと蘇らせるんだとよ」
「へぇー……」
やっぱり、どうでもいい。
すかさず友紘は、泰史の話を聞き流すことにした。
「面白そうな実験ですわね」
ところが、意外にも颯夏が食いついた。しかも、祐鶴も味えて3人でチャットを通して盛り上がっている。
そのことが面白くなかったのか、
「レベル上げ言ってきまーす」
と言って、友紘はインスタントダンジョンに赴くことにした。




