後編プロローグ/「久しぶりに見たアイツ」(15/07/30未羅の一人称修正)
2月。
友紘は、寒空の下をトボトボと歩いていた。
昨晩遅くに降雪したせいか、小道の所々に雪が残っている。
今日も天気は、晴れのち曇り。夕方から雨が降り、ぐずついた天気が続くという。寒がりな友紘にとっては、イヤな天気ばかりが続いて憂鬱になってしまいそうだった。
しかも、今日はそれだけではない。
学年末テストがあったのだ。
脳みそを使い果たしたためか、手慣れたはずの帰路もやけに重く感じる。顔には、疲労の色が見られ、歩いたまま眠ってしまいそう。
だが、友紘はこんなところで倒れるわけにはいかない。なぜなら、友紘には為さねばならないことがあったからだ。
テスト初日を終え、残り2日。
その重圧からどうにか解放されれば、為すべきことを為すことができる。友紘は、是が非でも「いい点取ってテストを終えてやる」とそう堅く心に誓っていた。
では、その為すべきこととはなにか……?
言わずもがな、VRMMO『エターナルファンタズムⅡの世界に入り浸ること』である。
「ふわぁぁぁああ~」
不意にアクビが漏れる。
それだけテストに集中したのだろう。なにせ親との取り決めで「中の上以上の成績を出す」を守らなければ、友紘も光紗姫もゲームができない。
だから、必死に勉強しなければならなかった。
逆にいい点を取ることができたら?
友紘は、幾度となく考えた淡い夢を『今回もまた』描いた。
そうこうしているうちに自宅へとたどり着く。
ようやく帰ってきたことを喜ぶように「ふぅ~」と溜息を漏らす。それから、友紘は門扉の片側を開けて、家の敷地に入ろうとした。
ところが、耳に聞こえてきた「にぃーた!」という声に足を止めざるえなかった。左の方を振り向くと、セーラー服に身を包んだ小さな少女がゆっくりと歩いてくるのが見えた。
妹の光紗姫だった。
「光紗姫、おかえり」
友紘が声を掛けると、光紗姫は白い息を吐きながら目の前までやってきた。
そして、「ただいま!」とハツラツとした声を上げて帰宅の途に就いたことを報告してきた。いつも元気な光紗姫らしく、キャピキャピとした声は相対する友紘の顔に自然と笑みをこぼさせるような心地の良さだ。
しかし、友紘同様に寒がりなのか、重ね合わせた手袋同士を擦り付けている。すっぽり収まった素手は十分温かいはずなのだが、身を切る寒さがそうさせるのだろう。
光紗姫は、身体を縮こませていた。
「どうだった? テストの点数は」
「んまあ、まあまあかな? そういうオマエこそどうなんだよ」
「ふっふ~ん! アタシはね、バッチリだよ~ん!」
「そりゃ良かったな」
「にぃーたはどうだったの? まさか赤点なんかにならないでよね。いつぞやの期末テストのときみたいに1週間ゲーム禁止なんてことになったら、次のイベントの参加遅れちゃうよ?」
「うるせえっ! わかってるっつーの」
「それにせっかく山吹さんに教えて貰ったんだし……」
「あのなぁ、光紗姫よ」
「なにさ?」
「誤解してるようだが、教わったのは颯夏だけじゃねえからな」
「……そうなの?」
「そうだ。今回は、祐鶴や泰史たちとも一緒に勉強した――これが真実だ。そして、これで取れないってなったら、一生の不覚もんだと兄ちゃんは思ってるんだぜ」
「だったら、ちゃんといい点取ってみせてよ。これで赤点なんか取ったら、勉強した意味も風呂の泡だよ?」
「それを言うなら、『水の泡』だ」
と言うと、友紘は玄関の扉の前まで歩いた。
そして、ズボンのポケットに入れたカギを鍵穴に差し込む。だが、手がかじかんでいるせいなのか、震えてなかなか穴に収まらない。それでも、慎重に差し込むと、鍵穴を時計回りに15度回してみせた。
直後、ガチャリという音が解錠を知らせてくる。
友紘は、扉を開けてそそくさと中に入ろうとした――が、光紗姫が我先にと割り込んできて軽く突き飛ばされてしまう。
「って、おいコラ!」
友紘は怒号を上げ、光紗姫を叱りつけた。
しかし、当の本人はどこ吹く風。「いいじゃん、寒いんだし」ともっともらしいわけを言ってこちらを向いている。
友紘は叱ることを諦め、呆れた様子で溜息を漏らした。それから、自らも玄関の中に入って扉を閉めようとした。
ところが――
「……それでさぁ~。その子、超ハズかしぃ~ヒドい目に遭ったワケ」
不意にそんな声が聞こえてきたため、半分閉め切った扉を再び開いた。
どうやら、外で誰かが話し込んでいるらしい。
友紘は、扉から顔だけを出して、外の様子をうかがった。すると、地毛とも染髪とも受け取れない赤色の長い髪をした少女が隣の家の玄関前に立っていた。
ちょうどカギを閉めて出かけるようとしていたようで、耳にかざしたスマホらしきモノで誰かと話し込んでいる。
友紘は、その声に眉をひそめた。
「うん、そうそう。ウチもさ、そんときゃもうヤヴァイ、ヤヴァイってもんよ。だから、なんか巻き込まれたっつーの? すんげーイヤだったし、ハズかったの!」
アハハ、キャハハという声は、周囲を気にする様子はなく、むしろ自己中心的に大声を上げて喋っている。
見た目も、カジュアルとはほど遠いハデ目の衣服だ。
もっとも特徴的なのが、冬なのにやたらと肩周りを露わにしたニット製の服とロングブーツである。しかも、服の方はブカブカでだらしないぐらいに大きめに作られており、サイズがあってないのではと見間違うほどだった。
その胸元には、金細工でできたハート型のネックレスが身につけられている。
少女は、それらを着こなし、人が見ているのも憚ず話し込んでいた。
「……うん、じゃあまた後でね。バイバイ!」
しばらくすると、少女は電話を切った。
そして、高そうなエナメル製のハンドバッグの中にスマホをしまい込む。だが、友紘が見ていることに気づいたのか、不意に不快そうな顔を見せた。
「うげっ、バカ友!」
友紘は、そう漏らす少女に向かって「よう!」と挨拶してみせた。
けれども、少女はバツが悪いのか、瞬時に目をそらして出かけようとしている。友紘はそのことにムッとして、不機嫌そうな様子で呼び止めた。
「おいコラ、未羅。人が話しかけてるのに無視すんなよ」
未羅――。
それが少女の名前らしい。
友紘は、未羅を一瞥すると、
「しっばらく見ねえうちにハデに色気づきやがって……」
と嘆息付いて、見た目の感想を漏らした。
なぜそんな風に思ったかと言えば、少なくとも友紘が知っている少女がそうではなかったからだ。
純真爛漫で目を輝かせ、自分の後ろを付いてくる――そんな少女像が友紘の中に残っていたからである。
思い返せば、もう3年以上も話していない。
ちょうどエターナルファンタズム1stにハマって、MMOの面白さに気付いた頃から未羅とは話していない。いまでは、どうして未羅と話さなくなったのか覚えておらず、ハデな見た目も相まって話しづらくなっていた。
「な、な、なによ……っ!」
「別になんでもねえよ。ただ、俺とゲームやったり、どっか行ってた頃の面影はどこにもねえなって思っただけだ」
「はぁっ!? なによそれ、馬鹿にしてんの?」
「だから、なんでもねーつってんの。ただ見てただけだから、早く行けよ」
「うわっ! ヲタクの視線、マジキモいんですけど」
「うっせえよ、バーカ」
「バカって言う方がバカだっつーの。友ちゃんのバーカ!」
「バーカ、バーカッ!!」
もはやこうなっては泥仕合だ。
友紘は、少女の憎たらしい受け答えに汚い言葉でかえし続けた。
「にぃーたぁ~? そんなところで、誰と話してんの?」
そんな様子に気付いたのだろう。
突然、背中越しに光紗姫から声を掛けてきた。一度は家の中に消えたと思っていたが、どうやら2人の言い争いに戻ってきたらしい。
友紘は顔を振り向け、光紗姫にその理由を話した。
「未羅のヤツだよ。アイツ、昔と違ってメッチャハデな格好してんじゃん」
「ああ、未羅ちゃんか」
だが、光紗姫は意外なモノだった。
しかも、サンダルを履いて玄関先に出ようとしている。
友紘は、どうしてそんなに反応が薄いのかわからなかった。しかし、不意に光紗姫が未羅になついていたことを思い出したことで、その理由を察することができた。
どうやら、いまでも交流があるということのようだ。
「ヤッホー! 未羅ちゃーん!」
「おいっす、みさきちー!」
などと、キャッキャ、キャッキャと玄関先で話す姿は、本当の姉妹かと思わされるぐらいのモノだった。
明らかに疎遠になった友紘とは対照的である。
だからなのか、友紘は心にモヤッとする気持ちが生み出された。
「なんだよ。オマエら、やけに仲がいいな?」
そう問いかけると、すぐさま光紗姫が振り返った。
しかし、なぜか光紗姫からは溜息が漏れている。
「そりゃあ、にぃーたみたいに鈍感さんじゃないしねぇ~」
「はぁ? なんだよ、鈍感って……」
「わからないならいいんだよ。にぃーたは、にぃーたのままでゲームしてればいいの!」
「俺、なんかわることした……?」
友紘は、煮え切らない態度を見せる光紗姫に訊ねた――が、途端に「別にぃ~」と言ってはぐらかされてしまう。
仕方なしにと、未羅の方を向く。
「おい、未羅。コイツになんか悪い子としたか知ってる?」
ところが、その問いかけに未羅が答えることはなかった。
それどころか、汚物を見るような目で一瞥すると、スーッと門扉を開けて出て行ってしまった。
友紘は、どうしてそんな風に見られたのかわからなかった。反対に光紗姫は「未羅ちゃん、またねー」と明るく手を振っている。
この対照的な差はなにか……?
仲がいいから? 女同士だから? それとも別ななにかがあるというのか? 友紘はそれがわからず、もう一度光紗姫に尋ねた。
「なあ、頼むから教えてくれよ」
すると、なぜか家の中に戻ろうとする光紗姫から肩を叩かれた。
友紘は真意を問い質そうと光紗姫を見つめたが、
「いまのにぃーたには無理だよ――『いまのにぃーた』には」
と謎の納得をされ、聞き出すことができなかった。
いったい未羅と光紗姫は何を隠しているのだろう……? 友紘の中でそればかりが気になり、その日のテスト勉強に身が入らなかった。
もちろん、翌日のテストで慌てたのは言うまでもない。




